精霊散策
「もう少しで目的地です」
「あの泉のある場所か」
俺と碧羅は城から離れた北東の森に来ていた。
常時、濃い霧が立ち込めていて、視界は白いヴェールに包まれている。
葉の滴がルクスの背に落ちると、霧がふわりと舞い上がった。
「疲れてないか?」
俺が声をかけると、相棒は「ウォン」と喉を鳴らし、誇らしげにしっぽを振る。
人が軽々と乗れる程の大きさに、神秘的な毛並み。
太陽の光を受けるたびに軽やかにきらめく銀白色の毛先。
しっかりした筋肉と優雅な動きは、まさに“幻獣”という言葉がふさわしい。
あの後
新しく仲間になった種族たちと『誓約』を結び
さすがに戦力が足らない、ということで新たに何人かを契名した。
もちろん、大量の契名はやってないよ。
そして数日かけて、計画的にやりましたとも。
また何日も倒れるとか嫌だし。
その件で、いまだにいじられるし。
で
前から考えていた部門へ各々を振り分けた。
管理部門:統括 フロル族 長老、補佐 ベルム、逸花
軍事部門:統括 焔嶺、参謀 蒼幻
生産部門:統括 モコ(モコム族)、補佐 クチハ(朽葉族)
物流部門:統括 澪、補佐 大和、葵
インフラ整備:統括 レクス(ドム族)
医療部門:統括 リーネ(フィリス族)、補佐 エルナ(リファ族)
隠密部門:統括 翠月、補佐:朔弥、瑠璃丸
とりあえず必要なものに絞って体制を整備。
外交なんかは、今後の動きを見て決める予定とした。
碧羅はと言うと
「どうしてもノア様の側にいたい!」と強く懇願
その眼には強い意志。
結局、俺の側役――っていうか、SP?秘書?マネージャー?
まあ細かい役職はともかく、傍付きとして近くにいてくれる役職に。
こんなに敬われて?大切に?される日が来ようとわ…。
とりあえず、背筋が伸びる。
次に、護りを固めるまでに必要なSigraphを構築
――外敵を感知するセンサー、魔素の動きを遠隔で察知する監視。
――思念を共有できる通信網。
――みんなの体調や位置を逐一把握できる「存在確認タグ」。
などなど
現代の知識を総動員して、できる限りのことをやり
隠密を担当する翠月には『暗躍』スキルを授けて、敵意のある者を水際で対処出来るようにした。
異世界らしく、びっくりするスピードで農産物や居住スペースが出来上がっていくからさ
追い立てられるように仕事したよ。
現世の納期前でもあんなにやったことあったかな…?
そんな感じで、出来る範囲の警戒態勢が整い
俺が少し城をあけられるだけの余力ができた。
そこで
最優先事項であった『精霊』の座標を探し出す計画を進めることになった。
魔王城からの【範囲検索】では見つからず。
城に残された古い書物や地図を調べて、あたりをつけ、さらに【範囲検索】を実施。
反応のあった“北東の霧深い森”が目的地となった。
よみがえる出発前のあの騒動…。
「精霊を探してくる」って口にした瞬間、城の中が一気に修羅場モード。
「ノア様!絶対に危険です!」
「護衛を最低十人は連れてください!」
「お守りは?非常用の魔法陣は!?」
って…もう “親戚が集結した新年会”レベルの大騒ぎ。
そんでお守りって
え?効果ありますの?と突っ込まずにはいられない。
みんな一緒に行くって聞かなくて、
いやほんと、体力の8割…9割くらいはここで消耗したな。
なんだかんだで全員をなだめたり脅したり?しつつ
どうにかこうにか少数精鋭だけに絞って出かけられるまで
長かった…。
ほんとさ
今は城の護りを手薄にしたくないのよ。
やばい魔物や腹黒い人間に襲われるかもしれない状況にあるって、みんな自覚してる?
ってか精霊探しに行く目的って城を護るためだからね?
防衛のために出かけて、逆に護りをガラ空きにするなんて
そんなアホな
……頼むから、俺が帰るまで、何事も起きませんように。
「ルクスが反応してる」
「近づいているみたいですね…」
背中を借りる幻獣:耀狼が、何かを感じて速度を落とす。
並走する碧羅が乗る耀狼もそれに倣い
2頭は揃って慎重に歩みを進める。
少数精鋭
その一端を担うのは俺一筋、碧羅と
新しく仲間になった『幻獣:耀狼』
その名前に相応しく、白銀の毛は幻想的だ。
俺たちの出会いは
精霊の座標を確認する過程で遭遇した、不運な出来事。
物流担当の澪と大和、葵と一緒に、食料や素材の調達がてら森へ出かけたところ、不穏な唸り声。
急いで駆けつけると、魔物に襲われる子狼に遭遇。
すでに親狼は絶命していて、年長の子が必死に弟妹たちをかばっている。
怒りで血が逆流するのを感じつつ、俺は即座に魔物討伐を指示。
澪たちが中心となって魔物を討伐し
碧羅≪へきら≫が子狼たちを保護。
最初は警戒していたものの、俺たちに敵意がないとわかると、木陰に隠れていた3頭の幼い弟妹が出てきて、彼らも一緒に保護した。
食い散らかされることのないよう
親狼を丁寧に火葬してから魔王城へ戻ると、さっそく医療部門の責任者であるフィリス族のリーネが子狼たちの健康状態をチェック。
厨房部門からは柔らかく煮た肉が差し入れられる。
最初は不安そうだった子狼たちも、次第に周囲の温かさに心を開き始めて
よかった、よかった、と思っていたところ
脳内にアリアの声が。
『彼らには“名”がありません。“契名”で、眷属として進化・成長させることが可能です』
ん?
