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新しい仲間と役割分担

 身支度を整えた俺は、碧羅へきらと一緒に部屋を後にする。

 1歩後ろを歩く碧羅へきら

 長身で引き締まった体型はを丈の短い藍色の羽織とグレーの袴で包み

 インナーは、体にぴたりと沿う黒の立ち襟シャツ。

 袖口や裾には控えめな装飾が施され、胸元には家紋の入った飾り紐が揺れる。

 無駄のないシンプルな仕立ては、動きやすさと品の良さが両立され

 全体的に、凛とした気品と静かな威圧感。

 こういうのを“カッコいい”というに違いない。


 支度は自分でできるからと伝えたのだが――

「ノア様のお手伝いがしたいのです」

 と、一歩も引かず。

 そのまっすぐな視線に、根負けして支度を手伝ってもらうことに…。

 服の襟元を丁寧に直し、軽く髪の乱れを整えてくれる。


 これは“魔王”に必要な儀式か何かなのだろうか…


 俺の中に芽生える”苦行”の文字

 今までに

 こんなイケメンから身の回りの世話をされた経験は一度もない。

 そして今後もない予定だった。


 結果…どう振る舞うのが正解なのか分からない…!

 緊張しすぎて、襟元をいじられるたびに変な汗をかく。


 ……これ、いつまでたっても慣れないやつだな…。

 内心でそっと突っ込みを入れつつも

 きっと“主≪あるじ≫”っていうのは、こうやって誰かにお世話されるものなのかな――

 とか考えながら、半ば諦めて

 少しだけ背筋を伸ばしてみた。


 そんなこんなで支度が終わり、現在に至る。

 碧羅≪へきら≫と並んで廊下に出ると、ふと周囲の変化に気づく。

 かつては埃まみれだった床も、今ではすっかり磨き上げられ

 石造りの壁には新しいランプが灯り、空気が清潔でどこか暖かい。


 魔王城は3つの建物――中央棟、西棟、東棟――から成り

 そのうち、整備されて使われているのは中央棟のみ。

 残る二棟は、まだ廃墟のままで手つかずだ。

 ついこの間まで、この中央棟も必要な場所だけしか整えられてなかったのだが

 どうやら3階建ての建物内すべてが整備されているようだ。


「城の中…きれいになったな。この建物全部?」

「はい。西と東は未着手ですが、庇護をもとめてきた種族たちを含めて整えました」

 碧羅が静かに、しかし誇らしげに答える。


 今いるのは3階――俺の寝室がある場所で

 向かう執務室は2階に配置されている。

 一階には食堂や台所などがあるのだが、整備が進んだことで、俺が知っている以上の設備や新しいスペースができているかもしれない。


 そして俺には確認すべき案件がもう1つ。

「ねぇねぇ。俺の覚醒って世界的に広まってる感じ…?」

「もちろんです。あの神々しい魔素。

 力のない人族はわかりませんが、感じられない者などいるはずがないでしょう」

 碧羅≪へきら≫は即答し、落ち着いた口調ながらも、どこか誇らしげに見える。


 種族が庇護を求めてやってきたって

 そのフレーズを聞いた時から思っていたが――やはり

 名前をつけた時と同じ、“魔素の高まり”で世界に広まっちゃうやつ。

 おいおい…もうちょっとこう、プライバシーというか、個人情報の壁をだな……

「心配は無用です。敵意を持つ者は常に警戒しております。

 我らがいれば、ノア様に手出しはさせません」

 俺が不安に思っていると勘違いしたのか

 碧羅≪へきら≫はきっぱりと言い切り、かつ俺をしっかり見て、うなずく。


 いや、そういうことじゃなくて

 生存権がかかってるっていうか…

 死亡フラグがあるというか…


 意に反して派手になってきた周囲の動きに

 こりゃ、早急に地盤を固めないと、討伐フラグを回収することになるな。

 と…頭の中で警戒を強めずにはいられない。

 下手すりゃ“勇者イベント”まっしぐらコース。

 せめて「魔王領・安心安全プラン」が完成するまでは討伐イベント遠慮したいんだけど――


「ノア様をお連れした」

 そんなことを考えていると、いつの間にか執務室前に到着。

 碧羅≪へきら≫がドアを開けるとそこには見慣れた面々。

 俺の姿を確認するや、全員が席を立って頭を下げる。


「…すまん。待たせたな」

 今は、フラグを回収しないために、現状の把握と体制整備が先決だな…。


「ノア様。まずは庇護を求めてきた種族を紹介させてください」

 俺が席に着くと、逸花≪いちか≫がこれまでの経緯をまとめて説明してくれる。

 庇護を求めてきた種族と役割は下記の通り。


•ドム族

 外見:岩のような灰色の肌、巨体、太い指、短い角

 性格:堅実で誇り高く、面倒見が良い

 役割:建築

•リファ族

 外見:緑や茶色の長髪、葉の耳、細身、長い指

 性格:温厚で協調的、自然を愛するおっとり型

 役割:農耕

•モコム族

