聖女候補一年目 聖女候補の紹介
「バルツァル公爵令嬢は初めての事ですが、三か月後には国王陛下に今年の聖女候補を紹介する為の謁見が予定されています。ですので、聖女教育に加えて、これから礼儀作法も学んでいただきます」
他の候補者達は何度目かだが、私は初めての事。
貴族として礼儀作法の教育は受けているが、始めたばかり。
本来、王族との対面はデビュタントである五年後。
それに合わせ学んでいたので、正直言うと間に合っていない。
十歳という事を考え、多少の粗相は許されるが『公爵家』という立場が許していない。
その事もあり緊張して学んだばかりの礼儀作法を王族の前で完璧に熟せるとは思えない。
なので、屋敷でも家庭教師に学び直している最中。
「お嬢様、姿勢が戻ってます」
「はい」
今から急いで体に叩き込むしかない。
聖女候補だけでなく、貴族としても王族を前にして無作法は許されない。
聖女教育に礼儀作法、その合間に聖女服の採寸なども慌ただしく準備を整えていく。
そして三カ月後。
「聖女候補様方、謁見室にてお待ちください」
呼ばれた謁見室には、王族の存在は確認できなかった今代の聖女候補を確認するべく多くの貴族の姿がある。
そこには、両親の姿も。
私が視線を向けると、大きく頷く両親。
礼儀作法の学び直しは、講師の先生に「問題ないでしょう」と評価されても多くの貴族達に囲まれ国王陛下と対面すれば正しさを忘れてしまう。
「ほぉ、令嬢が今年の聖女候補か」
国王陛下が登場。
「はっい、フローレンス・バルツァルと……申します」
自分の声が自分ではないように感じる程、緊張した。
「バルツァル公爵の令嬢だな」
国王は私を見て満足そうに頷く。
沢山質問をされたような気がするも、覚えていない。
私の聖女候補としての謁見は、終始緊張したまま終了した。
「司祭様……私は失礼のない受け答え出来ていたのでしょうか? 」
帰りの馬車の中。
私の聖女候補紹介という事で、司祭と二人で移動している。
他の聖女候補は、後続の馬車を利用。
「えぇ。問題ありませんでした」
「そう……でしたか」
司祭を疑うわけではないが、緊張のあまり何を聞かれたのか覚えていなければ何を言ったのかも記憶にないのだ。
「王族との謁見も終了したので、次は国民に今年の聖女候補お披露目が行われます」
王族と貴族への紹介が終わり安堵するのも束の間、次には国民への顔見せとなる。
この日は教会に多くの国民が集まり、新たな候補者を一目見ようと長蛇の列をなす。
「はい……」
「大丈夫ですよ。王族の謁見より緊張する事はありませんから。必要なのは体力ですよ」
「体力……ですか?」
「えぇ」
それから司祭に国民への今代の聖女候補紹介の手順を学ぶ。
聞いた時はそこまで体力を必要とするものなのかと疑問に思っていたが、実際行うのでは全く違っていた。
聖女候補紹介当日。
「今代の聖女候補のフローレンス・バルツァルです。皆様、どうぞよろしくお願いします」
教会に集まった国民を前に自己紹介をする。
貴族とは違い、国民にどのような反応をされるのか正直怖かった。
「おぉー聖女様ぁ」
「聖女様ぁ」
「今年も聖女様が誕生してくれた」
まだ、候補なのだが国民は私を「聖女」のように喜んで受け入れてくれた。
彼らの反応に安心し、強張っていた表情も自然と笑顔になる。
そして始まる聖女候補から一人一人との対面……
朝から始まった国民への顔見せも、終わる頃には日が陰っていた。
「手の感覚が……」
幼い子供から『聖女様、握手してください』と期待に満ちた目で懇願され、安易に『いいですよ』と返してしまった。
私達のやり取りを目撃していた者にも握手を求められ、断ることが出来なくなってしまいその後求める全員と握手をした。
その結果、始まって一時間もしないうちに聖女候補との握手会に。
国民の全員と握手したのではないかと思う程の人数と握手したため、私の手の感覚は消え失せた。
「お疲れ様です。よく頑張りましたね」
司祭から濡れたタオルを差し出される。
「ありがとうございます」
「聖女候補として国民と触れ合うというのは、大事なことです。皆さん令嬢と握手できたことを喜んでいらっしゃいましたね」
「そう……でしたか? 」
「聖女候補と握手すれば『一年の災いを振り払う』と言われております」
「そうだったのですか? 」
「国民の間で囁かれている、単なる噂です」
「……もし、私が断っていたら? 」
「それも聖女候補様のご意思だと受け取るだけです」
聖女候補として強制・強要する事は無いが全ては自己責任……
司祭は優しい笑みを浮かべているが、上手く表現できないが責任の重さを感じる。