結界発動
帰還の知らせをいれたおかげか
魔王城に近づくと、仲間たちが出迎えてくれた。
「ノア様――!」
元気な声が響き、心配そうだったみんなの顔が次々とほころんでいく。
「おかえりなさい、ノア様!」
「無事でよかった!」
ついこの間まで更地だった魔王城周辺は、いまや居住スペースがきれいに並び
城までの道も舗装されている。
むやみに広げたら後が大変だから、区画を整理して計画的に建設。
次は商業スペースや飲食街もつくろうと、現在も絶賛拡張中だ。
整備された城下を歩くと、どこからともなく仲間たちがぞろぞろと集まってくる。
「ノア様お帰りですって!」
「新しいお宝ゲットしたのかな?」
気づけば、数人だったはずの行列が、城門到着時には大所帯に。
魔王の帰還パレード状態。
「ただいま。――無事に“魄珠”を手に入れたぞ」
空間操作のスキルで亜空間に収納していた“核”を取り出して、皆に見せると
「わああ……!」
青く淡い光を放つ珠に、歓声が上がる。
そんな中、怪訝な顔で近づいてくる焔嶺。
「……ノア様?」
いつになく真剣な表情にたじろぐ俺。
「えっ…なに?なんかダメなことした…?」
「そういうことじゃなくて。
なんか…また強くなってません…か?」
集まる仲間たちが――
「空気が違う気がする」
「なんか……魔核の輝きが…」
「オーラの密度が……」
などとヒソヒソ話。
――なんだ、そのことか。
俺は肩をすくめて、苦笑い。
「精霊王が協力してくれるようになったからかな?」
『……精霊王?!』
その場の全員がハモるという奇跡のシチュエーション。
「えっ……精霊王と“友達”になったんですか……?」
「友達っていうか…協力ね。精霊を呼び出せるようになってさ」
そう言いながら、親指に嵌った指輪を見せる。
森の植物を模した繊細な模様が絡み合い、淡く金色に輝く指輪。
表面には小さな透明の宝珠が嵌め込まれ、光の加減で不思議な虹色のきらめきを放つ。
どこか温かく、でも芯の通った力強さも感じさせる――そんな“縁の証”。
ぽかんとする焔嶺を横目に、碧羅が満面の笑みで補足に入る。
「ノア様は精霊王と直に意識をつないで“対話”をされていた。
あの精霊王に一歩も引かず、堂々とだ。我が主ながら完璧だった!」
……いや、実際は“依り代探し”で森中を駆け回ったり
精霊に翻弄されまくったり――
えらいドタバタしたエピソードだったはずだが…
いつの間にか話が美化されていく様子に、思わず苦笑いを浮かべる俺。
「いや~すごい……もう何が起きても驚きませんよ……」
「また領地の戦力が跳ね上がりますね……」
その場にいた全員が、呆れ半分、誇り半分の温かい笑いに包まれる。
「それでノア様、その“魄珠”……どうやって使うんですか?」
焔嶺が真面目な顔で聞いてくると
周囲の仲間たちも「確かに!」「それ気になる!」とわらわら集まり出した。
うーん
ここで用語を並べても、みんなの頭に“?”マークが浮かぶだけだな……
「口で説明するのは難しいから……まあ、百聞は一見にしかずって言うし。
これから準備に入ろうかな」
『最も効果的に結界を張れる場所について提案します』
はかったように、アリアの声が脳内に響く。
今思えば…
精霊の依代探し。
あれ絶対、探知可能だったよね?
いつも抜群のタイミングでサポートに入ってくるアリアが、ずっと黙ったまま。
――間違いなく
“出来なかった”んじゃなく
“意図的に能力を使わなかった”
って言うのが正しい…に違いない。
何でか知らんけど、精霊王はあのドタバタを気に入ってたみたいだったから
意図的にそうなるよう進められたのか…
…とは言えそこまで上手くいくのか。
『魔王城・西棟地下の最深部。結界の魔力が最も集まりやすい“霊脈”の交点です』
なんか
ワザとらしく会話を遮ってくるアリア。
――まあ、今考えても答えは出ない。
とりあえず、指示通りに動きますか。
そして?
