宴
新しく整備された城下の広場――
最近出来上がった石畳が、賑やかな声と灯りで彩られていた。
今日は魔王領の宴会日。
やっと結界が完成して領地の安全がぐっと高まったから、みんなで盛大にお祝いしよう!
という流れだ。
思えば、ここまで色々あった。
色々ありすぎてまとめきれないので今日は置いておこう。
巨大な大樽がドン!と並び、ドム族たちが陽気に乾杯を繰り返す。
「ノア様!今日は飲むぞぉ!」
「昨日も飲んどったから、今日もじゃなが!」
『わっはっはっは!』
ドム族の豪快な笑い声が響き渡り、絵に描いたような宴会の盛り上がり。
彼らの見事な建築技術で、居住スペースだけでなく生活に必要な空間が整い、現在も計画的に拡大中。
素手で石を切り出せるとか
まあぶっちゃけ、異次元の能力だよね(誉め言葉)。
魔物の脅威におびえながらも地道に作業してくれた彼らには、よく酒を差し入れた。
この世界の酒はまだ改良の余地アリだけど、ドム族的には満点らしい。
今夜も飲みっぷりが良すぎる。
「特大ロースト肉、できました~!
食べる人は列に並んで〜!」
めちゃくちゃ美味しそうなロースト肉を、銀のでっかいトレーにどーん!と乗せて運んできたのは、トレシュ族の料理長――ガロム。
立派な髭を揺らしながら、陽気な声を響かせる。 四本の腕を器用に動かして料理を次々と仕上げていく姿は、まさに職人芸そのもの。
「ほれほれ、遠慮せずにおかわりしていきな!ほらそこ!手が止まってるぞ!」
と、さすが世話好きガロム。
気さくに声をかけながら、広場いっぱいに美味しい匂いを振りまく。
お世話を焼かれたフィリス族のリリナと朽葉族のクチノは、自分たちで育てた野菜を美味しそうに頬張っている。
元は更地で栄養も心もとない土地だったのに、朽葉族の土壌改良とフィリス族の植物知識が合わさって、今や収穫量も倍増。
現代だったらありえないスピード感だけど、美味しい物が食べられるなら何でもありだ。
医療担当のフィリス族は、食べすぎたモコム族の背中をさすったり、倒れたドム族にハーブ水を配ったりと、宴会なのにやっぱり大忙し。
広場の隅では、ふわふわのモコム族たちが皿を持って走り回る。
「おかわり持ってきたよ~!」
「今日のデザートは焼きリンゴだよ!」
陽気なモコム族が即席ダンスを始めれば、リファ族や朽葉族が手拍子で応援して、広場はまさにお祭り騒ぎ。
ふと視線を上げれば、屋根の上や木陰に――隠密部隊が、さりげなく潜んでいた。
「よ、翠月。ちゃんと食べてるか?」
声をかけると、真っ黒な服に身を包んだイケメンが小さく会釈して手にした肉を見せてくれる。
「お言葉に甘えて参加させてもらってます」
城下の発展も、彼ら隠密部隊の支えがあってこそ。
魔物はもちろん、外部からの不審者にも目を光らせ、ずっと護ってくれていた。
能力を授けたとはいえ、気の抜けない日々は大変だったに違いない。
結界が強化されたことでようやく負担も減り、今日はみんなに「宴に参加しなよ」と声をかけていた。
「護りが固まるまで大変だったよな。助かったよ、ありがとう。みんなもありがとね」
『…恐縮です!』
――広場のあちこち、さりげなく影に潜んでいた隠密部隊が、次々に頭を下げる。
潜みすぎてて、もう、どこから出てきたのかわからない。
「気づかれていましたか」
翠月が、ほんの少し驚いたように目を細める。
「え? あー、そばにいたこと?
いや……なんとなく“気配”を感じただけなんだけど」
「厳しく訓練してますからね。
宴の席とはいえ、気配を絶った朔弥と瑠璃丸に気が付かれるとは…さすがです」
――さすが…って
ちょっと…いやだいぶドン引きしながら
宴で気配消します…?
という感想が頭をくるくる回る。
周りを見ても存在感をアピールしてる奴らばかり。
「宴の時くらい普通にしていいと思うよ…」
…君たち本当に楽しむ気ある?
という心の声が見え隠れ。
「習性なので……」
「えぇ…」
習性とは
1.習慣によってできあがった性質。くせ。
2.動物のそれぞれの種に一般的に認められる行動様式。
まさか…楽しみたいけど楽しめない身体になったってこと…!?
