聖女候補八年目 来る時は連絡してね
定期的に訪れるコルネリウス。
「こんなところの掃除も聖女候補の仕事なのか? 」
「あっ、コルネリウスさん。ここの掃除は聖女候補の担当ではなく、教会の見習いさんの担当だよ。この時期は頻繁にしないとどうしても落ち葉が気になっちゃって」
「それでソミールが掃除するように頼まれたのか? 」
「いえ、私が勝手にしているんですっ」
「自主的に掃除なんて、聖女候補に選ばれる者は違うな」
「いえっ、皆さんは私みたいに考えなしで動いたりしないわ。聖女様になるべく洗練されているものっ」
「令嬢達は……確かに、掃除はしないな」
「あの……私が勝手に掃除しちゃった事は誰にも言わないでね。聖女らしくないって、また怒られちゃうから……」
「怒られる……この程度で? ……分かった、誰にも話したりはしない」
「ありがとうっ」
その後、コルネリウスは婚約者候補にある聖女候補と対面し王宮へ戻る。
彼は教会へ候補者と会う時は、必ずソミールとも挨拶を交わす。
日によっては、候補者よりソミールとの時間の方が長いときもある。
それが何を意味しているのかは、周囲の人間は勘づき始め動き出す。
『なぁ、君が最近の能力が発覚した聖女候補かな? 』
『はい、そうですが……どちら様ですか? 』
『私は侯爵のイリノエと申します。貴方の後見人になりたいと思っております』
『後見人ですか? 』
『後見人と言っても、君を屋敷で囲い込み親戚筋と婚姻させるなどと思っているわけじゃないんだ』
『……では、何が目的ですか? 』
『目的というか、君は失礼だが、平民だろう? 他の候補者と違い、なにかと不便があるんじゃないかと思って私に支援が出来ないかと思って声を掛けさせてもらった』
『では、支援は教会へ……』
『教会は候補者を平等に扱う。誰か一人でも支援を必要とせず自身で準備をすると言い出したら、君が支援を申し出にくくなるだろう? 』
『……そう……ですね』
『私は君を支援したいと思っている。支援を必要とする時は、私を頼ってくれ』
『……ありがとうございます。その時は……お願いすると思います……イリノエ侯爵様』
『えぇ、いつでもお待ちしております』
「という会話をしたんですが、イリノエ侯爵様という方は信じてもいいんでしょうか? 」
ソミールはイリノエとの会話をコルネリウスに報告。
「イリノエ侯爵か……彼は、これまで犯罪に関わった事はない。過去に聖女候補を何名か引き入れたことはあるが、聖女候補を輩出した事はない。野心はあるが、悪意ある人間ではない。聖女を強く欲する貴族ではある。なので、支援が必要だった時は彼を頼っても問題ないだろう。彼に不審な動きがあった場合は言ってくれ、私が対処するし支援も王宮から拠出するから安心してくれ」
「コルネリウスさん、ありがとうっ」
またある時は聖女候補同士が言い争いをしてる最中にコルネリウスが到着。
「フィオレ様。貴方は何故、平民に利用されているんですっ。貴族としての誇りを持ちなさいっ」
「ベッタちゃん、そんな風に言わないで。フィオちゃんは私が頼まれた仕事を手伝おうとしてくれていただけなの」
「えっ、私は……」
「平民の貴方が頼まれたのだから責任もって、貴方が最後までするべきでしょう。他人を巻き込むのはおやめなさい」
「お願いだから、フィオちゃんを怒らないで。私が悪いんだから」
「えぇ、全ては貴方が元凶なんですっ」
司祭に個人的に仕事を頼まれたソミール。
それを手伝うフィオレ。
経緯を目撃し、激怒するエリベルタ。
「いい加減にしないかっ」
三人の争う声に引き寄せられるようにやって来たコルネリウス。
「「コルネリウス王子」」
「コルネリウスさんっ」
「言い争う声が聞こえた。何があったのか私に教えてくれないか? 」
「コルネリウスさんっ、違うんです。これは言い争っていたんじゃなく、誤解があったの。ベッタちゃんは悪くないの。フィオちゃんが私を手伝おうとしてくれただけで……それは私が司祭様に個人的に頼まれた事で、私が一人でするべきだったの」
「その通りです。貴方は平民、フィオナ様は貴族なんです。貴族に平民が仕事を手伝わせるのはおかしいことに何故気が付かないんです? それに何度も注意していますが、教会内では互いを『様』付けで呼び合うように統一しています。聖女候補を愛称で呼ぶのは控えてください」
「ベッタちゃん。教会内では貴族・平民という立場は関係ないって何度も司祭様から話があったのを受け入れて。私は身分関係なく、同じ聖女候補となった皆と仲良くなりたいだけなのっ」
「教会は候補者同士が仲良くする場所ではなく、聖女になるべく己を高める場所です。勘違いしないように」
「もうぉぉ分かった」
二人の言い分は平行線のまま。
呆れたコルネリウスが止めに入る。
