あらたな問題 魍魎族3
アクセス解析の見方を最近習得しました。読んでいただいている方に感謝です!
ボスの巨体が崩れ落ちると、戦場にようやく静けさが戻った。
俺は深く息を吐き、肩の零をぽんと撫でる。
「……ありがとな」
「きゅいっ」
零が小さく胸を張って鳴く。
『敵反応、消失。周辺の魔素濃度も安定。安全圏確保されました』
(アリアもありがと。助かったよ)
振り返ると、長が静かにこちらへ歩み寄ってくる。
その顔には、戦い終えた安堵とわずかな疲労、そして誇りが混ざっていた。
「……見事だった。助力のおかげで我々は救われた。礼を言う」
さっきまでの警戒はすっかり消えて。
鋭かった目つきも、どこか穏やか。
額に流れていた汗を手の甲でぬぐい、刀をそっと鞘に収める。
「いや、こっちも助かったよ。長が一緒じゃなきゃ、正直きつかった」
「そうか。なら、少しは役に立てたらしいな」
「間違いなくね」
零が肩の上でちょこんと座り直し、こちらを見上げて鳴く。
「きゅいっ」
長がそれを見て、ほんのわずかに目元を緩める。
「お前の相棒も優秀だな」
「まあ、頼りになるよ」
零がまた「きゅいっ」と鳴く。
その声に、二人ともわずかに笑い合った。
戦場の余韻のなかで、張りつめていた空気がやっと緩む。
「……それにしても、あれほど我々の特性に合わせた魔獣、普通はあり得ん」
「…意図的か?」
長は静かに目を伏せる。
「可能性が高いな。我々の力が、疎まれていたのかもしれん…」
俺はしばらく黙って、ボスだった巨体を見下ろした。
さっきまでの戦いの余韻が、まだほんのりと体に残っている。
(今回のあいつ――普通の魔獣とは、全然違ったな)
『然り。構造、魔素の流れ、戦闘思考、どれも既存の生態系から逸脱しています。
特に、魔素波長の選択的吸収能力は極めて人工的です』
(やっぱり“作られた”って感じか。
あの瘴気も、ピンポイントで魍魎族の術を封じるよう調整されてたし)
『推定。設計段階から、魍魎族をターゲットとした魔獣。
投入のタイミング、出現場所も人為的です』
(偶然にしちゃ、出来すぎだよな…。
攻撃を受けるたびに再生してた。あれ、どんな仕組み?)
『……内部に魔素再構成機能あり。通常の生物には存在しない“自己修復コア”が組み込まれてると推測』
(つまり、“兵器”か。
これ、今後も似たようなのが出てきたら正直めんどくさいな……)
『さらなる進化型や派生個体が出現する可能性あり』
俺は頭をかきながらため息をつく。
(この世界、どこまでフリーダムなんだ……)
零が「きゅいっ」と妙に納得したように鳴く。
問題は『誰が』『何の目的で』ことを起こしたか、だ。
何故ターゲットが魍魎族なのか。
どうしてこのタイミングだったのか。
俺…魔王への挑発…?
けど魍魎族は俺の配下じゃない。
戦闘能力が皆無なフロル族を襲えば一瞬で殲滅できるし、十分俺の怒りを引き出すこともできる…。
やっぱり、イマイチ意図がつかめない。
っていうか、現状判断できる材料が少なすぎるんだよな。
「住む地を守るために他種族の侵略を防いできたのは事実だが…それを気に食わない者がいても、おかしくはない」
アリアとの脳内会話に長が割って入る。
いや、長にはアリアの声は届いてないから沈黙を破った形か。
魍魎族の力が疎まれてたかもっていう話の続きだったな。
ほったらかした感じになっちゃったよ。
すまんな。
「侵略…心当たりは?」
「…断言はできんが、このあたりを縄張りにしたがっている勢力はいくつかある」
「なるほど…」
見る限りここは自然豊かな場所だ。
衣食住確保のために、この場所が欲しい種族が多いってことかな。
そこでふと疑問。
……そもそも魔王の領土って、どこまでを指すんだろ?
世界に認知された“国境”みたいなものがあるのか?
