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僕らの誓い   作者: 緋花李
第二章 -世界篇-
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第十一話 女って分からない

第二章【世界篇】の始まりです。

 日頃の疲れが祟ったらしく、俺はここ数日風邪を拗らせて寝込んでいた。だが今はすっかり良くなり、熱も下がったし、喉もいたくない。ベッドから体を起こし、ふと窓の外を見る。清々しい晴天だ。青い空には雲一つない。

 イレーヌさんの所から帰ってきて、すでに二十日は過ぎたと思う。

 帝都では、至るところで花や緑をみることが出来るようになり、目に見えて春が訪れたのがわかった。

 そんな中、俺はただ一人部屋で療養していたわけだが。

 その時不意に部屋のドアがノックされた。


「ロア? 具合はどうだ?」


 ドアの向こう側からアルアさんの遠慮がちな声がした。続けて「入るぞ?」と言いながらドアを開き、部屋に入ってくる。

 心配そうに少しだけ眉尻を下げた顔でアルアさんは閉じたドアの前に立った。

 俺は少し微笑みながら頷く。


「すっかり良くなりましたよ。いい休暇を取れた気分です」

「確かに顔色も良いみたいだ。明日から仕事復帰かい?」

「はい、そのつもりです」


 俺は頷きながらアルアさんの顔を仰ぎ見た。

 確か今年で二十歳になる彼女はメルスタリオンの仲間メンバーでは最年長。大人の雰囲気を常に纏い、冷静で正義感の強い真っ直ぐな女性だ。

 熱のせいで頭に霧がかかったようにぼやっとした記憶しかないため、彼女の顔をまともに見たのは久しぶりな気がする。

 すると不意にアルアさんが自分の顔に手を当て、目を瞬かせた。


「なんだ? 私の顔に何か付いているか?」

「あっいえ。なんかアルアさんの顔をまともに見たの、久しぶりな気がして」


 アルアさんは「変なやつだな」と笑ってからまたドアノブに手を伸ばす。赤い上着が翻る。


「リリーシャが呼んでいたぞ。あとで客間に向かうようにな」


 そう言ってアルアさんは俺の部屋を後にした。

 リリーが呼んでいるとなると、たぶんまた買い物の荷物係にでもされるんじゃないだろうか。

 いやでも明日には仕事を始めなければならないし、体も相当鈍っているだろうから、ちょうどいいか。

 俺はベッドを降りて服を着替えた。






「遅いっ!!」


 客間に向かうとリリーが仁王立ちをして指を突きつけてきた。待たせてしまったからか、かなり不機嫌のようだ。


「悪い悪い。で、なんだよ」


 俺は苦笑いしながら謝り、両手を首の後ろに回し、重心をずらして立った。

 リリーは腕を組んでから「ったく」と息を吐くように呟く。そして髪をさっと払って親指で外を示した。


「買い物行きたいんだけど。付き合ってくれるわよね?」


 有無を言わせない強い口調。俺は予想通りの展開にちょっとだけ笑った。


「はいはい。だと思ったよ。じゃ、とっと行こうぜ」

「何よ。あんたが遅いのがいけないんじゃない!」


 リリーが叫んで再び指を突きつけてきたので、俺はひらひらと手を振って「わかったわかった」と唇を尖らせる。

 そして玄関のドアを少し開いた。開いたドアの隙間から眩しい光が部屋へと注ぎ、目に刺さって、少し呻く。それを見たリリーが俺の代わりにドアを押し開ける。


「しばらく外に出ていないんだし、ちょうどいいでしょ?」


 リリーは俺を振り返って小首を傾げた。いつもは見せない、どこかあどけない少女を思わせる仕草。あまりにも珍しい物を見すぎて、俺は思わず面食らってしまった。

 瞬きすらしない俺を見て、リリーがいつもの不機嫌そうな顔で「何よ」と言う。

 俺は数回瞬きをして、ゆるゆると首をふった。


「いや、何でもないよ」

「……あっそ」


 リリーはつまらなさそうに呟いてそのまま外に出ていった。俺もその背中を追った。






 やたらと人が多い。

 俺とリリーは肩が触れるか触れないかの距離を保ちながら人の波を避けて歩いていく。

 今日は何かの記念日だっただろうか。とくに気にしてもいなかったので、記念日なんて把握していない。ガヤガヤと賑わう人々と、色とりどりに飾られた店から活気溢れる声が響いている。

 俺は隣を歩く相方リリーに顔を向けた。


「なあ。今日ってなんかあったっけか?」

「女神の日じゃないの? なんの女神かまでは分からないけど。興味もないし」


 つまらなそうにひらひらと手を振りながらそっけなく帰ってきた返事を聞いて、俺は納得して頷いていた。帝都セレスタインここは多数の女神を信仰している。その為寺院も多い。街を歩けば、修道服を着た女性や神父に何度もすれ違う。

