告白
魔王城の東棟にある、応接の間。
来客との会談用に作った広い部屋に、俺たちは勢ぞろいしていた。
眷属全員に説明をする――なんて言い出したものの
執務室には絶対に入りきらないということで、急遽この場所が会場に選ばれた。
大きな机には、見慣れた面々がずらりと並ぶ。
俺の頭の上には、小さくなった零。
足元には、興味津々で周囲を見渡すルクス。
このふたり(?)は言うまでもなく、定位置だ。
さらに、俺のすぐ近くには長老とベルムが座り、
その隣に蒼幻、碧羅、逸花、翠月、澪、ティアと続く。
まだ到着していない焔嶺や他の幹部のために、いくつか空席が用意されていた。
会議が始まるまでの間
テーブルに用意されたお茶やお菓子を手に取りながら
各々が近しい者同士で談笑したり、最近の出来事を報告し合ったり――
穏やかな空気が流れている。
ティアは蒼幻と小声で何かを相談し
逸花は碧羅と静かにメモを見せ合い
翠月は周囲の警戒を解かず、澪は静かに全体の様子を観察している。
ルクスが机の下から顔を出して、
お菓子を欲しそうに、俺の膝にそっと手を乗せてきた。
「いいよ、ルクス。お前が食べる分くらい、まだまだあるから」
そう言って小皿ごと手渡すと、ルクスは嬉しそうに小さくしっぽを振り、ぱくりと一口。
目を細めて、満足げに頬をふくらませる。
精霊王とのやりとりが色々終わって、その足で急遽、説明会やるっていうことになったけど…
それでこれだけ整うんだから…やっぱりうちの眷属たちはすごい。
「すみません!遅れまし…た…?」
そんな中、バンッとドアを開いて、駆け込んできた焔嶺は
俺の姿を見た瞬間、ピタリと硬直。
「えっと…?
ノア様…また何というか……えらくヤバいことになりましたね……」
その言葉に、肩をすくめる俺。
「そうか? 強さとかは正直よくわかんないけど、なんだかすっきりはしてるよ。」
「……“すっきり”って…。
その感覚がもう次元が違うんですよ……。
会うと、感じる、じゃ規格が全然違うな…」
そうぼやきながら、焔嶺は俺の右隣に腰を下ろす。
――で
その反対側…俺の左隣に“座る”、いや、“存在する”と言った方がしっくりくる
“ふんわかおっちゃん”に反応。
「え…っと?
隣の方……誰なんですか…と触れてもいいんですか…ね?」
おそらく
いや、間違いなく
全員が『聞きたい!』
と思っていたに違いない、俺の隣でニコニコしている優しい面持ちのおっちゃん。
すぐさま反応した焔嶺の言葉に、全員がこちらに注目。
「あ、聞いちゃう?」
俺はみんなの視線を受け止めながら、思わず笑ってしまった。
「いやー…けどこれ、聞いても大丈夫なやつかな…。
なんか、とんでもない感じがする…」
さすが焔嶺。
普段は豪胆なクセに、こういうときだけやたら勘が鋭い。
その“ただ者じゃない感”を、ひしひし感じ取って、じりじりと身構えちゃうあたりが、戦闘種族。
「大丈夫、大丈夫。
あー……まあ身の危険っていう意味では大丈夫。それ以外は...どうかな?」
苦笑しながら、俺はみんなの期待と緊張に満ちた空気の中で彼を紹介。
「こちら――精霊王。
今は俺を依代にして、物質世界に来てる状態です。」
静まりかえる室内。
事のなりゆきを大方把握している蒼幻、碧羅、逸花たちは想定済みという顔でうなずき
焔嶺含め、他の眷属たちは揃って目を丸くする。
精霊王は、場の空気を読んでか読まずか
笑顔でみんなに手を振っていた。
「精霊王……!?
