臨時指揮官
このパートをすべて書き直しました。
「このままでは城の中がパンクします!!」
「ノア様はまだお目覚めにならない…いったいどうすれば…!」
契名の儀が終わった直後。
我が主≪あるじ≫となった、魔王――ノア様は術を展開した。
おそらく帰城するための術だと思うが、その瞬間――
糸が切れたように、その場で崩れ落ちてしまった。
原因は明らかだ。
俺、焔嶺を含む魍魎族の5幹部すべてを、一度に進化させるなんて。
どれほど膨大な魔素を消耗したのか、想像もつかない。
規格外――
まさにその一言が相応しい存在。
俺たちをすべて新たな種族へと進化させ、力まで底上げしてしまうなんて
俺の知る限り、そんな芸当ができる者などいない。
このタイミングで倒れるのは必然。
正直、心臓が凍る思いだったが――
規則正しい呼吸を確認し、命に別状はないと確信できたことで、冷静さを取り戻す。
とりあえず傷ついた同胞たちの処置がしたい…。
俺は主人≪あるじ≫を大切に抱え、仲間と共に魔王城へと足を進めた。
――道中、ずっと胸に渦巻いていたのは、自分の弱さと、過去の記憶。
正直、戦いには自信があった。
同族の中でも俺は群を抜いていたし、これまで負けたこともなかった。
仲間の誰よりも強く、頼りになるつもりでいた。
……だが、魔獣の群れに襲われた瞬間。
俺の自信は簡単に打ち砕かれる。
幾度斬り伏せても、仲間が倒れ
自分の無力さに打ちのめされる間隔。
どこかで強さに慢心していたのか
どこかで「俺がいれば大丈夫」と思い上がっていたのか
種族淘汰――
その可能性が脳裏をよぎったその時
ふいに現れた魔王。
目の前で展開される、圧倒的な力に形勢はすぐに逆転。
あれでまだ“覚醒途中”だなんて、正直、信じがたい。
普通なら、くやしいとか、憎しみが湧いてきてもおかしくないが
不思議と――
俺は、戦いの真っ只中で、その声に従っていた。
気がつけば、“この方こそが主だ”と――
心の底から、そう思っていた。
“誇れる主”と共に生きていける喜び
(こんな日が来るとはな――)
昔の俺なら
誰かに従うことも、自分以外の強さを心から敬うことも有り得なかった。
初めての感情に戸惑うとは…我ながら情けない。
ただ、何とも言えない高揚感。
主≪あるじ≫を得てはじめて獲得した更なる強さ。
「逸花≪いちか≫、負傷者の手当を優先しろ。翠月≪すいげつ≫、周囲の警戒を強化。
蒼幻≪そうげん≫、ベルム殿と連携して物資や人員の管理と必要な指示を頼む。
澪≪みお≫は――とにかく無茶するな。碧羅≪へきら≫、逸花≪いちか≫の補助を」
「焔嶺≪えんれい≫どの…!助かります…!」
――そして今。
俺は混乱の渦中に。
ここ数日で、なぜか強力な魔物が近隣に現れ、各地の集落が次々と被害を受けていた。
ノア様の“魔王覚醒”を知った“戦いが得意じゃない種族”たちが、配下として守ってもらおうと、次々に魔王城へ避難してくる事態に。
おかげで、フロル族と魍魎族だけでも手一杯だった城は、すっかり飽和状態だ。
城を切り盛りしてくれていたフロル族の長老と副長ベルムも、処理が追い付かず少々混乱状態に。
「礼などいらない。おなじ主≪あるじ≫をいただく身だ。
しかも我々魍魎族も世話になっている。当然だ」
主のいない今、この混乱を切り抜けるために、俺が采配をとる。
「若。長老殿と共に暫定の役割と、避難してきた種族の対応を策定してもよろしいかな?」
蒼幻≪そうげん≫が、落ち着いた声で提案してくる。
俺が族長になる前から蒼幻≪そうげん≫には世話になっている。
…本当にありがたい。
「頼む。城内だけで居住スペースを確保すること出来ない」
蒼幻≪そうげん≫が大きく頷く。
「幸いにも現在の魔王城周辺は更地です。
居住スペース確保のための人員を配分して事に当たらせましょう」
「頼んだ。資材と食料確保は森に入る必要がある。
澪≪みお≫を中心に、魍魎族の中で動けるものを編成してくれ」
それぞれが自分の役割を理解し、素早く動き出していく。
俺は蒼幻≪そうげん≫、長老と共に、急ぎ執務室へと足を運んだ。