第十九話 目覚めた人格
めんどくせえな。はじめっから俺に任せときゃあいいのに。
俺は鈍くさい『主』から体を奪った。それと同時に真っ暗だった視界に光と色が飛び込んでくる。ついでに痛みまで襲ってきやがった。どうやら左腕を切られたらしい。まぁ右腕じゃないだけマシか……
「ったく。マジで使えねえな、この体の持ち主……『今まで』で一番ダメだな。何回俺を呼びだしゃあ気が済むんだよ」
舌打ちをしながら思わず吐き捨てる。とりあえず近くに落ちていた剣を拾い上げた。そしてぐるりとあたりを見渡してみる。どうやらどこかの遺跡みたいだ。いつか、遠い昔に見たことがある気がしなくもないが、忘れた。
「だらぁ!!」
「つっ!!」
前方で聞いたことのない男の声とリリーシャだかいう女が短く息を切ったのが聞こえる。見れば方膝をついて相手を睨み付けている女の姿があった。
押し負けた、か。
「たぁく、めんどくせえ」
「あ? おっ、なんかさっきと雰囲気変わりやがったな。なんだ、今から本気出すのか?」
男は俺を品定めするように爪先から頭のてっぺんまで見てきた。どうやら俺の変化に気がついたらしい。俺は拾い上げた剣を肩に乗せて相手を睨み付ける。
「お前が相手か? なんか立派な腕つけてんじゃねえか。おもしれえ」
言いながら俺はそのまま駆け出して、ベルトに仕込んであるナイフを左手で投げつけた。男はそれを手にした剣で叩き落とし、躍りかかってきた俺の剣も素早く受け止める。
でもそれで終わりにしない。
剣を右に払う力を利用して右足を軸とし、左足で相手の脇腹を蹴り払った。
「ぐっ!?」
不意打ちだったらしく、男は飛び退け、脇腹をおさえた。
どうやら俺が来る前、すでにあの馬鹿デカい腕は使えなくなっていたらしい。あっさり受け止められるかと思ったが、ぴくりともしなかった辺り、神経でも絶たれたのか?
「まさか蹴りが来るとはな。戦術がさっきとは全く違う。さっきまで型通りだったのにな」
「はっ。基本的すぎてガキみたいな剣術しか使えねえアイツと一緒にすんな」
男の肩越しに銀髪がちらっと見える。リリーシャが俺を睨み付けていた。まあアイツは俺のこと相当嫌いみたいだしな。今までもまあ同じような扱いを受けてたが、あそこまで嫌われると余計に弄りたくなる。
リリーシャを見ながら男に切っ先を向ける。男の口の端に楽しそうな笑みが浮かんだ。
「まだまだこれから、って訳か。望むとこだな」
男は腹を押さえていた左手でまた剣を握りしめる。
そして強く地面を蹴って一気に俺に肉薄した。ガキィン、と鈍い金属音が響く。男は一度力任せに剣ごと俺を突き飛ばした。思わずよろける。そこに男の剣が躍りかかってきた。地面を転がり、それを避ける。上半身全部を使って立ち上がり、勢いを殺さぬまま切りかかった。けれど常人では考えられない跳躍で回避される。
一時、にらみ合い。
ふとリリーシャの方を見るとなにやら魔術を仕掛けているらしい。男はそれに気がついていないようだ。男はまだ口元に笑みを称えている。
呆れんな。魔物の腕くっつけてるくせに、魔力の移動にも気がつかねえのか。
「おもしれえ、おもしれえよお前!!」
「うるせえないきなりでけえ声出すなよ。興奮してる暇なんてねえと思うんだけどな」
斬りかかり、叫び出した男の剣を受け流しながらぼそりと呟く。それと同時にリリーシャが右手を空へと突き上げた。
「貫け、『氷槍』!!」
青白い魔方陣が俺と男の足元に浮かび上がり、いきなり氷でできた槍が襲ってきた――俺まで。
「っざけんなっての!!」
なんとか身をかわし、氷を剣で砕いて魔方陣から脱出した。
