精霊との邂逅
自分で言っといてなんだけど
正直“依り代”って何が正解なのかサッパリわからない。
いや、そもそも精霊は“気まぐれ”だって零が言ってたから
それってもう
『運』
この一言に尽きる。
俺と碧羅、そしてルクス&フォスも一緒に、森の中をウロウロしながら、
「これはどうだ?」
「いや、それただの石じゃ……」
「こっちの苔、やけにふかふかしてます!」
「依り代って、ふかふかしてる必要あるのか……?」
――みたいな不毛なやり取りが続く。
零いわく
気に入った物が見つかれば、それが“依代”だとすぐに分かるらしく
とにかく、それに当たるまで手当たり次第探しまくるしかない。
ただ
せめて…!
大体こんな感じっていう目印みたいなヒントがあれば…!
(アリア…なんか知らない?)
脳内でそっと問いかけるが…
『依代には微弱な魔素の揺らぎが観測されます』
と、いつも通りの冷静すぎる解説。
その“揺らぎ”が分かれば苦労してないっていう話でさ。
それをどうやって見つけるか教えて欲しいんだけど…?
「ノア様、こっちに不思議な形の枝が――」
アリアに頼れないところ
前方を探していた碧羅から声がかかる。
「……一応持ってきてみて」
「これです!」
「これわ…!」
奇跡の完璧なパチンコ型になった枯れ枝。
いらーん!
探してるのはそう言うやつじゃなーい!
見事に期待してない期待を裏切らない展開に色々通り越して、楽しくなってくる。
手にしたパチンコ枝を思わず地面の叩きつけそうになるが
直前で踏みとどまった。
自分を褒め称える。
叩きつけ捨てようもんなら、碧羅が自害するかもしれなかった…!
危ないあぶない。
《見つからないね〜》
そんな中、ぽやっとした声で呟く零。
……いや、君、提案した張本人だよね?
なにその他人事感。
もはや、探してるのは精霊の依り代か、根気か…
これは予想以上にムズイぞ…!
取っ掛かりがまったくもってわからん…!
森の中で大の大人が真剣に枯れ枝や苔を吟味している図って、
傍から見たらかなり間抜けなんじゃ……
とか、雑念が頭をよぎる。
「ノア様、こっちの石、ハート型です!」
「……」
もはや依代探しではなく“森の変なものコレクション”と化した現状…。
そんなとき、ふいにルクスが立ち止まり、森の奥をじっと見つめた。
何かを感じ取ったのか、ふわっとしっぽを振る。
「どうした?」
その視線の先、霧の合間から淡い光がひとつ、ふらりと揺れているのが見える。
《主。たぶん、あそこ……。ちょっと、気になるかも》
「気になる、って……。その基準が知りたいんだよな……」
なんだかんだで手がかりらしきものが現れたその瞬間、
さっきまでの徒労感が、ちょっとだけ報われる。
みんなでそっと光の方へ近づいていく。
淡い光は、まるでこちらを誘うように、ゆらゆらと森の奥へと移動。
こういう時に限って妙に空気が静かで、やたら足音が響くのが不思議だ。
「ノア様、追いかけますか?」
碧羅の言葉に
「もちろん!せっかくの手がかりだ。いくぞ!」
と即答して、警戒しつつも追いかける。
散々探してやっと見つけた手がかり。
逃す手はない!
不思議な光は森の奥を進み、やがてぽっかりと開けた場所に辿り着く。
そこだけ霧が薄く、深い森の中で淡い光がゆらりと浮かんでいた。
「……あれが“依り代”なのかな?」
「…これまでのどれとも異なりますが、1番エネルギーを感じます」
俺たちに会話に応じるように、光は近くに転がっていた古びた石の上にそっと降り立った。
“全部不正解”だった前フリから、ようやく正解が目の前に現れた状況。
ゆっくり近づくと、
まるで「どうぞ、こちらへ」とでも言いたげに、光が石の上でゆらゆら揺れている。
「……い、今のうちに触ってみます?」
碧羅が小声でささやく。
「え?触れるの!?」
「分からないです…」
「えっ…」
わからんのかい!
と、またしても声に出すのを直前で踏みとどまる…!
苦行が続くなー…。
「触れる距離かなと思いまして」
「いやいや。そんな軽いタッチ?下
手に触れて“爆発オチ”になったりしない?」
「爆発オチってなんですか…?」
一同、石の周りを円になって囲み
どうでもいい会話を真剣にする光景。
なにこのシュールな状況。
「…ちょっとどうなるか分からないけど。
触ってみるぞ!」
うんうん
意を決した俺の言葉に全員が大きく首を縦に振る。
あ
っていうか零が精霊呼んで話するって言ってなかったか…?
あれ?
ここまで来たら、ドキドキしながら正解を探さなくてもいいんじゃないか?
