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魔王と不思議な卵

この世界についてアリアにいろいろ聞いてみたけど、どうやら“制限”ってやつがあるらしく、全部には答えてくれなかった。

「今は情報非公開」とか「主人(マスター)のレベルが不足」とか、まあ融通の利かない返答ばっかで、正直ちょっと面倒くさい。でも、何だかんだで基本的なことは分かってきた。


この世界には魔法と精霊、それから神々の加護が日常的に存在し、今は大陸全体が“神魔戦争”後の平和な時代らしい。

国として名が通っているのは4つ。

それ以外にもいろんな種族が村や集落を作って、それぞれに自分たちの暮らしを営んでいるとのこと。

この魔王城がある土地は、いわゆる“辺境”で、自然は豊だけど人間の気配はほとんどない。

タフな魔物や腕自慢の種族が住み着いていることが理由みたいで、最初に平和志向のフロル族と出会えたのは俺にとって大きな救いだったと言える。

彼らの存在がなかったら、変なトラブルに巻き込まれて詰んでたかもしれないからな・・・。


そんな命のやりとりが日常茶飯事なこの世界では、人族も含めて、あらゆる種族に『核』と呼ばれる器官が備わっているらしい。魔素を取り込んだり、練り上げたりすることで、魔法やスキルが使える仕組みなんだとか。

この世界でいう魔素ってのは、空気や水みたいにそこら中に満ちている“魔法の素”みたいなもの。どんな生き物も無機物も、少しずつ魔素を含んでいるらしい。でも、魔素はそのままだと使えなくて、体内の『核』――俺の場合は“魔核”――で、外から取り込んだ魔素を自分専用のエネルギーに精製する。これが【魔力】ってやつだ。

で、この魔力の高さは、才能とか経験とか、核そのものの質――いわば“スペック”みたいなもん――によって個体差が出る。魔核が大きかったり、性質が特殊だったり、経験を積んでいるほど強い魔法が使えるらしい。

さらに、魔素の扱い方や知識は、そのままこの世界の文明レベルや国力の差にもつながる。魔素を効率よく取り込む技術、魔力を無駄なく使うノウハウ、古代から伝わる魔素の「濾過」や「精製」の方法――そういう技術を持っている国や種族ほど、優れた魔法や道具を生み出せるし、強くもなれる。

ちなみに、魔素はただ集めて精製するだけじゃなく、濾過や変質の過程で“属性”――火・水・風・闇とか――も変わることがある。たとえば炎の魔法を使いたければ、「火の魔素」を選んで核で濾過・精製しないといけないってわけ。

実際、フロル族も家事や修繕のスキルには魔素を核に流して発動させてるみたい。大きさや性質によって能力が変わるとのことで、それはこの世界にとってかなり重要な要素みたいだ。

そんなことを考えながら――


「……よし、これでいいはず」

アリアのサポートを受けて、壁や柱に自分で描いた模様――『Sigraph』にそっと手をかざす。

イメージ通り、魔核から魔素を流し込んでみると、青白い光がふわっと広がって、部屋全体を包み込む結界が発動した。

「うわぁ……!」

「すごい、これが……!」

周囲で見守っていたフロルたちが、声をあげて驚いている。

普段落ち着いてる長老ですら、思わずぽかんと口を開けていた。

「ノア様……いまのは結界、ですか?」

「うん、そう。元々あったやつはよく分かんなかったからさ。自分で構築してみた」

「なんと・・・」

長老は言葉を失い、フロルたちは興味津々で模様を眺めている。

普段は簡単な家事スキルくらいしか使わない彼らにとって、こうした大規模な魔法構造は珍しいのかな。


城の中で見つけた魔法構造――『Sigraph』。


ざっくり言えば、「魔法を構築するための言語」みたいなもの。

魔法を発動させるには、「魔法構築式」とか「思念フレーム」と呼ばれるものを作る必要があるみたいで、詠唱したり、ルーン文字を書いたり、ジェスチャーや魔導具を使ったり――いろんなやり方で『Sigraph』は定義される。ちゃんとした“回路”が組み上がっていれば、あとは魔素のエネルギーで魔法が具現化されるって仕組み。

