私の姉様の婚約者はだいぶ変ですの!
私には姉様がいます。
二つ上の彼女は黒い髪に赤い三白眼にそばかすといったような、まあ世間様から見ると、普通の容姿をしていますわ。
私は自分で鏡を見ても「可愛い顔」と思える程の容姿をしていますの。
よく周囲や、噂からでも私の容姿の良さについての言葉は耳に入ってきましたわ。
長い金髪に、赤い瞳に白い肌と、物語に出てきそうともよく言われますの。
物語なんかでは、姉妹間に容姿の格差があると、コンプレックスに感じたり、妬んだりと、確執が生まれているのを良く見ますけれど、私達姉妹はそれには当て嵌まりませんわ。
何故なら、私の姉様は自分の容姿にとても無頓着ですから。
姉様曰く「鏡になるようなものが無ければ自分の目に普段には入らないんだからどうでもいい」とのことです。
かといって容姿全般に全く興味がない訳でもなく、他人の顔や服装を見るのは大好きですわ。
私なんか、小さい頃から「可愛い可愛い」褒めて頂いてばかりだったし、「これなんかどうかしら」と髪飾りやら服やらを良くプレゼントされましたわ。
それどころか私に似合う最高の服を作るんだと、とうとう令嬢にも関わらず仕立屋もどきになっていましたの。
「大きな赤い瞳をしているから、この位置に同じ色の飾りをつけてみたの」
「きらきらした金色の髪だから、暗い色でもしっかり決まるわね。でも明るい色でも華やかで良いわね」
「華奢な体型しているから、レースやリボンが映えるわね」
目を輝かせながら、そう笑いますの。
必死に、私が身につけるものを作り出しますの。
「私の人生最高の娯楽は、私が価値あると思った存在の価値を更に上げることよ」
真剣な目をしてそう語りますの。
夜鍋してまで私を飾り付けるものを作っては、完成した私の姿に満面の笑みを見せますの。
正直私の容姿への自信がこんなに満ち溢れている一番の原因は姉様ですわ。
この世で一番私を可愛がってくれる存在が、常に側にいるのです。調子に乗らない訳がないですわ。
私と比較して姉様を貶める失礼な輩の言葉さえも、私への褒め言葉ばかりに注目して、気にしないどころか嬉しそうにする始末ですの。
しかし、そんな姉様だが、実は未来の公爵夫人だったりします。
姉様の婚約者はこの国の公爵子息で、天の使いではないかと噂されるくらい、なんでも持っている人間ですの。地位も、美貌も、才能も、全部持っていますの。
そんな方が姉の婚約者で、未来の義兄となると周囲から羨まれますわ。
時には、見た目が釣り合うから姉から婚約者を奪ってしまえばいいなんて言い出す輩が出てくる始末ですの
けれど、私は姉様の婚約者が昔からあまり得意ではありませんわ。
「おう、未来の義妹。フェフィなら、今化粧箱取りに行ってんぞ」
応接間のソファでそう寛ぐ姉様の婚約者に私は溜息を吐きそうになる。
相変わらず、身近な人間に対しては随分とふざけた話し方をされますのね。
正式な場やあまり親しくない方の前では、その外見と立場にあった話し方をされるのにね……一体、何処でそんな言葉遣いを覚えたのかしら?
