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僕らの誓い   作者: 緋花李
第一章 -傭兵篇-
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第三話 山の麓の小さな町・ダールド

 まだ日は顔を出していない。だが、もうじき鳥が鳴き、日が出て、夜が終わるだろう。

 自分のベッドに腰をおろし、部屋の東側に作られた窓の外を見て俺は欠伸を噛みしめた。


「なんでこんな早い時間に仕事に行かなきゃいけないんだよ……」


 頭を無造作に掻き、思わず愚痴るが聞く者は誰もいないだろう。

 ちなみに俺の部屋の左側はルイスの部屋。右側はリリーの部屋。

 たまにリリーの部屋から何かが落ちるようなドサっ!って音がする時がある。

 その日には決まってリリーの機嫌が悪い。いつだったか忘れたが何があったのか聞くと、


『落ちた。頭打った』

 

 なんて返された記憶がある。

 ……リリーは寝ぞう悪ぃからなぁ……

 俺たちの部屋は大体同じ構造だ。だからベッドとか、クローゼットとかは同じ。もともとあるこのベッドは大きいとは言えないが一人が寝るには十分すぎるくらいの広さだ。それにリリーは小柄だし、このベッドならある程度寝返りを打っても落ちない。

 だいぶ小さい頃にリリーを起こしに部屋に行ったら布団やらブランケットやら全部ベッドから落ちているというあり得ない光景を目にしたことも記憶にある。

 なんでこんな昔を知っているかと言うと、俺とリリーは五歳か六歳くらいの時に出会っているからだ。

 正直はっきりとした記憶はないが、父さんが「リリーシャがお前を連れて来たんだよ」って言っていた。

 ――俺は親がいない。『孤児』だ。ちなみにルイスとマイスは親がいる。何でも二人は出稼ぎに帝都にきているとか。リリーは知らないが、父さんとリリーに共通点は見つけられないからたぶん孤児なのだろう。

 ま、親がいようといなかろうとあんま関係ないけど。


「ロアー? そろそろ依頼主さん来るー」


 ドアの外からリリーの声が聞こえて俺はハッとした。


「あ、ああ! 今行くー」


 寝ているであろうルイスたちを起こさないように俺は小さく、しっかりと返した。ブーツをはき、立ち上がる。そしてクローゼットから愛用の剣を取り出し、背に背負った。

 これでいい。準備はできた。

 ふと窓を見ると眩しい太陽の光が差し込んでいた。夜が明けたのだ。

 俺はふぅ、と一息ついてドアを開いた。ドアの先には短剣をベルトに差し込んだリリーが待っていた。


「さ! 久しぶりにお金になる仕事よ。張り切って行くわよ!」

「おー」


 天井に向かってこぶしを突き上げたリリーに合わせて、俺もやる気なさげに腕を突き上げた。




 今日の仕事は隣町におつかいだ。

 依頼主は帝都のちょっとお偉いさんらしい。

 政府の人とか何とかって父さんが言っていたような気もするが、俺たち傭兵は雇われればなんでもする。雇い主が誰であるとかあまり気にはかけなかった。父さんはそうもいかないんだろうけど。

 ちなみに仕事の内容は、『隣町の町長に届けもの』と『魔物の発生状況の調査』だ。

 届けものは傭兵の仕事じゃない、なんて思ったが仕方がない。これもいつもの事だ。


「さて、そろそろ出発しようかっ!」


 リリーがぐ、っと背伸びをしてに、と笑う。久しぶりに街の外に出るから楽しみなのだろう。

 表情が子供のようにきらきらしている相方を横目で見てから、俺は少し唇の端で笑った。荷物を入れるためのポーチの中から地図を取り出してリリーの目の前で軽く振ってやる。


「出発すんのはいいけど、地図に従って行ってもらうからな~?」

「う……」


 リリーは方向音痴でかなり行動派で、しかもおっちょこちょいだ。

 ……なんとも最悪な組み合わせだけど。

 だから必然的に俺は地理に強くなった。相方がこれじゃあ俺が頑張らなければならない。

 俺は小さく息を吐いてリリーの背中をトン、と叩いた。


「さ、改めて出発しようぜ。早めに仕事終わらせてルイスとマイスに新しい仕事押し付けてやる」

「それさんせー! てか、なんであたしらが今日の仕事受けなきゃなんないのよ。三日連続とか……給料増えるかしら?」


 少し目を伏せて顎に人差し指を当てた姿は儚げな美少女だが、言ってることとのギャップが強すぎる。そんな相方に俺は少し目を伏せて肩を落とした。


「しゃべんなきゃかわいいのにな……勿体ねぇ……」




 隣町に行くまで特にこれといった障害に遭うこともなく、俺たちは街の門をくぐった。帝都に比べればかなり規模の小さい町だけど、ここもそこそこ栄えていたりする。この町の産業は主に木材を売ったり、山から採れた食材を売ったりだ。

 陸地と海との面積比的に海のほうが大きいこの世界にはあまり山がない。あるといえばあるが、どちらかと言うと平地の方が面積が大きいのだ。しかも山には危険な魔物も居たりする。そのため山の食材はかなり貴重なため、高値で売れたりする。

