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美少女

『ノア様、少女が目覚めました』

 医療班から隠響いんきょう(電話みたいなやつ)が届く。

 この声は…医療部門の責任者リーネだ。


「よかった…!魔素からの隔絶は効果があったな」

 俺が口を開くと、隣の焔嶺が不思議そうに首を傾げた。

「どうしたんです?」

 どうやら隠響いんきょうは俺だけに届いているらしい。

 ……便利だけど、独り言っぽくなるのが玉にキズなんだよな。


「医療班からの報告だ。少女が目を覚ましたって」

「それは――良かったですね!」

 碧羅が目を輝かせて身を乗り出す。

 長老とベルムも興味津々でこちらに注目。


「今、みんなにも共有するからちょっと待って」

 そう言って、隠響いんきょうをみんなと繋ぐ。

「リーネ、皆にも聞こえるようにしてくれ」

『かしこまりました。皆さまにも詳細をお伝えします』

 部屋の空気が一気に真剣モード。

 俺は椅子に座り直し、次の報告に耳を傾ける――。


『それではご報告します。

 まだ一人で動けるまでにはいたっていませんが、少女の意識は正常に戻りつつあります。

 生命への危険はありません』

「……本当によかった」

 ベルムが、モフモフの小さい手を胸に当てて安堵の息。

 その可愛い仕草としっかりした性格とのギャップがいい。


『ただ、記憶が一部曖昧なようです。自分の名前が分からないようで……。

 “畑にいた”

 “突然黒い煙に覆われた”

 “耳元で何かが囁いていた”……という断片的な証言が得られています』

「黒い煙…?」

 フロルの長老が、眉をひそめる。

「それ、呪いの発動と関係ありそうだな」

 俺の言葉に、焔嶺も腕を組んでうなずく。

 耳元で囁くって……呪詛系か、精神干渉か……

 いずれにしても、絶対ロクなもんじゃないのは間違いない。

 隠響いんきょう越しにリーネが静かに続ける。


『さらに、少女は“どうしていいかわからず、叫んだ”と話しています。

 その直後の記憶は特に曖昧で、現時点ではこれ以上の情報は引き出せませんでした』

 その言葉に皆の表情が険しくなり、どこか重苦しい緊張感が漂った。

 いずれにしても

 精神的なショックが大きいだろうし、無理に思い出させるのは避けた方が良さそうだな……


「少しだが、状況の断片は見えてきたな」

 焔嶺がうなずきながら視線を巡らせる。

「黒い煙、耳元の声、そして呪い――全部繋がってる気がしますが…。手がかりを探すしかないですね」

「そうだな…」

 焔嶺の言葉に相槌を打つと、ベルムも控えめに口を開いた。

「ところで、少女の呪いには“タイムリミット”のようなものがあるのでしょうか?

 たとえば、今は隔離で症状が落ち着いているけど、何かの拍子に再発するとか――」

 皆が再びリーネの声に耳を澄ます。


『現時点では、明確なタイムリミットは不明です。

 ただ、少女の体には金色に光る模様のようなものがいくつも浮かび上がっています。今は淡く鈍い輝きですが、これが残っている限り、いつ症状が再発してもおかしくないかと…』

