進化
やっとこのシーンにたどり着きました・・・!
魍魎族たちとの間に絆が結ばれた、その直後――
頭の中に澄んだ声が響いた。
『システム通知――主人ノアの“覚醒段階”上昇が可能』
……え?
『魂位階の昇格条件を満たしたことを確認。
基礎能力値、大幅上昇。新たな権限を開放――』
聞き慣れたアリアの声。
……内容がただ事じゃない。
魂位階?
昇格?
急な展開に思考が追いつかない。
『昇格に必要な魔素量…魔獣討伐にて規定量に到達』
自分の意思に反して、内側で何かが変わっていくのを感じる。
目に見えない“核”が脈動し、全身に熱が巡る感覚――。
『さらに進化条件:魍魎族との“盟約”成立。魔王の器、次段階へ移行』
まさに、されるがまま。
自分の意志とは無関係に、体の奥底から力が溢れてくる。
気づけば、体の輪郭が淡く光を帯びる――
熱とともに、静かな輝きが全身を包み込む。
……まさかのビジュアル系進化イベント。
いや、ちょっと待って。
体がこんなに光ることある!?
自分の意志とは無関係に、まるで舞台照明を浴びたみたいな眩しさ。
無駄に神々しくなってる…!
『覚醒段階の上昇を確認。
固有能力上昇および新たな能力“煌魂共鳴”と“契名”を獲得しました』
アリアの静かな声が響く。
……魔素を大量に吸収しないと強くなれないと思ってたけど
種族との絆も、成長のトリガーになるのか……
『全システムオールグリーン。
全ての作業が完了。能力などの詳細は記録にて確認可能です』
頭の中に響くアリアの声が遠ざかると同時に――
身体の感覚が、普段と違うものへ変わっているのがはっきりとわかった。
“魂”と呼ぶべき場所から濃密な“魔素”が四肢の末端まで広がり
目の前の景色が、鮮やかに、細やかに。
輪郭を持って、はっきりと認識できる。
感覚が研ぎ澄まされる、という言葉がピッタリ。
指先まで淡い光が宿り、自分の身体がまるごと新しい力で塗り替えられた不思議な感覚。
「……これが、覚醒の光……」
気がつけば、魍魎族たちがわらわらと集まり、口々にどよめきや歓声を上げていた。
中には目をまんまるくしてぽかんと見上げる者や、なぜか拍手を始める者もいる。
緊張と興奮と、ちょっとしたお祭りムードが入り混じって、なんか楽しい雰囲気だ。
そんな中、焔が一歩前に進み出てきた。
胸に手を当ててきりっと顔を上げる。
「ノア様。覚醒、おめでとうございます」
出会った頃の刺々しさはどこへやら。
焔の声には本気の敬意がこもっているのを感じる。
「これが噂の“覚醒イベント”。間近で見られるとは思いませんでしたよ」
「え?噂になるようなメジャーな感じなの?」
焔がわずかに口元をほころばせる。
「魔王が強くなる瞬間ですからね。
覚醒の儀は、うちの種族内でも語り継がれてます」
後ろから、霞幻が補足するように口を挟んだ。
「強さは歴代でバラついてると聞きますが…。
情報は、ほとんど残っておらず魔王の力に関しては不明な点が多いですな…」
「へぇ……そうなんだ」
これまでにも魔王が誕生しているなら、もっと記録が残っていても不思議じゃないけど……
何か事情があるのか?
それとも――
“歴代魔王”といっても、みんながみんな同じ経緯で力を得たわけじゃない、ってことか…
自分が今、体験している“覚醒”は特別なものなのか。
あるいは、歴史のどこかで誰かも同じように感じていたのか。
考えが頭をよぎるが
ここで答えがでるものでもない。
そんな中。
ふと頭の奥に、アリアの声が響く。
『提案。新たな能力“契名の儀”を推奨』
(けいめい……?)
脳裏でアリアが淡々と説明を続ける。
『契名の儀は、魔王にのみ許された特異な権能。
主人の魔素と魂を、対象と直接“リンク”させる儀式的能力です。
魂に刻まれた名に干渉し、書き換えることで、存在そのものの格を変化させます』
(魂ごと“名”を上書き……なんかやばい力だな…)
『契名条件:強固な絆――忠誠、信頼、相互理解。
主人の魔素が相手の魂を覆えること。
対象が変化を望んでいる、もしくは受け入れていること。
……ただし、契名の儀は大きな負荷を伴います。連続使用や多用はできません』
(つまり……誰にでも、好きなだけ使えるってわけじゃなんだな?)
