聖女候補九年目
ルードヴィックはソミールを送り届けると速足で部屋へと戻り、目立たぬ服に着替える。
その間に使用人に伝言を頼む。
『これから森に向かう。馬車で待ち合わせよう』
ルードヴィックがソミールに拘束されるのは予定外だったが、山に向かう時間には遅れていない。
先に到着していたのはルードヴィック。
「……お待たせしました」
「いや、こちらこそ連絡が遅れた」
「いえ、あのような状況でしたので」
「アーク、採取ようの道具は準備出来ているか? 」
ルードヴィックは御者のアークに声を掛ける。
「はい、こちらに」
腰袋にシャベルと袋を入れた物を受け取る。
「ありがとう。では、向かおう」
二人は馬車に乗り込み出発する。
その後ろで誰かに覗かれているとは知らず。
「ソミール様はなにか不審に思われていますでしょうか? 」
「いや、気付いていないだろう」
「そうですか」
「花を採取した後はどうするんだ? 」
「司祭様に報告後、コルテーゼ侯爵様と共に国王陛下に謁見の申請をします」
「そうか」
森に到着し暗がりの中、あの場所を目指す。
ルードヴィックは右手にランプを持ち、空いている手でフローレンスをエスコート。
「到着しましたね」
「あぁ」
森の奥の沼に到着すると、あの花が月に照らされ光り輝いている。
フードを取り、確認する二人。
「……二人で何してるの? 」
ルードヴィックとフローレンスは声に振り向くと、いるはずのない人物を確認する。
「……ソミール様? どうしてここに……」
「レンスと話したくて、部屋に向かったらいなくて探してたの。そうしたら男性と馬車に乗るのが見えて追い掛けちゃった。どうしてルードヴィックさんとこんな時間に出かけてるの? 」
「それは……」
「レンスは知らないかもしれないけど夜に男性と出かけたりしたら変な噂が立っちゃうのよ。それを知らずに強引にルードヴィックさんを誘ったんでしょう? もうっ、私が来なかったら危なかったんだよっ」
「……そうですわね……ではすぐに戻りましょう」
「そうだね。だけどここ、すごく綺麗な場所だね。レンスってば、いつの間にこんな場所見つけたの? もうっ。教会へ行くって言ってたけど、こんな場所でサボってたの? どうりでレンスを見つけられないはずだよっ」
ソミールの言葉は教会での奉仕活動中にフローレンスだけが抜け出し、その時にこの場所を発見したかのような発言。
引っかかるも、そんな事はどうでもよくすぐにでもこの場からソミールを離れさせたい二人。
「ソミール様、ここは寒いですのですぐに……」
「見てっ。あの花、光ってるぅ。すごーい。見てみてルードヴィックさん。私が発見したんですよ」
「……そうだな……そろそろ帰ろうっ」
「そうだっ、この花を王妃様に渡したら元気になるかもっ」
「ソミール様っ」
「聖女候補っ」
二人はソミールを呼び止めるのも聞かず、到着するとすぐに咲いたばかりの花を引き抜いて行く。
「ソミール様っ」
「なんてことをっ」
「えへへ、いっぱい取れたぁ」
ソミールは花が咲いているものを全て引き抜き、咲いていない箇所は踏み荒らしていく。
「こんな素敵な花を王妃様にお渡ししたらきっと喜んでくれるよねっ」
「ソミール様、それはとても貴重なものなのです」
「そうなの? 」
「花と数センチの茎があれば十分ですので、根は植え直しましょう」
「貴重な花なら、王宮で育てるべきじゃない? 」
「その花は育てるのが難しいんです」
「大丈夫よ、王宮には庭師がいるからその人に任せたらいいのよ」
「ソミール様っ」
「もしかして……レンス、私が先に発見したのが悔しいの? 」
「そうではなく……」
「っもう、仕方ないなぁ。わかった。なら二人で発見した事にしてあげるよ」
「ソミール様……」
「レンスったら子供みたいなんだからぁ。あっもうこんな時間だね。早く帰ろうっ」
ソミールは人の話を聞かず、歩いて行く。
そしてソミールが乗って来た馬車は空席で屋敷に戻り、私達は三人で乗車する。
その馬車の中では、ソミールが浮かれた様子で話している。
翌日。
王都に戻るソミールが抱えている花を見て、侯爵は状況が飲み込めない様子。
花は王都まで持つように、小さな鉢にギュウギュウに植えられている。
こうなってはどうする事も出来ず、私や侯爵は報告せず静観するしかなかった。
「これは……」
王都に戻り、花を抱えて戻ったソミール。
司祭は驚き、フローレンスを確認する。
事前に報告書を提出していたとはいえ、半信半疑だった司祭。
花の事実に驚くも、花を持っているソミールに混乱する。
「ソミールさん、どうしてあなたがバルツァル令嬢と一緒にいるのですか? 私には家族の容態が心配だと話していましたよね? 」
