外交部門は波乱の予感!?
さて。
やらなきゃならないことが山積みだ。
まずは、リシャールとの取引。
やると決めたはいいけど、細かい条件を詰めないと絶対うまくいくわけがない。
……そもそも俺、こういう“営業”とか“根回し”とか、ずっと苦手。
迷いなく「SE」の職を選んだのも、営業だけは回避したかったからだ。
今回は国としての対応
つまり政治が求められる。
外交初心者のひよっこがどうこう出来る案件じゃない…
…こりゃスペシャリスト集団を作るしかないな。
「リシャールさん?殿?」
「リシャとお呼び下さい。お許しいただけるなら…その方が親しみを持っていただけている気がして嬉しいです」
……だいぶ緊張がとけて、表情もやわらかくなってきたな。
こうして見ると、親しみやすい雰囲気の人だ。
「じゃあリシャ。魔王領は絶賛発展の最中でね。
取引に対応出来る部門が整っていないんだ。
これから整備するから、一度現状を持ち帰ってくれないか?」
「なるほど…承知しました」
リシャはそう答えつつも、どこか不安げな表情を浮かべている。
商会が今、不安定な状況だからこそ、すぐにでも動きたい気持ちなんだろうな。
「リシャに、うちの眷属を同行させたい。――翠月」
すっと、どこからともなく現れるイケメン。
……相変わらず気配を消すのが得意だな。
「人の国とのパイプを確立させたい。適任者を隠密部隊から出せるか?」
「すぐに手配します」
即答するところが、またイケメン。
「リシャと商会の安全を守るためにも、うちの眷属が役に立つと思う。
人の国との行き来には転移陣を用意しておくから使ってくれ。
ただし、現状は使用できる者を限定させてもらう。細かいことは翠月に聞いてくれ」
リシャは驚きと安心の入り混じった表情で、深く頭を下げた。
これで商会もひとまず安心だろうし、人の情報も入ってくる。
あとは、外交部門の立ち上げと――勇者問題…と。
「じゃあ、俺はこれで――。何かあったら、連絡してくれ」
そう言い残して、俺は会議室を後にした。
もちろん、碧羅も当然のようにぴったり付いてくる。
肩か頭の上には零が鎮座――
一歩後ろには碧羅。
……もう完全にセットだな、俺たち。
そんなことを考えていると、零がひょいと耳元でささやく。
≪人の国に行くの?≫
「んー、たぶん近いうちに行くことになるかな。
いろいろやること増えてきたし、いつのまにか“魔王”の役割で手いっぱいだよ…」
零はくすくすと小さく笑い
≪ぼくはずっと傍にいるからね。主の魔素は心地いいんだ≫
とご満悦。
まあ、気に入って貰えているならよかった。
いつも傍にいてくれる相棒に感謝しながら、執務室へ向かう。
中に入ると
すでにフロル族の長老とベルム、蒼幻が資料を片手に待機していた。
……え?なんで!?
いや、いくらなんでも行動読まれすぎじゃない?
これもう、俺の脳内スケジュールをみんなで共有してるんじゃ……
「逸花を通して、会議の内容は皆で共有しておりました。外交の適任者を選出しております」
…なるほど。
人間との初接触、というまあまあ重要な場だったけど、押しかける人数少ないな~と思っていたら
みんな、しっかり“裏実況”で聞いてたわけね。
―――情報伝達のスピードがえげつないな。
まあ、こういう時は優秀な仲間に甘えるのが一番だ。
俺の次の行動を読まれすぎてるところが、ちょっと複雑だけど…。
「ありがとう。選出者たちには後で外交イメージを共有するから集まったら声をかけてくれ」
「承知しました」
「ところで外交を担当する部門の責任者候補は誰なんだ?」
しばしの沈黙。
誰が口火を切るか…譲り合ってる状態。
これは、適任者がいないやつだな。
見かねたフロル族の長老が、おずおずと口を開く。
「皆で思案したのですが……現状、任せるに値する者がおらず……。
いや、該当者が“いる”と言えばいるのですが……」
「……?」
なんか歯切れが悪い。嫌な予感しかしない。
「何か問題があるのか?」
ベルムが小さくため息をつきつつ、蒼幻と目配せする。
「凛様です。
能力・胆力・社交性、どれを取っても申し分なし。ですが……問題は扱いづらいというか……」
凛――焔嶺の腹違いの妹!
魍魎族の次期族長になるって言って、どうしたものかと扱いに困った5幹部たちによって
焔嶺が押し付けられたあげく、自分の方が現、族長のお目付け役だと信じて疑わなかった、あの凛か。
あいつ、そういえば表舞台に出てきてなかったな……。
というか最初に登場して以来触れられていないというか…
忘れていたわけではない。決して。
…進行上の都合というやつだ。
印象としては、ハキハキして頭の回転が速そうだったけど
猪突猛進系というか…はっきりしているというか…。
とても外交先で腹の探り合いができるとは思えない。
「凛に腹芸ができるのか…?思ったこと…すぐ口に出しちゃいそうなんだけど…」
渋い顔の長老に尋ねてみる。
名前が出てくるくらいだから、推挙したい理由があるのだろう。
「……その通りです。ただ、非常に聡い方でして。
城内の発展にも大いに力を発揮していただいております。裏表がないので仲間からの受けも悪くない。
魍魎族内の身分も申し分ないですし、外交の責任者としてピッタリなのです。
後は周りを見て動くことができれば…!」
それが一番重要じゃん。
と、心の中でツッコまずにはいられない。
優秀なだけじゃなく、信頼されてるってのは大きな武器だけど――
『契名を提案します』
またしても絶妙なタイミングでアリアが“思念”を差し込んでくる。
(進化させるってこと?)
