第6話:収容所への手紙と帝国の影
「ノアちゃん。ミッションあるよ。」
ミナさんのテンションは高い。
(……絶対なにかあるやつだ。)
少しだけ緊張感が上がる。
「今回は受け渡しだけの簡単なミッションよ。」
「本当に、簡単ですか?」
「本当よ。」
その笑顔が一番信用ならない。
机に置かれたのは、二通の同じ封書と――札束。
(……あ、もう簡単じゃない。)
「わかりました。正規軍の入国後、反政府組織に渡せばいいんですね?」
「うん、そうそう。ただ気をつけるのは“場所”じゃなくて“人”だからね。」
「人……ですか?」
「そうよ。場所は変わるけど、人は変わらない。向こうが会いたいのは“受け取る人”だけ。」
ミナさんは当たり前のように言ったけど、
“人を探す”って言葉だけで嫌な予感しかしない。
(……位置情報じゃないんだ。顔も分からないのに。)
「じゃ、行ってらっしゃい。ノアちゃん、ちゃんと渡すだけでいいからね。」
「はい……。」
ただの受け渡しミッション。
お金は賄賂だろう。
二重封書には意味がある。
そして、ミナさんは全部知ってる。
でも私は――何も知らない。
カバンを抱えて深呼吸。
空港へ向かう通路は、いつもより長く見えた。
(行くしかない。ミッションだから。)
搭乗口のアナウンスが遠くで響き、
私はゲートへ歩き出した。
向かうのは、サリヤ・ムルハ共和国。
独裁政権で、治安は悪い。
首都周辺だけは“安定している”と聞くが、郊外はずっと戦火が続いている。
飛行機が雲を抜けると、
窓の下にアル=ラシード共和国が見えてきた。
砂漠の端にある、小さな空港。
滑走路ではジープが巡回し、兵士がライフルを肩にかけて歩いている。
(……久しぶりだなぁ。)
アル=ラシードは、
サリヤ・ムルハ共和国の南の国境と接している。
ここを越えれば、そのまま紛争地帯に入る。
機体は国境線に沿って北西へ進み、
やがて砂漠の色が、より“灰色”に変わっていった。
(……空の上からでも、空気が重いのが分かる。)
遠くに黒い煙が上がっている。
砕けた建物の影が砂の上に広がり、
ところどころで火の跡がまだ赤く残っていた。
飛行機はゆっくりと高度を下げ、
サリヤ・ムルハ共和国の首都空港が見えてくる。
白いはずのターミナルは、
煤にまみれて灰色に見えた。
(……着いた。)
入管のゲートは簡単。
「何しにきた?」
「手紙のお届けです。」
ベージュ色のカーキ迷彩の服装の若い人だ。
他の国より少し若い人が多い。
全員、ライフルを携行している。
あとは勲章をつけているが、人によって違う。おそらく階級章だろう。
軍人が連絡を取り合っている。
「まぁいいだろう。」
荷物を肩にかけた瞬間、背後で誰かの視線を感じた。
振り返ると、空港の隅に立つ兵士がちらりとこちらを見ている。
(……やっぱり見られてる。共和国とは全然違う。)
玄嶺帝国とは質が違う。
あれは“疑い”だった。
でもここはもっと……
“巻き込む気だ”という目だ。
ターミナルの外に出ると、
砂埃の中から古い軍用車が一台だけ停まっていた。
ドアに描かれた紋章は、正規軍のもの……のはずだ。
運転席の男が片手を上げた。
「郵便団だろ? 乗れ。反政府側へ案内する。」
(……なんで知ってるの?)
「どうして私が行く場所を?」
「知ってるに決まってるだろ。
“お前が来る”って、向こうから通告があった。」
「反政府組織が、ですか?」
「いや──正規軍の上層部だ。」
男の声は淡々としていたが、
“意味を考えるな”と言われているようにも聞こえた。
(正規軍が、反政府組織の面会相手を知っている?)
体の奥が冷たくなった。
──その瞬間だった。
カバンの中の二重封書のことがふと頭に浮かんだ。
(……もしかして、私、二つの相手に“同じ手紙”を届けるの?)
ミナさんの笑顔が脳裏に蘇った。
あの笑顔が一番信用ならない理由を、
今さら思い出す。
「まずは手紙をもらうぞ。」
私は手紙を渡す。一つ手紙を取られた。
「あのう。手紙は常に持ち歩いてないといけないんですが。」
「ちょっと待て。」
しばらく待たせてしまった。
「手紙を返すぞ。まずは砂漠の道案内人まで連れて行く。」
手紙をかえされてジープに乗る。
2時間くらいだろうか。何もやることのない。機関銃のついてくるまでに運転手独りでなく二人にも囲まれる。楽に楽にできない姿勢が続く。
「ついたぞ。反政府との境界だ。ここの村には誰かいるはずだ。」
そう言うと下ろされてしまった。
(まさか、聞き込みかぁ)
正規軍のジープが砂煙を上げながら去っていく。
残されたのは、乾いた風と、低く軋む木の看板だけ。
(……本当に“誰かいる”の?)
看板には古びた文字で「アッサム」と書かれていた。
村というより、砂の上に取り残された数軒の集落だ。
歩き出した瞬間、どこからともなく小石が転がった。
視線を感じる。
でも、姿はない。
「……郵便団です。ルカ・オルセンさんに関係がある手紙を……」
声を張ったが、返事はない。
風の音と砂の擦れる音だけが耳に残る。
しばらくすると、建物の陰からゆっくりと人影が現れた。
フードを深くかぶった、老人のような、若者のような、年齢の掴めない人物。
「郵便団が来るとは……珍しい。」
低い声。
だが敵意は感じない。
「あの、ルカ・オルセンさんの──」
「静かに。」
フードの人物が口元に指を当てた。
その仕草だけで、背筋がひやりとする。
「名前を大声で呼ぶな。
……この辺りでは“危険な名前”だ。」
(危険? ルカが?)
