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襲来

 響く笑い声、

 盛り上がる酒宴――

 その空気は、突然切り裂かれた。


『――警告。巨大な魔素反応が急速接近中』


 アリアの声が頭の中に鋭く突き刺さる。

 同時に、胸の奥をかすめるような、異様な圧迫感が襲った。

(……これは――)

 体の奥に、今まで感じたことのない、異常なまでの“魔素のうねり”が流れ込んでくる。


 ――これは…まずい!


 本能が危険を告げる。

 直後、空気が変わるのを敏感に感じ取った眷属たちが一斉に動き出す。

 宴の余韻が一瞬で凍りつき、

 隠密部隊が広場の影からすでに姿を消していた。


「ノア様――何かが来ます」

 翠月の報告に短く頷き、アリアに詳細を確認。

『北西方向、森の先。魔素濃度は警戒域を遥かに上回ります。

――およそ5分で結界外縁へ到達』


「みんな、非常配備だ!住民を安全な場所へ移動!」

 指示を出しながらも、尋常じゃない圧に動揺が見え隠れする。

 人じゃない…魔物でもない…規格外の存在。


「護りはまかしときっ!」

 出会って初めての真面目ぴょん爺は、転移ワープで結界の間へ移動。


「翠月、隠密部隊を連れて領内の安全確保に当たれ。

蒼幻、逸花はそれをサポート。

長老とベルムはリーネと一緒に、非難で怪我した仲間を城の中へ!」

 指示を出す中。

 俺の足元に影が寄り添う。ルクス――耀狼≪フェンリル≫だ。

 いつもは堂々としてるのに、不安げに鼻を鳴らして俺の足に頭を押しつけてくる。

「大丈夫、すぐ戻る。領内を頼んだぞ」

 低く唸るルクスを優しく撫でると、じっと俺の顔を見上げ、名残惜しそうにしっぽを振る。

「翠月、耀狼≪フェンリル≫を連れて行け。配置は任せる」

「承知しました!」

 その横で、零がふわっと浮かび上がり、

 ≪すごく嫌な気配が近い……》

 と、いつになく神妙な声。


「焔嶺、碧羅、澪、大和、葵は俺と元凶の元へ向かう!

やばそうだからな…気を抜くなよ」

 全員が真剣な表情で頷き、各々がSigraphを展開。足元に淡い蒼光が集まり始める。

 全員が、飛行アーティファクトを起動させ、重力を断ち切る感覚に身体を委ねると同時に、元凶に向かって飛び立った。

 スピードを上げて進むとすぐ、目の前に異変が見て取れる。


「煙が上がっています…!」

「あれは…!?」

 結界の外縁に向かって進むと、はっきりと目に入る巨体…。

「ドラゴン…しかも特大級…!」

 真っ黒い体に緋色の瞳。

 大きな翼を動かしながら

 迷いなく、真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 まるで夜そのものが形を持ったような、圧倒的な威圧感。

 ただそこに“いる”だけで、空間ごと支配されるような、そんな存在。


 ――なんだこいつ。

 どこから現れた?

 ……どうやってここまで接近した!?


『記録に該当個体なし。魔素構造も未知数、通常種のドラゴンを遥かに凌駕します』

 完全にオリジナルか…!


「何かきます!!」

「ノア様!!」

 俺たちが外縁付近に到達した瞬間

 こちらに気がついたのか、緋色の眼がギラリと光り、口の奥にありえないほどの魔素が渦巻いていく。


「命令だ!全員地上で待機!!」

「ノア様!」

「急げ!!」

 差し違えてでも俺を護ると決めていたのだろう。

 強い命令に従うしかない…けど納得できない…なんとも表現しがたい表情を浮かべて、地上へ急降下する焔嶺たち。

 特に碧羅からは痛恨の感情が伝わってくる。


 ――お前たちにどう思われても

 俺にだって譲れない物がある。

 地上への落下を確認して、俺は即座に手を掲げた。

 (――間に合え!)

「アリア、最大出力で防御結界、展開――!!」

 空間が捻れるような違和感とともに、蒼い光の障壁が広がった。

 次の瞬間――

 ドラゴンが咆哮とともに、灼熱のビームを吐き出す


 ――――ドオォン!!!