『然り。進化は魂の名前を書き換える者――つまり主人の意思を介在させることが可能。
契名を受ける側の了承で、資質や性格に合わせて進化の方向性も一定の制御が可能です』
そんなことまでできるのか……!
まるでキャラクター育成ゲームの“性格補正”みたいな仕組みだな。
これなら
凛の“まっすぐすぎる”部分も、少しだけ外交向きに進化させることができるかもしれない――。
っていうか、そういうの早く教えてよ…。
「凛を呼んできてくれるか?
契名を試してみたい。本人が了承するなら、能力を与えて役割を任せたいと思う。
外交は今後、領内発展のカギになることは間違いない……。手を抜かずできる限りの対応をしよう」
俺がそう言うと、蒼幻がすぐに「畏まりました」と一礼して部屋を出ていった。
こういう時の蒼幻、無駄に所作がカッコいいんだよね。
渋い感じで…絶対隠れファンがいると思う。
とか思いながら、待っている間に――
外交担当に誰が選ばれているのか、改めて顔ぶれを確認。
「言紡と謡狐族か…!適任だな」
「はい。この中でも特に優秀な者を選抜しました」
当初、魔王の庇護を求めてやってきた種族に続いて
領内の発展を聞いた別の種族たちが、配下へ加えてほしいと俺の元に来ていた。
その中には、能力のせいで迫害されてきた種族もいて、言紡と謡狐族もそれに該当する。
彼らは“言葉”に力を宿す種族で、話術・説得術に秀でている。
場の空気を繊細に操る能力は、かつて祝詞や言霊の司祭として重宝されたほど。
だが、その力が「人を操るもの」と恐れられ、いつしか僻地へと追いやられてしまった。
他の亜人たちからも距離を置かれ、長く居場所を持てずにきた種族だった。
だけど、この種族たち。
まったく害がなく、むしろ素晴らしい。
言紡族は
控えめで思慮深く、ユーモアや機転も利く。
どんな場でも自然体で話し、相手をリラックスさせるのが得意。
謡狐族は
場の雰囲気を調整するのが得意で、和やかな交渉や儀礼の進行役にぴったり。
穏やかで慎み深い者が多いけど、粋な軽口も忘れない性格。
俺の配下におくことで“能力を制御されている”という名目を得ることになり
結果、彼らは安定した生活を手に入れたというわけだ。
実際トラブルにならないよう、彼らに限らず、領内での配下の能力は一定の制限をかけているが…まあ、そんな心配もいらないな、と最近は思っているくらい、みんな仲良くやっている。
「もともとは表に出ることが得意ではないので、今のままでは多少なりとも不安です。
つきましては、彼らの進化もお願いしたく…。きっとノア様のお役に立つはずです」
「もちろん、本人たちの意思が最優先だが、やるなら全力でサポートしよう」
そう返すと、ベルムはほっと安堵の息をついた。
「ご安心ください。すでに本人たちにはお話してあります。
ノア様の許可が出れば、進化を受けたいと、全員前向きです」
さすがベルム、抜かりがない。
進化は信頼関係があってこそ成立するものだし、無理強いは絶対にしたくない。
「じゃあ、日を改めて進化の儀を執り行おう」
「それは私も!?」
タイミングよく、凛が勢いよく部屋に飛び込んできた。
目をキラキラさせて、全力で進化の儀へ参加をアピールしている。
「凛、今日も元気だな」
「もっちろん!毎日元気!」
張り切りすぎて、今にも転びそうな勢いでこちらに駆け寄ってくる。
「ノア様、私、全力で領のために頑張ります!