零がいた部屋と近いな――。
……またあの暗い中を進むのか……。
記憶の片隅に押し込められた、あの時のじめっとした空気と暗闇がよみがえる。
幾分テンションが下がりながらも
「よし……行こう」と小声で気合いを入れる。
と
なぜかザワザワと動きが活発になる周囲。
「ノア様の出発だ!」
「さあ、ご一緒に!」
いつの間にか「地下探検ツアー」への参加者が募られて、列を作り始めている。
どこからか『ドンドン』いう音までも…
え?太鼓叩いてるの?
おいおい
マジのパレードじゃん。
誰が指示したわけでもないのに
予定されていた行事かのように、どんどん参加者が増えていき
このままじゃ地下どころか城中お祭り騒ぎになるコースを進んでいる。
…どうすんの、これ
ちょっと呆然としていたら
ベルムがすかさずその場を制止。
「みなさん!持ち場に戻ってください!」
小さな体をめいいっぱい使って
モフモフの手をブンブン振り回しながら列の中を行ったり来たり。
「ええー!?」
「行きたかった~」
「ノア様~!!」
ブーイングが起こりつつも、地下入場規制によって、集まった仲間は解散。
太鼓の音も聞こえなくなった。
この世界には娯楽が少ないから…そこがダメなんだよな。
面白そう!って思ったらこんなことになっちゃう。
いや、俺が何するかに興味があるのかな?
いずれにしても、収集不能になる前に止められてよかった。
仕事の出来るベルムに感謝して
結局――俺と焔嶺、碧羅、蒼幻、逸花で目的地へ向かうことになった。
零は最初から俺の肩か頭の上が定位置なので、もはや数に入れてない。
そういえば、零って食事の時以外、傍を離れたことあったかな?
ずっと側にいるのが当たり前になっていて、深く考えたことなかったかも。
とか考えながら
中庭を抜けると、目の前に現れる西棟。
普段まったく手入れされていないだけあって、どこか不気味なオーラが漂っている。
壁に這う蔦に、窓辺のほこり
いかにも“立ち入り禁止区域”という雰囲気だ。
「……ここ、暗いよな」
俺がつい本音を漏らすと、焔嶺が苦笑いした。
「暗いの、嫌いなんですか?」
「違う、苦手なんだよ」
「それ、一緒じゃないですか」
「いや、似てるけど――ちょっと違うの」
「どっちでもいいですけど、主も意外と可愛いとこありますね」
そんな軽口を叩く焔嶺の顔は、どこか嬉しそうだ。
こうして“頼られてる感”を感じられるのが、彼にとっては密かな喜びなのだろう。
「まあ、主の大事な任務ですからね。きっちり護衛しますよ」
焔嶺がそう言うと、碧羅も真面目な顔で「お任せください」と力強くうなずく。
逸花や蒼幻も「ここは私たちにお任せを」と言わんばかりに、いつもより背筋を伸ばしている。
この状況で
「ノア様になんて口をきくんだ!」なんて咎める奴は、一人もいない。
主従とはいえ、堅苦しい上下関係ではなくて。
普通に冗談を言い合える。
俺は、この距離感がすごく好きだ。
もちろん、“敬う存在”っていうのは必要なんだろうけど。
「主」と「従」みたいに一線を引かれてばかりじゃ、寂しい。
一緒に笑ったり、バカをやったり――
そんなふうに、誰かと肩を並べて歩けること。
ういう“仲間”に囲まれている今が本当にありがたい。
零は――というと、俺の頭の上でのんびりあくび中。
さらに、ふわっと尻尾を揺らす。
(……うん、やっぱりこの空気がいい)
「じゃ、気を取り直して行くか」
そんなやりとりをしながら、俺たちは西棟の奥――
地下へと向かう薄暗い階段を、静かに降りた。
零と初めて出会ったあの部屋よりも、さらに奥深くの未開拓ゾーン。
歩く度に埃が舞い上がり、微妙な位置にある蜘蛛の巣が顔や服につく。
空気が悪くて、暗くて…
一刻も早くここを出たい。
「……これは本格的に掃除が必要だな……」
思わず小声でぼやくと、逸花が
「この後すぐにでも担当者を選抜します!」と、袖口で口元を隠しながら話す。
いつになく意思の固い台詞。
あー
逸花は汚いのがめちゃくちゃ嫌いなんだな。
と、納得。
連れてくる前に確認したらよかったな。
必死に蜘蛛の巣と格闘する逸花を見て、心の中で申し訳なく思う。
『前方に強力な隠蔽結界を感知。
“霊脈”の力を遮断し、内部への侵入を防いでいるもよう。
通常の視覚・触覚では発見困難です』
進む廊下の途中で、違和感を感じた直後。
アリアが反応する。
「……隠し扉ってやつか」
焔嶺が腕を組み、「魔王城の地下は、本当にロマンの宝庫ですね」と小声で笑った。
「まだまだ知らないギミックがたくさん眠っていそうだからな」
焔嶺の言葉に、即同意。
地下迷宮とか、隠し部屋とか、そういう“お宝感”ってワクワクする。
冒険心が湧いてくるけど、まずは目の前の扉を開けないとな。
『隠蔽結界の中心に微弱な魔力を流し込んでください。構造を解析します』
タイミングよくアリアからの提案。
「よし。結界を解除するぞ」
目を凝らしても壁にしか見えない場所に手を伸ばして
ゆっくりと魔力を流し込む
――ガチャ
壁の奥でほのかに浮かび上がる光の模様
と同時に鍵の開く音。
さらに…
がこんっ
何か大きな物が動いた音がした。
――そしてなぜか
足元には、ボロボロになったうさぎのぬいぐるみ…
……………え?