「えへ、ごめんなさぁい。レンスが気になっちゃって。だけど、そのおかげでこの花を私が発見したんですよ」
「その花は本当にソミールさんが? 」
「あっ、えっと……レンスも一緒ということにしておいてくれますか? 平民の私が発見したって言っても、王妃様に見てもらえないですよね」
「はぁ。バルツァル令嬢、どうされますか? 」
「それで、構いません」
「分かりました。ではその花について私から王宮へ知らせましょう」
司祭の報告で、直ぐに国王への謁見の許可が下りる。
「これは……本当にあったのか? 」
「はい。私が発見しました……あっ、レンス……フローレンス様もです」
「この花はとても貴重で、もう無いと諦めていた。これで王妃も目覚めるかもしれない。そなた、名前は」
「私は聖女候補のソミールです」
「聖女候補のフローレンス嬢とソミール嬢が発見したのだな。ありがとう」
王族との謁見はすぐに終わる。
国王はすぐに医師に花を託し王妃が目覚める事を願う。
教会へ戻る馬車。
「えへへ。私が見つけた花で王様、喜んでくれたなぁ……良かった。レンスも気にしなくていいからねっ」
そして程なくしてコルネリウスが教会へやって来た。
「ソミール。あの花の効果で母が目覚めたありがとう」
「そうなんですか? 良かった。私はただ王妃様に喜んでほしかっただけなんですけどね」
「それで、確認なのだが……あの花を見つけたのは……」
「私です……あっと……レンスもです」
「レンス? 」
「フローレンスです」
「フローレンス……バルツァル公爵令嬢の事か? 」
「はいっ」
「ソミールとバルツァル公爵令嬢は仲がいいのか? 」
「友人です」
「そうなのか。友人同士で教会を巡っていた時に二人で発見したのか? 」
「……はい」
「王族に嘘を吐くと後に処罰を受けることになるぞ」
「それは……」
「正直に話してくれ」
「私は……レンスの友達だから……」
「友達だから? 」
「一緒に……見つけたことにしてほしいって言われて……」
「それで、発見者は二人だと?」
「はい……レンスは貴族で、私からの花だと告げれば王妃様は受け取ってくれないだろうって……」
「そう話したのか? 」
ソミールは何も答えず、無言を貫く。
コルネリウスはソミールの反応を肯定と受け取る。
「真実を話してくれてありがとう。後は私が処理する」
「レンスは友達なんです……最初に断れば良かったんです。受け入れたのは私です。処罰は私が受けますから……どうか、レンスだけは……お願いします」
「……ソミール……分かった。穏便に済ませる」
その後、フローレンスはコルネリウスに呼ばれる。
「バルツァル公爵令嬢、もう一度聞く。あの花を発見したのは誰だ? 」
「あの花はソミール様と私で発見しました」
「本当に令嬢も一緒に発見したのか? 」
「はい」
「ソミールが平民だから言いくるめられると思ったのだろう? 」
「そんな事ありません」
「ではどんなつもりで自分も発見者などと言わせた? 」
「王子に真実を話しても信じてもらえないと思います」
「判断するのは私だ」
「では、お話いたします。あの花を発見したのは二月程前です」
「二か月、では何故報告しなかった? 」
「あの花が本物なのか調べる為と、あの場所を保護する必要がありました。それに報告するには私だけでなく、領主様と司祭様の許可も必要と判断しました」
「……貴族らしいな」
「どういう意味でしょうか? 」
「素直なソミールを言いくるめるのは簡単だったろう? 彼女は最後までバルツァル令嬢を思っていたというのに……」
「私は真実を話しましたよ」
「意見を曲げないという事か……」
諦めたようにコルネリウスはそう言い残し去って行った。
その後、王妃が回復したという報せは貴族達に伝わりパーティー開催の報せが届く。
「皆さんに報告があります。この度王宮から王妃様の復帰祝いのパーティーが開催され、そこに聖女候補全員招待されました」
聖女候補全員が集められパーティーの報せを聞く。
ソミール以外の聖女候補は既に家門にパーティーの招待状が届いているが、教会にもパーティーの報せが届くのは珍しい。
しかも、聖女候補全員招待という。
「司祭様。それは私達全員、『聖女候補』としての参加という事でしょうか? 」
「そういう事になります」
普段パーティーは貴族のみの参加になる。
だか、今回は聖女候補全員参加。
「やったぁ。私パーティーなんて初めてで楽しみっ」
平民のソミールの参加を認めるということ。
聖女候補として参加する為、全員が聖女候補服での参加になる。
まるでソミールを招待し、ソミールが会場内で浮かないようにという配慮のようにも思えてしまうものだった。