 世界が焼き尽くされるような轟音。

 結界に叩きつけられる熱と衝撃。

 視界が白く染まり、身体ごと後ろに弾かれそうになる。


「ぐっ……!」

 必死で魔力を送り込み、結界の崩壊を食い止める。

 そんな中、結界の膜が再生し、直撃箇所の結界が二重三重に強化されていく。

 おそらくぴょん爺の結界操作…!

 1点集中だったことが幸いし、苦しいながらも攻撃を耐え凌ぐ。

 

 (……これが、敵…)


 目の前のドラゴンは、再びこちらを睨みつけ、

 次の一手をうかがっている。

 同じ攻撃がもう一度来たらまずい…!

 かと言って、無闇に手を出してもダメージを与えられる気がしない…


『高エネルギー感知。神格遺産を限定開放。煌魂共鳴オーヴ・リンクが使用可能です』

 魂の奥が、熱く脈打った気がした。

 俺の内側で、“珠”が共鳴する――

 まるでこの世界が俺の覚悟を問うているようだった。


(選択しろ、というのか)

 俺は静かに目を閉じ、

 眷属の魂の珠に語りかける。


 俺は、守りたい。みんなを、この場所を――絶対に。


 意識の奥に応えるような…温かな光が広がる。

 熱い流れが、指先から身体中へと駆け巡る。


煌魂共鳴オーヴ・リンク


 その言葉と共に、視界の端に七色の輝きが走った。

 魂の奥底で、何かが“繋がる”感覚。

「ノア様、これは――」

 焔嶺が戸惑いながらも、湧き上がる力に目を見開く。

「感じます…!ノア様の魔力と、私たちの魂が…共鳴している…!」

 隣で澪が興奮気味に口を開く。

 すかさず碧羅が飛行アーティファクトを発動させ、俺のすぐ側に舞い戻った。

「ノア様!お怪我はありませんか?」

 後悔が見て取れるほど苦しげな表情で、碧羅が俺を見つめる。


 仲間が誰一人かけてほしくない。

 俺がそう思っているのと同じように

 碧羅も俺を失いたくないと思ってくれている。

 緊迫した状況の中で感じられる温かさに、胸が熱くなる。


「…大丈夫だ。心配かけたな」

 俺がそう返すと、碧羅はほっとしたように微笑んで、でもすぐに真剣な目に戻る。

「ご無事で良かったです。次は絶対…お側を離れませんので」

 そう言うと、碧羅は静かに刀を抜き、俺の前に半歩踏み出す。


「大和!葵!十秒でいい、動きを止められるか!?」

 焔嶺が声を張るやいなや、二人が同時に応じた。

「止めます!」

 言うが早いか、大和は地を蹴って空中に躍り出た。

 ドラゴンの巨体の正面、視界に割って入り、雷光を纏って堂々と睨みつける。

「お前の相手はここだ!」

 その隙を突いて、葵が翼の死角に回り込み、

 両手を広げて一気に魔力を解き放つ。

「水縛の鎖!」

 透明な水が生き物のようにうねり、

 一瞬でドラゴンの巨大な翼に何重にも絡みつく。


 ばさっ―――――――!


 翼の動きが、明らかに重くなった。

「今だ!」

 焔嶺は炎を纏った太刀を抜き放ち、

 一直線にドラゴンの顔面へと飛び込んだ。


「――燃え尽きろッ!」

 太刀が紅蓮の軌跡を描き、

 鱗を焼き焦がしながら深々と斬り込む。


 ぐおぉぉぉぉっっ―――――っ!!


 ドラゴンが怒り狂って尻尾を振り回すが、

 すかさず澪が両手をかざす。


「流水障壁!」

 澪が生み出した水の壁が尻尾を受け止め、

 その勢いを大きく殺す。

 轟音と共に水飛沫が夜空に舞い、

 一瞬、ドラゴンの動きが完全に封じられた。


『提案。周囲の魔素濃度が規定量に達しました。精霊召喚が可能を推奨します』


 精霊―――――!


