第2話:反政府組織の境界線
「ノアちゃん、おはよう。」
「ミナさん、次の仕事ある?」
「あるわよ。条件付きミッションね。」
ミナさんは担当の受付嬢だ。
手紙の案件は受付嬢が判断して割り振る。
複数の依頼が同時に動いており、受付嬢が「できる」と判断した職員だけがその依頼を受けられるのだ。
条件付きということは──評価されたということだ。
「今回の仕事は、アル=ラシード共和国の反政府組織への手紙。」
「条件は本人確認ね。」
本人確認は、ただの生体認証だけではない。
本人“だと思える”特徴の確認も含まれる。
生体認証はスキャンででき、精度も高い。
ただ昔は“部位を交換して生体認証を突破する”犯罪が流行った。
今の制度では部位欠損でも問題はないのだが、名残として手作業の本人確認が残っている。
追加料金の制度だけど、依頼主が要望したのだろう。
「危険はないと思うけど、手続き多めだから気をつけてね。」
ミナさんから手紙と指示書を受け取り、カバンにしまう。
アル=ラシード共和国へ向かう飛行機に乗る。
機内で内容を確認する。
1. ナジャール族に会い、入国の許可を得る
2. ガルダン族に会い、通行許可を取る
3. ガルダン族系の反政府組織に会う
4. 捕虜と面会し、生体確認して手紙を渡す
和蘭王国より手間が多そうだ。
アル=ラシード共和国の支配はナジャール族だ。
ただし影響力は地域によってまったく異なる多種族国家。
そのため場所ごとに許可が必要だ。
ガルダン族は中立に近いが、地底の守り人として岩山周辺に住んでいる。
今回の身代金要求は“和蘭王国への食糧援助”。
だがこれに応じるわけにはいかない。
交渉すれば、他の援助部隊も人質にされる危険がある。
国際平和郵便団は
• 第一条:内政への非干渉
• 第二条:取引の禁止
が定められている。
私ができるのは、手紙を届けること。それだけ。
飛行機が着陸する。
砂霧の立ち込める空港。
白いターミナルが霧の隙間から現れる。
砂っぽいが、どこか神殿のような輝きを放つ。
アル=ラシード共和国に到着した。
入管では X 線レーダーと金属探知機だけのチェックだ。
戦争中なので武器・危険物には特に厳しい。
「手紙は……ここでチェックしていただけませんか?」
X 線に通そうとした瞬間、つい口が出てしまった。
改ざん防止には“目の届く場所”で確認してほしい。
「わかった。ここで確認する。」
検査員は手紙だけ手元で開封し、中身を確認してからノアに返す。
入国は問題なく終わった。
砂漠の果て、陽光を反射して白く脈打つ巨大な廟があった。
砂紋のように滑らかな外壁は、遠くから見ると蜃気楼に溶ける。
聖霊王ル=ザハル・アル=ナディールが眠るとされる。
「ザハル聖霊廟」。
純白の“月砂石”は光を受けて青白い膜を揺らす。
尖塔を通り抜けた風は、わずかに歌声のような響きを生む。
生と死の境界が、砂光の中にかすかに揺れていた。
王宮──ナジャール族の本拠地へ向かう。
「郵便団です。入局許可をお願いします。」
共和国では、国王への挨拶が基本だ。
「よく来たね。余がザハルだ。」
屋外で王が直接応対してくれたのには驚いた。
「入局の許可を。」
ザハルは小さな金色のリングを手渡す。
「何かあればこれを見せよ。敵意なしの証だ。」
ノアは右手の中指に指輪を嵌める。
小さな刻印が光る。
「ありがとうございます。」
ザハルは微笑み、宮殿へ戻った。
「次はガルダン族だね。」
都市は活気に満ち、テントと商店が立ち並ぶ。
電子機器や食料品も売られる混沌の市場。
「どこへ行くの、ねぇちゃん?」
振り向くと男が手招きしている。
「ガルダン族の長に会いたいんですが。」
男はノアの指輪を見て目を細める。
「ザハル様の友か。なら紹介するよ。」
タクシー運転手らしい。
別の運転手と相談している。
「バラウト様に会いたいのか? 理由は?」
「はい。ガルダン族の反政府組織へ手紙を届けたいのです。」
男は軽くむっとした顔で手紙を見る。
「それ薬指じゃなくて中指ね。バラウト様に笑われるぞ。ほら行くぞ。」
タクシーへ乗せられ出発。
「指輪って場所が大事なんですか?」
「大事大事。右の中指は“友”。
左は“契りの証”。
2本はダメ。裏切りになる。」
「場所で意味が違うんですか?」
「そう。左の中指は主君への“絶対服従”。
