聖女候補五年目 似た者同士と言わないで
「我が領地は温かい気候と確り雨が降る事で、植物を育てるのに適した環境と言われている。特にワインを作るのに必要な葡萄が良く育つんだ」
現在、司祭の勧めでルードヴィックに領地を案内されている。
「そうなんですね」
彼はこれまでにも領地に訪れた聖女候補者を案内しているに過ぎない。
二十歳の彼からしたら十五歳の私なんて恋愛対象ではないだろう。
それでも憧れてしまう。
何せ彼は私の憧れ絵本の王子様のように、黒い髪と瞳の持主だから。
本物の王子様より、彼の方が私にとっては魅力的に映る。
彼に好意を寄せているのは私だけではない様子。
すれ違う女性は、あからさまに彼に視線を向け隣を歩く私を値踏みする。
「まぁ、ルードヴィック様ではございませんか? 偶然お会いできるなんて嬉しいですわ、まるで運命ですわね」
正面から歩いて来たのは、使用人に日傘を差させた令嬢。
年齢はルードヴィックと同じくらいに見え、化粧と香水の匂いが強い。
「……クレア男爵令嬢」
「お時間があるようでしたら、私とお茶でもいかがです? 」
「申し訳ないが、先約があるんだ」
隣にいる私が見えていない訳ではなく、私と一緒にいる事で仕事ではないと判断し彼を誘ったように見えた。
「んふ。ルードヴィック様、こちらの方はどなたでしょうか? 紹介してください」
令嬢の方が身長が高い為に仕方がないのだが、視線は明らかに私を見下している。
ルードヴィックと一緒にいる私に笑顔を向けてはいるが、敵対心が隠れ切れていない。
二十歳のルードヴィックと同じ年齢であれば、結婚適齢期……やや過ぎている。
令嬢であれば、結婚していておかしくない年齢。
目の前の令嬢がルードヴィックを狙っているのだとしたら、私とそう変わらない年齢なのか?
それとも諦めきれないでいるだけ?
年上のルードヴィックに少しでも近付きたくて、厚化粧に咽せ返るような強い香水を振り撒いているのか?
先程ルードヴィックは『男爵令嬢』と言った。
侯爵令息の彼に男爵令嬢が紹介を頼むなんて……
彼らはそういう関係なのかしら?
私の頭の中は令嬢の非常識な行動に頭が混乱していた。
「こちらの方は聖女候補のバルツァル公爵令嬢。本日は我が領地を訪問してくださっている」
「……聖女候補……公爵……令嬢……申し遅れました。私、クレア・ノブレックと申します。聖女候補であるバルツァル公爵令嬢にお会いできて光栄です」
ルードヴィックが私の肩書を口にすると、令嬢は分かりやすく動揺する。
自身がどのような身分の人に失態を犯したのか理解した様子。
「フローレンス・バルツァルと申します。本日は聖女候補として教会と領地をルードヴィック様に案内して頂いております」
「そっそうとは知らず、申し訳ありませんでした」
「いえ」
「でっでは、私は失礼致します」
令嬢は逃げるように去って行った。
「……コルテーゼ令息」
去って行く令嬢の後ろ姿を見つめたまま彼の名前を呼ぶ。
「ん? なんだ」
「もしかして……私を利用しました? 」
「……何のことでしょう? 」
彼は私に微笑みを向ける。
「その間が答えかと」
「……ふふっ、申し訳ない。あの方から何度も婚約の打診を受け、断っているんだが……なかなか諦めてもらえず。今は『観光』という名目で滞在し、領内を散策しながら俺との関係を領民に仄めかしているらしいんだ。ここ数日なんて『王都だけでなく領地でも結婚式をするのが理想』と触れ回るので、勘違いする領民が多くて困っている」
「それは……外堀からというやつですか? 」
「……そうならないようにしている」
「なんだか、大変そうですね。私は明日王都に戻る予定なので、今日だけは令嬢避けになる事を了承しましょう」
「ありがとう。まぁ、あの様子では今日は大人しくしているだろう」
「では、私の仕事は終わりですね」
「……バルツァル公爵令嬢は楽しんでいるのか? 」
「んふ? いえ」
王子の婚約者候補という立場は面倒だが、他人の恋愛事情は……フフフ。
「そのような性格でも聖女候補に成れるんだな」
「なんだが、私の性格を貶されてますか? 」
「いや、いい性格していると言ったんだ」
「まぁ、良いだなんて褒めて頂き嬉しいですわ」
「……今朝と同じ人物とは思えないな」
「それはコルテーゼ令息もですよ」
「コルテーゼ……ルードヴィックで呼んでくれ」
「……それは……」
「侯爵の父と勘違いする。ルードヴィックの方が反応出来る」
「そうですか。分かりましたルードヴィック様……なんですか? 」
「いや、こういう会話の流れだと『では、私の事も名前で……』となるだろう」
「……名前で呼びたいのですか? 」
「バルツァル公爵令嬢には失礼だが、どうもバルツァルと言い難くて……嫌か? 」
「……バルツァル……そうですか。ではフローレンスとお呼びください」
「ありがとうフローレンス嬢」
たった数時間で令息と名前で呼び合う程の仲になってしまった。




