第一話 これが俺たちの仕事
新連載『僕らの誓い』は様々な絵師様からキャラクターを提供していただきました。
これから彼らをうまく動かせるかどうかは分かりませんが、全力で取り組ませていただきたいと思っています。
よろしくお願いします!!
「まてぇ! こんにゃろぉぉ!」
肩で息をしながら薄暗く狭い街路字を駆けていく。乾いたレンガでできた石畳が、俺たちの靴の下で大げさな音を立てて鳴る。狭い路地のため、音が反響してるのだ。俺たちのバタバタといううるさい足音に窓から顔を覗かせて「静かにしろ!!」と叫ぶおっさんも居たり、この狭く日当たりの悪い場所になぜか干されている洗濯物を顔にひっかけたりとなんとも面倒なことになっている。
俺の目の前にはちっこい犬。
なんで犬を追いかけているのかと言うと、今回の依頼はこの犬の捕獲だからだ。
物凄く稼ぎは少ないけれど、しかたがない。俺は依頼主の顔を思い出して少し消沈した。
このご時世、平和そのものの帝都の傭兵なんて、何でも屋にでもなり下がらなければ稼ぎは得られない。小さな依頼でも収入が得られるのだ。無駄にはできないのだ。
「あの犬っころ……捕まえたらみじん切りにしてやるぅ……」
「よせよ、リリー。一応あれ、依頼品だからな?」
「わかってるけど!」
隣で肩まで届く銀のセミロングの髪を振り乱して走るリリーが網の細い柄を折れてしまいそうなほどに強く握っている。外見はか弱い美少女に違いないのだから、もうちょっと女らしくすればいいのに。
それに、とてつもなく短いスカートも……あんまり乱暴に走ると中が見えそうでひやひやする。
リリーは俺の相棒で、本名は『リリーシャ』という。なんか長いから俺は『リリー』って呼んでるけど。
もともと気が長い方ではない彼女はこの犬を追っかけまわすという単調な仕事に飽き飽きしているはずだ。
いつ魔術を発動させるか……それを考えると胃が冷える。
俺がそんなことを考えている間に犬はちっさい隙間に入ってしまった。
ここは流石に人は入れない。
「あー! もうなんなの!? 犬のくせに!!」
リリーはそう言い捨てると手で構えをとった。……て、いやいやまずい!
「わー! 待て! 落ち着け!! ここ街ん中だから! 魔術発動させたらマジでやばいからっ!!」
慌ててリリーの魔術を止める。
たぶん、さっきの詠唱からして捕獲系の魔術だろう。魔法陣にいくつもの柱を立て、その範囲内から敵を逃がさないようにするための魔術だ。範囲が馬鹿でかくて、とにかく危ない。なにもない平原なら別に構わないが、街中、となると話は別だ。下手をすれば、家の中とかに柱が立って、破壊するかもしれない。
俺たち人間は、魔術のことは知らないし、使えない。
使えるのは『エルフ』と、そのエルフの血を譲る『ハーフエルフ』だけだ。
リリーはハーフエルフなのだが、自分では断固として『人間』だと言い張っている。
……別に、ハーフエルフが駄目とかじゃないのに、なんでそこまで嫌うのかが俺には分からない。
詠唱を止められたリリーが不満そうに俺を見上げてきた。そして、唇と尖らせて腕を組む。澄んだターコイズの瞳は釣りあげられ、ものすごく苛立っているようだ。
「魔術使えば確実に捕まえられると思うんだけど? このままずぅっとあの犬っころの尻尾追うわけ? 無理! 絶対無理だって!!」
そう喚いて髪をかき上げたリリーは、近くにあった石を思いっきり蹴り上げた。石はものすごいスピードで飛んでいき、犬が入って行った隙間にうまく滑りこんで行く。
そして。
「きゃん!!」
……すげー嫌な声を聞いた。どうやら石が犬に当たったらしい。
いや、俺たちが追いかけてる犬以外にもこの街には犬がたくさんいる。きっと他の犬にでも当たったんだろう。そんなうまい具合に犬に当たるわけがない。そんなことがあってたまるか!!
