第十八話 突きつけられる事実
魔物の――自らの右手を確かめるように握りしめながら青年は俺たちを品定めするような目で見やった。それから、満足そうに笑う。
「やっぱお前らおもしれえな。俺の姿とこの『残骸』見ても逃げる気、ゼロか……」
青年が『残骸』と言ったのは先ほど青年がその手で破壊したこの遺跡の柱だ。その上に立ち、不適に笑う。
俺は腰の剣に手をかけた。
こいつは、こいつの目的は、俺たちと戦うこと。間違いない。青年の口から出た名はつい先日、ほんの少しの間だが、俺たちと対峙した少女たちの物だ。
自然と手に汗が滲んでくる。あの右手はかなりヤバい。禍々しさと、突き刺さる殺気を放っている。まるで俺たちを殺そうと、低く笑っているように見えた。
「で、何? あたしたちと戦いに来たって訳? あたしたち、あんたと遊んでるほど暇じゃないんだけど?」
リリーが挑発するように青年を見上げる。青年は左手に握られた剣をリリーに向けて突きつけた。
「いいねえ。その戦うのが好きっつー目。マジ、お前と戦うの楽しそうだわ。俺とおんなじ臭いがする」
「類は友を呼ぶ……って?」
「はっ、友にはなれそうにねえわ。同族嫌悪だろ」
青年はまたニヤリと笑った。そしてすぐにその表情を改めて俺たちを冷たく見下ろす。
「わりぃな。まぁ殺さねえように手加減すっから、せいぜい楽しませてくれよな」
言うなり青年は強く瓦礫を蹴り、突っ込んできた!
青年が構えたのは右手。長い爪の先から何が滴っている。紫色の、どろりとした液体。
――あの液体に触れてはいけない。
「リリー! あの爪に触んな! 魔術を頼む!」
「んなことあんたに言われなくても気づいてるわよ!」
俺とリリーは同時にその場を離れる。そのほんの数秒後、地面がえぐられ、液体が触れた場所は溶けた。
それを横目で確認して俺は青年の背中に回ろうと即座に踵を返す。振り上げた剣の先には青年の無防備な背中。俺は迷わずたたきつけるように剣を振りおろした。
「――っ!?」
「――まさか、勝ったなんて一秒でも思ったか?」
目の前にいたはずの人物の声が後ろからする。そして突如背中にかかる強い衝撃。
「っ!!」
逆に背中を蹴り飛ばされた。吹き飛び、柱に強く胸を叩きつけられる。息がつまり、咳き込んだ。
「いくわよ! 燃え上がれ烈火!」
真っ赤な魔方陣の放つ光の中からリリーの声が響き、炎が青年を包みこむ。しかし、青年は右腕を横に一閃させ、一瞬にして炎を消し去ってしまった。しかもどこにも焼けた形跡がない。青年は右手を胸の前で握りしめてまた笑う。そしてそのまま俺の方に突っ込んできた。
俺は剣を支えに立ちあがり、ぐっと奥歯をかみしめ、走り出した。右後方からリリーの次の魔術の詠唱が聞こえる。リリーの魔術の方が発動が速いはずだ。魔術発動後、一瞬だが青年は動きを止める。その時を狙う。手傷を負わせれば、少しはこちらに有利になるはずだ。
「ああもうめんどくさいわね!! 凍結!!」
青白い巨大な魔方陣が青年を中心に広がり――俺の足元まで――刹那強く輝いたかと思うと物質を凍らせ始めた。
足元から細い針で何か所も刺されているような感覚が広がってくる。ふと顔を上げれば青年は凍りついた柱の上にいた。凍結を逃れるために右腕を使ったのだろう、その時凍りつかせてしまったらしい。
「くっそ、マジかよ。腕凍ったのなんて初めてだぞっ!?」
青年は舌打ちを一つ落として柱の上から飛び降りてきた。ふたたび俺に肉薄しようと突っ込んでくる。
ギィンと金属と金属がぶつかり合うが鼓膜を揺さぶる。目の前に青年の顔があった。力任せに思いっきり押し返し、右腕をめがけて切りかかる。しかし、あっさりと剣で受け止められてしまった。
「ちっ!!」
