番外編:ユイの過去と心の傷
シーン1:抑圧された少年時代
6年前(ユイ、10歳)
静かな地方都市のアパート。佐伯家のリビングは、重苦しい雰囲気。佐伯ユイの父親・佐伯剛志、元自衛官の硬派で威圧的な男が、テーブルで新聞を広げる。10歳のユイは、華奢な体にボーイッシュな服、肩まで伸びた髪を「男なら男らしい髪型にしろ」と無理やり短く切られたばかり。
ユイはソファの隅っこの方で、アイドル雑誌を手に持ち、夢中になって読んでいる。キラキラした世界に心がふわっと軽くなる瞬間、剛志の声が雷のように響く。
「ユイ! またそんな女みたいな本読んでるのか!?」
ユイが顔を上げると、剛志が険しい顔で睨んでいる。剛志に雑誌を取り上げられ、ユイは縮こまる。
「ご、ごめんなさい…。でも、好きだから…」
剛志が顔を真っ赤にして叫ぶ。「佐伯家の男が、アイドルだのなんだの!もっと男らしくしろ!」
雑誌はゴミ箱へ。ユイが目に涙を浮かべるのを、母親の清美は心配そうに見ているが、夫の逆鱗に触れることを恐れてか、じっと黙っている。
小学校では、ユイはその中性的な顔立ちや仕草から、「女の子みたい」と子どもの頃から男子にからかわれることも多かった。一方で、女子にはその端正な容姿から「ユイちゃん、可愛いね」とチヤホヤされ、ユイ自身にも、剛志の言う「男らしさ」というものが何なのか、よく分からなかった。
歌うことが好きだったユイは、学校の放課後、近所の公園でこっそり歌うことが多かった。人気のJ-POPの女性アイドル曲を歌うユイ。歌っている時だけ、「自分が自分のままでいい」と思えた。
ある日、ユイが自宅に戻ると、剛志が「ユイ!清美から聞いたぞ!男がアイドルごっこだと!? 恥ずかしいことすんな!」と激高する。
ユイが公園で歌っていたのを、近所の団地のおばさんが清美に話していた。「ユイちゃんが女の子みたいな歌、歌ってる」というその女性の話を、心配性の清美が「あの子、何か気持ちを隠してるんじゃないかしら…」と、ふと漏らしたのを剛志が耳にして、清美が止めるのも聞かずにユイを問い詰めたのだった。
剛志の怒りは収まらず、ユイの集めていたアイドル曲の中古CDは、全部捨てられていた。ユイは泣きながら「歌うの、悪いことじゃない!」と叫ぶものの、剛志は顔色ひとつ変えず聞く耳を持たない。
「お前は俺の息子だ。みっともないことするな!」。ユイの小さな反抗も、剛志の「男らしくしろ!」の一言で潰される。
ユイは夜、布団の中で泣きながら呟く。「歌いたい…キラキラしたい…。でも、ダメなんだ…」。
それ以来、ユイは歌うのをやめた。自分を押し殺して、父親の「男らしい息子」を演じた。ユイの心には深い傷が刻まれ、父親の抑圧は、ユイの「自分」を閉じ込める檻となる。
シーン2:仮面の始まり
中学1年、転校先の学校(ユイ、13歳)
父親の転勤で引っ越した新しい街。誰もユイの過去など知らない学校。「どうせ誰も、私のことなんて知らないんだし…」。
ユイは、気弱な少年の姿を捨て、試しに女の子っぽい「ぶりっ子」を演じてみる。以前より少し伸びた髪に、高い声、ニコニコ笑顔、わざとらしい仕草。
「ねぇ、みんな、よろしくね〜♡」
ユイの容姿と天性の魅力も相まって、クラスメイトたちは「めっちゃかわいい!」「超絶かわいくね!?」と騒ぐ。
クラスの女子たちはユイと音楽の話題で盛り上がり、男子たちはユイの女性的な仕草にドキッとして人気者に。ユイは心の中で安堵する。「この学校の中だけなら…父さんの呪縛から、逃れられる…」
でも、歌はまだ怖い。夜、自室の隅でこっそりハミングするが、誰かに聞かれる恐怖で声が震える。「もしバレたら…また否定される…」
そんなある日、中学2年の文化祭。友達に無理やりカラオケ大会にエントリーされ、ユイは震えながらステージへ。
かつてよく歌ったJ-POPのアイドル曲を歌う。最初はガタガタに震えていた声が、観客の拍手に後押しされ、だんだん力強くなる。
「キラキラの愛、届けたいよ…!」
歌い終わると、会場が大歓声。「ユイ、すげぇ!」「めっちゃアイドルみたい!」
ユイはステージの上で初めて「ここが…私の居場所…?」と感じる。
この瞬間、ユイの心に小さな火が灯る。父親の声はまだ頭に響くが、歌う喜びが少しずつ恐怖を上回る。
シーン3:早希の誕生
中学2年、ライブハウス「ムーンライト」(ユイ、14歳)
ユイは、ネットで「歌ってみた」動画を匿名で投稿し始める。声だけの投稿だったが、コメント欄は「この声、プロ級!」「ライブで歌って!」で埋まる。ユイは「本物のステージ…立ってみたい」と密かに決意。