要するに、イメージと理屈を組み合わせて魔法を組み立てるってことらしい。

日本じゃIT企業でプログラム開発が本職だった俺――

大枠さえつかめれば、細かい手順や構成を組み上げるのは、そこまで難しく感じない。

今まではコードを書いてシステムを作ってきたけど、この世界じゃ魔法陣と魔素で仕組みを構築する。

やってること自体は案外近いのかもしれない。

で、まず作ったのが“住居を守る結界”。


魔王・・・つまり俺が復活したことで、それまで外敵からの侵入を防いでた結界が消えちゃって、生活が脅かされる・・・という直近の問題と向き合うことになった。

居住スペースの安全確保は何より優先。

フロル族は戦いには不向きだということもあり、とりあえずレベルアップを兼ねて襲ってきそうな付近の魔物を一掃することにした。

この世界では、魔物を倒せば魔素を吸収できて、運が良ければスキルもいくつか取得できる。

何やらAIが「魔素吸収による能力進化」だの、「戦闘経験によるスキル獲得」だのと、要領を得ない説明をしてくれてたけど……正直、途中から細かいことを考えるのはやめて、とにかく魔物狩りに集中することにした。

おかげで、戦う感覚もつかめてきて、最初よりはずっと強くなった気がする。

気がつけば、魔王としての実感も――ほんの少しだけ、湧いてきたかもしれない。

そんなこんなで、この規模の結界を張れるくらいにはなって、現在に至る。

「とはいえ、今の俺が張れる結界は――正直、まだまだ完璧とは言えないな」

城の入り口や、生活スペースの護りは確保したが、城全体を完全に覆うとなると、魔素もスキルも足りない。無理して広げると維持できないし、強度もイマイチ。

うーん、これは早いとこ“成長”が必要だな……。


……と思っていると。結界に反応した、妙な“気配”がひっかかった。

脳裏にアリアの声が響く。

『新たな反応を感知。魔力反応――場所は西棟、地下三階付近。』

「魔力? 魔素じゃなくて?」

『魔素ではありません。“生物由来の魔力”です。詳細な種別は未判明。』

生き物、ってことか?

しかも、魔王城の中……?

