新たな問題 魍魎族2
はじめての飛行体験は、人力によるものになった――。
いや、正確には魔王力か。
少なくとも、現代日本では飛行機以外に空を飛ぶ手段はない。
人力飛行。
転生前にできていれば、朝の通勤ラッシュから解放されていたのに…。
……うん、人生ほんと、何が起こるかわからないな。
足元の魔法陣効果なのか、身体全体が膜みたいなもので保護されていて、風圧なんかを感じない。
おかげで結構な速度で進んでいても快適そのもの。
零のおかげか魔力が安定していて、初めてのフライトとは思えないほど順調に進んだ。
下を見れば、森が小さく見えて。
川がリボンみたいに曲がってる。
暑くもなく寒くもなく。
観光だったら最高だな。
……とかなんとか考えていたら、城をでて10分もたたないうちに異常な魔素反応を感知した現場上空へ到着した。
見下ろすと、地上は思っていた以上の“修羅場”。
分かれていたはずの魍魎族は、どうやらこの危機的状況に集まることを選択したようで、黒い狼型の魔獣たちと戦っている。
それぞれの装いや武器が少しずつ違い、普段は別々に行動しているのが一目で分かる。
戦闘種族と聞いていたが、分断を選択したことが仇となったか…連携が十分とはいえず、はたからみても押され気味。
そもそも敵の数が圧倒的で、漆黒の体毛を持つ巨大な狼型の魔獣たちは戦闘可能な魍魎族の数を圧倒的に上回り、四方八方から襲いかかっている。
赤い瞳に理性を失った表情は”異常”という表現がぴったり。
奇妙な金属片や不自然に輝く魔素の痕跡があり、不気味さを放つ。
何より群れの中心に鎮座する、ひときわ大きな存在。
深い闇に溶けそうなほどの真っ黒な毛並みと、額に埋め込まれた禍々しい魔素の結晶体。
群れ全体を指揮するように咆哮し、そのたびに狼型の魔獣たちの体が一斉に光る。
魍魎族たちは、持てる力を振り絞って必死に抵抗しているが、一人、また一人と戦線が崩され――このままでは全滅も時間の問題に見えた。
そんな中、中心付近で必死に指示を飛ばしながら戦っている人物。
背が高く、長い髪をきつく束ねている…おそらくこの種族の長。
鋭い視線をあちこちに飛ばし、ひと際大きな炎を操って、仲間に指示をだしながら善戦している。
が…
このままじゃ崩れるのは時間の問題――
『提案――獲得済みスキル【魔力圧縮】および【多重連撃】の併用が現状に対して、効果的です』
アリアの声が頭の中に響く。
黒い狼たちの数を減らさないと、どうにもならない。
そして……話し込む余裕はなさそうだ。
「よし、やるしかないな」
もともと助ける気でここまで来たわけだし。
傍観するつもりはなかったけど。
現状を見て一層放って置けない気持ちになった。
魔力を手のひらに集中させ、空中で Sigraph を展開。
「アリアはスキルのサポートに能力をさけ。狙いは俺が定める。長を中心としてボス以外の数を減らす」
『了解しました』
「きゅいっ!」
どうやら零にもアリアの声が聞こえているらしく、元気よく応答。同時に体からふわりと淡い光がこぼれる。
「任せて!」と言わんばかりに、魔力の流れが俺と零の間でぴたりと同期した感覚が伝わってくる。
「……よし。頼むぞ零――」
「きゅい!」
次の瞬間、零の身体から小さな光球が複数発生し、空中でホタルのように瞬いた。
その一つ一つが魔素を帯びて、俺の Sigraph へと吸い込まれていく。
『零の補助により、魔素供給量および魔力使用量が通常時の二倍に増加。戦闘効率が向上します』
「――いくぞ」
一気に体内の魔力を解放し、極限まで圧縮した弾を放つ。
まるでガトリング銃のごとく、圧縮弾が次々と連射され、空中から一直線。
鮮やかな光と闇の奔流が黒い狼たちの群れへと雨のように降り注いだ。
着弾のたび、爆ぜるような衝撃が地表を駆け抜け、黒い魔獣たちが次々と吹き飛んでいく。
――ドォン!
