第五話 新しい仲間を迎えて
森の中で会った不思議な少年『クレイ』は、はるか北にある街が故郷だといった。
傭兵、と言っても俺たちは近場の場所しか知らないし、行かない。理由は簡単だ。帝都とはいえども、貴族が集まる貴族街と市民街ではわけが違う。俺たちは市民街の傭兵だ。仕事を依頼してくるのは市民たち。貴族や政府の人間が俺たちを当てにすることは最近では珍しい。
まぁつまりは。市民が頼む仕事なんてたがが知れていて。だから遠出はしないということ。
三人肩を並べて、整備された街道を歩いていると、不意にクレイが口を開いた。
「あの、ロア兄たちは、傭兵さんなんですか?」
「そうだよ。まぁ、今は傭兵の仕事なんてほぼやってないに等しいけどな……」
クレイはどうやら傭兵に興味があるらしい。まぁ、あれだけ銃が使えれば申し分はないけどな。
「あんたさぁ、どこで銃なんか覚えたの? 子供が覚えるようなもんじゃないでしょ」
俺の右隣を歩いているリリーが俺を挟んでクレイに問いかける。
確かにリリーの質問は俺も引っかかっていた。
クレイは少し首をかしげて記憶を引きずりだすようにうぅん、と唸りだした。
「……よく覚えてません……たぶん、お父さんだと思うのですが……」
「もしかして物心ついたときから銃握ってました~ってわけ? すごいね~」
半ば疑うような口調で肩をすくめ、クレイを横目で見たリリーに俺は思わずため息をついた。
リリーはこんな風に子供だろうが大人だろうが容赦はしない。ある意味すごいことだが、ある意味では悪いところでもあるだろう。
今もそうだ。言葉の端に現れた刺を隠すこともなく表に出している。普通の人間であれば顔をしかめて機嫌を害するところだろう。
だが、クレイは逆ににっこりと微笑んで頬を赤らめた。
「そ、そうですか? ありがとうリリー姉」
「…………」
意外な言葉に面を食らったのかリリーは瞬きを何度もして困惑したように俺に視線を送ってきた。俺は苦笑いを返してリリーに耳打ちをする。
「……クレイは相当世間知らずで天然みたいだ」
「……そうね」
帝都に戻るまで俺とリリーはクレイから何度も質問を受けていた。「どんな所で働いているのか」「帝都はどんな所なのか」「ほかに働いている人はいるのか」……質問の嵐だ。家に戻った時にはしゃべり疲れて帰ったことを報告するのさえ億劫だった。
「たっだいまー」
俺の代わりにリリーが家中に聞こえるように言う。
日も傾き、赤い光が窓から差し込んで部屋の中を照らしだしていた。部屋は真っ赤になっている。
少しの間シンとしていたが、たったと階段を下りて出迎えてくれたのは父さんだった。
「おかえり。お疲れ様――ん? 君は……」
父さんは俺とリリーの間に立つ少年に目をやる。
視線を受けたクレイは背筋を伸ばし、体をこわばらせた。
「あ、あの!! 僕、クレイです!! お手紙、あ、ありがとうございました!!」
つっかえながらなんとか自己紹介をするクレイ。その様子を呆れたように横目で見つめてリリーはさっさと部屋に戻って行ってしまった。
ったく、まだ仕事が残ってるだろうに。俺は少しいらだちを含んだ目でリリーの背中を見送る。
「ロアも疲れただろう? 少し休んできなさい。報告は夜に聞くから」
「あ、うん。ありがとう父さん」
きっとさっさと帰ってしまったリリーへと送った俺の視線に気がついたのだろう。父さんはそう言って俺に微笑むとクレイに視線を送り、椅子へ座るように促した。
父さんとクレイが二人で椅子につくのを目の端に捉えながら俺はドアノブを回し、応接間を後にした。
「え? 子供?」
俺が部屋で剣の手入れをしているとルイスが部屋に入り込んできた。
どっかりと俺のベッドに腰かけ、そしていつもの「美人さんはいたか?」というどうでもいい話を持ってこられしぶしぶ経緯を話していると口挟んできたのだ。
口を挟んできたルイスに少しムッとし、俺は剣を鞘に戻しながらうなずいた。