一瞬、全員の脳がバグる。
なぜ…この場所にうさぎのぬいぐるみが…?!
と
全員が同じことを考えているに違いない。
糸がホツレて一部綿が飛び出し
元々何色だったのか…残る面影がないくらいまでに汚れた、ボロボロのうさぎ
解除された結界から出てきて?
出現方法も
その見た目も
このシチュエーションも
ちょっとしたホラー状態。
…え?
なんで…?
「どうしてうさぎが…?」
俺が思わず呟いたその瞬間――
ぬいぐるみの首が、ぎょろりとこっちを向いた。
「ひーっ動いた!!」
ただでさえ嫌いな暗い場所で、いきなりのホラー展開。
俺は思わず一歩下がる。
「主に近づくな!」
反射的に全員が武器を構え、一番早かった蒼幻が氷を纏わせた刀を抜き放ち――
シュッ――!
一閃。
哀れ、うさぎのぬいぐるみは瞬く間にバッサリと両断されて
床の上にふわふわと綿が舞った。
「あぁ…」
事の成り行きに、しばし思考がフリーズする。
俺がびっくりしちゃったばかりに、見るも無惨な姿になったうさぎのぬいぐるみ。
もともとボロボロだった体は半分になって、一部は氷漬け。
お腹からは大量の綿が飛び出して、
ますますホラーな絵面と化した状況に、心臓がバクバクする。
さらに、ぬいぐるみに対する戦力。
ちょっとえげつなくない……?
そんなこんな状況が整理できないうちに
バラバラになったぬいぐるみの残骸から、ふわりと薄いもやが立ちのぼる。
やがてそのもやは、ぼんやりとした霊体の姿に形を変え、ぷかぷかと空中に浮かび上がった。
「なにしてくれとんねん!」
どこかおっさんくさい声と関西弁。
妙に威厳のないその霊体は、なぜかうさぎの耳らしきものがぴょこんとついている。
これ以上ない混乱
「…おっさんの霊体にうさぎの耳って……」
さすがに言葉が漏れ出る俺。
焔嶺たちもどう対応していいのか分からず、困惑の表情で事を見守っている。
もちろん武器を構えたままで。
俺は恐る恐る口を開いた。
「えっと…その、どなたですか?」
霊体はふわりと宙に浮いたまま、両手――いや、前足(?)を組むと、ため息混じりに答えた。
「おーおー、せやから言うたやろ。もうちょい優しく起こしてくれって……」
「いや、聞いてませんけど……」
思わず小声でツッコむ俺。
霊体はくるりと一回転し、みんなの顔を順に眺める。
「ワシはな、この部屋――いや、かつてこの城の“結界”を任されとった使い魔や。
名前は……まあ、好きに呼んでくれたらええけど」
威厳はなし。
どころか、どこか哀愁すら漂う霊体は、煙のような体を器用に変化させて、台詞と共にジェスチャーをかかさない。その身振り手振り?いる?