 外見:丸い体型、ふわふわパステル体毛、小さな手足

 性格:人懐っこく陽気、お調子者

 役割:織物

•朽葉族

 外見:枯葉色〜朽葉色の肌や髪、指先に苔や葉が生える

 性格:寡黙だが勤勉、穏やかで土と会話する感覚

 役割:土壌改良

•トレシュ族

 外見:四本腕、丸顔、焦げ茶色の肌、豊かな髭

 性格:気さくで世話好き、陽気な美食家

 役割:調理

•フィリス族

 外見:青白い肌、銀髪、水色の瞳、細長い爪

 性格:落ち着き理知的、控えめで思いやり深い

 役割:治癒


 それぞれの数は10〜30程度で、どれも貴重な種族らしい。

 魔物に襲われる前にここへ来てくれてよかったと、皆が口々に言う。

 その種族にしか使えない能力みたいなのもあるみたいで

 まあ、そのあたりは追々確認するが

 何にしても、満場一致で受け入れるべき種族が来てくれたことはありがたい。


 各々の種族から責任者を選出したことで、これまでの動きとしてはトラブルなく経過しているらしい。

 フロル族の長老と副長のベルム、蒼幻≪そうげん≫が中心となって役割を采配し

 逸花≪いちか≫がそれをサポート

 10日足らずの時間でよくここまで整えてくれたと感心する。


「居住スペースや農地は城の外に整備中です。

 各種族の能力と協力のおかげで、建築はかなりのペースで進んでいますが…」

 逸花≪いちか≫が少し困った表情になる。

「……結界の範囲を広げないといけない、ってことだな」

「……その通りです」

 そもそもこの種族たちは、“変異型の強い魔物”から逃げるためにここへ集まった。

 現状、結界で守られているのは魔王城だけで、絶賛建設中の新しい住居や農地はまだ“無防備”のままだ。

 放っておいたら、せっかく作った家も畑もあっという間に魔物の餌場コース。

 魔王の庇護を求めた意味がないってことになっちゃうパターンだ。


 逸花≪いちか≫が心配そうな表情で続ける。

「各地で確認されている魔物はどれも凶暴化しており、通常の防衛では対応しきれません」


 この世界では、どうやら“新な術”を作ることは出来ないらしい。

 特に結界みたいな術は広範囲すぎて、そもそも発動させることが難しい。

 つまり、逸花≪いちか≫が言いにくそうにしているのは

 そんな術を使うことで、また俺が倒れたりしないか、その1点だろう。


『覚醒が進んだ今、魔王城を中心に半径10Km範囲であれば結界の拡張が可能。

 ただし維持には魄珠≪はくじゅ≫が必要です』

 ――あ、出た。システムアドバイス。

(魄珠≪はくじゅ≫って?)

 アリアが教えてくれた初耳ワードに脳内で反応する。

『魔素を凝縮させたエネルギーの結晶です。作成には精霊の加護が必要です』

 でた――精霊の加護!

 ファンタジーの王道用語にテンションが上がる。

 魔王って肩書きとは結びつかないけど、“精霊”って響きだけでワクワクする気持ちが抑えられない。

 ……そして

 精霊って、どこで出会えるんだ?

 まさか…運任せ…?

『結界同様、主人≪マスター≫を中心に半径10km圏内であれば検索が可能』


「ノア様…?」

 急に口を閉ざした俺を気遣い、優しく声をかけてくる逸花≪いちか≫。

「お目覚めになったばかりです。休憩されますか?」

 続いてみおが、ティーカップをそっと差し出してくる。

「お疲れのときは、温かいお茶が1番です。気分が落ち着く茶葉を選択しております」

 …なにこの至れり尽くせり。

 美女2人がこぞって心配してくれるとか

 前世でどんだけ徳を積んだんだ俺。

 いや…徳が積めてないから魔王になったのか。


 しかし

 今の状況なら…

 魔王悪くない。


 とか、不純な考えを巡らしつつ

 “脳内システムアドバイザーと会話してました”と言う訳にはいかない

 って言うことだけは揺るがない。


「いや、すまん。大丈夫だ。ちょっと考えをまとめていただけだから」

 アリアの存在はさすがに“やばすぎ”なので、

 ここは普通に「魔王らしく作戦会議モードしてました」ってことにしておく。


「多分、結界の件は大丈夫だ。

 せっかく整えてくれた体制と、俺を頼って来てくれた種族に報いたいからな。

 なんとしてでも護を固めよう。これについては後で伝える。

 他に共有しておくことはある?」

 俺の問いかけに

「いくつかあります」と口を開いたのは、蒼幻そうげんだった。

「1つ目は変異型の魔物に対する対応。通常種とは動きも魔素も異なり、警戒が必要です。

 2つ目は、その変異がどうして発生しているのか、要因の調査が急務かと。

 そして3つ目。魔王領が活発化していることで、周辺諸国からの接触が考えられます。

  表向きは交流や調査、時には支援と称して動きが出る見込みですが…。

 言うまでもなく、警戒や監視の意図があることは否めません」


(やっぱり来たか、外交と情報戦パート……!)


