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親の期待

 フローレンス・バルツァル。

 公爵令嬢。

 九歳。


「お嬢様。毎年教会では新たな聖女候補を発見するべく、十歳を過ぎた国民には儀式を受けることが義務付けられています。儀式は貴族・平民、身分関係なく調査が実施されます」


 もうすぐ十歳の誕生日という時期に、家庭教師により聖女について教わった。

 王都に近い者は大教会で行うが、王都まで訪れるのが困難な者は近くの教会で事前に儀式を行う。

 そこで反応があった者は、王都の本儀式に参加する。


「強大な能力を持って生まれる聖女は稀で、十歳前後に聖女の片鱗を見せると言われています。聖女の素質を僅かでも有している者は、教会で聖女候補として学び、教会の教えに従い能力を高めます。僅かであっても『聖女』の素質があると判断された令嬢は、とても素晴らしい事なのです」


 聖女候補がどう素晴らしいのか分からず母に尋ねると……


「素晴らしい縁談に恵まれるのよ」


「縁談……ですか?」


「次世代の『聖女』を家門から排出したいと願う貴族は多いの。僅かだったとしても、聖女の血を家門に取り込もうと躍起なのよ。貴方にも聖女様の能力があると良いわね」


 バルツァル公爵家は二つ年下の弟、リベラートが継ぐ。

 私は他家へと嫁ぐ……

 母に悪気はない。


「素晴らしい……縁談の……為……ですか……」


 『聖女候補』となり良い縁談に恵まれる。

 貴族……令嬢であればそれは大事な事。


「聖女様……」


 絵本のような聖女が私の憧れ。


『聖女様は国の為に祈りを捧げ、結界を張り国民を守ります』


 幼い頃から両親や町で聖女の功績を語り継がれ育つので、多くの少女は『聖女』に憧れを抱く。 


「フローレンス。今日は教会に行って、聖女様かどうかの儀式を受けるのよ」


 十歳の誕生日を迎え、一年に一度の儀式の日。

 初代聖女が誕生したとされる日に儀式は行われる。

 儀式と言っても、教会の水晶に手を翳すだけ。 


「はい、お母様」


 母は私よりも今日という日を待ち望んでいた。

 

「大丈夫よ、聖女の素質があっても無くても貴方はフローレンス・バルツァル。私の大事な娘よ」


 そう言いながら、母が期待しているのが分かる。


「……はい」


 教会へ向かうにはまだ早いが、準備は既に終えている。

 出発の時間まで何度も読み聞かせられた聖女の絵本を読んでいた。


「教会に遅れていくわけにはいかないわよね」


 儀式を受けるのは私なのだが、朝から母の方が落ち着きがない。


「はい、ですが今から出発しては少々早すぎるかと……」


 そんな母を、使用人が宥めている。


「そうよね」

 

 儀式の結果で聖女の素質があると判定を受けると、良い縁談に恵まれるというが家門の名誉にも繋がる。

 我が家は公爵家、婚約相手にも不自由はなく大抵は要望が叶う。

 それでも、敵わない相手はいる。

 それは……王族。


「もし、フローレンスが聖女候補になったらコルネリウス王子の婚約者に指名されちゃうかもしれないわね」


 浮かれた様子で母が呟く。

 王子との婚約……それは私の為なのか、母の為なのか。


「コルネリウス王子……」


 王族には二人の王子が存在する。

 第一王子は私の一つ年上、第二王子は三歳。

 二人に婚約者はいない。


『バルツァル公爵令嬢がコルネリウス王子の最有力候補なのでしょ? 』


 爵位のみで考えれば、公爵令嬢の私は彼らの言う通り最有力候補。

 それでも決定しないのは、聖女が深く関わっている。


『あと二・三年は様子見でしょうね』

『それは……どういう意味でしょうか? 』

『聖女の反応見せた高位貴族令嬢が現れるのを待つってことよ』


 聖女の素質が関係なければ、第一王子と同年代で申し分のない令嬢は数名いる。


『高位貴族で反応を見せた方は、何年か前ですよね』

『高位貴族の中から聖女の反応を待つより、高位貴族と縁を結んでいた方が良いかもしれないわね』


 王族も表立って『聖女の血を欲している』と公言しているわけではないが、婚約者を決めかねている状況から貴族達はそう判断している。

 憶測が飛び交う社交界の噂を鎮める為に、国王は宣言。


「王子の婚約者が決まらず、皆も思うところはあるだろう。私としては急いて婚約者を決定するつもりは無い。次期王妃に相応しい《《素質》》を兼ね備えた者を、じっくり見極めている段階だと思ってほしい」


 素質……後ろ盾となる爵位、人脈、知識に教養。

 そして最も望んでいるのが『聖女』。

 それら全てを兼ね備えた人物を国王は求めている……求めているが、何事にも例外はある。


『私、疑問に思うのですが……下位貴族、もしくは平民の中に聖女の反応を強く示す者が現れたらどうするのでしょう? 』


 下位貴族の中に強大な聖女の能力を携えた者が現れ、婚約者有力候補とされる高位貴族令嬢達に聖女の能力が備わっていない時。

 王子の婚約は『高位貴族の中で平均的な能力と聖女の素質を携えた誰か』なのか、『爵位や教養など度外視で聖女の能力一択』で決定するのか……


『認めない、か……高位貴族の養女となるか……』

『全ては国王のお心のまま……でしょうか』


 私は『王子への憧れも婚約者となり次期王妃になりたい』という熱い意気込みも無ければ、『聖女となって皆に崇拝されたい』という願望も持ち合わせていない。

 

『聖女様はどんな困難な状況でも諦めず、必死に祈り続けました。すると清い心で願う少女に神は己の力の一部を少女に分け与えました……』


 幼い頃、毎日のように読み聞かせられた聖女誕生の絵本。

 絵本での『聖女』は、女神様のように描かれている。

 王子の婚約目当ての人物が聖女に任命されるとは思えない。

 

『少女は自身を犠牲にしてでも周囲を優先する姿が神様に見初められ、能力を授かり人々から『聖女』と崇めたてられるようになった……』


 絵本の締めくくりの言葉。

 清く正しく生き周囲に慈悲を与えれば、聖女になれる……と。

 お茶会に参加するも、儀式間近になれば令嬢達の会話は聖女に関する話題が増えていく。

 親達は娘に『聖女になれなくても、素質があると判断されただけで価値があるのよ』と聞かされる。

 子供のいないところでの親達の会話も


『昨年の儀式では、聖女の素質認定を受けた方は一名でしたよね? 』

『えぇ、そのように聞いております』

『そういえば、そろそろ儀式ですよね? 』

『えぇ。うちの子は今年儀式を受けるんです。素質があると良いのですが……』


 同じ空間にいなくとも、期待する親達の声は子供の耳にも届いている。

 儀式が何を意味するのか分からない子供も、『聖女になりたい』からではなく、『親の期待に応えたい』から反応してくださいと祈る。

 その願いは邪な思惑などなく、純粋と言える。

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