 ――再び、じわりと重たい空気が流れる。

「つまり、“爆弾を抱えてる”状態ってことか……」

 俺が呟くと、フロル族の長老が「そういえば…」と眉を寄せて首をかしげる。


「黒い煙――書庫で、似たような記述を読んだ気がします。

 ……うろ覚えですが、何か手がかりになるかもしれません」

「おいおい、さすが長老!それ、超重要なヒントじゃないですか!」

 焔嶺が食い気味に反応する。

「では、すぐに書庫の資料を洗い直してみましょう。ノア様、少しお傍を離れますね」

「え?あ…うん。わかった」

 碧羅の言葉に、ちょっと戸惑いながら反応してしまう俺。

 居場所”は城内なら100%バレバレだし、外より安全だから、情報を集めることに人員をさくっていうことなんだけど…。

 それでも、なんかこう――

 “行ってきます!”って離れていかれると……なんだか、ちょっと寂しい。

 過保護に慣れすぎるって…怖い。


 そんな俺の気持ちはいざ知らず

 皆の視線が自然と一致して、次の行動へとギアが入る。

≪ぼくはずっと傍にいるからね≫

 見かねて?声をかけてくる零。

 いや…なんか、ごめん。

 と心の中で誤り、気を取り直して指示をだす。


「引き続き、少女の回復と経過観察を最優先に。情報を集めつつ外交も進めるぞ」

 俺の言葉に、リーネが『承知しました』と返してくれる。

 ちょうどそのタイミングで、逸花からの隠響いんきょうが入る。


『ノア様。準備が整いました。西棟までお越しください』

「お?そうか、わかった。すぐに向かう」

 色々整えた時、西棟は結界の間があるってことで研究や保管庫系を集めることにした。

 魔法や魔道具なんかを取り扱っている最中にうっかり爆発、みたいな時でも対応できるように護りを手厚くしてある。

「契名ですか?」

「うん。準備できたって。俺はそっちに向かう」

 隠響いんきょうだと察した焔嶺の質問に答え、リーネと話を繋ぐ。


「すまんな。逸花から連絡が入って会話が中断した」

『いえ、問題ありません。

 ノア様が近づくことで、魔素が共鳴して症状が悪化する可能性があります。

 当面はこのまま隔絶領域で保護しながら回復を待ちます』

「了解。ありがとう。

 何か変化があったら、すぐに報告してくれ」

『はい、必ずご連絡いたします』

 リーネからの会話が途切れ、各々やるべき場所に移動する準備を始める。


「じゃあ、みんな頼んだぞ」

『承知しました』

 執務室にいた面々がそれぞれの役割に散っていき、室内が広く感じられる。

 “ワクワクが止まらない”と豪語していた凛。

 今ごろは待ちきれずソワソワしてるに違いない。

「さっ行くか」

 凛とは別の意味でソワソワしているであろう焔嶺と一緒に執務室を出て、儀式の間へと足を進めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 西棟へ向かう途中、やたら落ち着かない焔嶺が隣でそわそわし始めた。


「ノア様?契名ってその……なんか失敗して爆発したりしないですよね…?」

 おいおい。

 爆発って。

 なんでそんなコワイ前提なんだよ。

「しないよ。たぶんね」

「たぶんて!」

 あえて不安を煽って遊ぶと、すぐさま見事なツッコミが返ってくる。

 進化してから幾分隙がなくなったけど…こうなるといじり甲斐があるな。

 かわいいやつめ。

「いや、突拍子もないこと言うから。

 あのさ?何回もやってるの見てるよね? 焔嶺も受けたじゃん?爆発とか…そんな兆しあった?!」

「いや…ないですけれども…!」

 もはや理屈じゃないっ!っていう気持ちが伝わってくるが…。

 理性と感情が乖離しすぎてるな。

 仮にもあなた。

 魔王領 軍事部門の責任者でしたよね…?