毎回あの女は俺まで魔術に巻き込みやがる。一応仲間の体なんだからもう少しいたわってほしい。
「くそが……! 邪魔すんじゃねえよ!」
男は俺から標的をリリーシャに変えたらしい。とんでもない早さでリリーシャに近づくと、その首を狙って剣を横に薙いだ。リリーシャは後ろに飛んで回避するが、着地場所が――悪かった。
「あ!?」
そんな声と共にリリーシャは瓦礫に足をとられ盛大に転んだ。
男はリリーシャの喉元に切っ先を突きつける。やべえな。直感でそう思った。俺はとにかく駆け出した。二人との距離はかなり離れている。男は相当イラついている。あのままだと本当に首を掻き切られかねない。
「今良いとこなんだよ。首つっこっんでくんな、女」
「喧嘩うってきたのはアンタじゃない。喧嘩にルールなんてないわ。いつ首突っ込もうが、関係ないと思うけど」
「てめえ……」
気丈に男を見上げるリリーシャが一体どんな顔をしているのか何てわかりゃしない。ただ、相手の神経を逆撫でする言葉とあのいつもの皮肉たっぷりな目をしているに違いない。
男は声を震わせながら剣を振り上げる。
ナイフを投げようと探したが、いつもベルトにしまってあるはずのナイフがない。
くそ、あの野郎先に投げちまったのか。
このままだと、間に合わない!
「待て、お前の相手は――」
全速力で走りながら叫ぼうとしたとき。
――白いコートが翻った。
男の頭上から白いコートを着た人物が降ってきた。唐突に。
華奢な体にあわない、長い剣を降り下ろし、男の背中を深々と切りつけた。
一瞬遅れて、血が溢れ出る。
「……ここは神聖な場所。これ以上荒らさせない」
そんな言葉を呟きながら。星みたいな金髪を揺らしてリリーシャを助け起こした。
男はがくりとその場に膝をついた。血は止まることなく流れ続けている。だが、その勢いは徐々にだが、ゆっくりになっていることに気がついた。やっぱ体の組織を魔物のに組み替えていやがったか。
金髪の女を見上げながら男は肩を震わせて笑う。狂気混じりのその笑みは俺に似ている。深く、暗い、闇のような笑み。
「出やがったな、人形女。気配もまるでなかった。一体いつから、見ていやがった?」
「…………」
金髪の女は無言で男に切っ先を向ける。
返り血を浴びた女の頬は驚くほど白い。男が人形だと言った理由が何となくわかった。顔からも、声からも、人間らしさが感じられない。
沈黙が流れる。長くも短くも感じられた時間。
――その沈黙を破ったのは、金髪の女とリリーシャの背後から現れた淡い青緑の髪を持つ俺の主と同じくらいの年の男と、長い耳を持つエルフ族の男だった。
「いい加減にしてもらおうか。そこの女性が言ったようにここは我らエルフ族にとって守るべき神聖な地だ。これ以上荒らすつもりなら強制的に排除するが?」
エルフ族の男はそういいながら右手を前に突きだし、手から鋭い光を放つ球体状の魔術を膨らませ始めた。
すると先程まで狂気の笑みを張り付けていた男の顔が瞬時に強ばる。
そしてゆっくりと立ち上がり、降参、というように左手を上げた。
「エルフは嫌いなんだ。右腕と相性が悪いんでな。わぁったよ、今回はここで引いてやる」
いうなり男は服から小さな箱を取り出し、空高く放り投げた。すると箱がまばゆい光を放ち、男を包んで――消えた。転送魔術の類だろう。
なんだ。もう終わりか。つまらねえ。
俺は剣を鞘にしまいこみがりがりと頭を掻いた。
じゃあ俺も寝ることにしよう。どうせこのあと待ってんのはリリーシャのめんどくせえ皮肉だけだ。
俺はあっさりと意識を手放した。視界がまた暗闇におおわれる。後のことは全て主に任せよう。そう考えて再びまぶたを閉じたのだった。