名前
さて、これからどうしようかな……。
ひとまず命の危機は乗り越えたけど、正直、これから何をすればいいのかさっぱりだ。
愛くるしいモフモフたちが俺の周りを囲み、これまた愛くるしい大きな目で俺のことをじっと見上げている。
――なんだろう、この胸キュン感。
魔王として異世界デビューして、最初の仲間が癒し系のモフモフたち。
悪くない。
そういえば――ずっと「モフモフ」って呼んでたけど、みんなの正式な種族名って何なんだろ?
「ねぇ、君たちの種族って、何て呼ばれてるの?」
俺の問いかけに長老っぽいモフモフがニコニコしながら胸を張った。
「我らは"フロル族"と申します。この辺りに昔から暮らしている戦いを好まない種族です。今まで淘汰されずになんとかやってこれました。見ての通り、体は小さいですが、家事や細かい作業は得意でして。この魔王城も、我々が修繕をしながら静かに過ごしてまいりました」
「へぇ、フロル族。よろしく頼むよ。あ、君は……?」
長老の隣に立っていた、ちょっとキリッとしたフロルが一歩前に出る。
「私は副長のベルムです。これからどうぞよろしくお願いします、魔王様」
「うん、頼りにしてるよ。……あ、そうだ。俺も名乗らないとかな・・・。」
一瞬、頭の中で自分の名前――御影遼――が浮かぶ。
日本じゃIT企業で四年ほど働いてた。
忙しい毎日だったけど、仕事も人間関係も案外うまくやってた方だと思う。
身長は平均よりちょい上、見た目も『普通以上』を自称してる――たぶん、いや、きっと。
がしかし・・・!彼女いない歴=年齢ってやつで、そっち方面だけはさっぱり縁がなかった。
「イケメンなのに残念だよな」とか、
「いや、中身はちゃんとしてるのに、なんで?」とか、
友人も後輩も、口では色々言ってくれるけど、最終的には『謎』扱い。
まあ、趣味は多いし、飲みに行く相手にも困らない。
休日はひとり映画やカフェ巡り、たまに仲間とオンラインゲーム――自由を満喫していたつもりだ。
彼女ができない件については、もはや『呪い』だと思って、途中から「ま、いっか」って開き直る始末。
そんな俺が、いま異世界。
人生、何が起こるかわからないって、こういうことなんだろう。
名前そのままってのも微妙だし、せっかくなら新しい名前でやっていこうかな――
なんて考えてると、アリアが脳内に提案してくる。
『この世界では、魔王に“名”が与えられます。申請されますか?』
申請制なんだ・・・。役所だな。
「じゃあ……申請するかな・・・。なんにしよう・・・」
短くて呼びやすくて、この世界でも違和感なさそうな名前……
あれこれ考えているうちに、ふと頭に文字が浮かぶ。
響きもいいし、何となく気に入った。
「……よし、ノアで」
『申請を確認しました。“ノア”という名を受理します。』
そのまま終わりかと思ったら、アリアがさらに続ける。
『魔王ノアの能力傾向・魔素適性・今後の成長性を総合判定――苗字に相当する識別名を自動付与します。』
え、苗字? そんなのまであるのか。
『今後の魔王権限、魔素制御能力に最適化された名前――“クラヴィス”を追加します。システム更新を開始。新規ユーザー権限を限定的に解放します』
え、なにそのシステム感……。
一瞬、体の奥で何かがパチンと弾けたような感覚があった。
心なしか、空気がほんの少しだけ澄んだような気さえする。
『“ノア・クラヴィス”としての登録が完了。魔王権限:第一段階を解放。初期能力――魔素操作、簡易治癒、簡易感知が利用可能』
自分の中で何かが変わったような、不思議な感覚が広がる。
胸の奥が少しだけ熱くなった気がした。
すると、フロルの長老がすっと膝をつき、かしこまった様子で頭を垂れる。
「名が決まりましたな。この瞬間に立ち会えるなど・・・一族の誇りです。新たな主としてお迎えできること、心よりお慶び申し上げます」
その声に、周りのフロルたちも慌てて並び直し、次々と「おめでとうございます!」と明るい声をあげる。
なんだか急に、みんなの視線が尊敬モードになってしまった。
そんな中、素朴な疑問が1つ。
アリアとの会話って外には漏れてないんだよね?
なんで名前が決まったってわかってるんだろう・・・。
『魔王に名が付与されたことで、一時的ですが世界に干渉する魔素上昇が確認されました。多くの種族はそれを察知したと推察します』
え?世界中に影響?