「……前任者の、使い魔ってことか?」
焔嶺が遠慮がちに尋ねると、
霊体はふわっと首をかしげて――うさぎの耳がぴょこんと揺れる。
「そや。昔の主が急に消えてもうてな、その後はずーっとぬいぐるみの中で寝とったんや。
まさか、封印解かれて即真っ二つにされるとは思わんかったわ……ほんま勘弁してや」
蒼幻が申し訳なさそうに目を伏せる。
ここで、一番気になっていた疑問が。
「なんで、ぬいぐるみの中に…?」
霊体は「あ、それ聞く?」とばかりに耳をしょぼんと垂らしつつも、
「急な展開やったもんでな。主が消滅する直前、どうにかして魂を残さなあかん思て、近くにあった“あれ”に即席で入り込んだんや。ほんならもう動かれへんし、もそもそっと綿まみれで……えらい目におうたわ」
身振り手振りでしっかり説明。
やたらリアルなこの仕草に触れるべきか否か…。無駄に悩む。
そして、ふと思い出した。
「もしかして……魔王消滅後も、城が守られていたのは、おっさんのおかげ?」
霊体はちょっと気恥ずかしそうに鼻をこする(ように見える)と、
「ま、ワシひとりやと大したことはできへんかったけどな。
主から任されとった“結界の維持”だけは――最後までやろうおもて頑張ったんや」
「最後までっていうのは…次の魔王が誕生するまでってことだな?」
「そや!」
どこか誇らしげなうさぎ耳が、ぴょこっと立った。
「魔王が復活したらすぐにでも迎えに来てくれると思っとったからな!
わしの情報、引き継いでるやろ??」
………
(アリア?もしもし?)
全員がそろって微妙な目配せ。
“誰がこの沈黙を破るか…”という、静かな譲り合い――いや、押し付け合いが始まる。
……いやいや、情報とか引き継いでないし
っていうか、ほとんど情報がない状況で今もやってるし。
言うまでもなく
ここに来たのは“魄珠”を手に入れて結界を張るため。
おっさん霊体を助けに来たとか、そんな高尚な目的は1ミリもない。
なのに、
当の霊体おっさんは「自分はめっちゃ重要なポジションで、当然後継の魔王も最優先で迎えに来るに違いない!」と信じて疑っていないご様子。
「えーっと、その……」
俺がなんとか言葉を探していると、
蒼幻がそっと視線をそらし、逸花は小さく咳払い。焔嶺も碧羅も、絶妙に目を合わせてこない。
おいおい
さっきまでの有能な護衛はどこへいったよ。
“誰も本当のことを言い出せない沈黙”
おっさん霊体は、まだ自信満々に胸を張って――いや、胸はないけど、どや顔でこちらを見ている。
『情報は取捨選択の上、開示されています。必要なタイミングがくるまでは公開されません』
脳内にアリアの声が響く。
…それだ!
「えっと、どうもシステムの都合?ってやつで情報は全部引き継がれないんだ」
「なんやて?」
「なんでかは分からないけど、俺もまだ知らないことがいっぱいあってさ。おっさんのことは知らされてなかったんだよ。城を護ってくれていたのに、対応が遅くなって申し訳ない」
こちらに非がなかったとしても
相手を慮ってとりあえず謝罪。
できる社会人のたしなみだ。
おっさん霊体は一瞬、耳をぴくりと動かしてムッとしたようだったが、
すぐにふうっと肩(があるかは分からないけど)をすくめて、照れくさそうに笑った。
「……なんや、まあそういう時代になったんやな。前任者もなーんか色々大変そうやったし。
ええってええって。気にせんといて。
こうして無事に出てこれたし、結果オーライや!」
うさぎの耳をぴょこぴょこと動かしながら、どこか満足げな顔。
よかった…!
おっさん霊体の反応に一同安堵し、変な緊張が緩む。
得体のしれないおっさん霊体が、ここでブチ切れるとか、
そういうややこしい展開にならなくて――マジでよかった…!