けれど、それも今はさほど気になりませんわ。だってもっとおかしいところがありますもの。
「お久しぶりです。ペレツ様、会って早々なんですが、相変わらず全部受け入れてしまうんですね」
「だってフェフィが楽しそうだし、服なんてただの布切れだから何着たっていいし」
そう服の裾を掴んで笑って見せる顔は大変美しいですわ。
長い睫毛に縁取られた赤い瞳はぱっちりとした垂れ目で優しい雰囲気がありますわ。
唇は薄く、鼻すじはスッと通っていて、白い肌は陶器のようですの。幼さと大人びた様子が混在する雰囲気に、人々が人外じみたものを感じるのも頷けますの。
しかし、私がため息を漏らすのはその容姿の良さが理由ではありませんの。
「だからって、女物だろうが受け入れるのはいかがなものかと……」
今、私の目に写っているのは完璧な美少女ですの。
黒を基調としたフリル多めのドレスを着た美少女ですの。
特注のビスクドールだって勝てない程の美少女ですの。
美少女だから混乱しますの。だって、この方は姉様の婚約者、つまり男性の筈ですもの。
「あれ? 可愛いくねぇ?」
正直、そうやって首を傾げる姿は可愛いですわ。
黒のドレスと、赤い髪と目、白い肌のコントラストが最高に可愛いですわ。
可愛いですけれども、それを肯定したくはありませんわ。
姉様が作った繊細なレース付のドレスや、黒のリボンと編み込みされた髪型は素晴らしいのは揺るがないですけれど。
「その格好でその言葉遣いはやめて下さらない? 目から入ってくる情報と、耳から入ってくる情報の差で頭が痛くなりますの」
「そうか? フェフィは別に何も言わなかったぞ」
行動もガサツですわ。
ソファの上で、しかもその格好であぐらをかかないで欲しいですわ。
視覚情報をそんな風にマイナスにして調節しろとは言ってませんの。言葉遣いを訂正してプラスの方向に調節して頂きたかったんですわ。
「姉様はペレツ様や私に対しては全肯定ですから」
「あー、確かにそうだな」
姉様は、私や婚約者のペレツ様が微笑みながら何か頼めば、大抵のことは即答で受け入れるくらいの、全肯定具合ですわ。
だから、自身の婚約者がこんなに無茶苦茶でも許容してしまうし、むしろ全部の行動を褒めちぎりますの。
幼い頃、どこまで私のおねだりを受け入れるか試したことがありますけれど、あまりにも受け入れすぎて途中で私の方が『姉様が将来見た目だけの屑に散々に扱われてしまったらどうしましょう⁉︎』と泣いて中断する程ですの。
「まあでも、ペレツ様も大概、姉様全肯定な気がしますね」
「そうか? 嫌なことははっきり言うぞ」
そんな姉様の婚約者の言葉に、私は納得がいかず。つい険しい顔をしてしまいそうになりましたの。
「普通の方は嫌なことに女物も着せられることが入るんです」
「でも、俺は別に嫌じゃねぇもん。さっきも言ったけど服なんて元を正せばただの布の塊だ」
そうやって真っ直ぐこちらを見つめてくる姉様や私と同じ筈の瞳の色に、私は気圧されてしまいますの。
昔からその瞳に映ることが苦手で仕方ありませんわ。
姉様と違って、一部を除いた周囲のほとんどに無感動なその目が苦手ですの。
それこそ人形のようにがらんどうな目ですの。
「物体に価値を与えるのは個人の価値観だ。オレにとっての服の価値は、誰がどんなふうに作ったか、それをオレに着て欲しいと誰が願うか、オレが着ることで誰が喜ぶかで、決まるだけだ」
「もっともらしい理屈並べてますね……いっそ女装趣味なら腑に落ちますのに」
毎日女物を着ていたら、それはそれで私もそう言う趣味なんですのねって多少は慣れると思いますの。
ですが、たまにだから混乱するんですの。先日お会いした際には、中性的で異国風の格好をしていらしたわ。
「でも実際そうなんだししゃーねーだろ。いや、世の中には服に対して、大多数の人間にどう見えるかとか、自分がそれを着てどう思うかとかで価値を置くやつもいるって理屈では理解してるし、身近な存在から見聞きしてるけどな」
「姉様がすっごく奇抜なものを公共の場で着るように頼んだらどうするんですの」
「フェフィが喜ぶなら着るぞ」
間髪入れずにお答えになったわ。
目の前のお方は姉様に望まれれば何でも喜んでお召しになるんですの。
女物も男物も、格好いいものも、可愛いものの、大人っぽいものも、子供っぽいものの、奇抜なものも、普通なものも、何でも。ビスクドールは勿論、マネキンだって、このお方程多種多様な服を身につけたことはないでしょうね。
それこそ、まるで姉様専用の人形のようですの。でも、人形のように完全に無感情な訳でも無いから、私はそれも苦手ですの。
服にも自身の容姿にも、大衆からの評価にも、目の前の方は何の感情も抱いて無いでしょう。けれど、姉様からの感情や、評価にだけは、この方は心も体も動かされますの。