多くの種族が感じたって……まさか、人間も含まれる?
『……含まれます』
ちょっと待って。
今までいろんな説明をスラスラ回答していたAIのちょっとした間。
もしもしアリアさん?
それってやましいことがあるやつだよね?
多くの種族が察知したって。
それ、名前の申請前にお知らせすべき内容じゃない?
魔王復活がバレてるってことじゃん。
世界デビュー、目立ちすぎて討伐路線じゃん?
アリアは動じる様子もなく淡々と告げる。
『成長を提案します』
……いや、成長って。
それ、今のままだとやられるっていう意味と同義だよね?
長老の隣にいた副長のベルムが、ピシッと背筋を伸ばして話かけてきた。
「ふさわしいお召し物にお食事をご用意します。こちらへどうぞ」
ほっとけない脳内案件だが
俺の格好もなかなか深刻な“対処すべき課題”だ。
――俺、ずっとパジャマ・・・。
しかも靴履いてない。
「・・・うん、ありがとう」
アリアと脳内会話を続けながら、ひとまずベルムについて魔王城の中を歩き進む。
魔王城の中はほとんどが埃まみれの廃墟状態だったけど、案内された部屋だけは妙にきれいで、
ふかふかの椅子がちゃんと用意されている。
(で?成長ってどうしたらいいのよ)
脳内会話を継続しながら、用意された椅子に腰をかける。
『力を持つ存在を討伐すれば、その本質に宿る“魔素”を取り込むことが可能です。取り込んだエネルギーは“魔核”に蓄積され、一定量に達すると自動的に能力が進化し、レベルアップが発生します』
力を持つ存在……か。
妙に引っかかる言い方だな。
「それって……まさか……」
『人も該当します。魔法やスキルを使う者は、その体内に“魔素”を備えています』
……うわ、やっぱり。
フロルたちが手足を丁寧に拭いてくれる中、アリアの返答が脳内でじんわりリフレインして気が重い。
『一部の人族には例外も存在しますが、魔物や亜人が保有する魔素量の方がはるかに多く、特に魔物は言葉による意思疎通が困難なため、ほぼすべての種族にとって共通の“討伐対象”です。効率的な成長、および人間社会との軋轢を避ける観点からも、魔物の討伐を推奨します』
おお……アリアからの親切設計な提案
魔物を倒せば人助けにもなるし、俺のレベルアップにもつながる。
まあ、だいたい想像していた通りだな・・・。
現状、これ以外の選択はない。
名前をつける
世界に魔王の復活が知れ渡る
意図的に進められている感はいなめないが、今は流れに従うしかない。
ふと、壁や柱のあちこちに奇妙な模様があるのに気づく。
アリアが、すかさず説明を入れてくる。
『Sigraphです。魔素を流すことで様々な機能を発揮する魔法構造ですが、現時点の覚醒レベルでは本来の機能は利用できません』
なるほど。
もともと理屈を考えたり、物事の仕組みを理解するのは嫌いじゃない。
特にこの世界――魔法やスキルが存在する場所で生きていくには、そういう“基礎知識”はきっと強い武器になる。
なんて考えているうちに、フロルたちがテキパキと俺の手足をぴかぴかに仕上げてくれる。
「失礼します。こちらが新しいお召し物です」
タイミングよくベルムが差し出してくれたのは、濃紺を基調に、えんじ色の差し色がさりげなく入ったロングコート風のジャケット。袖口や裾には控えめな銀糸の刺繍がほどこされていて、上品だけど派手すぎない。
インナーは柔らかなリネンのシャツ、動きやすい細身のパンツ、そして足元にはしっかりしたショートブーツ。
いかにも『魔王』みたいな威圧感はなく、それでいてどこか異世界の王族っぽい雰囲気が出てる。
――地味すぎず、派手すぎず、ちょうどいい感じだ。
しかし、ここで疑問が。
「……これ、どうして用意できたんだ?」
俺が首をかしげると、ベルムが小さく胸を張って答える。
「この魔王城には、衣装や備品が数多く保管されていまして。ここを使わせてもらっていた身として、日頃から倉庫や衣装部屋を整理・補修しておりました。……こうしてお渡しできて光栄です」
なるほど。そういうことか。
――ほんと、フロルたちがいてくれて助かった。
色んな展開がきても、その外見や仕草にいやされるおかげでストレスがやわらぐ
新しい服に着替えて、気持ちもちょっと引き締まったところで――
さあ、これからどう動くか・・・。
やるべきことは山積みだ。
まずは、この城と周囲の状況をちゃんと把握するところから始めるか。