その頃、小さなライブハウス「ムーンライト」で、新人オーディションが開催されることを知る。ユイは「このステージで、本当の私を表現したい」と考え、意を決して母親の清美に相談。清美は、夫の剛志に従順に従う一方で、ユイの苦しみに気づき、その進む道を応援してあげたいという気持ちを秘めていた。
ユイの相談を聞き、清美は「ユイ…あなたが小さい頃から女の子の服やかわいいものに惹かれているのは、母さんも気付いてた。でも、父さんの目を気にして、あなたには随分とつらい思いをさせてしまったわね…。あなたがやりたいことがあるなら、母さんは応援するわ」と打ち明ける。
ユイは「母さん…ありがとう」と呟き、母親に抱きつく。
母の清美の応援のもと、ボーカルレッスンに父親に隠れて通うようになっていたユイは、新人オーディションに臨むにあたり、初めて女装に挑戦。母親の若い頃の衣装を借り、ウィッグとメイクで変身。鏡に映る姿は、ユイじゃない、「早希」だ。
「これが…私? うそ、めっちゃ自由!」
オーディション当日、黒いドレスに赤いリップの『早希』としてステージへ。オリジナル曲「ダーク・スパーク」を歌う。
「闇を切り裂く、私の声…届くでしょ?」
観客が静まり返り、やがて大歓声。ユイ、いや、早希は感じる。
「歌ってる間、『男らしくしろ』っていう父さんの声、完全に消えてた…。早希は…私の本当の心!」
早希の誕生は、ユイの自己解放の第一歩だった。だが、帰宅後、父親が怪しむ。「ユイ、最近帰り遅いな。何してる?」
ユイは「バイトだよ…。心配しないで、父さん」と感情を抑えた声で答える。だが、心の中では叫ぶ。「早希としての生活…私、絶対に守る!」
シーン4:星ヶ丘高校、転校とハルトとの出会い
星ヶ丘高校、2年B組(ユイ、16歳、現在)
再び父親の転勤で星ヶ丘高校に転校。ユイは、ぶりっ子キャラをさらに磨き、瞬く間に人気者に。さらに、早希としての活動も加速。ライブハウス「スターダスト」で話題の新人アイドル歌手として注目を浴びる。
初登校の日、教室で藤崎ハルトと目が合う。気弱で縮こまるハルトの姿に、ユイは過去の自分を見る。「あの子…昔の私みたい。隠してる何かが、絶対にある…」
ある夜、スターダストでミア・ステラのライブを見る。ミアのビブラート、仕草、キラキラした目を見たユイは、「ミアの正体…ハルト君だ。秘密抱えて、輝いてる」と瞬時に気づく。
のちに早希としてミアに接近し、楽屋で囁く。「ミアちゃん…いや、ハルト君…素敵よ♡ 秘密守るから、これからはライバルね?」
ハルトの動揺した顔に、ユイはクスッと笑う。「この子、気弱なのに…ミアの時、めっちゃ輝いてる。負けたくない…けど、なんか応援したい!」
ユイの心に、ライバル意識と共感が芽生える。
シーン5:スターフェスと高梨アヤカのオファー
スターフェス当日、校庭特設ステージでのミアと早希の競演。早希として黒いドレスで歌うユイは、観客を魅了する。
ミアのステージを見ながら、ユイは思う。「ハルト君…ミアちゃんのキラキラ、めっちゃ本物で、正直圧倒される…。でも、同じステージに立てて嬉しい!」
ステージ後、大手芸能事務所・スターライト・プロの高梨アヤカから、早希にもオファーが。「早希さんの力強い歌声、スターライト・プロで、世界に届けてみませんか?」
ユイは「メジャーデビュー…!早希で、もっと輝ける…?」と心臓がドキドキ。だが、父親の「みっともないことすんな!」という声が頭をよぎる。
「父さんの声…まだ怖い。でも、早希なら、全部ぶち壊せる。ハルト君が、ミアとして輝くなら…私も負けない!」
シーン6:新たな世界へ
星ヶ丘高校、夕暮れの屋上
スターフェスから一夜明け、ユイは屋上に立つ。スマホには、早希のライブ動画と「早希、メジャー行け!」のコメントが映る。
過去の傷はまだ疼く。父親の抑圧、歌を奪われた日々。でも、早希としてステージに立つたび、ユイは自由を感じる。
「昔の私、ビクビクしてたよね。…でも、今の私は違う。キラキラも、心の闇も、私の全部で歌うよ」
スターフェスでのミアとのライブを思い出し、ニヤリ。「ハルト君、ライバルだけど…一緒に、最高のステージ作ろう?」
夕陽に目を細め、ユイは決意。「早希として、過去の傷も全部歌に変える。次のライブ…ハルト君、楽しみにしててね!」
ユイの道のりは、過去の心の傷から始まり、早希として輝く未来へと繋がっていく。(つづく)