「いずれも早急な判断と対策が必要です」

 蒼幻の冷静な指摘に、幹部たちもそれぞれ真剣な面持ちでうなずく。

(……こりゃいよいよ、魔王らしく“国のトップ”ムーブを求められてきたな)


 まず、変異型の魔物。

  魔王領の拡張にともなう魔素濃度の変化が直接の引き金なのか、

  それとも外部勢力の干渉、あるいはもっと根本的な「世界のバランス変動」なのか――

 魍魎族が意図的に襲われた意図も不明なままだ…

 俺たちの関与がなかったとしても、今後も同じような異変が続くと、

 敵意を持つ連中に“口実”を与えることにもなる


 そして外交。

  周辺諸国がこぞって動き始めるのは、単なる好奇心じゃない。

  新興勢力が一気に台頭すれば、既存の権力は必ず警戒する。

  友好的な態度の裏で、こっちの実力や弱点、内部事情を探る気満々だろう

 そして俺は魔王だ。

 そもそも前提として人と共存する存在じゃない。

 要するに――

  今は“力”だけじゃなく、“理屈”と“見せ方”も大事ってことだ。

  ここで無計画に領土を広げたり、調子に乗って目立ちすぎれば、

  勇者だの討伐軍だの、めんどくさい連中を自分から呼び込むことになりかねない

 ……やるべきは、「安定」と「信頼」。

  目先の発展だけを追うのではなく、土台を固めて仲間たちの生活を守ること。

  そして、必要以上に敵を増やさず、むしろ“協力できる存在”として認知させる努力だ


 ふぅ、とひとつ息をつく。


「――よし。まず人との関係性だが、敵対はしない。

 向こうが仕掛けてきたら別だがな…。無駄に刺激して討伐対象にされたら元も子もない。

 この世界に魔王と人との共存がそもそも有り得るのか不明だが…。

 方針としたら人と共存する方法を模索する」

 俺の言葉に、場が静まり返る。


 しまった

 彼らにとって『人』という存在がどういうものなのか確認せずに発言してしまった…!

 激高されて大反対にあったらどうしよう…。

 最初に口を開いたのは、逸花いちかだった。


「…私は、人と共に歩む道があるなら…挑戦したいと思います。

 無駄に争うことは好きではありません。

  ですが、人の国には“他種族=脅威”という先入観が根強いと聞きます。

  共存を目指すなら、まずは誤解や偏見を解くための“情報発信”や交流の場が必要かと」

 続いて、フロル族の長老が口を挟む。

「むやみに警戒されぬよう、まずはこちらから“敵意がない”ことを示すべきでしょう。

  可能なら、交易など、利を共有する形で接点を増やすのも一つの策かと存じます」

 蒼幻そうげんが、厳しい表情で続ける。

「ただし、信頼の構築には時間がかかります。

  何かひとつでも事件が起きれば、積み上げたものは一瞬で崩れ去る危険もあります。

  外交交渉には慎重を期し、“裏の動き”にも備えるべきかと」

 碧羅へきらは静かにうなずきながら、

「……ノア様のお考えに従います。

 ただ、もし敵対する者が現れたときは…俺は迷わず対象を排除します」

 ベルムはおずおずと手を上げる。

「個人的には……人の国との“情報共有”が、思った以上に難しい気がします。

  こちらが誠意を見せても、向こうに受け入れる余裕があるかどうか……

  交流の窓口や仲介役を設けるのも検討したほうが良いかと……」


 皆の意見が次々と交わされるなか、

 俺は静かに、全員の顔を順に見渡す。

 複雑ながらも俺の方針を受け入れてくれる仲間たち。

 少しでも不安に思った自分が恥ずかしいな。


「ありがとう。みんなの意見参考になった。これを基に方針を練る。

  俺たちがこの世界で本当に“受け入れられる存在”になれるかどうか……不透明だが討伐対象になって争いに巻き込まれることは避けたい」

 部屋の空気が引き締まり、皆が深く頷く。

「そのためには、自国の体制を盤石にしておきたい。

 ずっと考えていたことがあるんだ。これから実現に向けて共有する」

『承知しました』

 執務室にいる全員の言葉が揃う。

 内心はまだ手探りだらけだが、

 今できる最善の一手を選びたい…。

 一気に進めるには問題が多いが…幸い仲間が増えた。

 俺は不安と期待を抱えながら、本格的な魔王領の整備にとりかかった。

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