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「王子、私は率直に申してあの方を補佐したいとは思いません」


「これだけ頼んでもか?」


 ……頼んだ? いつ?


「私の気持ちは変わらないかと」


「……そうか…………理由を聞いても? 」


「理由ですか? 私が感じたことであって、王子にはきっと理解できない事かと思います」


「いや……私は真実を見誤っていた」


「王子が辿り着いた真実とはどんなものでしたか? 」


 コルネリウスは黙り込んでしまう。


「私の真実……」


「私は王子が見えていたものも間違いではなかったのだと思います。人は見たいものを見たいように見ますから」


「見たいように……」


「王子には、私達はどのように見えていましたか? 」


「……突然現れた平民の聖女候補を排除しようとしているように見えていた」


「排除……ですか……どのようにでしょう? 」


「貴族作法を知らない平民を学ばせる機会を奪い、王族の前で恥をかかせようと……」


 王子は平民の生活向上を目指していると聞く。

 そのこともあり、平民視点で物事をみるように心掛けているのだろう。

 それが良い方向に繋がることもあるが、今回は……


「他には? 」


「身分差別をしていると思っていた」


「そうですか……他には? 」


「候補者達が自身の失態を擦り付けようと……」


「……擦り付ける……他には? 」


「……彼女の功績を……奪おうとしているように……」


「他は? 」


「素直なソミールを言いくるめ、聖女補佐となり王宮へ居座るつもりなんだと……」


「全て正しいのではありませんか? 」


「そんな事はないっ。全部間違いだった。講師や司祭に確認した。講義から逃げ回っていたのはソミールの方だ。令嬢達は謁見で恥をかかぬようソミールに講義を受けるよう説得していた。それをソミールは嫌がらせだと……令嬢達による身分差別などはなかった。寧ろ『身分差別』と言う言葉を利用し、礼儀知らずな振る舞いをしていたのはソミールだった。『親しい』という理由で令嬢に対し許可なく愛称で呼び、何度注意しても改めることは無かったと……他の聖女達の奉仕活動に同席しては功績を奪うような行動をとり、国民の心を掌握した。水晶を損壊させた事件も、誰かが液体を塗布していた可能性が出てきた。見習い達全員を調書したところ、当日に調理場からソミールが油を持って出て行くのを目撃した者がいた。証言者は当時ソミールを陰ながら応援していた為、黙っていたと。今さらながら後悔していると話してくれた。そして王妃を救った花だが……発見し報告も折を見てするつもりだったこともコルテーゼ侯爵と確認が取れた……あの時はすまなかった。令嬢は本当の事を言っていたのに事実ではないと結論付けてしまった」


「それらを知り、王子はどうなさるおつもりですか? 」


「私は公表するべきだと思う」


「本当にそれが正しいことなのでしょうか?」


「それは……どういう意味だ?」


「私は、公表する必要はないのではと」


「公表する必要がない? 令嬢達の功績を奪ったのだぞ」


「どうしてそう言い切れるのですか? 王子にはソミール様は被害者のように見えていたのですよね? それでいいじゃないですか」


「良くないっ。そんな事実はなかったんだ。嫌がらせも、身分差別も失態の擦り付けも。功績についは、ソミールの方が候補者達から奪っていた」


「どれも、過ぎたことです」


「過ぎたことって……令嬢達はそれでいいのか?」


「私達は全てを飲み込みました」


「飲み込むって……何故だ? 」


「ソミール様一人の能力と、私達候補者の能力とでは比べ物にならない程優れていたからです」


「能力が優れていたら他の候補者の功績を奪ってもいいと? 」


「国の結界が強固になるのであれば、致し方ないかと」


「致し方ないって……」


「王子、私達は貴族です。王族に失態などありません。今この状況で聖女を変更などしては、貴族は受け入れても平民は納得しませんよ」


「……それでも、私は……聖女の再選定をするべきだと思う」


「あの方一人で私達の能力を凌駕しています。彼女は、平民の希望です。それに教会は既に彼女に対して失態をおかしています。『八年遅れの聖女』これだけでなく、何年も時間を掛けて見極めたにも拘らず判断を見誤ったとなれば、教会に対しての信用は失墜。信仰心は薄れ、今後教会がどのような立場に晒されるのかお考えになったことは?」