だが、リリーは隙間を覗きこんでその鳴き声がした方を凝視した。
そして、今まで仏頂面だったのがまるで夢であったかのようにかわいらしい少女の笑みになる。俺はその笑顔を見て顔が引きつっていくのが分かった。
「よっし!! 当たったぁ!! 行くわよロア!!」
「……嘘だろ、マジかよ……」
俺は少しだけ肩を落としながら首を振った。長い襟足が弱弱しく揺れる。
ハーフエルフのリリーは物凄く視力がいい。
エルフってのは、人間には不可能且つ理解不能な技術、能力を持つ。魔術もそうだが、リリーのように、人間では絶対にあり得ない視力を持つ者がいたり、耳がものすごく良かったり、運動神経がすごかったり、知能が半端なかったりと、とにかく凄い。
だから、たぶんリリーの言うとおり、あの犬に当たったのだろう。
ああ。どうしよう。依頼主に怒られないだろうか……
俺は大きな溜息をついて先に駆けたリリーの背中を追った。
「ご迷惑をおかけして、ほんとごめんなさいねぇ」
依頼主はお得意様だったりする。丸々と太ったご婦人で、こういうちっこい仕事をよく俺たちに押し付けてくるのだ。……ある意味営業妨害なのではないだろうか。
このご婦人はこのあたりではそこそこ金持ちの部類で、家も大きい。庭にも手入れが行きとどき、花や木々が生き生きとしてるのが分かる。このご婦人、俺が小さいころはすらっとしていてかなり美人だった記憶があるのだが、最近着実に体が丸くなってきている気がするような。
俺は姿勢を正してご婦人に向き直った。
「いえ、またお願いします」
「……二度と頼まないでよね」
目を回した犬を手渡しながら礼儀を述べた俺の後ろでリリーが小さく呟く。俺は少し小突いて「我慢しろ」と目だけで言った。
少し膨れたリリーはツン、とそっぽを向いてしまう。
もともとこのご婦人が嫌いなリリーはいつもこんな態度をとってしまう。俺と同じく、小さなころからこの家には何度も訪れているのだが、そのたびにリリーは「もっと大きい仕事を寄こせ」「自分たちはお手伝いじゃない」などと喚いていた記憶がある。
「それにしても大変ねぇ、傭兵さんも。お仕事、減ってきているんでしょう?」
「まぁ、そうなんですけど」
心から言ってねーなこの人。
犬を撫でながらそう言ったご婦人に俺は苦笑いを返した。
ここ最近、帝都で国王が死に、それを機に……なのかはよく分からないが戦争が終わった。国王の代わりに政府が権力を握ったらしいが、何一つとして変わったところは無い。たぶん、これからも変わらないのだろう。それに、変わったところで俺達には関係ない。正直なんで戦争が起こっているのかもよくわからないまま俺たちは戦場にかり出されたりしていた。
どこの国とどこの国が争っているのか。どうして争っているのか。何が原因でそうなったのか。
今となっては関係ない話だ。
そんな事を思いながら婦人の長話に耳を傾けていると、急に婦人の目が丸くなった。
何事かと首をかしげると、突然ぐい、と後ろから髪を引っ張られる。
「いって!? ちょ、リリー!? な、何してんだよっ!?」
「うっさい!! 目の前をちらちら……」
ぶつぶつと何かを呟きながらリリーはす、と短剣をとりだした。
……まさか。
「待て! ちょい待て!! なんでそうなる!? 落ち着け」
「一部分だけ伸ばしたって何の意味のないでしょ!?」
言うや否や俺の返事を無視してリリーは俺の髪の根元に勢いよく刃を滑らせた。
ぶっつりと髪が切れる感触が伝わってくる。途端、頭が軽くなって俺は少しよろめいた。
「ほら。これですっきりした」
振り返った俺に満足げに言うリリーが俺の黒髪を握りしめて笑う。そして短剣を手の中でくるりと回し、腰の鞘におさめた。
腰まで届くほど長かった襟足が弱弱しく握られているのを見て、俺は何だかむなしくなる。
「あらぁ、いいじゃない! そっちの方が男前よぉ」
「…………」
流石に声も出ず、俺は左右を女に囲まれて黙り込んだ。
そんな平凡な――昼下がり。