とか、ここまでの経緯を思い出して
伸ばしかけた手を引っ込めようとしたそのとき――
突然、石の上の光が“ぽよん”と跳ねて、
まるでスライムみたいに弾みながら俺の頭の上にふわっと着地した。
「……わっ!? え、今、乗った?
俺の頭に乗った!?」
《主。なんか、すごく楽しそうだね》
零が、マイペースに実況してくる。
「いや、そういう問題じゃ……っ」
すると、頭の上の光がきゅるきゅると回りはじめ、
突然、脳内に不思議な声が響いた。
『よくここまで辿り着いたな。
お主ら、なかなか愉快である!』
……え?
今の精霊??
なんだか、ものすごくフランクな…
碧羅がきょとんとした顔で俺を見る。
「ノア様、もしかして、依り代に選ばれました?」
「いや、ちょっと待って!
え?そういうことなの?!は?意思関係なく体乗っ取られちゃう感じ…!?」
頭の上で、また“ぽよん”と光が跳ねた。
光がくるくると回り、柔らかい声が脳内に響いてくる。
『安心せい。お主を依り代にしたわけではない。なかなか愉快だったのでな。
直接話してみたくなっただけじゃ』
……え、まさかの“ノリ”!?
「ノア様……だいじょうぶですか?」
碧羅が心配そうに俺をのぞき込む。
気が付いたら主人が精霊に乗っ取られてるとか
碧羅からしたら目も当てられない状況だろう。
…それにしては、得体の知れないものを触らせようとしてたけどね。
「うん、大丈夫。なんか――頭の中に声が響いてくるだけで、体はちゃんと俺のものだ」
すると今度は、碧羅や零、ルクス、フォスにもふわっと温かい感覚が広がる。
『そちらの者たちにも、意識を繋いでおいた。
ここは魔素の濃い場所。意思は直接やり取りできる』
零が嬉しそうにしっぽをふる。
《わあ、ホントに話せるんだね!》
「ノア様、これが……精霊?」
『うむ。我はこの森の境界に棲む“精霊”のひとつ。
――それにしても、お主たちの“依り代探し”、実に楽しかったぞ!
あれほど必死に石やら枝やらを集めてくる客人は、久しぶりだ』
まさかの全部みられてた。
「こっちは真剣だったからね」
『うむ、そこがまた良い。お主らの“想い”がこの場所に色濃く響いた。
その“気持ち”こそが、精霊に届く大事な力となる』
碧羅がホッとした顔で微笑む。
「じゃあ、あの石も、無駄じゃなかったんですね……?」
『石は不要じゃ!』
「えっ!」
『あれはあれで面白かったぞ!』
精霊に翻弄される碧羅。
まじめだからな~
なんだか全員の力が抜けて、森の静けさの中に、 小さな笑い声が響いた。
『……さて、お主たちの目的は“魄珠 《はくじゅ》”じゃな?』
「えっ、どうして分かるの?」
精霊は「ふふん」とどこか得意げに、光の粒を弾ませる。
『そなたたちがここへ来るまでの思考も感情も、
この森に響いておる。精神世界はそういうものじゃ。』
「なるほど……って、なるほどなのか?」
『魔王が誕生して、順調に勢力を広げておる。
そろそろ“城の護り”を固めたい――となれば、この地の“魄珠 《はくじゅ》”が必要になるのは当然じゃろう?』
まさかの全部バレバレ。
「さすが……これは、隠しても意味なさそうだな」
精霊はまた楽しそうに光を揺らしながら、
『うむ。ここでは隠し事は無駄じゃ。そして協力してやらんこともない』
――意外とすんなり話が進んで、ちょっと拍子抜けする。
「それはありがたい。正直まだまだ試練的なのがあると思ってたからさ」
『――だれが“試練がない”と言った?』
「……え?」
このまま協力してくれそうな流れだったのに、
突如の手のひら返しに焦る。
「……まだなんかあるの……?」
『――いや、ない。』
「どっちだよ!」
これはもうツッコまずにはいられない。
心の声をため続けるにも限界だ。
っていうか
このくだり、必要だった…?!
精霊はくすくすと愉快そうに光を弾ませる。
『精霊に会う、というのが一つの“試練”みたいなものじゃ。
ここまで来られる者は、そうそうおらんからのう』
「……そうだな。ここまでの道のり……俺にとっては、試練というか、
正直ちょっとした苦行だったよ」
『そうか?
ふむ。おぬし――歴代の魔王たちとは、なにか違うな?