やっぱり
領地を守るのは大変だったか…
なんか、急に切ない感情が襲ってくる。
「いつでも気を抜くな、と叩き込んでいるのです。この状態は今に始まったことではありません」
「…………」
ちがった
領地を護るためとかそういうことじゃなかった。
これ、完全に翠月のスパルタ教育の成果だ。
にしては、皆んなの表情が全く暗くない。
信頼で結ばれてるからこそ、自然にこうなったんだろうな。
この油断のなさがうちの平和の秘訣だったりするんだけど…
宴会のときは“隠密モード”をオフにできるよう…めげずに働きかけよう。
と心に誓う
そして
「おーい!楽しんどるかーっ!?」
――でた。
うさ耳のおっさん霊体。
広場の真ん中で、誰よりも目立っているくせに
なぜか“主役はご遠慮します”みたいな顔。
「祭りや祭りや~!ほら、主も、もっと飲みなはれ!」
巨大ジョッキを両手で掲げ、ドム族と肩を組んで絶賛大盛り上がり中だ。
「ぴょん爺。盛り上がってるな」
飲んで食べた物はいったいどこに消えているのか
という七不思議にはふれず
大いに宴を楽しむぴょん爺に声をかける
――結界を張った直後。
アリアから、ひとつ“お知らせ”が届いた。
『新たな結界の守護契約、霊的転移を確認。
対象――うさ耳のおっさん霊体。役職:結界守護。
従来契約(前魔王時代)から、新たな主――主人へ自動継承されました』
………………ん?
……あれ?
妙な違和感に思考が止まる。
(…アリア?なんかおかしくない…?)
『情報は誤っていません。うさ耳のおっさん霊体に前魔王との契約が残存。新たに結界を張った主人に契約が引き継がれます』
……いや、ちょっと待って?
えっ?
脳がバグって考えがまとまらない。
“霊的転移”? “結界守護”? “自動継承”?
もっと重要そうなワードが並んでるはずなのに、
1つの大きなひっかかり。
“うさ耳のおっさん霊体”って……名前なの!?
インパクトが強すぎて!
お知らせの内容が脳に届かない。
え?
適当に呼んでたそれ、正式採用なの…!?
今後もその名前で進んでいくの?
『名前は変更可能です』
………
おいおい。
アリアさん。適当に呼んでたってこと…?
あれ…? もしもし?
もはや反応しないアリアをよそに、なんだか、やりとりでどっと疲れて
しばらく呆然とする。
要するに、
このうさ耳おっさん。
前魔王の“使い魔”で、城の結界担当という、まあまあ重要な役割だったらしい。
それが今回、俺が新しい結界――“魄珠”を使った守護結界――を張ったことで、
前の契約がそのまま“新しい主(俺)”へバトンタッチされた、というわけだ。
おかげで、他のみんなは“誓約”や“契名”で俺の配下や眷属になっている中
うさ耳おっさんだけは、世代を超えて魔王城を護る守護霊的ポジションに。
妙にフリーダムなところがおっさんらしい。
なんか信用していいのか判断に迷ったけど
アリアが『適任者です』って即答するから
“魄珠”を連携させて、引き続き結界を担当してもらうことにした。
これで霊体のまま活動できる生命体っていう、なんか得体の知れないポジションを獲得。
結界の中なら自由に移動できる状態になった。
さらに隠密部隊にも“魄珠”の能力を一部連携。
結界内で【転移】【察知】【排除】を使えるようにした。
そんなこんなで
うさ耳おっさんと?隠密部隊のおかげで、魔王領の守護は飛躍的にあがったと言える。
で、さすがに“うさ耳おっさん霊体”に名前がいるよなってことになったんだけど
「わしはな、こう見えて結構生きてるんや!」
「いや死んでるけどね」
霊体で何を自信満々に言ってんだ、と思わず心の中で総ツッコミ。
「いやー、かなんわ!“死ぬ”っちゅーのはな、もっとこう……魂も記憶も何もかも全部、きれいさっぱり消滅してしまうことを言うんや。ワシはまだ、こうしてぴんぴんしとる!全然死んでへん!」
そう言いながら、器用に身振り手振りで自己主張。
うさ耳もぴこぴこ動いてる。
いや、存在感はバリバリ出てるけどね。
死者ってかんじはしないけれども。
「そやからな――おっさんやなくて爺さんなんやで!」
…………
「爺さんやけど、霊体やからしわもないけどな!