「おせぇんだよ、お前は」
そんなこと言われなくてもわかっている。原因は先ほどのリリーの魔術だ。足が凍傷にでもなったのだろう、うまく運べないどころか、踏ん張るのがやっとになってきた。
青年は凍りついた腕をかばうようにしながら左手の剣を振り上げる。よける事はかなわず、再び剣で受け止めた。左手だけでも十分脅威だ。
「リリー!! 俺まで魔術に巻き込むのやめろよ!!」
何度も襲いかかる青年の刃を受け止めながらリリーに叫ぶ。ガキィン、と大きな音を立てて互いの剣がかみ合う。重い。腕までしびれてきた。こめかみに汗が伝う。
「うっさいわね、今なおしてやるから集中しなさい!!」
俺が叫んだときにはすでにリリーは治癒の魔術の詠唱に入っていたらしい。白い魔方陣が俺の足元に浮かび、暖かな光が全身を包み込んだ。途端足の痛みが引き、体全体が軽くなる。俺は青年の刃を受け流し、飛びのいた。地面が凍りついているため、そのまま滑るようにしてリリーの目の前で膝をつく。息が上がっていた。剣を受け止めるだけでこんなに体力を消費するとは思わなかった。
「んだよ、治癒術まで使えんのか、あの女」
だらりと全身の力を抜き、青年は「厄介だな」と文句をこぼす。そして常人であるならばそれだけで震えあがってしまいそうなほど、きつく俺たちを睨みつけた。
「オールマイティなのよ、こいつと違って」
リリーはその視線に臆することなく、鼻で笑って短剣を構える。俺も立ちあがって再び剣を握りなおした。相手はそれほど体力を消費しているようには見えない。恐らく、八割も力を出していないだろう。たった数分剣を交えただけだが、わかった。
「……ねえ」
「……なんだよ」
リリーが視線は青年から外さずに声をひそめながらほんの少しだけ俺に近づく。そして声音を落として呟いた。
「……『アイツ』は大丈夫なの?」
リリーの言う『アイツ』はもう一人の俺のこと。今のところ出てくる気配はないが、完全に『大丈夫』と言い切れる自信はない。
「わかんねえ。出てくるかもしれないし、このまま出てこないかもしれない」
「……出てこないほうが、あたしとしてはやりやすいんだけど」
リリーはそう呟いて油断なく短剣を構えた。俺もそれに倣う。
青年は剣を地面に突き立て、左手でがりがりと頭をかいた。そしてその手を首元までおろして止めた。
「話は終わったか? そっちの剣士の方はだいぶ疲れてんだろ。あとお前、もしかして戦いなれてねえのか?」
言いながら剣を再び握り、切っ先を俺へ向ける。
「頭の回転と小回りは良さそうなんだけどな。太刀がぶれてんだよ」
青年は強く地面をけり、飛び上がった! そのまま俺の頭上へと剣をふりかぶりながら落ちてくる。受ける事は自殺行為だ。俺は後ろに思いっきり飛び退った。だが、着地と同時に突っ込んできた青年の攻撃を受け流しきれず、左腕を深く切り裂かれた。二度目の突きを屈んでかわし、青年の足を狙って剣を横に思い切り凪ぐ。しかしあっさりバック宙で回避される。
「くっ……!」
「ああもう、ほんと鈍臭いわね!!」
リリーが髪を振り乱しながら青年に躍りかかる。キィンと高い金属音が辺りに鳴り響く。
素早い突きを何度も繰り出し、青年を押していくリリーを肩で息をしながら見つめていた。
青年の言うとおり、俺は大事な時に限って自分の意識が飛んでいるため、剣術も基本的な部分しか知らない。俺に比べれば、リリーの方が戦術は長けているはずだ。
俺は奥歯をかみしめ、足に力を入れてふらりと立ち上がった。左腕からどくどくと流れ出る血のせいだろうか。頭がぼぅっとして、若干吐き気もする。
その時だった。
『あーあ。まぁたお前は一人でのびてんのか』
聞こえてはいけない声がした。