この辺りに人間は…いない?少ない?、みたいだけど、亜人や魔物は普通にすんでいる。
領土ってどういう仕組み…?
『主人が“支配権を持つ”と宣言した土地、または魔素濃度が高く“魔王の影響下”と判定される地域が領土扱いとなります。現時点では魔王城周辺がそれに該当。この森は元魔王領です』
(元魔王領……ってことは、今は“空白地帯”みたいなものか)
別に誰かが境界線を引いているわけじゃない。
住人の大部分が亜人や魔物って現状なら。そりゃあ、揉め事も絶えないわけだ。
今回の事件が、種族間の主張違いで武力行使。
みたいなやつなら分かりやすいんだけどな〜。
おそらく
その揉め事程度には収まっていない…。
俺は長に向き直る。
「今回の魔獣が“自然発生”じゃなく――誰かが意図的に仕組んだものなら、これで終わりってわけがない」
「……」
「疲弊したタイミングで第二波を送り込んでくるとか。
あの魔獣の情報を持ち帰った“誰か”が、さらに強力な個体を投入してくるとか――」
自分で言っておいて、面倒な展開ばかりが思い浮かぶ。
「とにかく、相手の意図が分からない以上、この先何が起こっても不思議じゃない」
「……確かに」
「何か策は考えているのか?魍魎族は大打撃を受けた形だろ?ここからどうやって復興していくんだ?」
考えをまとめるように口を噤む魍魎族の長。
が
「なんとか考える…」
おいおいノープランかよ!
思わず心の中でツッコむ。
目が泳いでるのがバレバレだぞ、長。
まあまあ、戦いが終わったのはついさっきだけどね?
考える間もなく、俺と話し始めちゃったからね?
それはそれは、どうするかなんて考える暇はなかったと思うよ。
けどさ
話しながら考えを纏めるって言うのは、決断を迫られる立場…部族の長クラスなら日常茶判事のはずじゃないのか?
「焔に難しいこと言っても無駄だぞ!」
ぱっと振り返ると、魍魎族の少女がドヤ顔で立っていた。
年齢は十代前半くらい。
大きな瞳と無邪気な笑顔が印象的で、肩までの明るい桃色の髪がふわっと揺れる。
着物に似たゆったりした上着には、袖や裾に小花の刺繍が散りばめられ、動くたびにその模様がきらりと光る。
長と同じく、ピンと尖った耳
この耳は、魍魎族の特徴なのかな?
「うわっ、凛!」
あわてて身構える焔に、勢いよく少女が突進してくる。
様子からして…家族なのかな?
「どうしてここに……!」
「五幹部から様子を見てくるように言われたんだ! 私は焔のお目付け役だからな!」
「誰がお目付け役だ!
時期族長候補として修業したいって喚き散らして、手に負えなくなったあげく、俺のところに回されたんだろうが!」
「ちがうもーん!
五幹部が“焔の弟子として成長したら考える”って言ってくれたもん!」
このやりとりで関係性がもろわかりだ。
無下にできない立場の少女に手を焼いていた幹部たち。
どうしようかと思案した結果
族長に押し付けちゃおう
ってことになった、ていうストーリーで確定だ。
「腹違いの妹なんだが…どうにも思い込みが強くてな」
「思い込みじゃないもーん」
凛は焔の袖を掴んで満足げに笑って
けど、焔は文句を言いつつも無理に突き放さない。
族長なのにこの扱い――
なんだかんだで、仲間内でも信頼されてるっぽい
2人のやりとりを見ているだけでも
この種族は単なる上下関係じゃなく、ちゃんと絆でつながってるんだな――
「よし!決めた!」
2人のやりとりを眺めていた俺は、方針を決めた。
「……何を決めたんだ?」
焔と凛が同時にこちらを見る。
「どうするか悩んでいたんだが…
魍魎族の土地を守るためにも、これからのことを考えても――仲間になってほしい」
「おいおい、いきなり話が飛躍してないか……?」
焔は驚き半分、苦笑い半分といった顔で、しばし言葉が詰まる。
「種族が分かれて生活していたのは、食糧や資源の確保が目的だったんだろうけど。
仲間の自由を奪いたくないっていう族長の意図もあったんだろ?」