(よし、すぐに開始だ)

『精霊召喚に入ります。Sigraphを構築してください』


「これでも食らえッ!」

 動きを止めたドラゴンの背後に回り込んだ大和。

 気迫の声を上げ、光を纏った拳をドラゴンの後脚めがけて振り下ろす。

 炸裂する雷光と共に、ドラゴンの巨体が一瞬だけバランスを崩す。


 仲間がドラゴンを引き付けている間に

 精霊召喚を急ぐ。


「――深き海の王冠よ、

 すべての潮流と命の調べを司る者よ。

 古の縁に応え

 今ここに…汝の力を、示してくれ!」


 足元のSigraphが水の紋様に変化し、

 魔素の奔流が渦を巻く。

 空間が震え、水色と白銀の光が夜空に集まり始める。


「精霊召喚!海后姫!!」


 大気がしっとりと潤い、全ての音が静かになった――

 その中央に、ゆっくりと現れる女神の姿。


 長い藍色の髪をたなびかせ、

 銀の冠と水のヴェールを纏った、美しくも威厳ある精霊――


「海后姫……!大精霊…」

 俺の傍で召喚を見ていた碧羅が呼び出された圧倒的な存在に言葉を失っている。

 一生かけても出会えるか分からない

 そんな次元の存在に

 碧羅の反応は正しいといえる。


 俺たちと同じ背丈サイズで姿を現した女神は

 静かに周囲を見渡して、深みのある声で語りかけてくる。


『わらわを呼んだのはお主か……?久方ぶりの世界じゃ。

 よもや、あのような禍々しい者がおるとはな……』

 その言葉は、水面を渡る風のように、心の奥深くへ静かに染み込んでいく。


「応えてくれて感謝する……!どうか力を貸してほしい」

 女神はゆるやかに微笑み

『むろんじゃ。王の友からの頼み――聞かぬわけにはいかぬ』

 と、静かにドラゴンの方へ歩みを進める。

 その一歩ごとに空気が静まり返り、まるで海底のような静寂と重みが辺りを満たしていく。

 威厳と慈愛を帯びたまなざしで、

 暴れる竜の巨体をまっすぐに見据えた。

『我の後に続いて言霊を紡ぐがよい。魔素を同調させるのじゃ』


 その言葉と共に海后姫は両手を広げ、ゆっくりと詠唱を始めた。

 俺もその言葉に合わせ、心を静かに研ぎ澄ませていく。


「†Σ・-・・-・Σ†

 ――∴Σ・=・Σ∴――」

 普段とは異なる言葉――

 だが何故かその意味が理解できる。

 海后姫の言葉を追うように、術を唱える。


 次第に彼女の足元から幾筋もの清らかな水流が溢れ、

 渦を巻いて宙に舞い上がった。

 水はやがて、光の粒子をまといながら空中で巨大な奔流となり、

 女神の指先から夜空いっぱいに放たれる。


「――浄海奔流!」


 青白い奔流がドラゴンの巨体に襲いかかり、

 その鱗の隙間を滑るように絡みつく。

 水は、炎の魔素を根こそぎ奪うように巨体を覆い、

 同時に激しい衝撃波となって竜の体内へと打ち込まれていく。


 ぐぅおぉぉぉぉっっっ!!!


 巨体が軋み、苦悶の唸り声が夜に響く。


 さらに、女神が手を振ると、

 奔流が細かな泡となり、無数の鎖へと姿を変えた。


「……鎖、いや、水の枷か――!」


 泡の鎖がドラゴンの四肢、翼、喉元に絡みつき、

 どれだけ暴れようとびくともしない。

 その鎖を通して、禍々しい魔素がじわじわと浄化されていくのが、目に見えて分かった。

 ほとんど抵抗できなくなったドラゴンの巨体が、

 微かに震えている。


 その時、アリアの声が静かに響いた。


『対象の弱体化を確認。今なら魔素の吸収が可能です。個体に触れてください』


 ……魔素吸収。

 頭のどこかで、理屈より先に“できる”と感じていた。


 俺はゆっくりと息を整え、

 ドラゴンの額へと手を伸ばす。


 指先が硬い鱗に触れた瞬間――

 身体の奥底から、何かが強く共鳴した。


(――来る…!)