「もはや狂気ですわ」
「狂気って言われてもオレの普通はそれだしな」
パチリとガラス玉のような赤い瞳が瞬くのが妙に鮮明に見えますわ。
「この服も、この体も、この顔も、ただあるだけだ。別に口調だってフェフィが望むならどんな風にだってする」
姉様に感情のほとんどを極振りしているこの方が、それを当然としているこの方が、私は苦手ですの。そしてそんな彼の狂った感情の在り方が姉様を押し潰さないか不安で堪りませんの。
そんな不安もあって私は核心を聞いてみたくなりましたの。
「ペレツ様は姉様のどこがお好きなのですか」
「うーん、まず顔だろ」
この流れで、そうおっしゃるところが流石このお方ですわ。
「目つきとかそばかすとかすげぇ良いよなぁ。あと顔以外にもすっげぇ自分らしく生きて楽しそうにしてんのが好き」
「まあ大人しそうに見えて我が道を行くタイプではありますね」
とはいえ、後に続いた言の葉に、私は表面上軽く流しておきながら、心の中ではそこに気づくとは伊達に婚約者やっていませんわねと唸ってしまいますの。
「オレさ、やりてぇこととか無いんだ。ほとんどなんでも出来ちゃうし、手に入っちゃうし、将来やることも決まってるしな」
「腹立ちますけど、そうですね」
人という生き物が欲しがる全てのものを与えられたと説明されたとしても、違和感を抱かない程度には、この方は持っているお方ですの。
持っている方ですが、その分冷めきっているお方ですの。色々なものが目に見えていて、見えているが故に執着しないんですの。
一度、姉様がお休みの時のパーティーでのこの方をお見かけした時の私の感想は
『全てあるのに何にもない』ですの。
意味が分からない感想に自身でも驚いてしまったけれども、人を見る感覚ではなくて、美術品を見る感覚にさせられたんですもの。いえ、美術品の方が全然生気を感じましたわ。
そこから風邪でお休みの姉様からの手紙を渡したときの反応は、萎んだ花に水をやったようでしたわ。他の方々は気づいていませんでしたけれども、姉様がいないとこのお方は中身がないですわ。
「だからさ、逆に何かに熱中してる奴に昔からすっげぇ憧れんだ」
「そうですか」
「そういや、義妹にはフェフィとの馴れ初め話してねぇな」
確かに聞いたことがないですわ。
こんなに執着されているんだから、どんな馴れ初めだったかは少し気になりますわ。
「馴染みの商人のおっちゃんの商品の布切れの中に隠れてたらさ、スッゲェ自分好みドンピシャの奴が、目をきらきらさせて、『私に着飾らせて下さい』って言うんだぞ。そっこー頷いたね」
「何ですのそのロマンチックになりそうで、突っ込みどころ多すぎてならない話」
まさか馴れ初めを一息で終わらせられるとは思いませんでしたわ。
「だってよ、何かに熱中してる奴の熱中対象や熱中する為の材料になれるんだぜ? 最高じゃね?」
「最高じゃねと言われましても……」
とうとうこの方、ご自身のことを材料扱いしだしましたわ。
呆れと困惑で、私は言葉が紡げなくなってしまいましわ。
「オレ、フェフィの最高で唯一の熱中対象になりてぇんだ」
「唯一?」
姉様の最高の材料になるなら分かるかもしれないですが、唯一とはどういうことでしょうか? 材料はあればあるほど姉様は喜ぶ筈ですわ。
「だから、可愛い部門も義妹にいつか勝ってオレが唯一になるわ」
……なるほど、自分が万能な材料になるから私の席も奪うということですか。
普通、こんなこと仰られたら冗談だと捉えるとは思いますの、
ですが、私の姉様の婚約者はだいぶ変ですの!
***
後日、姉様の婚約者に会う際、私は生まれて初めてスーツに袖を通しましたの。
真っ黒な三つ揃いのスーツの裾には銀糸で刺繡があしらってあるし、普段よりも足の長さが際立って見えるでしょう。
高い位置で結ばれた長い金髪は女性らしさを残しながらも鋭利さを演出していますの。
アイメイクやルージュの色は赤で鮮烈で目が釘付けになることは間違いですの。
……以上が姉様の私を飾り付けた後の満足気な表情から放たれた講評のほんの一部ですわ。
「お前、どうしたんだ……」
普段、可愛さ全開のドレスを身にまとっている私の変化に珍しく姉様の婚約者は動揺していますわ。
そんな姿に私は少し満足してから、口を開きますわ。
「あら、そちらが宣戦布告してきたので、それに応えて差し上げただけでしてよ」
私の姉様の婚約者はだいぶ変ですの。
「私も可愛いだけじゃなくて、格好よくなりたいわって姉様にお願いしましてよ」
だけど、私とは同類ですの。
だから、姉様という水を独占させるほど、私の性格は可愛くなくてよ。
それに残念ながら……姉様は万能な材料なんて面白味のないものはきっと欲しがってないと思いますの。