「司祭は個人的にソミールに頼み事をしたが、一人で出来るものではなかった。本来は聖女候補同士が協力して行うべきだった……という結論で、今回の言い争いは終わりだ。ソミール、今後は一人では不可能と判断したらすぐに司祭に報告し助言を求める事」
「……はい……ごめんなさい」
「ブライアント嬢。確かに頼みごとを受けたのはソミールだが、状況を確認し一人では不可能と判断した時は強情にならず、司祭に再度確認を求める事。それと、教会内で貴族・平民と身分を持ち出さない規則を遵守する事」
「……前半は理解しましたが、後半は納得できません」
「ブライアント嬢っ」
「コルネリウスさんっ……私は大丈夫だからっ。ベッタちゃんを責めないで……お願い……」
ブライアントが身分について頑なに拒否するので窘めようとするも、ソミールに止められ堪える。
息を吐き冷静さを取り戻してから、コルネリウスはフィオレに伝える。
「……ふぅぅ……クレパルディ嬢、貴方の判断は正しい。今後も染まらず貫いてほしい」
「……は……ぃ」
「これで、今回の件は終わりだ。後は私が手伝うんで二人は行きなさい」
王子の立場であるコルネリウスに残りを手伝わせることに躊躇いを感じつつも指示をしたのは彼だと二人はその場を去る。
三人の聖女候補と王子との出来事だが、教会内で起きた出来事は一気に聖女候補達に広まる。
今回の事件でエリベルタのソミールへの嫌悪は膨れ上がり、ソミールとコルネリウスの関係も特別なのではと思い始める。
一度生まれた感情は消すことは出来ず、聖女候補はソミールに嫌がらせは無くとも完全に遮断した。
だが、悪い事ばかりではなかった。
「フィオレ様、しゃんとなさい。貴方は貴族なのだからっ」
あれから、エリベルタはフィオレへの態度に変化を見せた。
以前までは下位貴族であるフィオレを見下していたが、今は『貴族なのだから恥じぬように行動しろ』と説教している。
立場はエリベルタの方が上に見えてしまうが、以前のような悪意がなくフィオレにもエリベルタの真意が分かるので恐れる様子はなくなった。
聞かれたくない聖女候補達の会話。
「毎回、あの子の都合のいい時にコルネリウス王子は現れますね」
コルネリウスはいつもソミールにとってタイミングよく現れる。
講義を遅刻・欠席し掃除も他人任せ、それなのにコルネリウスが登場するの時の彼女は献身的な瞬間。
「いつコルネリウス王子がいらっしゃるのか分かっているようですわね」
「私達候補者との対面と言いながら、隠れてお会いしていますものね……あの二人」
「最近では隠れもしませんけどね……」
「聖女の能力が高いのは認めますが、まさかあの方がコルネリウス様の婚約者に指名されたりはしませんわよね? 」
「それは無いと思います。最低限の礼儀作法もまともに出来ない方が次期王妃だなんて……今から王妃教育しても、何年掛かることか……」
「そっそうですわよね……」
「あの……私最近ある噂を耳にしました。とある侯爵があの方を養女として支援を申し込んだとか……」
「養女……それは、何かの聞き間違いではありませんか? 」
「私もそう思ったのですが、申し出たのはイリノエ侯爵だとか……」
「イリノエ……侯爵……」
「これでは、本当に聖女兼王妃があの方になる可能性が……? 」
「私達の誰かではなく……あの方……」
「そうなれば、私達はあの方の補佐・世話係をするのですか? ……あんな方の為に私は九年も……」
聖女候補は表面上ソミールに対して配慮ある対応をしているが、内心は同じ聖女候補として受け入れていない。
不真面目にも拘らず彼女の能力が高い事に不満を覚え、コルネリウスと親密なのにも不満。
許可なく愛称を呼ぶことも不快……今では彼女の声さえ聴きたくない。
それ程、聖女候補は彼女に対して不満を感じていた。
それでも耐えて来れたのは聖女候補期間が終われば平民とは今後一切関わることが無くなり、聖女候補である貴族令嬢の誰かが聖女兼王妃になると信じていたから。
「……私達はもう一度、今後について改めて考え直した方が良いかもしれませんね」
聖女候補達は決意する。
自身がいないところでそのような密談がされているとは知らないソミールとコルネリウスの会話。
「ねぇ、もう帰っちゃうの? ……私と自然に話してくれるの、今じゃコルネリウスさんだけだから……」
「すぐに来る。次は……四日……いや、五日後になるかな」
「五日後……本当ね? すれ違っちゃったりしたら嫌だから、変更になる時は必ず連絡してね」
「あぁ、そうするよ」
「……もう、帰っちゃうんだよね? 」
「色々やることがあるからな」
「……寂しい……」
「五日後は必ず来るから……ソミール嬢、あまり無理しないようにな」
「……ふふっ、私は平気よっ。体力だけには自信があるんだからっ」
「ソミール……」