 不意にリリーが「あっ」と声をもらし、人ごみの中に分け入っていく。


「ちょっ……!」


 俺は男にしては小柄な方だが、リリーに比べれば細くはない。するすると人の間をすり抜けていくリリーに対して、俺は人と肩を何度もぶつけ、謝りながら進んでいく。

 やがて彼女はいつも野菜やら果実を買っている店の前で足を止めたのが人々の肩越しに見えた。思うように前に進めず、だんだんいらついてくる。


「林檎とカシス、四つずつ頂戴!」

「あいよ! 今日は果物だけなのかい、リリーシャちゃん」


 辛うじてリリーと店のおばさんの声が聞こえる。俺は無理やり人の間を分け入って、やっとリリーのもとへとたどり着いた。

 ここまで来るのに息が切れてしまった。人の波にのまれていたせいだ。俺は肩で大きく息をしながらおばさんに頭を下げた。


「ああ、ロア君もいたんだね、久しぶり。最近一緒に買い物に来ないから、今日もいないのかと思ったよ。ほんと、仲良しねえあんたたち」

「仲良しっていうか……」

「ほぼ家族同然だしね」


 俺とリリーは顔を見合わせて同時に肩をすくめた。それを見ておばさんが嬉しそうな笑い声をあげる。少したるんで二重になった顎のが揺れる。


「そうみたいだね、兄妹きょうだいみたいだね。久しぶりに仲のいいところを見せてもらって、おばさんなんだか嬉しくなっちゃったから林檎一つサービスしておくよ」

「ありがとうおばさん!! 今度アップルパイ焼こうと思ってたのよ。多い方がおいしいしね」


 料理の話で盛り上がる女性二人を微笑ましく思いながら少し離れたところで見つめていた。リリーには同年代の『女友達』がいない。小さいころから傭兵になるために剣術や魔術の練習をしていたため、遊ぶ機会がなかったというのもあるが、彼女自身が『作りたがらなかった』ことが、一番の原因だろう。理由はやはり判らない。たぶんまた、『ハーフエルフ』だから、というのが関係しているんだとは思うけど。

 しかもメルスタリオンのメンバーはほとんどが男だ。男には話せないこともあるだろう。リリーはいろいろ我慢してきたんじゃないかと、こんな風に女同士できゃらきゃらと声をあげているのを見ると思う。


「じゃあまたおいでね。いつでも新鮮な野菜を仕入れてるから」

「わかってるわ。それに、あたしおばさんのところでしか野菜買わないから安心して?」


 にこにこと笑いながらリリーは踵を返して俺のもとへと小走りでやってきた。そして先ほど勝った果物が入っている籠を俺の前に突き出して柔らかく微笑む。


「持って?」

「……はいはい」


 俺はため息をつきながらリリーから籠を受け取った。





 こんな調子で数軒回らされ、その度に増えていく荷物を持たされた俺は、家に帰る頃には両腕いっぱいに荷物を抱え込んでいた。

 リリーも少し持ってはいるが、『少し』だ。俺は辛うじて前が見えるか見えないかの量を抱えていた。玄関を開けて出迎えてくれたマイスが慌てて持つのを手伝ってくれたおかげで、荷物を床に撒き散らすことはなかったが。


「こんなにたくさん……いったい何を買ってきたんだよ?」


 受け取った荷物をカウンターに置きながらマイスは不思議そうに紙袋や籠の中を覗き込む。俺もカウンターに荷物を置き、はぁと大きく息を吐いた。いつものことだが、人遣いが粗すぎる。俺は相方リリーを横目で見て、もう一度息を吐いた。

 リリーは持っていた荷物を大切そうに抱えて楽しそうな笑みを浮かべ、マイスに顔を向ける。


「食糧と武器、あとはその他もろもろよ」

「なんだよその他もろもろって……」


 ふふっ、と笑ったリリーは軽い足取りで自室へと戻って行った。

 俺とマイスは顔を見合わせ、ほとんど同時に首をかしげ、リリーが消えていったドアの向こうを見つめる。


「何買ったんだろうな」

「さぁ……人が多すぎて何回か見失ってたから、その時に買ったんだと思うんだけど……」

「買い物は女の楽しみの一つらしいしな。よく妹が言ってた」


 懐かしそうに目を細めたマイスの横顔を見て、俺は「そういうもんなのかな」と口の中で呟くようにもごもごと言った。

 血のつながった兄弟のいるマイスを羨ましいと少し、思う。血のつながりが全てではないことは分かっているつもりだ。でも、それでも、繋がりがあるのは羨ましかった。俺は右手で頬をかきながらブーツのつま先に目をやり、複雑な心を隠すように笑った。

 そんな俺を見てマイスが不思議そうに目を見開いて俺の顔を覗き込む。


「どうした? 一人で笑ったりなんかして。なんだ、何か思いつめてんのか?」

「いや、そういうわけじゃないけど。ただ、ちょっと羨ましいなって思ったんだ、マイスのこと」

「えっ? 羨ましい?」


 マイスが、訳が分からないというように首をかしげた時、玄関のドアが僅かに開いた。そしてその隙間から艶やかな黒髪の、この辺りでは珍しい、確か『キモノ』という紫色にピンクの花をあしらった柄の服を身にまとった少女が顔を出す。


「『メルスタリオン』というお店は、ここであっていますか?」

「ええ、ここで間違いありませんよ。どうなさいましたか? ――とりあえず、中へどうぞ」


 マイスが女性をカウンターの奥の客間へと案内する。俺の横を通り過ぎる時、少女が足を止めた。そして俺を一瞥してゆるりとした動作で頭を下げる。酒の匂いがほんの少しだけ香った。目尻に塗られたあかの化粧と猫のような細い瞳孔の彼女に違和感を覚える。

 俺も彼女と同じように頭を下げた。それを見届けてから彼女はマイスの後を着いていく。

 なんだろう。人間以外の気配がした。ただ、魔物モンスターではない。じゃあ、なんだ?

 ぱたんと閉じられた客間への扉を振り返って見つめ、一人首をかしげた。

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