第二十話 守り人
意識を持っていかれて、どれくらい過ぎただろう。鈍い頭の痛みに顔をしかめながら体を起こした。急に意識を引き戻されたせいで、日の光がやけに目に刺さった。日はまだ落ちていない。かすんでいた視界が徐々に晴れてきた。二度三度瞬きをし、ゆっくりとあたりを見渡してみる。
「……起きた」
背中を向けるように立っていたユノが振り返る。俺は頭を振って、ああ、とだけ呟き立ち上がった。ふと足元を見れば、地面が所々えぐれている。傍らに落ちていた自分の剣が、気を失う前よりも刃こぼれしていた。そして、あの青年が居なかった。
また、俺のいない間に全てが終わっていた。
「あいつは?」
「……転送魔術」
ユノは短く呟いて、すっと前方を指差す。彼女が指差した方向に視線を向けると、そこには、俺たちのいる噴水の広場の向こう、崩れた廃墟に腰を下ろす、ものすごく不機嫌そうなリリーと、そのリリーの目の前に立つ、見覚えのない男性二人。
一人は長い耳を持っている――エルフ族のようだ。もう一人は人間のようだが……何か、人間とはまた違う何かを感じる。魔力? に近い、良くわからないが、そんな気配がする。そして、なぜか懐かしい感じも。
不意に特徴的な青緑色の髪がきらめいた。
「あの人たちは?」
「……ここを守ってる人。エルフの姫の付き人と、『風の守り人』」
「……? 『風の守り人』?」
「…………」
俺は問い返したが、ユノはそれ以上何も語らず、ただ視線を落として折れた柱の上に腰を下ろした。
なんだろう、風の守り人って。なぜ、懐かしく感じるのだろう。
日の光を受けて、首から下げたペンダントがきらりと輝いた。ペンダントが、彼の『何か』に反応しているような気がした。
俺はそれを握りしめ、自分の剣を鞘にしまって、足を進めた。リリーはこちらに一切視線を送らず、ただ不機嫌そうに眉をつりあがらせている。たぶん、また、『アイツ』が出てきたせいだ。それと、目の前のエルフの。嫌いな者が重なって現れれば、不快にもなる。
リリーが自分の膝に頬杖をついて、ぶっきらぼうに呟いた。
「目ぇ覚めたのね」
「ああ」
「……しっかりしなさいよ」
「……悪い」
短く謝り、リリーの横に立って、この地を守っているという二人を改めて見やった。エルフの男性が、口元に柔和とも、不気味ともとれる笑みを浮かべながら、目を細めて俺の頭からつま先までゆっくりと眺める。
あまり、心地いいとは言えない目つきだ。俺は思わず睨んでしまった。初対面の相手をじろじろと観察するのは、相手を不快にしかしない。しかもこのエルフ族はそれをわかってやっているような気がして、余計に不気味だった。
俺の視線に気が付いたのか、エルフ族の男性が観察をやめ、会釈をしてくる。
「失礼。我が里の『風』以外の『守り人』を見たのは久々でして」
「あの、『守り人』とか、良く意味が分からないんですけど」
俺は不機嫌さを隠すこともせず、呟いた。なんとなく、リリーがネモフィラ姫のときよりも不機嫌なのが分かった。この人は、なんだか俺たちを品定めしているように見える。まるで、人買いのようだと思った。
睨みつけたままの俺をみて、また微笑む。喉が詰まるような感覚がした。不気味で、恐ろしい。冷たい風にさらされているような寒気までしてくる。
そんな空気を破ったのは、もう一人の青年の方だった。
「――お互い、探り合うのはやめよう。さっきので、君たちが敵じゃないのは理解している。あんた、知りたくはない? 君の人格と、力について」
「!?」
青年は印象的な青緑の髪を弄りながら呟くように言った。よく見ると、俺と同じ場所――左頬に刺青をしている。
なぜ、俺の人格について知っているのだろう。なぜ、それが力と関係してくるのだろう。
俺の疑念を知ってか、リリーは俺を見上げていた。
「……あの魔物の腕付けた男追い払ったの、こいつらなのよ。だから、『アイツ』のことも知ってるの」
「そういうわけじゃない。あんたが『守り人』だから知っているんだ。僕も、同じだから」
青年はふと目伏せて、首に掛けられたペンダントを取り出した。黄緑色をしている、俺が先刻ネモフィラ姫からもらった水晶のような石が付いている。
それが、一体何を意味するのだろう。
「……不思議そうな顔だね。あのね、この水晶は『守り人』にしか反応しない。それ以外の人間が触っても、力を発揮しない。ねえ、ここまで言えばわかってくるんじゃない? あんたたちがここに入れた理由と、あんたが『守り人』だってことを」
「ちょ、ちょっとまってくれ」
意味が分からない。突然なんなんだ。守り人? なんだよそれ。そんな訳の分からない物知らない。
混乱した瞳を青年に向けると、青年はすぅと目を細めて呟くように語りだした。
「そうか、あんたは自分が何者なのか、わからないのか。単刀直入に言えば、あんたはただの人間じゃない。エルフやハーフエルフほどまで、人間と違うとは言わないけど。僕ら『守り人』はただの人間じゃない。『精霊』という存在に、最も近い生き物なんだ」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出てしまった。青年の言葉の所々が頭に反芻している。人間とは違う? 精霊? 本当に何がなんだか、頭が追いついてこない。
混乱しきった俺にリリーが青い瞳を向けてくる。その目からは何も読みとることはできなかった。ただ、まっすぐに俺を見つけている。それだけ。
そして不意に目をそらすとスッと立ち上がり、再び青年とエルフの男性を睨みつけた。
「……だから何だっていうの? 人間じゃないから何なの? そんなの何も関係ないわ。こいつはこいつよ。これからも、ずっと。突然現れて訳わかんないこと言ってんじゃないわよ」
「……そう……そうやって真実から目をそむけ続けているあんたには言われたくないね」
「! なによ……」
より一層眉を吊り上げ、今にも殴りかかりそうな雰囲気を醸し出し始めたリリーの手を引く。力の入った拳は震えていた。
俺たちよりも、俺たちのことを知っている彼ら。リリーの言うように、俺は俺だ。他のなんでもない、俺だ。けれど。このまま、何も知らないままで、いいのだろうか。
「……行くわよ、こんな奴らの話なんて、聞くだけ無駄よ」
「ああ……」
ずんずんとユノのいるところへ歩き始めるリリーの背を追いながら、一度だけ、彼らを振りかえった。
何の感情も読み取れない表情をする、『守り人』だと告げた青年と妙に冷たい笑顔を張り付けたエルフの男性。彼らは俺たちの背中を見送るだけで、決して追ってくることはなかった。