一応、フロルの長老に聞いてみたけど、案の定「知らぬ存ぜぬ」と首を振るばかり。

まあ、そりゃそうだよね。

「・・・仕方ない。いってみるか」

そう口にしたところ、後ろから小さな足音が駆け寄ってくる。

振り返ると、フロルの長老と副長ベルム、さらにフロルたちが不安そうにこちらを見上げていた。

「ノア様、どちらへ……?」

長老が心配そうに声をかけてくる。

「ちょっと、気になる場所があってね。城の西棟の地下の方に、何か反応があるみたいなんだ」

ベルムがすかさず前に出て、「危険そうなら、お供します!」と元気よく言ってくる。

他のフロルたちも「我々もお供します!」と口々に声をあげて、まるで家族に見送られるお父さん状態。

「ありがとう。でも、今回は大丈夫。万が一何かあったら、すぐ逃げるからさ」

 戦いが嫌いで、危険な場所とか近づきたくないはずなのに・・・ほんといい種族たち。

頭をぽんぽんとなでてやると、フロルたちはちょっとほっとしたような、でもやっぱり名残惜しそうな顔をして見送ってくれた。

「無理はなさらぬよう……」

「何かあればすぐ呼んでくださいね!」

小さな声援を背中に受けて、ひんやりとした地下の奥へと足を踏み出した。


アリアのナビを頼りに、埃っぽい通路を進む。

魔王城の奥は迷路みたいに入り組んでいて、途中から壁の模様が古くなる。

冷たい石床、うっすら湿った空気、時折キィと鳴く蝶番の音――

足音がやけに響くのが不気味だ。


……正直に言おう。

俺は、こういう雰囲気がめちゃくちゃ苦手だ。

なにがどう怖いって、理由があるわけじゃなくて、もう“雰囲気”がダメ。

人気のないビルのエレベーターに乗るとき、なぜか背後が気になって振り返りたくなるような感じ。

ただ暗いだけなのに、「いやいや、これ絶対なんか出てくるやつでしょ……?」と、無意味に警戒してしまうやつ。

共感してくれる人がいるかはさておき――今の俺は、一刻も早く目的を果たして明るい場所で深呼吸したい、という思考で満たされている。

獲得した “夜目”スキルが発動しているらしく、薄暗い通路でもちゃんと周囲が見渡せるおかげで、「暗がりの奥から何か出てくるんじゃ……」という不安は、いくぶん緩和されているが・・・。


(……ん?)


通路の途中で、壁の向こうから「脈打つような何か」を感じる。

普通の人なら絶対気付かない。

“感知スキル”ってやつのおかげで、何かがこっちを呼んでいるのが分かる。

「これって……ただの壁じゃないよな?」

『封印構造を検出。解除プロトコルを起動します。指定のSigraphに魔素を流してください』

(………何がでてくるのか・・・)

不思議と嫌な感じはしないものの、あきらかに怪しい状況ではある。

言われた通りにするしかないのだが、動作は多少緩慢。

ゆっくりと壁の紋様に手を当てると――ピリ、とした感触が指先から腕に走った。

石壁のはずなのに、模様の部分が生き物みたいに脈を打っている。

じんわりと手のひらに重みが伝わってくる感じ…。

『魔核からの魔素供給を確認。解除プロトコルを履行します』

模様の溝に沿って、俺の魔素がじわじわと染み込んでいく――そんな手応えを感じながらしばらくすると、壁の模様がふわりと青白く輝きはじめた。

やがて、カチリ、と金属が噛み合うような鈍い音が響くと、薄い青白い光が壁を走り、石がスライドして“隠し部屋”が現れる。

「おー……」

埃がふわりと舞い上がって、ひんやりした空気がこちらへ流れ込んでくる。

長い間閉ざされていた場所がようやく息を吹き返した、そんな気配に…

「なんか・・・ワクワクするな・・・」

さっきまでのビビりはどこへ行ったのか、

未知のギミックを前にした俺は、まるで子どもみたいに心が躍るのを隠せない。

こういう“謎解き”や“隠し通路”にワクワクしないやつがいるだろうか・・・!

『罠感知発動。安全を確認しました』

 どんな時でも冷静なAIにちょっと感心しつつ、高揚感を持ちながら部屋の中へ足を踏み入れる。

(さて…何がまっているのかな…)

不安よりもワクワクが強めの状態で進む室内は意外と広く、空気が澄んでいて――

ほんのり冷んやりとした静けさが漂っている。

中央には、なにやら立派な石造りの台座。

その上に、やわらかい光をまとった“何か”が、そっと置かれている。


(……卵?)


