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聖女候補九年目

 フローレンスが屋敷に戻るとソミールも既にコルテーゼの屋敷に戻っていた。


「レンスお帰りぃ。皆にね、お屋敷を案内してもらったの。庭とかすごくきれいで、今度私がレンスを案内してあげるねっ」


 コルテーゼの屋敷を訪れて一日。

 既にソミールは女主人、婚約者のような振る舞いを見せる。


「そうですか」


「あっ、もうすぐ夕食だよ。レンスの嫌いなものってなんだっけ? ピーマンとかセロリだったよね? 他にはなんだったっけ? 」


「……私は嫌いなものはないわ」


「レンス。恥ずかしいかもしれないけど、そういうのは聞かれた時に最初に言っておいた方がいいんだよ。夕食で出た時『嫌いだから食べたくない』って席を立つことないでしょ? お互いが気分よく終えられるんだからねっ。恥ずかしいなら私も同じものにしてもらうからっ」


「ですから、私は嫌いなものはありませんと言っているではないですか」


「もうっ強情なんだからぁ。分かった。使用人さんには私から話しておくね」


 そう言ってソミールは使用人に告げる。


「レンスはピーマンとセロリが苦手です。一人違うメニューだと気にしちゃうから、私もレンスと同じ物をください」


「ソミール様? 」


「レンス、私の事は気にしなくていいから」


 ソミールは使用人にフローレンスの嫌いなものを伝え自身も同じものを頼んだが、フローレンスには嫌いなものはない。

 苦手とは感じるものはあるが、食べられない程ではないので伝えなかった。

 ピーマンもセロリも好きではないが、嫌いでもない。

 ピーマンとセロリが嫌いなのはソミールだの方。

 

「わぁ美味しそうな食事ですね。良かったね、レンス。ピーマンとセロリ抜いてくれてるよ」


 疲れたので返事をすることもなく食事を始める。


「もうっ、恥ずかしがっちゃって。嫌いなものがあるのは恥ずかしい事じゃないのにっ。レンスは大人っぽく見えて子供みたいなところがあるんですよ」


 ソミールが会話の中心となり話を進めていく。

 楽しそうに話す事で注意を逸らしていたが、カチャカチャとソミールの作法は耳障りで不快感を煽っていた。

 

「美味しかったです。私こんなにおいしい料理は初めてで、毎日食べたいくらいでした」


「そうですか、気に入って頂けて何よりです」


「侯爵様も素敵ですね」


「それはありがとう」


「聖女候補について悩んでいた時にレンスに誘ってもらって、本当に私みたいのがお世話になって良かったのか不安でしたが皆さん優しくて来て良かったです」


 フローレンスはソミールを誘ってはいない。

 同じ聖女候補者に勝手に同行するので、警戒し何も情報は与えなかったのにソミールはフローレンスより先に侯爵家に到着していた。

 誰に馬車を借りたのか知らないが、彼女を支援している者がいるという事だ。

 ソミールと侯爵の会話は同じ空間にいるフローレンスにも聞こえているが、敢えて会話に加わろうとはしなかった。

 肯定も否定もせず、黙って存在していた。


「ルードヴィックさん、少しお話しませんか? 」


「……まだ、仕事が終わっていないので」


「少し休んだ方がいいですよ? 私、紅茶を淹れるの得意ですから後でお部屋に届けますね」


「いえ、結構です」


「遠慮しないでいいんですよ」


「仕事に集中したいので、紅茶は必要があればこちらから使用人に指示します。お客様は部屋でお休みください」


「もう、お客様だなんて。私の事はソミールでっていったじゃないですかぁ」


「私は先に失礼させていただきます」


 ルードヴィックは逃げるように自室に戻って行った。


「ルードヴィックさんて照れ屋さんなんですね。ルードヴィックさんには婚約者がいないと聞きました。侯爵様は婚約について話を勧めたりしないんですか? 」


「本人の意思を尊重しております」


「それって恋愛結婚ってことですか? 私も結婚するなら恋愛結婚がいいと思います。政略結婚は辛いだけですよ」


「貴族には色々な考えの方がおりますからね。聖女候補様はそのままで良いと思いますよ。では、ゆっくりお休みください」


「ありがとうございます」


 侯爵を見送るソミールの後ろでフローレンスは静かに頭を下げる。


「ねぇ、レンスの部屋に行ってもいい? 」


「申し訳ありません、今日は移動と教会の掃除で疲れてしまったので休みたいと思います」


「そっか、慣れない事して疲れちゃったのかもね。ねぇ、私とルードヴィックさんが結婚したらフローレンスは祝福してくれるよね? 」


 部屋の入室を断ると、この場で会話が始まった。


「……結婚ですか? 」


「やっぱりびっくりだよね? 私、なんだかルードヴィックさんに好かれちゃってるみたいで、侯爵様にも気に入られてるっぽいの。聖女候補を卒業したら結婚するかもしれない。だから私達を引き合わせてくれたレンスには、一番に祝福してほしいなって。私達友達だもの、喜んでくれるよね? 」


「ソミール様の結婚となれば話題となるでしょうね。楽しみにしております」


「ありがとうっ。レンスなら喜んでくれると思ったの。ありがとう……ごめんね」


「なにがでしょう? 」


「レンスもルードヴィックさんの事好きだったでしょ? 私とルードヴィックさんがそういう関係に成っちゃって。私も最初は悩んだの……でも、自分の気持ちに嘘は付けなくて……隠すのも嫌だったから怖かったけど、レンスには正直に話したかったの」


「そうですか。私はこちらへは聖女候補として伺いましたのでお気になさらず」


「本当の事を言って、私の事怒ってるんだよね? いいの正直に話して。私、レンスに嫌われるような事しちゃったから。でもレンスに嘘は吐きたくないし、私はレンスの事大好きだからっ」


「私は今回、教会に話を伺いたく参りました。コルテーゼ侯爵様には以前もお世話になりそのご挨拶とお礼に立ち寄らせていただきました」


「……本当の事は教えてくれないんだね……分かった。私はレンスが話してくれるのを待つから」


 ソミールは自室へと向かう。


「……はぁぁぁぁぁぁあああああ」


 ソミールが居なくなり、長いため息を吐いた。

 悪魔でも吐き出したんじゃないかと思うくらい、負の感情を吐き出すような長いため息。

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