なんか……雰囲気が“軽い”というか……』
「え……? ディスられてる? それ……」
まさかの新感覚評価。
“魔王の威厳”とは一体。
『ふふ、よい意味じゃよ。魔王とは言え、“魂魄”のあり方は皆それぞれ。
どれ、おぬしの魂魄、ひとつ試してみようかの?』
「え? 試すって……痛いのは遠慮したいけど?」
『安心せい。少し力のある者は、自身を依り代にして精霊を招くこともできる。
ただこれには素質が必要でな――相性というのかの。おぬしには、その素質があるやもしれん』
「いや、それ地味にハードル高くない……?」
精霊の光がまた、楽しげにぽよんと跳ねた。
『何、恐れることはない。もしダメでも、しばらく”もやもやする”くらいじゃ。』
「いや、それ嫌なんだけど!?」
碧羅≪へきら≫が、やや緊張した面持ちで声をかけてくる。
「ノア様……大丈夫でしょうか?」
「うん…わからん!」
これまでのやり取りに、大丈夫と即答できないのは仕方ない。
精霊召喚は興味があるが、目の前の球体を信じていいのかが、わからん。
零が、マイペースな声で割り込んできた。
《主。きっといけるよ。だって、ここまで色々“運”で乗り切ってきたし!》
「フォローなのか、それ……?」
フォスは無言でしっぽをパタパタ振り
ルクスに至っては、なぜか俺の足元に座って、じっと見上げている。
「――まあ、ここまで来たし…。不安は残るけれども、やっときますか」
小さく深呼吸して、精霊の光に向き直る。
「それじゃ、どうすれば“魂魄”を試せるんだ?」
精霊は、満足げにふわりと輝く。
『簡単なことじゃ。この場で、わしと“意識”を合わせてみよ。
考えすぎず、心をひらく――それだけでよい』
うーん
単純なようで難しいやつだな。
そもそも心を開くとか…不信感をもった対象にやることじゃない。
「……やるだけやってみますか」
半ばあきらめモードでそっと目を閉じると、
淡い光がすうっと額に近づいてきた――
……失敗したら“もやもや”って…地味な嫌がらせだな
と、頭の片隅で考えながら、俺は精霊の意識にそっと身をゆだねていった。
淡い光が、俺の額にふっと触れる。
その瞬間、
自分の中に、言葉にできないほど大きな存在が流れ込んでくる感覚があった。
不思議と恐怖はなく、ただただ温かい。
『――繋がったな』
頭の中に、直接響く静かな声。
さっきまでの飄々とした雰囲気が一転し、どこか王者の風格すら感じる。
得体の知れない威圧感――けど、不思議と優しい。
……この存在
精霊王――?
その思考に応えるように、頭の中で澄んだ声が響いた。
『うむ。我はこの森の“精霊王”。
この地の精霊たちを統べる存在じゃ。』
まさかのラスボス級――!
不信感とか…失礼なこと色々考えちゃったよ。
ちょっとビビる俺に、精霊王が続ける。
『お主の魂魄――物質体が辿り着けぬ“領域”まで認識できておる…。
我の存在まで感じ取れる魂魄……実に面白い。』
……え、俺、そんなにすごかったの…?
『この“縁”を契機に、そなたは精霊を召喚できるようになったぞ。
呼びたいときは、心の奥で我らを思えばよい。』
そのとき、不意にポケットがふわりと温かくなった。
「あれ? これ――」
気づけば、みんなからもらった“お守り”が淡く光りはじめ、
小さな指輪の形へと変化していく。
……お守り、めっちゃ必要だったじゃん!
出発前は「効果あるのか?」と内心ちょっとバカにしてたけど、
まさかここで超重要アイテムになるとわ…!
……帰ったら逸花に土下座だな。
精霊王の声がまた響く。
『そなたの“想い”と周囲の“想い”が交じり合い、この指輪となった。
我らとの“縁”をより強く結ぶ証じゃ。
――精霊の力を呼び出す“鍵”になる』
植物のような装飾に縁どられた、淡い黄金の指輪は
静かに俺の左親指にはまる。
どこか温かな――でも芯の強い力を感じた。
『今のお主なら、“魄珠”を造り出せるじゃろう。
基になる核を持っていくがよい』
「……核?」
声に出した瞬間、足元の地面がほんのりと光り始めた。
苔むした石の下から、小さな“蒼い珠”がふわりと浮かび上がる。
『それはこの森の力が宿るもの。お主の魂魄と、我ら精霊の加護が合わされば、
魄珠となり、城を護ってくれるじゃろう』
俺は静かに蒼い珠に手を添える。
そのとき、精霊王の声がやわらかく響いた。
『お主なら、いつか“理”を正せるかもしれんな』
「え?」
気づけば、精霊王の気配が遠ざかっていく。
『また会おうぞ、魔王ノア』
光がすっと消え、静かな森に元通りの霧が漂いはじめた。
なんか…
去り際に、重大なことを言われた気がする……!
指輪を見つめて、しばらくぼーっとする。
静かな余韻と、ちょっぴり脱力した気分のまま、
俺はゆっくりと指輪を握りしめるのだった。