眷属?
それって……配下とどう違うの?
アリアがすぐに答えてくる。
『“配下”は誓約によって、庇護と従属の魔力が発動 した状態。
“眷属”は魂でつながった存在です。魔素の繋がりが深く、主人の一部として特別な加護や力を得ることが可能です』
そうなんだ…。
じゃあ、焔嶺たちは“配下”じゃなくて“眷属”ってことなのか。
…戦力足りないからって、どんどんやる儀式じゃないってことだな…。
ふと気配を感じて足元を見ると、年長の子狼が不安げに「くぅん…」と鳴く。
「名前……欲しいのか?」
俺が問いかけると、しっかりと頷くように尻尾を振る。
「なんか、色々縛られちゃうみたいだけど……大丈夫か?」
その言葉に、小さな体を精一杯張って“覚悟完了”みたいな顔をしてみせる。
……可愛い。正直ちょっと、ズルい。
「よし、じゃあ――やりますか」
ということで
ルクス、フォス、ライナ、ネプラ
それぞれに名前を与え、全員が『幻獣:耀狼』へと進化した。
またしても希少種への進化。
気が付けばもう、周りも驚かなくなってきた。
空を飛ぶのは目立つってことで、場所によっては制限されることもある。
進化によって体が大きくなった彼らは移動手段として大活躍だった。
背中にしっかり乗れるよう、専用の鞍を用意し
ふわふわの長い毛を保てるよう、専用シャンプーのSigraphを開発。
いやーこれは画期的だったね。
ちなみに零もこれで、いつもふわふわをキープ。
零とルクスは俺と一緒に寝ているから
その時間はいつもふわふわ、もふもふで最高だ。
で
ルクスは俺専用らしく、いつも傍を離れようとしない。
進化しても会話はできないが、表情や仕草で全部伝わってくるから問題ないし
そのやりとりがまた癒される。
「ここが入口ですね」
「……そうだな。妙な感じがする」
というわけで
回想が長くなったけど。
俺と碧羅≪へきら≫は『幻獣:耀狼』であるルクスとフォスに乗って移動し、北東の霧深い森にきていた。
魔法やスキルが使えるだけでなく、察知能力も高いようで
森に入ってからここまで、迷うことなく進んでこれた。
「ここだけ変な感じがする…」
泉の近くに根付く若木。
その場所が何となく不自然に感じる。
そこに在るけど
そこにないような…
頭の中でアリアの声が響いた。
『空間のズレを確認。世界の境界部。
物質世界の個体が接触すると、精神構造が分離、最悪の場合、消滅する可能性があります』
えっ?
こわっ!
おいおい……
ここで色々終わるやつじゃん。
『精霊は精神世界の住人。
物質世界の存在とは相慣れない者です』
まじか……
思わず、若木から一歩後ずさる。
紆余曲折あって、やっと見つけた精霊の手がかり。
ここに来るまでの苦労(主に仲間の説得作業)が報われないとか辛すぎる…
――何にしても
このまま帰るわけにはいかないな…。
(アリア。代替え案ない?)
『依り代を使い、精神波長を調整すれば、“安全に対話”が可能』
…聞いてはみたものの。
……なんか難しいこと言い出したな。
すると、俺の脳内に零の声がふわっと割り込んできた。
《主。ぼくなら依代になりそうなもの見つけたら精霊呼べるよ》
え?そうなの?
《うん。今も近くにいるけどね》
零の言葉に、思わず辺りを見回す――
が、当然ながら精霊らしき姿は見当たらない。
……ってことは、依り代さえ見つければ、すぐ会えるってこと?
《うん。でもね、精霊って、ちょっと気まぐれだから……気に入る依り代じゃないと、なかなか出てきてくれないんだよ》
……そりゃまた、めんどくさい仕様だな。
《近くにあればいいけどね》
…え?
まさか“森の端から端まで宝探し”なんてことにならないよな……?
《さあ? ぼくも精霊じゃないから、そこまでは……》
零がさらりと他人事モード。
頼りになりそうで、ならないのが零らしい。
「ノア様…何かありましたか?」
またしても脳内会話で置いてけぼりの碧羅
「すまん、すまん。零と話してた。
精霊が好きそうな依代ってやつが見つかれば零が会話できるってさ」
「そうですか!」
「――ま、ここまで来たんだし、手ぶらで帰るのもな…とりあえず探してみるか」
碧羅≪へきら≫が大きく頷く。
こうして、“精霊のお気に入り依り代探しクエスト”が、始まったのだった――。
長くなりそうなので、ここで切ります