もう何でもやります!なんなら、毎日進化してもいいくらい!」
毎日進化って、そりゃ無理だな。
やる気は十分に伝わってくるし、その明るさは満点だけどね。
「気合いは十分みたいだな。けど、進化は本人の覚悟と信頼があってこそだから…心の準備を頼むよ?」
「まっかせてください!」
凛は満面の笑みで拳を握りしめる。
…この元気、見てるだけでこっちまで明るくなるな。
“進化”っていうのは魂に名を刻む、いわば人生の転機だ。
緊張したって不思議じゃないのに、彼女はまったく物怖じしない。
いや、むしろワクワクしてるね、間違いなく。
――正直、昔の自分なら、こんな“ノリと勢い”で大きな選択をするやつを不安に思ったかもしれない。
だけど今は、凛みたいなまっすぐな奴こそ、魔王領の“顔”にふさわしい気がしてくる。
「凛が契名やるって!?」
そこへ、ドタバタと駆け込んできた焔嶺。
案の定、心配顔だ。
「もちろん!私、やるって決めたから!」
「いや、もうちょっと落ち着いてからでも……」
二人のやり取りに、思わず頬が緩む。
「なーんだ焔嶺。やっぱり妹が心配なんだな?」
「いやいや、これはこの後の体制を案じているというか、こいつに出来るのかというか……!」
焔嶺は必死に言い訳めいたことを口走るが、顔は完全に“兄の心配”そのものだ。
「大丈夫だよ!私、絶対やってみせるから!」
とまっすぐな目で宣言する。
「お前なぁ……そうやって昔も“自分ひとりでやる”って言って――結局俺が後片付けを……」
「ちゃんとできる!頼れる仲間もいるし、ノア様もついてるし!」
妹のぐいぐい押しに、焔嶺はもうぐうの音も出ない。
皆も、楽しそうに目を細めて二人を見守っている。
(――やっぱりこの姉弟、なんだかんだでいいバランスなんだよな)
こういうやり取りを眺めていると不思議と安心する。
妹を信じつつ、兄としての心配も忘れない焔嶺と、
まっすぐで底抜けに元気な凛――
「ま、焔嶺。凛を信じて、しっかりサポート頼むぞ」
俺がそう言うと、焔嶺はしぶしぶ――でもどこか誇らしげにうなずくのだった。
「1つ言っておくことがある。」
部屋の空気が、ふっと引き締まる。
皆が自然と姿勢を正し、焔嶺は妹を見つめて静かに息をのむ。
「凛の契名は、俺の意思が介入する。“外交”という役割を担ってもらえる進化にするつもりだ。
この形で誰かを進化させるのは初めてで――正直、どんな風になるのか想像がつかない。」
一呼吸置いて、凛の目をまっすぐ見つめる。
「だから、これは“必須”じゃない。やりたくなければ、遠慮なく断ってくれ。
君の意思を、何よりも優先したいんだ。」
しんっと静まった執務室内に
しかし、凛の返事を待つ優しい空気が広がっていた――
凛は、一瞬だけ真剣な顔で考え込む――
と思いきや
すぐさまぱあっと表情を明るくして、満面の笑みで手を挙げた。
「はいっ!もちろん、やります!」
その返事は迷いゼロ。
むしろ、ずっと待ってましたと言わんばかりだ。
「えっと…そんな簡単に決めていいの…?」
なんか怖くなって、確認せずにはいられない俺。
そんな迷いを一蹴するかのように、明るく口を開く凛。
「だって、ワクワクが止まらないんです!今の自分がどこまで出来るのか――やっとチャンスがきた。
時期族長候補って…けどなれる保証はなくて、ずっとどうしたらいいかって考えて…。
新しい力で、もっとみんなの役に立てるかもしれない…!迷うとか絶対ないです!」
そうか。
やりたいのに、やれない。
自分の力不足や立場の限界に、ずっともどかしさを感じていたのか。
もともと、まっすぐすぎる性格もあって、融通が利かず
やる気と情熱はあるのに、どうにも空回り。
結果“扱いにくいキャラ”というレッテルがついてしまっていたのかもしれない。
――そういう“まっすぐさ”は嫌いじゃない。
「覚悟は分かった。そこまで意思が固いなら、俺も全力で応えよう」
「ありがとうございます!
で、すぐにでも進化の儀、やってもらえませんか?ノア様!」
凛の目はキラッキラに輝き、足がそわそわ動き出す始末。
その勢いに、思わず逸花もベルムも目を丸くする。
焔嶺は「お、おい、ちょっと落ち着け…!」と半ばあきれ顔だ。
「え?いまから?」
思わず聞き返すと、凛は食い気味にうなずく。
「はい!もう待ちきれなくて!」
その目は本当にワクワクでいっぱいだ。
足もそわそわ、今にも跳ねだしそう。
皆が苦笑いを交わし、焔嶺は「ああ、もう…昔からこうなると誰にも止めらねぇんだよな」と小さくぼやいている。
まっすぐすぎるってのは、こういうときは無敵だな
「よし、わかった。じゃ、やるか」
「準備を進めます。凛こっちへ」
蒼幻がはしゃぐ凛を連れて部屋をでていき、逸花がそれに続く。
「なんか…すみませんね、妹が…」
焔嶺が、どこか気まずそうに頭をかきながら苦笑する。
「いや、むしろ助かるよ。空気が明るくなるし、迷いがない分、見てて気持ちいいくらいだ。」
俺がそう返すと、焔嶺はほっとしたように息をついた。
「……あいつ昔から“思い立ったら即行動”で、俺の心臓にかかる負担が…」
「けど、凛のああいう真っすぐなところに救われることもあるだろ?」
焔嶺はちょっと照れたように肩をすくめ、
「そうですね。兄としては全力で支えるしかないっす」と小さく笑う。
そこへ、医療班から隠響が入る。
『ノア様、少女が目覚めました』
書きたい内容がありすぎて、とりあえずここで切ります。