え?あの伝説の…精霊を束ねる王……!?」
焔嶺が思わず身を乗り出して叫ぶ。
他の眷属たちも「まさか」「本当に?」「夢じゃないよな……」とざわめき始めた。
「うん、そう。
今回いろいろ助けてくれてさ。王の希望もあって、今この状態なんだ」
俺が軽く説明すると、焔嶺は再度、「えぇっ!?」と叫び、後ろの椅子ごとひっくり返りそうになる。
『そういうことじゃ、諸君。
これからは、ちょいちょいお邪魔する予定じゃから、よろしく頼むぞ』
精霊王は、まるでご近所の寄り合いに顔を出すおじさんのノリで手を振る。
碧羅や逸花たちは「もう何でもありだ……」と達観した表情。
長老とベルムは言葉を失い
他の眷属たちも困惑と感動で口をパクパクさせている。
その空気を切り裂くように、蒼幻がぽつりと解説を挟む。
「……精霊の依代になると、通常は莫大な魔素を消費します。
一時的な降臨でさえ大変なのに、これほどの長時間、しかも安定して物質世界の者が依代になり続けるなど……本来ならば、不可能なはず」
俺は蒼幻を見て、思わず笑う。
「おー、よく知ってるね。
……まあ、ちょっと色々あってさ。これからそれを説明しようかな」
精霊王は、そんなみんなの様子を見ながら、
『この世界は久しぶりじゃから、色々楽しみでのぉ』
と、やっぱり空気を和ませる一言を添えた。
そこへ狩りに出ていて遅れていた大和と葵が会議室に到着し
これでほとんどの眷属が揃った。
「んじゃまあ、はじめるか」
俺が切り出すと
眷属たちは自然と背筋を伸ばし、ざわついていた面々も静かに耳を傾けはじめた。
一呼吸置いて
必ず伝えようと思っていたことから言葉にする。
「まず皆に言っておかなきゃいけないことがある。
俺は“突然”魔王として、別の世界からこの世界に転生してきた」
自分を偽って進むのは終わりにする。
そう決めた俺は、自分の出自と想いを、仲間たちと正面から共有すると決めた。
隠す、という選択肢はなかったが…
正直、拒絶されたらどうしよう……という不安がないわけじゃない。
言葉にした直後――
俺は、息を詰めて仲間たちの反応をそっと確認する。
「あれ……?思ってた反応と違うな……」
……だが、予想していたような混乱や動揺は起きなかった。
俺の告白に、何人かは「やっぱり……」と頷き
焔嶺は「まあ、そんな気はしてましたけど……」と苦笑い。
長老やベルム、蒼幻たちは驚きもせず、ただ静かに受け止めている。
「あれ……?」
俺は少しだけ肩透かしを食ったような気分で、みんなの顔を見渡す。
もっと「異世界人!?」「マジかよ!」みたいな驚きや動揺が広がると思っていたが…
蓋を開けてみれば皆、思いのほか落ち着いている。
「――ノア様の強さは、この世界の者と明らかに異なる力ですからね。
いくら“魔王”と言っても、未知の術をポンポン作り上げて俺たちを種族進化させる。
薄々、何かあるなとは思っていましたよ」
今更なにを?みたいなテンションで話す焔嶺に、戸惑う俺。
「そうなの?」
「そうですよ」
「そうなのか……」
考えてみれば…
確かにこの世界の常識を超えたことばかりしてきた。
Sigraphの構築は、毎回みんな唖然としてるし…
仲間たちは内心ツッコミ入れまくっていたことだろう……。
仲間たちは、それをちゃんと見て、感じて、今の俺を信じてくれていた――
一人で抱え込んで、余計な心配をしていたのは、結局俺だけだった。
―――不安になる必要がなかったんだ。
そんな当たり前のことに、今さら気づく自分がちょっとおかしかった。
蒼幻が落ち着いた声で言葉を継いだ。
「我々にとって、ノア様が元は誰か、など些末なことです。
変異した魔物の脅威から我々を救い
さらにこの地を豊かに発展させてくださいました。」
碧羅が続ける。
「“今”のノア様こそが、私たちにとっての主です。
大切なお方なのです…」
焔嶺は笑って、
「最初から変な人だと思ってましたしね!