 競うように立ち並ぶ、色とりどりな店と商人の声に目を細めながら隣を歩く相方リリーに知らず知らず笑みがこぼれた。

 俺よりわずかに背の低い彼女は俺の目線からだと丁度銀髪が見える。

 歩くたびに光を受けて輝く髪に俺は懐かしさを覚えずにはいられない。なぜだろうか――


「ちょっと、何? あたしの髪になんか付いてる?」

「へ? あ、いや何でもない。相変わらずさらさらだなーって」

「は? 何ソレ。その台詞どっかのキザ男と同じね」

「あんなのと一緒にすんなよな……」


 呆れたように横目で俺を見るリリーに今度は苦笑いが浮かんだ。

 ……ほんと、しゃべんなきゃ美少女なのに。でも、そんな面があるからリリーなのかもしれない。

 商店街を抜け、肩をそろえて住宅街の真ん中に作られた大通りを歩く。立派な石畳のこの道の先に、町長の家がある。前にも何度も来ているので怪しまれることはないだろう。

 それにしても。


「今日は人多いなー」


 俺がそうぼやくとリリーが俺を見上げて、肩をすくめた。


「そうね。まぁ、それもそうよ。ほら」

「?」


 リリーの指差した先をみると山積みになった木箱があった。箱には『マーノット行き』と書いてある。それで納得した。


「ああ……商品モノを取りに来てんのな」

「そーゆーこと。各地から人が来てるんじゃ、多いに決まってる」


 リリーはそう言ってまた歩き出す。俺は少し大股で相方を追いかけた。

 その際、路地裏から誰かが見ているような気がしたが、気のせいだと思い、そのままにしておいた。




 町長への届け物の中身は手紙と招待状だった。なんでも帝都が少しごたごたしているので助けてほしいとのことだそうだ。


「そんなのワシの知ったこっちゃないわい。ワシはこの街を守れればそれでいいんじゃ。全く、帝都の政治家どもは一体何を考えとるんじゃ!」


 玄関先でいきなりそう怒鳴なれて俺は今にも何か言いたそうなリリーの肩に手を置いて困ったような表情を浮かべた。そして小さく「我慢我慢」と口だけで伝える。

 さっきから俺たちにあたり散らしているのはこの街、『ダールド』の町長、グウェンさん。

 腰も曲がり、杖を頼りに歩くやたらと長いひげが気になるただのじーさんなのにこの威圧感は何なのだろう。俺がまだかなり小さいころからこの人にはお世話になっているのだが、いまだにこの人の威圧感の原因は分からない。むかっしから何一つとして変わっていないこのじーさんはいったい何者なんだか……

 やたら大きく、立派なレンガの家に住むこの町の町長は鼻息を荒くして「不愉快極まりないわ」と言い捨てた。


「俺たちに言われても……グウェンさん」

「……それもそうじゃな。それにしても随分と大きくなったもんじゃのう、二人とも」


 低いところから俺たちを見上げてグウェモさんは笑った。

 けれどリリーはなぜか不満そうに――それでもどこか楽しげに――首を振ってみせる。


「そんなことないわよ、おじい様。ロアは男のくせにちっちゃいし」

「な!? なんだよそれ!?」


 俺の手をさっと払い、にかっと笑ったリリーに俺は思わず反論の言葉を返していた。

 確かに俺の身長は平均以下で止まったけど!! 気にしてることを……


「がはははは!! こりゃ一本取られたわい。のう、ロア」

「……そうですね」


 肩を落とし、ため息をつきながら俺はそうつぶやいた。

 なんでいっつもこうなるんだ。

 一人複雑な心境をした俺を横目で見ながらリリーが「まぁまぁ」と俺の背中をたたく。もちろん、唇には笑みをたたえて。

 この行動に絶対反省の心は込められてねぇな……

 そんな彼女に、もう一つため息。

 目の前には大口開けて笑う老人じーさん、隣にはにやにやと口元だけに笑みを浮かべている相方リリー

 この状況を前にして、俺はいったいどうすればいいのだろうか……とりあえず、返事だけは貰っておかないとな。

 俺は空気を変えるように手をパン、と打った。そして少しばかり姿勢をただす。するとさっきの陽気な空気は一変。変わって流れてきたのは少しばかり緊張感の含んだ空気だった。


「――ダールド町長、グウェン殿。返答をお聞きしてもよろしいですか?」

「……ふん。そやつにこう伝えよ。『ダールドは手を貸すほど暇ではない』と」

「おじい様、そんなこと言っちゃっていいの? 思いっきり喧嘩腰じゃん」


 思わず口をはんだリリーに視線を滑らせたじーさんはふふん、と鼻で笑う。


「大丈夫じゃ。騎士団はもうおらん。政治家あやつらに騎士団に後れをとらん強者を集める余裕などないじゃろ」

「その通り」


 俺は姿勢を崩し、腕を組んで頷きながら続ける。


「政府は無駄な争いはしない。騎士団がいない今、戦争そんなことをすれば駆り出されるのは俺たち傭兵だけじゃない――民間人の男たちだって巻き込まれるんだ。そうしたら一気に信頼をなくすしな」

「……ほんと、ややこしいな……政府なんて、帝都の治安を守ってればいいのよ!」


 頭を抱えたリリーがそう吐き捨てる。

 リリーは考えることが嫌いだ。性格にそれが表れてる。だからだろう、リリーの魔術が広範囲に一気に攻撃を仕掛けるものが多いのは。

 以前の戦闘の際に彼女が放った魔術を思い出して俺は思わず肩を落とす。

 とにかく、一つ仕事は終わった。後は俺にとっては一番億劫な仕事――


 『魔物の発生状況の調査』


 こういう仕事は一番面倒だ。普通なら研究家とかがやる仕事だが、今帝都の研究家は留守にしているらしい。だから、俺たちに回ってきたって話だ。

 仕事があることはものすごく有り難いが、政府側から回ってくる仕事は大体傭兵の職とは関係ないものばかりだったりする。それでいて面倒で厄介なものが多いから本当に大変なんだ。

 俺は小さく息を吐き、次の仕事を思って肩を落とした。

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