地面が激しく揺れ、波動に巻き込まれて数体の魔獣が吹き飛ぶ。
突然の轟音と閃光。
魔獣も魍魎族も、事態が把握できず動きが止まる。
戦場に訪れる一瞬の静寂。
「………!」
中心にいた長が俺に気が付いたようで、地上から距離があるにも関わらず目が合う。
これだけ派手に動けば気が付く可能性はあるが。
上空の位置をピンポイントで把握。
あの長。
強いな。
「なんだ!?」
「新手か!!」
突然降り注いだ光と爆音に、魍魎族たちがざわつき始める。
武器を構えたまま、周囲を見回したり。
一部は仲間に背中を預けて警戒したり。
あたふたと声を張り上げたりと。
まあ、概ねパニック。
ただ、ここで自己紹介とかしてる場合じゃないし。
まだ敵は残ってる。
魔素を変換して銃弾のようなものを作成し、【魔力圧縮】にて極限まで密度を上げる。
それを【多重連撃】にて一斉に対象へ発射。
自分で言うのもなんだけど、かなりえげつない。
狙った範囲に魔力の弾幕を叩き込めるから、群れ相手でもまとめて一掃できる。
便利。めっちゃ便利。
しかも零のおかげで供給される魔素(原材料)と魔力(弾の品質)が向上したから、城の周辺で魔物を殲滅してた時より、明らかに威力が上がっている。
ただし――
『奇襲攻撃の有効性は消失。本群のボスがこちらを認識』
ここまでは奇襲がハマっての成果。
正面からぶつかっていたら、ここまで狼型魔獣の数は減らせなかったはず。
ここからが本番。
気を抜いたらやられる。
「残数は?」
『約70前後だと思われます』
「よし。アリア、魔素なんかの残量管理は任せる」
できれば、このまま一気に畳みかけたいところだが…ボスを単独で倒すのは難しいだろう。
たぶん、あれは俺一人でどうこうできる相手じゃない。
ここからは魍魎族と連携しなきゃだが…。
そのためには、まず長と直接話せる時間を作る必要がある。
『主人の指示を確認。現在、魔素も魔力も十分。追加の連続攻撃も可能です』
零が「きゅいっ!」と元気よく鳴いて、俺の肩で身を乗り出す。
心強い――俺はすぐに魔力を練り直し、目標地点へ意識を集中させた。
「アリア、長の周囲に残っている個体を優先してロック。できるだけ短時間で安全圏を確保する」
『了解。目標地点、指定しました』
「零、もうひと頑張り頼むぞ」
「きゅい!」
俺は深呼吸し、手のひらに魔力を集中させる。
上空から狙いを定めて、再びSigraphを展開。
圧縮した魔力を一気に解放し、長の周囲に残っている黒い狼型の魔獣たちへ向けて、魔力弾を連射する。
バシュッ、バシュッ、バシュッ!
俺の存在は認知されていても、広範囲の弾を避ける術がなかったようで、着弾のたびに爆音が響き、魔獣たちが次々と吹き飛んでいく。
(よし、今だ――)
長の周囲から敵の姿が消え、ぽっかりとした安全地帯が生まれた。
俺はすかさず上空から降下し、長との距離を詰める。
「――少しだけ、話す時間をもらうぞ」
相手はまだ警戒している様子だが、俺はすぐに両手を上げて敵意がないことを示した。
「ボスは単独じゃ倒せそうにない。そっちも状況が厳しいはずだ」
長の目が鋭く俺を見据える。
話をする意思はあったようで、ちらりと背後の仲間たちに視線を送った後、ゆっくりと口を開く。
「……何者だ?」
絵に描いたような警戒する声、表情。
ここで斬りつけられたらどうしよっかな。
と思案していたのだが…。
これは…現実になってもおかしくない…?か?
「ただの通りすがり――ってことにしたいけど。魔素でわかってるんじゃないのか?」
長はわずかに眉をひそめる。
「……思いあたる節はある。が、余計な詮索はしない」
「へぇ?そうなのか。それは意外な回答だったな」
『正体を明らかにしろ』とか、
『何者だ』とか、
もっと問い詰められるかと思っていた俺。
長の意外と淡白な反応に拍子抜けする。
「この状況で名乗りもせず近づいてくる…不自然だ」
あぁ、やっぱりそこ突っ込まれるよね。
まあ、俺も逆の立場だったら全力で警戒すると思う。
敵か味方かもわからない存在…。
この状況ならリスクをとって然るべきだ。
ちらっと長の背後を見ると、今にも飛びかかってきそうな魍魎族たちの顔。
うん、なかなかスリリングな出会い。
場の空気がピリッと凍りつく。
まさに一触即発。
ここで間違えば、収集不可能な事態になることは確定だな…。
「まあ、悠長に自己紹介してる時間もないしね?
あのボスが本気出したら、みんなまとめてアウトだろ?」
「……」
「長なら…種族を生かすための合理的判断が求められるんじゃないのか?」
フロルの長老から教えてもらっていた通り。
こいつはおそらく義理堅い。
種族思いだ。
この状況で差し出された“種族が生き残る可能性”を捨て切るほど愚かじゃないはず――
「……確かに、現状…我々だけでは厳しい。だが、貴様が敵なら即座に排除する…!」
よし。
ハイリスクハイリターンへの全投資。
賭けは俺の勝ちだ。
「それでいい。俺も無駄な争いはしたくない。目的は1つ。じゃあ、さっそく始めようか――」
零がタイミング良く「きゅいっ!」と鳴き、俺の肩で身を乗り出す。
長も仲間たちに素早く指示を出し、共闘体制へと切り替えた。
戦場の空気が、わずかに変わる――
待ちくたびれたのか、中央に鎮座する魔獣が低く唸り声をあげた。
その気配は明らかに異質で、これまで出会ったどの魔物とも違う。
漂う魔素が、世界のどの生き物とも合っていない――そんな不気味さ…。
「あいつのことで、何か情報はあるか?」
作戦を立てるためには、できるだけ多くの情報がほしい。
すでに一線交えている長に話しかける。
「あれは……ただの魔獣じゃない。
炎も幻術も、ほとんど効かない。すべて、あの黒い瘴気に吸収されちまう」
「吸収される……」
『解析結果――対象の魔素波長は、周囲の生物および一般的な魔物とは大きく異なります。
おそらく“特定の属性”や“術式”を吸収・無効化するよう人為的に設計された個体と思われます』
(つまり、魍魎族特有の魔素の波長だけをピンポイントで吸ってるってこと?)