 次の瞬間、まるで渦に巻き込まれるように、

 圧倒的な魔素が俺の手のひらから流れ込んでくる。


 熱と重み。

 それでいて、不思議な充足感。

 ドラゴンの“命の奔流”が、俺の体内に吸い込まれていく。


 やがて、すべてが静まったとき――

 ドラゴンの巨体は、力を失って上空から地上へと落下した。


 どぉんっ―――!!


 激しい落下音が、焼けた大地に響き渡る。

 焦げた草原に深いクレーターができ、

 あたりには立ちのぼる煙と、まだ熱気の残る灼熱の空気。


「大丈夫ですか!?」

 静まり返った戦場に、仲間の声が響く。

 一番に駆け寄ってきたのは碧羅、――その後ろから焔嶺や澪たちも続く。


「ノア様、怪我は……!」

 俺はふっと息をつき、

 まだ熱の残る手のひらを見下ろす。


「……大丈夫。みんな―――よくやった」

 その時

 上空から地上に降りてきた海后姫が静かに歩み寄り、淡く微笑んだ


『ふむ。事なきを得たかの』

「海后姫、助かりました。ありがとうございます」

『よい。命の奪い合いが繰り返される…愚かじゃ。

 禍々しい魔素で汚染された大地には浄雨を降らせておく。これで植物がまた生えてくるじゃろう…』

 その言葉とともに、女神は静かに手を振る。

 澄んだ光とともに、細かな雨が草原一帯に降りそそぐ。


 焼け焦げ、黒く変色した大地に、

 冷たい雫が静かにしみ込んでいくのを、俺は黙って見つめていた。


 草木が一瞬で枯れ果てるほどの魔素――

 あのドラゴン、暴れるだけで自然そのものを腐らせるほどの“禍”だったのか…


 焦げた土の匂いがまだ鼻を刺す。

 倒れ伏す巨体の周囲は、まるで命の痕跡が根こそぎ消えたみたいな、奇妙な静けさに包まれている。


 こんな怪物が暴れ続けていたら、

 森も草原も、人も魔物も…何もかも残らなかっただろう。


 海后姫の残した“浄雨”が、

 この地にもう一度、命を呼び戻そうとしている。


『また会おうぞ、ノア』

 そう言うと

 海后姫はそのまま霧のように消えていった。


 ふと、ドラゴンの亡骸を見下ろす。


 これほどまでに……草木すら許さないほどの魔素。

 この世界の“力”は、俺が知っているより遥かに深い――


「ノア様!ご無事でしたか!」

 領内で警備にあたっていた翠月が、魔素の消失を確認したのか、合流する。

「まあ、なんとかね。そっちも大丈夫だったか?」

 俺がそう尋ねると、翠月は淡々と報告を始める。

「はい。非難は完了。避難時の軽い負傷者だけで、全員の無事を確認しています。

 それよりも気になる者を発見し、急を要する状態でしたので城内で保護いたしました」

 その口調には、いつもの冷静さの奥にほんの僅かな緊張が滲んでいる。

「詳しく話してくれ」

 俺が促すと、翠月は視線を一度城の方向に向け、静かに続けた。

「はい。こちらへ合流する途中、結界の近くに巨大なクレーターを確認。

 中央には少女が倒れていました。上空から落下したと思われますが…

 クレーターの大きさからして人間が生存できる衝撃ではありません…」

 翠月は言葉を切り、少し顔を曇らせる。

「息がありましたので、取り急ぎ医療班にあずけました」

 少女…

 あの異変の只中で生き残った“何者か”の存在に、違和感を覚える。


「さらにもう1つご報告が――」

 翠月は一度言葉を切り、慎重に言葉を選ぶ。


「城下へ向かう途中、領内に入る手前で、旅装の商人を発見しました。

 名乗りによれば、ジルド=スパーン連邦から交易のために来訪したとのことです。

 現在は警備隊の監視下で待機させております。敵意や不審な動きはありません」


 俺は少し考え、静かに頷いた。


「よし、警戒は続けつつ、礼をもって対応してくれ。こちらの規則と事情を説明し、

 納得のうえで領内に迎え入れる手筈を整えてくれ。

 まずは少女の容態と身元確認が最優先だ」


「承知しました」


 翠月は深く頭を下げ、すぐさま指示通りに動き出した。

 やれやれ……休む間もないな。

 俺は深く息をついて、重い腰を上げるのだった。


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