女候補六年目 卒業してくれてありがとう
聖女候補六年目。
「聖女候補、ベネデッタ・パラッチィ。貴方のその明るさは被災地でも話題だったと聞いてます。相談所を作り、親身に皆さんの不安に耳を傾けたと。素晴らしい活躍でした」
「ありがとうございますっ」
ベネデッタはとても晴れ晴れとした表情をする。
ここ二・三年は特に婚約者探しに忙しくしていたベネデッタ。
王都から離れず自身の名声がいち早く貴族に出回り、尚且つ経費の掛からない活動をしていた。
その成果もあり、卒業間近に同格の子爵令息との婚約が決定。
彼女の両親も彼女自身も子爵以上の家柄を待ち望んでいたが、彼女の釣書を持ち込んだ家柄には全てに断られてしまっていた。
彼女の元に来る釣書の多くは、男爵家か訳アリ子爵・残るは裕福な平民。
その事実を受け入れるのが嫌で卒業間近まで粘っていた。
そしてこの度、七つ年上の子爵令息と婚約が決定した。
婚約が内定するとお披露目パーティーの招待状を直接渡される。
「もうすぐ卒業で、皆さんとの時間も残り僅かだと思うと悲しいです。卒業後なのですが私の婚約が内定しましたので、是非私主催のパーティーに参加して頂きたく招待状を持参致しました」
「ありがとうございます」
「もちろん来ていただけますよね? 」
「はい、参加させていただきますね」
半ば強制的だったが、断ることもないと軽く思ってしまい安易に返事をしてしまう。
「嬉しいです。あっ、婚約祝いのプレゼントですが今人気のデザイナー、モリー・スウェンリー様のドレスをお願いしますね」
彼女の強引さを見誤っていた私は、まさか婚約祝いに親戚でも家族でもない人にドレスを強請られるとは思わなかった。
「……は……い……」
私以外の聖女候補にも、宝石一式や靴、まだ結婚もしていないのに新居にあうチェストやベッド強請っていた。
そして式当日、卒業していった聖女候補に対面すると同じ話になる。
「私には、『馬車が欲しい』と強請られましたわ」
「私は、『新婚になった暁には避暑地の別荘を半月ほど貸してほしい』と……」
「私にも、『領地観光をしたいので、その時は屋敷に滞在させていただけませんか』と願われましたの」
社交界では、彼女の見栄について耳にしていた。
確かに教会で学んでいる間は私達は全員爵位関係なく対応していたが、卒業したのだから考えも卒業してほしい。
卒業した後にも『聖女候補』という立場を利用して高位貴族の先輩方に非常識にも強請るとは思わなかった。
「それで、皆さんどうされたんですか? 」
恐る恐るどのように対応したのか聞いた。
全員がうんざりした表情を向けるので察っする。
「……今回は、新婚という事で目を瞑りましたわ」
「私も。了承するまで何日も居座る勢いでしたの。夕食も招待していないのに、召し上がって行ったわ」
「……その場限りでどうにか誤魔化そうと思っていたのですが、この分だとそれも面倒になりそうですね」
贈り物で終わった人間は終わりだが、宿泊を許可してしまった人はこの非常識がまたあるのかとうんざりしている。
「聞いたところによると、教会の方にも『結婚は大聖堂で行いたいから聖女候補であったので善意で大司祭様に祝って頂けないか』と話しているのを聞いてしまいましたわ」
聖女候補だけでなく、司祭にまで……それも大司祭にお願いしたと聞き驚愕する。
「皆さん来てくださったんですね、嬉しいです」
張本人が到着し、皆表情を作り切れなかった。
「「「「「「「……えぇ……婚約、おめでとう」」」」」」」
「紹介致しますわ、婚約者のオリバー・クロフォード様です」
「オリバー・クロフォードです。聖女候補様方にお会いできて光栄です。本日のパーティー、是非楽しんでいってください」
婚約したばかりの相手が、かなりの非常識な令嬢ですよ……と、皆が彼に同情してしまった。
「「「「「「「……ありがとうございます」」」」」」」
「招待客にも皆さんの事をご紹介させてください」
「「「「「「「いやっ私達は……」」」」」」」
非常識な令嬢の友人だと思われたくないが、ベネデッタの行動力は素早かった。
「皆さぁん、私の親友達をご紹介しますね。私が聖女候補で共に学んだ……」
私達は彼女の虚栄心を満たすのに利用されてしまった。
友人と紹介された私達のほとんどが『高位貴族』、下位貴族だったとしても全員が『聖女候補』。
社交界で自身が『聖女候補』と自慢していた彼女にとっては、私達は承認欲求を満たすのにうってつけだったよう。
今回で彼女とは距離を取ろう、縁を切ろうと考えてしまった。
「はぁ……」
聖女候補の私達は見世物扱いだった。
ようやく人込みから離れ一人に。
「本日はパーティーに参加していただきありがとうございます」
「……こちらこそ、招待ありがとうございます」
彼を見ると哀れに思えてしまう。
どちらから婚約を申し込んだのか。
令嬢はどのように語っていたのか想像も出来ないが、私達聖女候補は令嬢と親しくありませんでした……
聞かれたら真実を告げるが、私からは何も言わない。
「私の婚約者と親しいと聞いておりますが……」
「……聖女候補者同士、共に学んでおりました」
「そうなのですね。フローレンス令嬢は私の事を覚えていらっしゃいませんか? 」
初対面でありながら名前を呼ばれ身構える。
「……どこかでお会いしましたでしょうか? 」
「それは残念ですね。私はフローレンス様に何度か婚約の申し込みをしたのですが……」
「そうなのですか? 知りませんでした」
「何かの手違いで令嬢には届いていなかったようですね」
「……そうみたいですね」
「フローレンス令嬢は婚約者は決まっているのでしょうか? 」
「いえ、まだです」
「では今から私が婚約を申し込んだら、フローレンス令嬢の婚約者の可能性もありますか? 」
「……子爵様は何を仰っているんですか? 本日はパラッチィ令嬢とクロフォード子爵の婚約パーティーですよ? その冗談は祝い事にはそぐわないので、おやめになった方がいいです」
「私は本気です。是非、私の婚約を受けていただけないでしょうか? 」
「お断りいたします。今回の事は酔った勢いという事でパラッチィ令嬢にはお伝えいたしませんが、今後このような事は迷惑ですので。それに私の事は今後、バルツァル令嬢とお呼びください。パーティーの途中ですが、気分が優れないので本日はこれで失礼させていただきます」
パーティーの途中ではあったが、退出した。
参加する前から乗り気ではなかったパーティーだが、参加しても不愉快だった。
その後、聖女候補者内で囁かれ始める。
「オリバー・クロフォードには気を付けて」
あの日、オリバーは私だけでなく婚約者未定の聖女候補全員に婚約を申し込んでいた。
「自身の婚約パーティーで他の令嬢に婚約を申し込むなんて、呆れますわ」
「パラッチィ令嬢には迷惑を掛けられ、クロフォード子爵にも不快な思いをさせられましたわ」
「存外あの二人はお似合いかもしれませんね」
今年は疲れるスタートを切ってしまった。




