聖女候補七年目 とんでもない聖女候補
聖女候補七年目。
「聖女候補スカルノ・グラナータ。貴方の貧民街での活躍は王都にも届いている。食料配布に救護院の設立。最近では各地の教会へも祈りに行っていたと。今後の活躍に期待している」
「この度、聖女候補をさせていただいた事は私の人生で貴重な経験でした。司祭様だけでなく、候補者の皆様にも大変お世話になり感謝しております。八年間でしたが、ありがとうございました」
スカルノは卒業していく。
そして今年は一名の聖女候補が誕生。
「初めまして。私、伯爵令嬢のエリベルタ・ブライアントと申します。よろしく」
社交界の噂から遠のいていた為、今年聖女の反応を見せた令嬢の噂など一切知らなかった。
それでも自己紹介で察する。
「初めまして、私が最年長のデルフィーナ・スカヴィーノ。分からない事があれば聞いてね」
「……スカヴィーノ……子爵令嬢ですか? 」
「……えぇ」
「私、伯爵令嬢です」
何度も新しい候補者を見てきたが、令嬢のようにはっきりと爵位を持ち出した子は初めて。
呆気にとられたのは私だけでない。
「……そうね」
「忘れないでくださいね。爵位」
「教会では爵位は関係なく、全員同じ候補者です」
「教会では、ですよね? 社交界では? 」
「教会は教会、社交界は社交界です。教会では自主性を重んじておりますが、聖女候補として動くときは最年長の私が指揮を執ります」
「私が伯爵令嬢という事を頭に入れて指示してくださいね」
たった数分の受け答えで今年の聖女候補がどんな人物なのか把握。
既存の候補者達が令嬢をどのように判断したかは知らないが、私としてはに厄介な人物が聖女候補として入って来たなと感じた。
過去に強引な性格の持ち主に対面した事はあったが、あの令嬢は聖女候補時代は鳴りを潜めていた。
「デルフィーナ様。初めまして、同じ聖女候補のフローレンス・バルツァルと申します」
「まぁ、バルツァル公爵令嬢。私、令嬢にお会いしたかったんです。ぜひお近づきになりたいです」
デルフィーナには素っ気ない対応だったのに、公爵令嬢が現れた途端態度を一変させる。
令嬢を見下しているわけではないが、疑いの心が生れてしまう。
神様はどうして令嬢を聖女候補に選んだのか。
『清い心の持ち主が聖女に選ばれる』
私はそう信じ、負の感情を払い除けてきた。
結局私も、令嬢と同じなのだろうか……
「ここでは聖女候補として対等です。先輩には敬意を払ってください」
「そんな、公爵令嬢様と私が対等なんて……」
令嬢は謙遜しているようで、喜んでいる。
私の言葉の意味を都合のいいように解釈しているのが分かる。
その後も入所順に挨拶するのだが……
爵位の高い者には好意的に、同格の者には優位に振る舞い、低い者には高圧的だ。
「フィオレ・クレパルディ様は子爵家の方よね? 高位貴族への接し方など教育を受けていないのかしら? 」
エリベルタは何か指示がある度に爵位を持ち出す。
子爵令嬢のデルフィーナは最年長という事もあり先輩という立場に納得しているようだが、二つ年上の子爵令嬢フィオレに対しては不遜な態度を改める様子がない。
令嬢の振る舞いを年上で高位貴族の私や、ファビオラが仲裁に入るのだが……
「教会では対等なのですよね? どうして私はお二人に命令されなければならないのですか? 」
令嬢は私達が教会で学んだことを教え伝えているのだが、一向に聞く耳を持たない。
頭を悩ませる令嬢の行動は、まだまだある。
「私は貴族です。手が汚れるような事は平民がしたらいいのよ」
教会の掃除も水晶の手入れもしない。
他にも……
「国民に挨拶って、平民ですよね? 私、汚らしい平民なんかと関わりたくありませんのでお断りいたします」
エリベルタは本当に国民への挨拶には姿を見せなかった。
聖女候補に希望を抱いている国民に真実を告げることも出来ず……
「今代の聖女候補は本日体調不良により欠席させました。お越しくださった皆様には申し訳なく思います。その分、私達が皆様の健康と今後に幸多からん事を精一杯祈らせていただきます」
寂しい声はあったが、国民も納得してくれた。
その後もエリベルタは国民の前に姿を見せない事で『今代の聖女候補はお体が弱い』という噂が広まる。
令嬢の差別的な性格が広まるより、病弱という噂の方が比較的に聖女候補のイメージが損なわれないと思ったので私達もそういうことにしておいた。
「今年の聖女候補は……」
私やその後はいいが子爵令嬢のフィオレが最年長となった時、その下がエリベルタだと聖女候補内が二分する恐れがあるのではと心配でならない。
私達がいる間にエリベルタが改心してくれたらいいのだが、今のまま六年が経過すればフィオレが可哀想過ぎる。
司祭も『聖女候補はここでは平等です』と説いてくれるのだが、司祭のいないところでは完全に爵位で態度を変えている。
時間が経過すると恐れていたことも置き始める。
「私達は高潔な貴族よ。それも高位貴族。どうして下位貴族の指示に従わないのとならないのかしら? 貴方もそう思うでしょ? 」
「私は……皆様にはお世話になっておりますし……年齢も大切なことだと……」
「しっかりしなさい。私達は伯爵令嬢なのだから、その矜持を忘れてはいけないわ。子爵令嬢に大きな顔をされるという事は、家門を下に見られているという事に繋がるのよ」
教会内も爵位を重視しろという布教活動を始める。
最初に目を付けられたのは押しに弱そうなアルテーア・マレンゴ伯爵令嬢だった。
「エリベルタ様、何をしていらっしゃるの? 」
「フローレンス様っ。私フローレンス様こそ『聖女』に相応しいと思っております。ですので、私達の代表をフローレンス様が務めて頂けませんか? 」
突然のエリベルタの提案。
令嬢はデルフィーナが嫌いなどではなく、子爵令嬢の指示に従うという事が我慢ならない様子。
私としては令嬢の提案を受け入れるつもりは無い、
「聖女候補の今の代表者はデルフィーナ様です」
「失礼ですが、デルフィーナ様に私達高位貴族を束ねる能力は見受けられません。あの方も自身の力量に限界を感じているのではありませんか? 」
今年入ったばかりなのによくここまではっきり自身の考えを口に出来るものだ。
それに令嬢はまだ十歳。
子は親を見て育つというので、失礼だがブライアント伯爵夫妻は平民蔑視の方なのかもしれないと想像してしまう。
この一件はデルフィーナの耳にも入り、エリベルタとは完全に敵対してしまった。




