モフモフ
異世界に放り込まれて、突然の魔王就任。
パジャマスタイルで魔物と戦闘。
――寝起きでこなすには、いささか刺激が強すぎる展開だった。
どうにか魔物を倒し終え、俺は無意識にその場へ腰を下ろす。
全身にまだ戦いの余波が残っていて、しばらくは何も考えられそうにない。
目の前の静けさと、耳に残る自分の鼓動――
たった今まで自分が“生きるか死ぬか”の戦いをしていたことが、少しずつ現実味を帯びて思い出されていく。
(……今の、俺の力、か)
魔物が吹き飛んだときのあの手応え。
怒鳴ったわけでも、何か呪文を唱えたわけでもなく、ただ強く“排除”のイメージを持っただけで体の奥から熱が立ち上り、目の前の怪物が一瞬で壁際まで弾き飛ばされた。
――これが、魔王の力。
いざ自分が“能力者”の側になったとなると、正直、実感が追い付かない。
いや、それでも。
あのとき、何かに突き動かされたように“やらなきゃ”と思ったのは確かだし、結果的に自分にもこの世界の力が宿っていることは否応なく理解させられた。
(……本当に、俺は魔王になっちまったんだな)
ふと、物音がして顔を上げると――
さっきまで魔物の足元で逃げ回っていた、丸っこい小さな生き物たちが静かに近づいてきていた。
ふわふわの髪、つぶらな瞳、短い手足、もこもことしたフォルム。
正直、モフモフ好きにはたまらない造形だが、今の俺にはそれを愛でる余裕はない。
まだ幼さの残る子どもが、恥ずかしそうにしながらも勇気を振り絞った様子で声をかけてくる。
「……た、たすけてくれて、ありがとう」
状況的に言えば、“助けた”形にはなった。
でも、正直、俺は自分が生き延びることで必死だっただけだ。
感謝の言葉を向けられると、ちょっとだけ胸が痛む。
「いや、いいんだ。……それより、君たちはここに住んでるのか?」
そう聞くと、奥のほうから、さらに丸くて落ち着いた雰囲気の“長老”らしき人物が歩み出てきた。
見た目はほかの子たちよりもさらに年季が入っていて、どこか品のある、穏やかな表情。
「このあたりは人が少ないので、わたしたちのような亜人にとっては住みやすい場所なのです。ですが、魔物も多いので、自衛手段のない者には死活問題でして……。ここはかつての魔王城。強い力が残っていたのか、魔物が侵入してこない場所だったの、長い間安全に暮らしていました。ですがさきほど突然、あのような巨大なトロールが侵入してきて・・・」
アリアが淡々と脳内に情報を送ってくる。
『魔王復活に備え、城内には強力な結界が張られていました。役目を終えたため、結界が消失。今後は魔物の侵入リスクが上昇します』
……なるほど。つまり、俺が復活したせいで、彼らの安全地帯が消えてしまったってことか。
「このままでは、我々は淘汰されてしまう・・・」
長老の声には、切実な不安が滲んでいた。
可哀そうだけど、俺ひとりでどうこうできる問題じゃない。
見た目はかわいらしいけれど、責任まで抱え込む力は今の自分にはない――そう言いかけた時。
「失礼ですが……あなた様は、魔王さまでいらっしゃいますか?」
長老が、おずおずと、けれど真剣な眼差しで尋ねてきた。
(これ、イエスって答えてもいいやつ……?)
心の中でアリアに問いかける。
『彼らは“亜人”であり、人間とは一線を画した我々に近い存在。主人の方針や意思を阻害する可能性は低いと判断されます』
(……なるほど)
俺の意図を汲むあたり、さすがAI。
俺が小さくうなずくと、長老はさらに身を乗り出して言った。
「我々を、あなた様の配下に加えてください!ここで生き延びるために、どうか・・・お力をお貸しください・・・!」
長老は、まるで命乞いでもするかのように、石畳に額をこすりつけて頭を深く垂れた。
しかも、その様子を見たまわりのモフモフたちも、次々と同じようにぺたんと頭を下げていく。
気づけば、数十匹のモフモフ全員が、俺の前でいっせいに土下座している状態。
これを断るとか人でなしもいいところ・・・いや、もう人じゃないけど・・・が、これはさすがに胸が痛む。
――と思ったところで、アリアがまた機械的に提案してくる。
『彼らを仲間に加えることを提案します。協力関係を結ぶことで、拠点の維持および発展が効率化されます』
仲間……ね。
正直、この世界で頼れる相手ができるなら、それも悪くない。
もちろん裏切られたら困るけど、少なくとも忠誠を誓うって言うなら、その責任は果たす。
『配下登録の手続きを提案します。誓約により、庇護と従属の関係が成立します』
(誓約・・・って?)
アリアに方法を尋ねる。
『誓約とは、魔王と配下の間で交わされる“魔素契約”です。誓約を結ぶことで庇護と従属の魔力が発動します。
成立すれば、配下は魔王領の民となり、領主(魔王)の保護下に入ります。対価として、配下は忠誠・協力を誓うことが求められます。』
なるほど、いわゆる“魔法的な主従契約”ってやつか。
(……じゃあ、その方法で――みんなを配下にする)
俺は立ち上がり、モフモフたちに向かって声をかけた。
「よし、これから俺の配下――魔王領の民として迎え入れる。裏切りは許されない。俺に忠誠を誓ってもらう」
モフモフたちは、一斉にぱっと顔を上げて、「もちろんです!」と元気よく声をそろえる。
「じゃあ、配下に加わりたい者は、俺の前に並んでくれ」
列を作るモフモフたち。
『主人の意思を確認しました。誓約を実行します』
数十匹におよぶ長い列。
その先頭に並んだモフモフの手を取る。
ふわふわの毛並みに、もちもちした肉球――その感触を楽しみすぎて怪しまれないよう、アリアの指示どおり意識を集中すると、指先から光が流れ出し、モフモフの手の甲に淡い模様が浮かび上がる。
葉っぱや星みたいな不思議な紋章――ガチャで言うなら当たり演出、みたいな感じか?
そのまま全員の手に次々と触れていく。
途中、あまりに肉球が気持ちよくてうっかり何度か握りしめそうになったが、そこは理性でぐっと我慢。
全員の儀式が終わったころには、モフモフたちが一斉に顔を上げ、「よろしくお願いします、魔王様!」と、やけに元気よく挨拶してきた。
こうして、モフモフたちは俺の最初の仲間になったのだった。