「そう。子供。父さんの親戚らしいぜ」
「へぇー……社長のねぇ」
「なんだよ、疑わしいような顔して」
変に顔をゆがめたルイスに俺は首をかしげた。ルイスはうーんと腕を組み「だってさぁ」と呟いた。
「社長って家族構成とかよくわかんなくね? てか家族いんのかあの人。もともと若いころから傭兵でいなさそうじゃん」
「おい、俺とリリーは血はつながってなくても父さんと家族だ」
「っとわりぃ」
けらけらと薄く笑ったルイスに俺はさらにムッとした。
……こいつと話しているとものすごくいらつく。
俺が椅子に座って頬杖をした時、丁度開け放たれた俺の部屋の前の廊下をマイスが通った。
「あれ、二人で何話してんだ? 珍しいこともあるもんだな」
「ルイスが勝手に入ってきたんだよ」
「勝手にとかひどくねー?」
ベッドの上で唇を尖らせたルイスの正面の壁に背中を預けてマイスは腕を組んだ。
うーん、姿はそっくりなのにマイスとルイスじゃこうも違うんだな。ルイスが腕を組んでいるとなんだか締まらないが、マイスが腕を組むと紳士的に見える。
……日ごろの行いの違いだな……
「で、何の話をしてたんだ?」
マイスが俺に視線を送ってきた。
「あー、子供を預かることになったんだよ。子供」
「子供?」
「そう、子供」
マイスが驚いたように目をみはるとルイスがくすくすと笑いだした。
「俺たち、子守係かもしれないぜ?」
「クレイはそんなにガキじゃねーよ」
「クレイっていうのか? その子供」
マイスの言葉に頷いてみせるとマイスはふーんと頷いた。
ルイスは俺の「そんなにガキじゃない」発言に少し驚いたような顔をする。
そしてベッドの上に胡坐をかき、俺に質問してきた。
「何歳ぐらいの子供なんだよ」
「十二歳とか言ってたぜ」
「結構でかいじゃん。なんだ、つまんねーの」
意味がわからねえ……
実につまらなそうに「あーあ」と唇を尖らせたルイスを見て俺は肩をすくめた。
そういえばルイスは子供をいじるのが大好きで、よく小さい子を泣かせていた。
……今回はそうはいかないからな。何せ父さんの親戚。さすがにそれはなんかむかつく。
「ええ!? クレイを働かせる!? 嘘でしょ!?」
夕食の並んだ食卓で非難の声をあげたのはリリー。
食卓に全員がついたのを確認してから告げられた父さんの言葉に納得がいかないとでも言うように、身を乗り出してリリーは父さんに詰め寄る。
「だってまだ子供よ!?」
「リリーシャ」
父さんのやんわりとした口調に遮られ、リリーは押し黙った。その表情は困惑がいっぱいだ。
テーブルに両肘をつき、父さんの顔を見て、俺は少し頷いた。正直、俺はこうなるだろうなぁと思っていた。今、メルスタリオンは人手が少ないのだ。今ここにいるメンバー以外にも何人かは雇っている。しかし、今は他の仕事に当たっていて出かけているのだ。それに実際俺たちもクレイよりも小さいころから仕事を請け負ってきた。
そう、つい最近――二年ほど前に終わった戦争の時も俺たちは兵士として参加していた。
二年前だから――十四の時か。
「私はクレイの腕を見込んで話しているんだよ。さっき、小手調べに魔物を倒してきてもらった。見事な銃の腕前だ」
父さんは満足そうに頷きながらそう話した。
「へぇ、お前銃使いなんだ?」
「あ、は、はい」
ルイスの好奇を含んだ目に、父さんの横に立ったクレイは少しひるんだようだ。
そんなクレイを見て、マイスが呆れたようにため息をつく。
「おいルイス。クレイがビビってるだろ?」
「び、ビビってないですっ!!」
必死に首と手を振り、弁解するクレイ。ああ、あれじゃあルイスのおもちゃだな……
俺はそんなことを思いながらふと目の前の席に座っているリリーを見た。
彼女は今までに見たことのないような表情をしている。困惑でもなく、嫌悪でもない。
どうしたんだ?
わからないまま俺は小さく首をかしげた。