右は友情、守る証。
左が最上級で、右が格下。
指輪がないのは“自由”。
異性につけるなら“好意”って意味だ。」
ノアは口を閉じた。
バラウトは察してニヤリと笑う。
(ザハルが笑うってことはそういう意味だったのか。すぐに宮殿に戻ってくれてよかった。)
「あとは、息子に案内させるから頼むな。」
バラウトは若い男性を紹介してくれた。
「ノア様、今から行けば明日の昼すぎには着けますよ。今日中に車で移動して、途中で野宿。明日は徒歩移動になりますが、大丈夫ですか?」
車で野宿しなければ移動に時間がかかるという意味だ。
「じゃぁ。お願いします。」
すでに準備はできているようだ。
郵便団は最低限の食料は持っているが、携行食と水は濾過装置だけだ。
先方の準備はしっかりしてあった。郵便団は最低限の荷物しか持っていない。
岩をくり抜いた壁が続く道、トンネルと崖ばかり。無機質で単調な道だ。
「紛争なんてやめればいいのに。」
暇でポツリと言ってしまった。
「そうだよね。喧嘩を好まない種族ばかりなんだよ。」
「なんで争いに? 話し合いで解決しないの?」
「そうだね。争いで解決できればいいけど、許せないことってあるよね?」
「でも妥協も大事でしょ?」
「もし暮らしている人数に水が足りなかったら譲れる?」
「他の国から協力してもらうとか?」
「そう。1口の水で我慢する部族もいる。でも湯水のように金を使い取引する部族もいる。でも金を使うには大量の資源を掘る。そういう行為を、水は我慢できても“許せない”部族はどうする?」
「もともと少ない水で我慢していたらできるんじゃないの?」
「金の算出量が世界一、石油も大量に眠っている。誰もが欲しがる資源がある。でもお金で解決できる水はどっちが大事?」
「お金かな?」
「そう。じゃあ俺とノアさんは敵だね?」
「なんでそうなるの、我慢するよ私は。」
「水いっぱいの水、我慢するのにここの石どのくらいと交換する?」
「石なんてお金にもならないじゃん。」
「そう。俺たちはその“もの”を大切にしている。岩の中で生活することが大切なんだ。ナジャール族も砂に生きている。ナジャール族は聖霊の自然が弱まると力が出ないから、破壊されることを嫌う。私たちは“何を守るか”その尊厳を大切にしている。だから守るべき証が指輪なんだ。」
「なんで指輪?」
「金はあちこちで取れるからさ、昔から指輪にして渡す文化があるんだよ。俺たちにとっちゃ“石と同じくらい大事な証”ってわけ。水を買うための資金なんだ。その指輪、純金だから売れるよ。」
「売るなんて。」
「そう。“金は価値を理解する人だけが持つべき”。俺たちは石と同じ。だからその指輪を持ってくれていることが嬉しいんだ。」
「大切にします。」
「いやいいよ。この指輪の価値は、本来見えない価値を認めるという意味がある。だからすべての指輪に印があり、誰が大切にしているか、誰がどれだけ大切かの証明なんだ。」
「今回の指の順番もそういうこと。本来、喧嘩はしたくない。でも許せないものが人それぞれってことなんだ。」
「やっぱり、許せないものはあるよね。」
「ごめん、つい説明しすぎた。みんな言い合っても伝わらないんだ。ノアさんは指輪を渡すのがその人が信用を保証するんだ。だからつい話しちゃった」
自分のつけている金の指輪を見た。
(友情証かぁ。私は何もしていないのに。)
車の移動は単調で話が進んだが、あとは地獄だった。
眼下に広がるのは、果てのない“沈黙の大地”だった。
砂ではない。
岩でもない。
**黄焔石**は振動を吸い込む性質があり。
足音も、風の音さえも消えてしまう。
別名、沈黙の大地だ。
熱で歪んだ空気越しに波のように揺れている。
一歩踏み出せば足裏が焼けるほどの熱。
風が吹いても砂埃さえ起きず。
ただ、空気そのものが“光の粒”となって舞い上がる。
砂漠だって大変なのに、どうしてこんな地が拠点なのと思う。
確かに自然の要塞とも言えるが、監獄でもある。しゃべるより歩くので精一杯だ。
「ノア、着いたぞ。ここが到着地だ。」
穴の縁から覗くと、下で青白い光がゆらめいていた。
熱風ではなく、ひんやりした湿気が頬を撫でる。
この国では珍しい“冷たい空気”だった。
「ここってオアシス?」
「そう。内陸の地底湖、カリースだ。」