「……全ての失態は王家にある」


「王家が間違っていたと? それで、公表後はどうなさるおつもりですか? 」


「……ソミール・イリノエの聖女解任、新しい聖女には……フローレンス・バルツァル公爵令嬢、貴方を任命したい」


「私が全ての失態の責任を負うのですか? 」


「そういうわけではない。聖女とは偉大な人物。任命されることは名誉な事だ」


「卒業していった聖女候補達はそのように思えるでしょうか? 」


「それは……」


「私は聖女様になるつもりも、聖女様の補佐をするつもりもありませんよ」


「それでは国が……」


「国を導くのは王族です、王族が責任を取るべきではありませんか? 」


「どう責任を取れというのか? 王族に聖女の素質のある者はいない」


「いえ、王子がソミール様を補佐すればよろしいかと」


「私に聖女の素質は無い」


「二つの立場を与えているからソミール様は両立できないのであって、一つの立場にすればよろしいかと」


「ソミールに王妃も聖女も不可能だ」


「今のソミール様は王妃教育をされているから能力に陰りが見えているのであって、王妃教育をおやめになればよろしいのではないでしょうか? 」


「ソミールは……まだ王妃教育を受けていない」


「……王妃教育をされていないのに、聖女としての役割も熟せていないのですか? 」


 ソミールは王妃教育に専念するあまり聖女としての祈りが疎かになっているものだと思っていた。

 違うの?


「いや……ソミールは今、貴族の礼儀作法や淑女教育を行っている」


 淑女教育?

 聖女候補時代から教会で学び、イリノエの養女となってからも学んでいたはず。

 子供では難しくとも、大人であればそれだけの時間があれば終えていても良いはず……


「……今もですか? 王宮に上がりもうすぐ一年ですよね? 」


「あぁ。ソミールは……基礎から学んでいる最中だ」


 基礎といったら、初歩の初歩。

 今まで時間をかけて何を教えていたの?


「そう……ですか。それでは王子との婚約もまだまだ先なのではありませんか? 」


「……ソミールとは……」


「婚約するつもりは無いという事は出来ませんよ? 」


 ようやく真実を知った王子。

 簡単に逃げられると思うなよ。

 私達はソミールだけに苦しめられた訳じゃない。

 平民は仕方がない。

 だが、貴族を先導したのは紛れもなく王子。

 王子にも不満は溜まっている。

 簡単にこの状況から解放してやるものか。


「えっ」


「当然ではありませんか。パーティーで『どの聖女候補も必要ない』と宣言されてしまったのですから、ソミール様以外の選択肢はありませんよ」


「ソミールに王妃は相応しくない」


「それを決定するのは王族です。私から言えるのは、コルネリウス王子は責任を取る為にもソミール様以外の選択肢はないという事です」


「選択肢が……ない……」


 断言した事で、その後のコルネリウスは放心状態だった。

 選択肢がない訳ではない。

 既に卒業した聖女候補達には断られたが、もうすぐ卒業する聖女候補が二人いる。

 その責任を彼女達が背負うのは……違うと思う。

 二人の能力も平均的ではあるが、ソミールとは違い家柄は確りしている。

 王族との繋がりほしさに聖女を受け入れるかどうかは本人と家次第。

 混乱した今の状態で聖女を受け入れ王家との繋がりを得る旨みと、聖女を拒否して王家に目を付けられる。

 両方を天秤にかけても、聖女を拒否した方がましだと思うのは人それぞれ。

 私の知る限り、あの二人がソミールの失態の責任を押し付けられる『聖女』になるとは思えない。

 結界に綻びが生じた原因は間違いなくソミール。

 国を混乱に導く事に拍車を掛けたのはコルネリウス。

 こんな二人の後釜なんて……

 

「私は……王宮に戻る……バルツァル公爵令嬢、すまなかった」


 コルネリウスは思うような返事がもらえなかった事よりも、己の失態の大きさをようやく理解したように見えた。

 

「はい、王子も道中お気をつけて」


 コルネリウスが去って行く。


「寂しい後ろ姿ね」


 王族だからと、今までは誰かが解決・責任を取ってくれていたのだろう。

 自分が頼めば誰かが後始末してくれると甘く考えていたに違いない。

 そんな損な役を誰がするものか。


「私はあなたのお母様ではないのよ」

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