すると、霊体だけどふと姿勢を正し(気のせいか耳もピンと立ったような…)、
「――で、あんたら、ここには結界をはるために来たんやろ?」
と、本題に戻してくれる。
「あ、そうそう!それが目的で……」
俺が慌てて返事をすると、「ほな手順教えたるから、こっちおいで!」と張り切って台座の前へふよふよ浮かび直す。
うさぎ耳がぴょこぴょこと揺れて、どこか可愛らしい。
焔嶺も碧羅も、ようやく武器を下ろし、蒼幻も「助力、感謝します」と頭を下げる。
逸花も「あの…お力添え、よろしくお願いします」と微笑みかけた。
こうして、ようやく場が落ち着き――
俺たちは本来の目的、“結界の核”を据える儀式に取りかかった。
「この台座に“核”を乗せて、術をかけるんや。結界の調整はわしも手伝うからな」
おっさん霊体は意気揚々と台座の前に浮かび、ぴょこぴょこうさぎ耳を揺らす。
可笑しなデフォルトだが、慣れてきたのか、もはや気にならない。
俺はそっと、精霊王から託された“核”を台座の中央に置いた。
すうっと青白い光が広がり、空間に静かな魔力の波紋が満ちていく。
指輪に意識を集中させると、胸の奥に凛とした声が響いた。
『久方ぶりじゃな、ノアよ。』
気配はあの日の森と同じ。
だが今はさらに力強く、身近に感じられる“精霊王”の声が脳に響く。
『お主が運んだ核。それは、森の生命と大地の恵み、そして精霊たちの願いが宿るもの。
それを“魄珠”として昇華できるのは、魂魄を通わせし者のみ』
「……仲間と、ここで生きるすべての命のために。力を借りたい」
言葉に出すことで、決意が定まる気がした。
『ならば、我が力を授けよう。ノアよ――“誓い”を』
精霊王の声と同時に、指輪が淡く輝き、台座の核が応えるように脈動する。
俺は両手を核に重ね、静かに目を閉じる。
「この城を“護る者”として、集いし仲間と未来を守り続けることを誓う。
精霊王よ、どうか力を貸してくれ」
その瞬間、台座から溢れた光が指輪へ、そして俺の全身へと流れ込む。
精霊王の存在がすぐ傍に寄り添うように感じられた。
『その誓い、しかと受け取った。
魂魄と精霊の祝福を重ね、新たなる魄珠をここに創り出す――』
眩い輝きが核を包み、内部で新たな命が芽吹くような感覚。
空間が一段と澄みわたり、仲間たちも息を呑んで見守っている。
台座の上、青白い核はゆっくりと透明に、
そして中心に小さな虹色の光が灯った。
やがて光が収まると、そこには美しく澄んだ一粒の“魄珠”があった。
精霊王の声が、最後に柔らかく告げる。
『魄珠――森の祝福とお主の誓い、そのすべてが込められた護りの珠だ。
これより、この地に新たな加護がもたらされるであろう』
ゆっくりと目を開けると、
台座の上の魄珠が静かに輝いていた。
俺は深く息をつき、そっと魄珠を手に取った。
「ノア様……」
焔嶺が感嘆の息を漏らし、碧羅や逸花も息を呑んでその光を見つめている。
蒼幻ですら、珍しく感情をにじませた表情で、ゆっくりとうなずいてみせた。
「よし。これで結界をはれるな。おっさん、このまま進めていいか?」
俺が声をかけると、おっさん霊体は、ぴょこぴょこうさぎ耳を揺らしながら目をまるくした。
「……いや、ちょっと待ちぃ!魄珠が作れるとか、聞いてへんで!?
精霊の力……いや、ただの精霊ちゃうわ。精霊王の力やなんて――今期の魔王、どないなっとるんや……」
思わず呆れたように頭を抱えて、ぐるぐると耳まで回りそうな勢い。
焔嶺が思わず苦笑し、「ノア様、やっぱり規格外ですね」と小声でこぼす。
続いて蒼幻が「前例のない力ですが、頼もしい限りです」と静かに補足した。
おっさん霊体は「……いやもう、ここまで来たらなんでもありやな」と観念した様子で、
「ほな、その“魄珠”使って、結界の展開――頼んだで!」
と台座のそばで威勢よく手(?)を広げてみせた。
そのタイミングで、脳内にアリアの無機質な声が響く。
『結界術を展開します。零からの魔素供給を確認。術を発動しますか?』
――もちろん、YESだ。
俺は手のひらで魄珠を包み、深く息を吸い込む。
零が静かに魔素を流してくれる気配。
「結界術――黎明護域〈レイアーク〉!」
魄珠がひときわ強い輝きを放ち、
地脈を這うように、魔王領の大地をぐるりと包み込んでいく。
その波動は優しくも頼もしく、
“新しい夜明け”を静かに宣言してくれているようだった。
やがて、光が収束し――
魄珠は穏やかな透明感を湛えたまま、台座の上で静かに光り続けていた。
おっさん霊体がぽかんと口を開け、
「……ほんまに、結界が生まれ変わったで……」と呟く。
焔嶺たちも、どこか誇らしげな面持ちで城の守護を感じ取っている。
「これで……みんなが安心して過ごせるな」
俺はそっと息をつき、仲間たちと新たな守護の朝を迎えた。