第4話:光の大陸と隠密任務
飛行機が高度を上げた頃、端末が震えた。
通信が入ったのだ。
「ノアちゃん、おつかれさま。今回も完達、大成功ね。」
ミナさんの声だ。
「ミナさん……なんで、もう分かるんですか?」
「私はノアちゃんの担当よ? 行動ログも、生体認証も、条件チェックも全部オンライン。
見てるのは当然じゃん。今回は“条件付き”だったでしょ? ちゃんと確認できたみたいで、えらいえらい。」
端末は緊急用に常時接続されている。
生体認証も本人確認も、本部にリアルタイムで送られている。
位置情報も監視されているから、危険があれば救助が入る。
ただし、細かい指示は来ない。
配達員の判断を尊重するのが郵便団の基本だ。
困ったときに相談すれば繋がる――それで十分とされている。
「……あの、指輪もらったんですけど。返さなくていいんですか?」
「そのまま大事にして。次にあの国へ行くとき便利だから。
でもね、人に貸すのは絶対だめよ?」
「はい……。あの手紙なんですけど、本当にあれで良かったんですか?
内容、全部 筒抜けでしたよね?」
ミナさんが、わずかに沈黙した。
「……もう終わったことだし、いいか。
あれで和蘭との交渉がまとまったのよ。
ナジャール族には必要な物資が届いて、ガルダン族には支援物資が配られた。
それで一件落着。」
「えぇ〜……。」
あまりにもあっけない。
でも、そもそも大規模紛争ではなかったのだ。
和蘭は以前からアル=ラシード共和国へ救援物資を送っていた。
ただ、部族ごとの配給ルートが違い、
“どの部族がどれだけ受け取るか” をめぐって揉めていた。
そんな中、和蘭の調査員がガルダン族の族長に会う前に、
別派閥のガルダン族と遭遇してしまった。
その派閥が
「配給の不公平を正すべきだ」
と考え、人質事件へと発展したのだ。
郵便団も和蘭も「内政への非干渉」を原則としている。
だから、和蘭側も共和国側も“どの部族へ物資を優先させるか”を指示できない。
そして――
事態は、誰が悪いとも言えないまま動けなくなっていた。
「今回の合意内容はね、
『人質に怪我がなければ、和蘭は支援物資を増やす』
『共和国は支援優先順位を調整する』
ってものだったの。」
「……それって、けっこう大事じゃないですか。」
「大事よ? だから共和国も神経質になってた。
もし和蘭側に被害が出たら、武力行使もあり得たんだもん。
でも、多種族国家だから下手に優遇すると内部バランスが崩れる。
反政府側も後には引けない。
――つまり誰も動けなかったの。」
なるほど。
だから和蘭は“怪我の有無”を確かめたかったのだ。
「……あの手紙、本当にお母さんからなんですよね?
どうして交渉に使われるんですか?」
「母親が書いたのは事実だよ。
不正もなかった。差出人調査も問題なし。
でも――どう使われるかは、私たちには追えない。
それが郵便団でしょ?」
ミナさんの声が少し落ち着いた。
「今回の“条件付き”っていうのは、
本当は “怪我の確認” が目的だったの。
手荒に扱われていないか。
本人であるか。
それだけ分かれば、和蘭は動けた。」
「……じゃあ、私の完達が……」
「そう。
ノアちゃんの“本人確認”と“無傷の証明”が、
和蘭と共和国の交渉材料になった。」
ミナさんは明るく言った。
「郵便団はね、取引はしない。内政には干渉しない。
でも“事実”だけは届ける。
今回は、その“事実”が、たまたま誰かの駆け引きに使われただけ。」
通信が切れると、
私はしばらく画面を見つめていた。
――私の完達は、ただの手紙じゃなかったのか。
知らない場所で、知らない誰かの思惑に利用されて。
それでも任務は任務だ。
窓の外では、雲が静かに流れていた。
(……でも、手紙は確かに届けた。
それが私の仕事。)
胸の奥が少しだけ重く、
それでも不思議と誇らしく感じた。
(……私、郵便団になってよかったんだよね。)
学生の頃、社会勉強として“現場の声”を聞く課題があった。
たまたま声をかけたのが、配送員だったミナだ。
それが、すべての始まりだった。
ミナは、あの落ち着いた笑顔のまま、世界の現状を淡々と教えてくれた。
世界は今、三大国の対立で揺れている。
だが、小国も文化も価値観も多様で、誰が誰と組むのか――
その地図は常に揺れ続けていた。
そしてミナは言った。
「国際平和郵便団はね、“国じゃない国”なんだよ」
国名すら持たず、外交関係にも属さない。
中立を保つため、あえて“名無しの国”として存在している。
ほんの小さな島国。
しかし周囲は断崖と渓谷に囲まれ、外からの侵入はほぼ不可能。
強大な軍隊も領土野心もない。
けれど、攻め込んでも奪うものがないため、誰も手を出せない。
だから、どの国へも足を踏み入れられる。
“干渉しない”という一点だけを、徹底して守り続けるからだ。
もちろん、その代償として――
郵便団はスパイ行為を絶対にできない。
手紙も荷物も、暗号や合図は細かく監査され、
世界に害が及ぶ可能性が微塵でもあれば却下される。
ただ「届ける」だけ。
ただ「会わせる」だけ。
だからこそ、面会謝絶の施設すら扉を開く。
どんな国でも、私たちにだけは“入局”を許す。
世界は広いようで狭い。
多くの国が互いを警戒し、行き来は難しい。
だからこそ――
国際平和郵便団の存在には、価値がある。
あの日、ミナが教えてくれた言葉が、今も胸の奥に残っている。
(……正しいかどうかは分からない。でも、届けたのは事実だ。)