「しっかりしろ。兄貴」

「……ですね」


 そんなやりとりをしながら廊下を進んでいくと、儀式の間で逸花や蒼幻が最終確認を行っていた。

 そして案の定、ソワソワと落ち着きなく待つ凛。

 まるで遠足前の小学生みたいに、期待と緊張がごちゃまぜになっている。


「ノア様っ!準備ばっちりです!いつでもいけますよっ!」

 俺たちの姿を見つけるなり、勢いよく駆け寄ってきた凛は、やたら張り切った表情で拳をぎゅっと握っている。

 ……そのテンション。

 さすがに皆も苦笑いだ。


「お待ちしておりました、ノア様」

 逸花は穏やかに会釈し、準備が整っていることを伝えてくれる。

 ――儀式といっても特別な装束や小道具が必要なわけじゃない。

 ただ、城内で大きな魔力が動くことになるから、他への影響が出ないよう、力のコントロールがしやすい場所を選んでいるってだけだ。

 俺は魔法陣の状態をざっと確認し、念のため周囲の人払いがすんでいることをチェック。

 さすが、抜かりない準備。

 この短時間で見事に整えられている。

 できる眷属を持つって素晴らしい。


「よし、始めるか!」

 俺が声をかけると、凛は待ってましたと言わんばかりに一歩前へ。

 目をキラキラ輝かせて、こっちを見上げてくる。

「準備、万端です!ノア様!」

 ……このワクワク感、伝染しそうだな。

 蒼幻と逸花も微笑みながら見守り、焔嶺は少し緊張した面持ちで妹を見つめている。

 俺は一歩進み、魔法陣の中心に凛を招いた。

「じゃあ、心の準備はいいな?」

「もちろんです!」


 凛の額にゆっくりと両手をかざし、魂の奥深くに触れるイメージを描く――


『進化の方向性を確認。考慮した上で契名を開始します』


 ――アリアの声が、頭の中に響いたと同時に魔力が静かに満ちていき、魔法陣が青白く輝きはじめた。

 空気がぴりっと張り詰める。


「凛――お前に新たな名と、役割を与える……魔王領の未来を支えてくれ」


 俺の声が静かに響いた瞬間、魔法陣の光がぐっと強さを増し、凛の足元から天井へと――まるで夜明けの陽光みたいな眩い輝きが一気に駆け上がった。

 空間の温度がふっと変わったような、息を呑む静寂。

 その中心で、凛の輪郭がふんわりと淡く揺れ、髪や衣服まで光に溶け込んでいく。


 魂の奥底で“カチリ”――と、確かな手応えをともなう音が、鼓動と重なって響く。

 俺の中で、彼女の“何か”が変わったことを、はっきりと感じ取った。


「――新たな名は、ティア。ティア=イリスだ」


 その名を告げると同時に、練り上げた魔力が温かな波となってティアの魂へと流れ込んでいく。

 まるで春風が氷を溶かすように――

 光はティアをやさしく包み、命そのものを書き換えるような眩いエネルギーが満ちていく。


 俺の右手が、ティアの額にそっと触れる。

 その瞬間、光の粒がふわっと弾けて空間を満たし、まるで世界が祝福しているみたいに――

 魔王領の“未来”に、新たな名前と力が刻まれたことを、全員が直感した

 その瞬間、アリアからの知らせが伝えられる。


『契名完了。種族進化を確認。ティア=イリスは魍魎族からネイド族へ進化しました』


 光が収まって視界が開けると、そこに立つのは――

 ふんわりとした銀白の長い髪を揺らし、背中に大きなリボンをまとった、どこか幻想的な美少女だった。


「成功だな…」

 ゆっくりと腕をおろし、進化した凛に目を向ける。


 ティア=イリス

 種族進化:魍魎族 → ネイド族

 外見:長髪は淡いパールホワイトにブルーのグラデ。透き通る青い瞳を持つ美少女。大きなリボンと 羽飾り付きのドレスを身に纏う。

 武器・能力:銀翼の細剣。調和と光の魔法、支援・防御が得意。戦闘能力も高い。


「……すごい。なんだか、心も体もふわっと軽いです!」

 その柔らかな微笑みと、透き通るような青い瞳は、見る者の心をふっと和ませる不思議な力を持っていて、まるで天使が舞い降りたかのような、優雅さと可憐さを併せ持つ姿。

 けれど、その瞳の奥には一瞬で相手の意図を見抜きそうな鋭い聡明さも感じられる――


 俺も、逸花も、蒼幻も、思わず「おお…」と見惚れてしまい

 焔嶺は1人放心状態で、意識がこちらに戻ってきてない様子。


 今まで進化の瞬間は何度も見てきたけど――今回の変わり幅はトップクラスじゃないか?

 魂の“補正”ってやつ、恐るべしだな……。


「すっごい変わったな!」

 声をかける俺の前で、ティア――進化したばかりの元・凛は、ふわりとスカートの裾を揺らしながら、その場で軽く一回転してみせた。

 ティアがまとう柔らかなオフホワイトの服は、胸元と袖口、裾に繊細な羽根模様の刺繍がきらめき、首元には彼女の瞳と同じ、澄んだ空色の宝石がはめ込まれている――。

 どこか“気品”すら感じさせる立ち居振る舞い。

 今までの凛の明るさや元気さはそのままに、そこに高貴なオーラが加わったような――そんな変貌ぶりだ。


「……すごい、本当に自分じゃないみたいです! でも、不思議と違和感がなくて……力が内側から湧いてくる感じ!」

 相変わらず目はキラキラしていて、明るい根っこの部分は変わっていないみたいだが、声も、雰囲気も以前より落ち着いた響きになっている。


「ノア様…これちょっと盛りすぎじゃないですか…?」

 進化した妹をまじまじと見つめながら、焔嶺が小声で耳打ちしてくる。

 いや、気持ちは分かる。

 兄としてはさぞかし複雑だろう。

「いやいや、盛ったつもりは全然ないぞ? 

 むしろ、ティアの素質が本領発揮しただけだって」

「いや、“覚醒前→覚醒後”のビフォーアフターが激しすぎですって…!」

「でも、ちゃんと根っこは凛のままだろ? 

 ……ビジュアルだけ天使っぽくなった()()でさ」

()()って!

 そう言うレベルじゃないでよ!」

 あ

 噛んだ

「ないですよ!」

 家族がいきなり天使級の美少女に進化して、うろたえる焔嶺。

 ……焔嶺の狼狽えっぷりに、逸花も蒼幻もクスクスと肩を震わせている。

 まあ、落ち着け


「絶対、領内で“女神”とか言われるやつじゃないですか、これ」

「うーん…まあ、ありえるな」

 俺自身もびっくりするくらいの美少女になっちゃったからなー。

 澪や逸花とはまた全然違うタイプの可愛さだ。

 もともと可愛らしかったから、やっぱ素質があったんだな。


 ティアはそんな兄の気持ちを慮ることもなく、くるっともう一回転。

「兄さま、ちゃんと“中身”は私ですから!」

「……」

 言葉を無くす焔嶺に皆んなの心の中で向けられる、ご愁傷様という言葉…。

 今回で

 進化補正ってやつは、良くも悪くもすごいってことが分かったな。


「何か不具合はあるか?」

 俺が尋ねると、ティアは胸に手を当てて、ひと呼吸置く。

「いいえ、ありません。

 言葉にしにくいのですが――

 まわりの“気配”や“空気”が、今までよりずっと鮮明に伝わってきます。

 あと、不思議と人と話すのが怖くなくなったというか、自然に言葉が出てくる感覚です」

「それは……まさに外交向きの能力だな」

 蒼幻が感心したようにうなる。

 逸花も「見た目も、中身もずいぶん洗練されましたね」と嬉しそうに微笑む。

 その様子に、焔嶺もようやく現実に戻ってきたのか、「……マジか。妹が……天使になってる……」と呆然とつぶやく。

「兄上、これからは“ティア”として、皆さんの期待に応えられるよう頑張ります!」

 そうまっすぐ宣言するティアに、場の全員が自然と笑顔になる――

 契名は、温かな空気の中で無事に幕を閉じたのだった。

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