これからも、“ぴょんぴょん現役”で頼むで!」
もう……つらい。
……というわけで、その日から彼の名前は「ぴょん爺」で決定。
「ちょい待ち!」
ひんやりとした石畳の上、結界を張り終えたばかりの台座に魄珠が淡くきらめいている。
その傍らで、うさ耳の霊体――ぴょんじいが不満そうに耳を揺らす。
「ぴょん爺って!もっとこう…なんやかっこいい奴あるやろ!?」
「いやいや、今さら“シャドウナイト”とか“結界の王”とか、ぜんっぜんしっくり来ないし」
「いやいや!ええやないの、シャドウナイト!わしにぴったりやん!」
「どこがだよ。その耳で。ってか
なんでうさぎのぬいぐるみから出た今も、うさ耳仕様?戻せないの?」
俺が思わずツッコむと、ぴょん爺は霊体の耳をぴこぴこ動かしてみせる。
「これな~、長い間ぬいぐるみの中に入ってたせいで、なんや霊体もぴったりフィットしてしもうてな。
耳の形は、もうこれじゃないと落ち着かんのや」
「いや、霊体ってそんな“馴染む”システム…?」
「まぁまぁ、ええやないか。これが“ワシ流”や! 好きなもんは好きやねん!」
今後もぴょんぴょんうさ耳スタイルでやっていく覚悟は万全らしく
ふわふわ浮いた状態で器用にぴょんぴょん跳ねてみせる。
「じゃ。やっぱりぴょん爺で決定だな」
『異議なし』
傍にいた焔嶺たちの満場一致で名前決定。
「ええっ!そんな殺生な~!!」
さんざんうさ耳愛を語っておいて。
爺さんアピールしておいて。
なぜ、殺生というのか。
その外見で名前はかっこよくって…意味不明だよ。
という不毛なやり取りの末
晴れて“ぴょん爺”となったおっさん霊体は、“魄珠”のおかげで結界内なら自由に動き回れるようになったらしく、絶賛宴会を満喫中だ。
「なんやかんやで、ぴょん爺に愛着でてきたわ~」
「あんなに嫌がってたのに?」
「なんでも慣れやで!みんなに名前呼んでもらえるってだけで、どんなでも素晴らしいって思い出したわ。
いやほんま、最初は『やめてくれや…』ってちょっとだけ思っとったけどな。
今となっては、愛称やんって気ぃしてんねん。
えらい感謝やで。ありがとさん。」
なんだその謎ポジティブ転換。
一同、微妙に苦笑。
「あ、今軽い奴やなって思ったやろ?」
「今っていうか…ずっと思ってるよ」
「うわっひっど。人でなし…魔王なし?やな!」
おそらく…口を尖らせて? 腕をくんで?
お怒りモードのぴょん爺。
感情の切り替わりが早すぎて、ついていくのが大変だな。
「まあ、前魔王様にも軽いなって言われててんけどな」
「ん?前魔王?」
俺が思わず聞き返すと、ぴょん爺はどこか得意げに胸(かな?)を張る。
「そや。わしは前の魔王様にもお仕えしとったからな~。ちょっとやったらそん時のこと教えてやってもええで?」
「なんか…聞くの拒否したくなる前振りだな」
なぜか上から話をしてこようとするぴょん爺にイラっとするも
本人は気にも留めずに話を続ける。
このマイペースさが長生き(霊体だけど)の秘訣なのか…。
「前の主もな~、最初は“なんやこのノリのおっさん……”って顔しとったけど、
最終的には“まあ、お前くらいがちょうどええかもしれんな”って認めてくれてん」
「それ、呆れられてるんじゃん」
「いやいや!人生(死後も)、気にしすぎは損や!」
と、謎のポジティブ持論を展開するぴょん爺。
あまりに自然な切り替えに、もはやツッコむ隙もない
「……前の魔王ってどんなやつだったんだ?」
「うーん…そやなぁ…。なんや突然現れてな。色々と大変そうやったで。
なんでか知らんけど、周期的に魔王が現れて勇者と戦って、そしていなくなる……
その“お約束”みたいな流れに、前の主はすごい引っかかってたみたいやわ。
『ほんまにこれが世界のルールなんか?誰が決めたんや?』ってな。
でも、気が付いたらおらんようになってもうててな。ワシもびっくりや」
ぴょん爺は遠い目をしながら、ふっと肩(霊体だけど)をすくめた。
――周期的に魔王が現れて、勇者と戦い、いなくなる。
言われてみれば、この世界に来てから「前の魔王は突然消えた」とか、「次は勇者が…」なんて話をよく聞く。
でも、それが“世界のルール”として当たり前に受け止められているのは――ちょっと変だ?
そもそも、なぜ“周期的”なんだ?
誰が最初に決めたんだ?
勇者も魔王も、なぜ必ず「現れて、戦って、いなくなる」なんて流れになってるんだろ?
……単なる偶然?
小さな違和感が、頭の片隅に居座りはじめる。
けれど、今はまだ、その“正体”をつかめるほどの手がかりはない。
「なんや難しいことはわからんけど。
わしは基本的に結界の部屋からは出られんかったから…。
こうして外に出て、みんなで酒が飲める日が来た!もうこれ以上はない、最高や!」
ぴょん爺は両手(霊体だけど)を広げて、夜空の下の宴を心底うれしそうに眺める。
うさ耳もぴょんぴょん動いて、まるで子どものようだ。
「これで護りもばっちりや!何が来ても怖くないで~!」
―その言葉が、広場にどこまでも明るく響いた。
……どこか遠くで「ドーン」と大きな音がしたような、しなかったような。
宴の笑い声に紛れて気づいた者は少ない。
この時は誰も、
これが後々「伝説のフラグ」として語り継がれることになるとは――
夢にも思っていなかったのだった。
宴は、まだまだ賑やかに続いていく――。