『然り。対象は魍魎族の炎術や幻術の“周波数”に反応し、魔素を吸収・変換する機構が備わっています』
(なんか……ピンポイントで狙いすぎだな…)
『物理攻撃や、波長の異なる術式であれば、ある程度の効果が期待できます』
俺は少し肩の力を抜き、苦笑する。
「なるほど。つまり、俺の攻撃なら通じるかもしれないってわけだな」
零が「きゅいっ」と同意を示すように鳴いた。
「なんだって?」
アリアとの脳内会話が分からない長。
突然口を開いた俺に反応する。
「いや、ちょっと自分なりに突破口が見えたってだけ。ここからは短期戦だな」
「どういうことだ!?」
(アリア、あの魔獣に決定的な弱点はあるか?)
長の相手をしつつ、アリアにボス攻略の糸口を解析させる。
「戦闘種族として名高い魍魎族が圧倒された理由――ようやく腑に落ちたよ。
あいつは、お前たち専用の“天敵”みたいなもんだ」
長はますます険しい表情で俺を見る。
『解析中……。外殻の魔素密度が高く、一般的な攻撃では致命傷に至りません。
ただし、胸部中央付近――魔素の流れが不自然に集束している箇所あり。制御中枢と推測』
(要するに、そこを壊せば一発逆転できる可能性ありってことだな)
「説明はあとで。とりあえず――あいつの“核心部”を狙いたい。 残りの狼型魔獣を処理しつつ、隙を作れるか?」
状況が把握できない中でうごかなきゃならない長。
思うところがあるだろうに…。協力姿勢は維持してくれるらしい。
すぐさま仲間たちに指示を飛ばし、狼型魔獣の処理に入る。
この一時は信頼されてるってことで。
期待に応えなきゃな。
俺はアリアに攻撃方法を確認する。
「奴の動きを封じる。お前はその隙を逃すな!」
「任された」
『提案――【魔力圧縮】と【加速射出】の複合行使が有効です。【魔力圧縮】および【加速射出】の連携を開始します』
長と俺が一斉に飛び出す。
『Sigraphを展開』
魔法陣が淡く浮かび上がり、空気がピリッと張りつめる。
長はボス…異種型魔獣との距離を素早く詰め、鋭い一閃で美しい刀を振りかざし懐へ斬り込む。
しかし、黒い瘴気をまとった巨大な爪が襲いかかり、長は受け身のまま一歩、二歩と押し戻される。
「――くっ!」
攻撃は重く、その衝撃で体勢が崩れる。
すかさず異種型魔獣が口を開き、黒い炎のブレスを吐きかけてきた。
「危ない!」
『防壁のSigraphを展開。出力最大』
「衝隔壁!」
俺は即座に魔力の障壁を展開し、長と異種型魔獣の間に入り込む。
黒い炎が障壁を激しく叩き、空気が焦げる。
「……助かった」
長が一言だけ、短いが感謝を伝えてくる。
俺は肩越しにちらっと長を見て。
「ここで倒れられたら困るからな」
「……違いない!」
長がすかさず動く。
衝隔壁を展開した裏で、【魔力圧縮】および【加速射出】の連携は解除せず、並列進行。
制御をアリアに任せ、発動のタイミングを見計らう。
長は一瞬だけ俺に視線を向け、ボスの額を狙って跳び込む。
刀が額の核めがけて振り下ろされた瞬間――
「今だ!」
ボスが苦しげに咆哮し、一瞬ひるむ。
(チャンス――!)
俺は全力で魔力を凝縮し、加速射出の構えをとる。
手のひらから、眩い閃光とともに、渾身の一撃を核心部へと撃ち込んだ――!
圧倒的な速度で放たれた魔力弾が、ボスの胸部を正確に貫く。
ズガ―ン!!
黒い瘴気ごと、胸部中央をぶち抜く手応え。
ボスが凄まじい咆哮をあげ、周囲の大気が震える。
「やったか!?」
長が俺の隣で息を呑む。
次の瞬間、ボスの体から闇がぶわっと吹き上がり、全身を包み込んだ。
――もう再生の気配はない。
(……決まった、か)
やがて闇が晴れ、巨体が崩れ落ちる。
静寂の中、長が俺を見る。
「……見事だ」
肩の上で零が「きゅいっ!」と嬉しそうに鳴いた。
戦場に、静かな勝利の余韻が広がった――。