長は目をそらして頭をかきながら、
「……まあ、正直そこまで深く考えてたわけじゃないけどな」とぼやく。
「俺の仲間に誘うと、そういう自由を奪ってしまうことになるかもしれないからさ。
どうするか悩んでたんだ。
正直、魍魎族っていう種族も、族長のキャラクターも未知だったから警戒していた、という理由もある」
焔はふっと力を抜いて肩を落とす。
「まあ……警戒されるのは仕方ないかもな。うちの族は、よそ者には決して心を開かないし、俺自身もそんなに器用じゃない」
「けど、族長は信頼できるってことがわかった。
さらに今は周囲の状況が不安定だ。
勢力争いだとしたら、こっちがまとまってた方が牽制になるし、他の意図があったとしても、警戒できる選択肢は多い方がいいはずだ」
長は考えをまとめるように口を噤む。
「あなたは魔王?」
そんなやりとりの最中、凛がまっすぐな目でたずねてくる。
……そういえば自己紹介してなかったな。
次々と対処すべき事案が押し寄せて、すっかり忘れていた。
長――焔はもう俺の正体に気づいてるっぽいけど。
みなかったことにしよう、っていうスタンスが見て取れる。
今思えば、考えることが苦手だから処理できそうにない案件に触れないでいただけかも。
「うん。ノアっていうんだ。最近、魔王になったばかりでさ」
凛が楽しそうに頷く。
「私は凛。で、こっちは族長の焔。あ、あと――五幹部の楓もいるよ!」
その言葉に、すぐそばで控えていた、落ち着いた雰囲気の女性が軽く頭を下げた。
気づけば俺たちの周囲には魍魎族たちが集まってきている。
「……お前の仲間になるってことは魔王の配下になるということだ」
「うん…そうだね」
当たり前の内容に上記以外の言葉がみあたらない。
…やっぱりこいつ。
考えるの苦手なんだな…。
「……魔王の配下は嫌か?」
即決できないでいる焔に要点を整理できるよう声をかけてみる。
「失礼ながらノア様」
だけど、そんな状況を打開する声がかかった。
銀白色の長髪を束ね
氷の結晶があしらわれた衣をまとう老齢の魍魎族。
静かな微笑みながら焔との会話に入ってくる。
「族長には判断が難しい案件かと思います。若は裏表がなく種族思いで信頼に値しますが、知略はどうにも苦手でして」
「おい、霜幻。言葉に棘がある」
「これはこれは、若。賛辞のつもりでしたが」
焔がむっとした顔で睨むが、霜幻はどこ吹く風。
このやりとりだけで、種族内での焔の立ち位置がみえてくるな。
種族思いで信頼は厚いけど、知略や細かいことは苦手。
周囲にはしっかり者の幹部(霜幻など)がいて、焔の“足りない部分”を自然にフォローしている。
“情に厚く、まっすぐで愛されるリーダー”タイプ。
みんなから突っ込まれつつも、自然と中心に立ってしまう。
そんな空気がこの族の温かさや絆を感じさせる。
「我々は元々魔王の配下でした。
しかしそれはずいぶん前の話。
現代の魔王が仕えるに値しないのであれば今代は配下に下らないときめていたのです。
しかし、覚醒前にも関わらずあの魔獣を倒す力。若とのやりとりから見える人柄。
この先の状況を鑑みても断る理由がないと判断します」
霜幻の言葉に、焔が静かにうなずく。
「――俺たち魍魎族は、あなたに力を預けよう。
これから先、どんな困難があろうと、族長である俺が責任を持って従う」
そう言いながら、焔は腰に携えた刀を地面におき、膝をつく。
「――ノア様、魍魎族はあなたに忠誠を誓います」
その言葉を合図に、焔と幹部たち、そして生き残った魍魎族たちが一斉にひざまずき、
俺に頭を下げた。
――え、ちょっと待って、これそんな正式な場面なの!?
完全にリーダーとして認められた感じだけど、心の準備ができてないよ……!
あわあわしながらも、俺は何とか気を取り直し、
「う、うん。こちらこそ、よろしく……頼む」
ちょっと情けなく返してしまった。
零が「きゅいっ」と肩の上で得意げに鳴いた。
新しい縁が、できた瞬間だ。