『然り。主要な側近など、必要対象を限定することを推奨します』
なるほどな……
俺と相手の関係性とか魔力量、そして“相手の覚悟”が必要で。
強さを得る代わりに俺への忠誠が必須化される。
すごい力なんだろうけど…。
魂レベルで縛る――とか正直重い。
自分のせいで相手を縛る。
まさに悪の魔王みたいな気がして、ためらう。
そんな心の揺れを察したのか、焔が話しかけてきた。
「ノア様…どうかしましたか?急に真剣な顔になって」
一瞬、どう答えるか迷う。
「いや、ちょっと……新しい能力を手に入れたみたいなんだけどさ…」
「いいじゃないですか!なんで嬉しそうじゃないんです?」
その問いかけに、少し困った顔で肩をすくめる。
「仲間を強くできる代わりに、魂レベルで縛っちゃうみたいなんだよね。
焔は種族の自由を尊重してただろ?
正直、強さに対してそこまでするか悩んでてさ」
焔は一瞬きょとんとした後、ふっと優しく笑った。
「なぁんだ、その程度で悩んでたんですか」
やり取りを見ていた霞幻も会話に加わる。
「無理やり従わせるのと、信頼の上で力を託すのは異なりますぞ。
我々はノア様に、自分たちの意志で力を預けたのです」
焔が元気よく頷いた。
「そうそう。そんなことで悩まず、ぱぱっとやっちゃいましょう!」
周囲にいる他の魍魎族たちも「心配無用だ!」と軽快に声を上げる。
なんだか――
思っていた反応と違った…。
けど
すごく、ありがたいな。
いきなりの魔王転生で課題は山積みだけど
フロル族も含めて、信頼のおける仲間がいるって本当にありがたい。
少し肩の力が抜けて、思わず苦笑いがこぼれる。
「……よし。じゃあ、焔から。契名の儀を始める」
静かに告げると、場の空気がすっと引き締まった。
焔が一歩、こちらに歩み寄る。
「謹んでお受けいたします」
その目はまっすぐこちらを見て、どこまでも誠実だった。
「…お前の信頼に応えよう」
焔の手をそっと取る。
指先から温かい魔素の流れが伝わってきた。
その瞬間
空気が静まり返り、周囲の世界が遠ざかる感覚に包まれる。
胸の奥に“何か”が響く。
「焔――」
呼びかけると、焔の身体がふわりと淡い光に包まれる。
その光はやがて、赤と金の揺らめきをまとい、揺れる炎のように彼を照らす。
『契名の儀を開始。魔素をリンクさせます』
魂の奥底が優しく揺さぶられ、互いの存在が強く結びつくのを感じる。
『契名の儀、発動。真名への干渉可能』
頭に浮かぶ本質的な“魂の名”…。
「――焔嶺。
お前の新たな名を焔嶺とする」
告げた瞬間、眩い光が彼を包み込む。
背後に、紅の双翼幻影が広がり、衣の端には紋様が浮かび上がる。
魔素が大きく震え、魂の“格”がひとつ上へと昇るのがはっきりと感じ取れた。
魔法陣が二人の足元に浮かび上がり、煌めく。
やがて光が静かに収まると、
焔――いや、焔嶺は、これまでよりも凛とした気配をまとい、
真新しい力がその身に宿ったことが、誰の目にも明らかだった。
紅と金の混じる長髪がわずかに風に揺れ、
その目には、新たな力の輝きが宿っている。
周囲の魍魎族たちは一様に息を呑み、驚きと尊敬の入り混じった眼差しを向けていた。
『契名完了。種族進化確認。
焔嶺は煌魍族へ進化しました』
アリアのシステム音声が頭の中に響く。
焔嶺は、静かに膝をつき、深く一礼した。
「ノア様――
この身と魂、すべてをもって、あなたにお仕えします」
その声は、先ほどまでの焔とはまるで違う、澄んだ強さと誇りに満ちていた。
進化の余韻と新たな絆が、その場にいるすべての者の心を満たしていた。