今更かしこまって何言うのかと思いましたよ」
逸花や翠月もそれぞれ静かにうなずき、
ルクスは優しい顔で足元から覗き込んでくる。
さらっとディスってきた焔嶺のことも、それが彼らしい励ましなんだと、自然に思える。
俺は気が抜けて苦笑しつつ
心のどこかが、じんわりと温かくなるのを感じていた。
「それで、その前提が今の状態とどう関係するんです?」
焔嶺が真面目な顔で問いかけてくる。
「俺はどこかで、魔王になることを完全に受け入れられていなかったんだ。
だけど今回――精霊王の力を借りて、自分の“核”に触れることになってさ。
覚悟を決めたら、なんか色々できるようになったんだよ。
ドラゴンから吸収した魔素も、完全に処理できたし。」
そう言いながら、
「まあ要するに、今までどこかで自分にブレーキをかけてたんだな」
と付け加えると、
焔嶺は「なるほど……」と、静かにうなずいた。
「おれ、魔素に直接アクセスできる特異体質みたいでさ。
精霊王の魔素を解析して、物質世界で安定できるようにしたんだ。
今は言うほど力を消費せずに維持できてると思うよ」
焔嶺は再び椅子からずり落ちそうになりながら、立ち上がって両手を広げてみせた。
「特異体質って!
え?そんな言葉で片づきます!?
いやいや、稀にみる雑な説明……!」
焔嶺が両手をばたばたさせて、大げさに突っ込んでくる。
「けど、これ以上説明のしようがないしさ~。
折を見て、眷属たちのパワーアップも考えるよ。
とりあえず、精霊王は今後、依り代を作ってこっちに来てもらおうと思ってる」
俺の発言に「また何か始まる……」と小声でぼやく焔嶺。
蒼幻が、静かに場をまとめるように口を開いた。
「若。ノア様のお力は、我々の理解の枠には到底おさまりません。
しかし“強い主君”に仕えることは、我々の誇り。
さらに、ここまで配下に心を寄せてくださる主はおりません。
――この際、難しいことは考えず、ただ付いて行きましょう」
その言葉に
全ての眷属たちからの共感が広がった。
「そうだな……。まあ…そうだな」
変化に弱い?焔嶺は気持ちを整理しながら、自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟やく。
俺はそんなみんなの様子を見て
「じゃあ、今後ともよろしく頼むな」と、心からの笑みを浮かべた。
「ノア様。では少女のことは解決ですか?」
逸花が頃合いをみて口を開く。
「うん。
少女にかかった魔力の流れを解析すれば、呪いを解くことも、術者も追うこともできると思う」
「よかった……!」
安堵の声が部屋に広がり「では……」と次の言葉をいいかけた、その直後――
精霊王がふいに顔をあげ、耳を澄ませるような仕草をした。
――次の瞬間、部屋の空気がふっと変わる。
淡い光の粒がさざなみのように揺れ、
精霊王のまわりを静かに取り巻いていく。
まるで、遠い森から風に乗って届いた“ささやき”が、
この場に集まってくるような不思議な気配。
『……ルーフェリアの森より、急報が入った。
精霊たちが “何か”に襲われておる――と』
会議室内が、一斉にざわつく。
すかさず翠月が
「ルーフェリア……精霊信仰を中心とした森の王国。
スピリッツと亜人の混合国家ですね」と状況を整理する。
「詳細は?」
俺の言葉に精霊王は目を閉じ、光の声に耳を傾ける。
『……大地と森が蝕まれはじめておる…。
どうやらただの魔物ではないようじゃ。
―――精霊たちが恐れるほどの存在。このままでは森全体が飲み込まれるぞ』
緊張が一気に広がる会議室。
皆が言葉を失い、息を呑む中、アリアの声。
『ルーフェリアは王国には多くの精が根付いています。
森が滅べば世界の「魔素循環」が崩壊し、いずれ魔王領にも悪影響が及びます』
森が壊滅すれば、ただの“他国の危機”じゃ済まないってことか。
ここで見て見ぬふりをするのは、俺たち自身の首を締めるようなもの……
そもそも―――
『ノアよ……』
「わかってる。もちろん助けるさ」
おそらく多くの精霊たちが暮らすその国は、精霊王にとって特別な場所
力を貸してくれた彼を、ここで見捨てたりしない。
「よし。状況を整理。救援隊を組む」
長くなってきたので、ここで切ります。