丸みを帯びた白い殻。

浮かび上がる青白い紋様。

なぜか、見ているだけで胸の奥がざわつく。

「……これ、どう見ても普通じゃないよな……?」

呟きながら、そっと近づく。

ふわりと漂う微かな魔力の気配――なんというか、優しいのに強い、不思議な存在感。

アリアが脳内で解説をはじめる。

『希少種の孵化待機体。魔力反応安定。強い加護を受けている形跡あり。詳細な情報は現時点では解析不能です』

「……希少種って、伝説とか、そういうやつ?」

『魔力付与を推奨します』

「え? これに? 俺の魔力を流せってこと?」

目の前の卵は、青白い光をまとって、まるで俺を待っているかのように静かに佇み、近づくほど、ほんのりとしたぬくもりと、懐かしい安心感が胸の奥に広がる気がする。

『肯定。主人(マスター)の魔核波長と対象卵の魔力波長、一致率は規定値を大きく上回ります。魔力付与を実行すれば、孵化プロセスが最適化されます』

まるで家電の取扱説明書みたいなアリアの声が脳内に響く。

適合率が高いとか、言われてもイマイチ実感が湧かないけど――俺にとって害はないってことは確かみたいだな。

「……適合率って、そんなに特別なもんなのか?」

『肯定。対象個体は強い加護下にあり、魔王との親和性は過去最高レベル。孵化後は主人(マスター)の権限・能力拡張にも寄与が期待されます』

……なんだか大事っぽいこと言ってるな。


うーん…なんか…。

ただ

そういうことじゃなくて…。

先ほどの隠し扉とは打って変わり、なぜか卵に手を伸ばすのを、ためらう気にならなかった。


「・・・よし。流すぞ」

そっと卵に手を当てるとアリアの声が機械的に響く。

殻越しに、微かな鼓動を感じるような気がする。

『魔力供給を開始。魔核からの魔力流出を許可してください』

はいはい、と心の中で返事をして、魔核を意識――「体の奥でスイッチを入れる」みたいなイメージを浮かべる。

胸の奥から淡い光がふわっと広がっていくのを感じ、光が指先を通して卵に流れ込んでいく。


……卵の殻の模様が、ふわりと青白く輝きはじめた。

さっきまで静かだった台座の上で、卵がかすかに揺れて――

一瞬、光が爆ぜるように部屋全体が明るくなる。

「……!」

まるで夜明けの光が一気に差し込んだような、優しくて温かい輝きに思わず目を細める。

次の瞬間、

卵の殻にぱきり、と細いヒビが走った。

静かな空気がぴんと張りつめ、息を飲んで見守る。


――ぱきっ、ぱきっ。


殻が外側から順に割れていき、やがてひときわ大きなヒビが中心に走ると

「……きゅぅい」

控えめな鳴き声とともに、小さな頭がそろりと殻のすき間から覗いた。

挿絵(By みてみん)

光を反射するふわふわ純白の毛並み。

手のひらにおさまりそうな体型は、子猫を思わせる。

大きな水色の瞳は、淡いグレーと銀色が混じり合い、虹彩の奥には星がきらめいている。

長めの立ち耳がぴくりと動き、内側には銀白色のふわふわした産毛。

額には、淡く青や銀に輝く透明感のあるツノがあり、首元から背中にかけて、銀色や淡い青色の鱗がライン状に並ぶ。

さらに、肩甲骨のあたりには純白の小さな羽根――

――まさに、ファンタジー世界の“守護獣”という言葉がぴったりの神秘感。

それでいて、思わず撫でずにはいられないくらい、かわいさと幻想的な雰囲気を両立してる。

なんというか――

「……お前、なんていうか……すごく、綺麗だな」

自然にそんな言葉がこぼれた。


言葉が理解できるのか、小さな生き物は一声、きゅい、と鳴く。


その瞬間、脳裏に直接響くような感覚で

“名前”――『ゼロ』という単語が浮かんだ。


「……零」

『零との契約成立。魔素変換の効率性、安定性が上昇。今後、主人(マスター)の能力成長に寄与が期待されます』

アリアの言葉に、少しずつ実感が湧く。

「なんか……すごい相棒を手に入れちゃった感じ?」

零は、まるで返事をするみたいに小さく鳴き、その姿に思わず口元が緩む。

俺の手のひらにちょこんと乗り、まるでずっと昔からここにいたみたいな顔で見上げてくる。

新しい相棒――頼もしいような、まだ頼りないような、不思議な存在感。

ふわふわの体温がじんわり手のひらに伝わってきて、

さっきまでの緊張や疲れも、どこか遠ざかっていく気がした。

「……よし。よろしくな、零」

小さく鳴いた零の声を聞きながら、

俺はひとつ、大きく息をついた。

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