フードの下から覗く瞳が、砂色の光を帯びていた。
「ルカの居場所を知っているわけではない。
だが、“最近までここにいた”ことは確かだ。」
「ここに? どうして……?」
「それを知っているのは私ではない。
案内人が必要だろう。」
人物は顎で、村のさらに奥──ひび割れた井戸のほうを指した。
「あそこに“追放された医者”が住んでいる。
名前は……ネレフ。
あいつなら、ルカと最後に話したはずだ。」
「ネレフさん……ですか?」
「ただし気をつけろ、郵便団。
ネレフは“反政府側”の人間ではない。
……正規軍にも属していない。」
(じゃあ……誰?)
老人は背を向けながら、ぽつりと呟いた。
「この国には、三つ目の影がある。
正規でも反政府でもない“もうひとつ”。
ルカは、その影に触れた。」
砂風が吹き、フードが僅かに揺れる。
「行くなら急げ。
夜になると、この村は“誰のものでもなくなる”。」
(……ルカ・オルセン。
本当に、ただの差出人なの?)
「ありがとう。お願い事聞いてくれる?」
教えてくれた人が正しくても正しくなくていい繋がりがあればと思った。
ノア2つの手紙のうち一つとお金を渡す。
「一つお願い事を聞いて、この手紙関係ない人に他の街に届けて捨ててくれない。」
そう言って渡した。
理由は、私の手紙ではないからだ。偽造された手紙だ。
郵便団の手紙には不正防止の量子繊維透かしが入っている透かしの技術は偽造できる。
量子繊維透かしは偽造できない。だから本当の手紙ではない。おそらく追跡装置があるかもしれない。
ここで捨てれば、バレる。だから移動していることしたいのだ。そこまでの追跡はできてもたどれないだろう。
その言葉だけを残して、老人は砂煙の中に消えた。
私は大きく息を吸い、井戸のほうへ歩き始めた。
老人の姿が砂煙に消えると、村は嘘みたいに静かになった。
偽造封筒を他の街で捨ててもらったことで、
追跡の“足跡”は完全に分散した。
(……ここに長くいると、本物のほうまで追われる。)
ネレフがいる場所は、アッサム村ではない。
井戸の奥をさらに越え、
“反政府領域の中でも、地図から消された区域” にあるらしい。
私は歩き出した。
砂が足に絡む。
風もなく、音も消える。
地面の色が少しずつ茶色から青黒い石に変わっていった。
しばらく進むと、
古い看板の欠片が岩に引っかかっていた。
『――ム・シート村』
(読めないけど……ここでいいのかな?)
さらに歩くと、
崩れた石壁と、乾いた井戸、
それから小さな小屋がぽつんと見えた。
アッサム村とは違い、
人の気配がまるでない。
けれど、小屋の前だけ砂が踏み固められている。
誰かが、毎日出入りしている足跡だ。
(ここだ……ネレフがいる。)
私は、小屋の前まで歩き、深呼吸した。
ドアをノックしようと手を伸ばした瞬間――
中から声がした。
「入れ。……郵便団だろう?」
(えっ……どうして分かったの?)
「ルカ・オルセンを知っていますか?」
「その名前は知っている。でもすでに死んでいる人間だ。」
予想外の返事だ。送り主はすでに死亡している。
なぜその名前が出る。それに反政府組織に渡す手紙だ。
帝国の件を思い出す。
「差出人はわかるのですが、誰に渡せばいいか分からないです。反政府組織につなげてくれませんか?」
ネレフが小屋を指さす。
「少し時間が欲しい、つなぎに連絡するから、あとは一緒にいけ。」
そう言うとネレフは消えてしまった。
あとは小屋で待つばかりだ。
日がくれると気配がする。
「お前が郵便団か?」
「はい。郵便団のノアです。」
その後は順調だった。拠点をいくつか周り、次々場所を変わる。
どうやらバレないように複数の拠点があるようだ。その中にルカ・オルセンの手紙を知っている人を探したようだ。
5つくらい拠点を回ったあと、手紙の受け渡しをして終了した。
情報は毎回見せている。誰が本当の担当者はわからなかった。おそらく受けとった人も届き先ではないのだろう。
サリヤ・ムルハ共和国からの帰りの飛行機は、やけに静かだった。
砂の匂いがついた上着を抱えたまま、私は郵便団の本部へ戻る。
夜の本部は、昼とは違う。
照明が落とされ、廊下の空気も冷たい。
受付の前に立つと、ミナさんではなく──
「おかえり、ノアちゃん。」
ミヤさんがいた。
(……あれ? どうしてミヤさんが?)
「今回のミッション、特別扱いだからね。
本部が直接確認したいって言ってるの。」
いつもより声が低い。
笑顔だけど、目が笑っていない。
「中、入って。」
案内されたのは本部奥の会議室。
机にはモニターと紙の書類が積まれていた。
ミヤさんが椅子を指す。
「では、報告お願い。
──“現場のノアとしての判断”を聞かせて。」
「はい。」
私は深呼吸して、ミッション記録を読み上げた。
•差出人不明(名義はルカ・オルセン)
•受取人候補は不明
•ネレフという医者を介して複数拠点を移動
•1通は偽造されたので破棄
•最終的に受け取った代理人は正体不明
「未達にしたのがいいかわからなくて。」
2通の手紙だから一枚は失敗になる。でも報告は一つ判断ができない。
「偽装手紙を破棄した判断──本部も同じ結論よ。」
「完達と思っていいじゃないかな。」
(……正しいかは分からない。でも、私は“届ける”ことだけを選んだ。)




