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聖女候補二年目 良からぬ噂が耳に入るように

 いつものように静かな道から図書室へ向かうと、聞くつもりも無い会話を耳にしてしまう。

 教会で話すべき内容ではないのに、誰もいないと油断し情報交換をしている貴族達。

 

「現時点で特に注目されている候補者は、スカヴィーノ子爵令嬢、バルツァル公爵令嬢、今年選ばれたアンギレーリ侯爵令嬢とジラルディ伯爵令嬢ですかね」

 

 他の候補者は既に婚約済の者もいれば、過去の因縁により王族との婚姻は難しいとされる者、権力に固執しすぎるあまり貴族に倦厭されている者、没落寸前な者。

 そのような候補者は除外され、残された私達の名が挙がった。

 聞くつもりは無くとも、自身の名前が聞こえれば気になって足を止めてしまう。

 私達が王子の婚約者として有力視されているのは、薄々感じていた。 

 

「爵位で言えばバルツァル令嬢が有力ですかね? 」


「教会の話によると、能力に関してはアンギレーリ侯爵令嬢が強いそうですよ」


 私の後に偶然居合わせてしまったファビオラに視線が向いてしまった。

 彼女の隣にはラヴィニアの姿もある。

 誰が漏らしたのかわからないが、彼らの言う通りファビオラの能力は高い。

 だが、彼女の能力が飛びぬけているわけではないので『聖女』に誰が選ばれても不思議ではない。

 候補者同士の能力差は、私が女性の握りこぶしだとするとファビオラは男性の握りこぶしくらいと大して変わらない。

 過去の偉大と言われる聖女は、水晶全体が光り輝き目を背ける程眩しかったと記されていた。

 

「侯爵令嬢か……」


「それに最近では、王妃が子爵令嬢と王子の為にお茶会を何度か開催しているようですよ。王妃と子爵夫人が親しいそうで、二人は幼い頃からの知り合いなんだとか」


「なら子爵令嬢が有力候補ということですか? 」


 この時に立ち聞きなど早々に辞めて、三人でその場を離れるべきだった。


「王妃はそうしたいのかもしれませんが、国王は決めかねている様子ですかね。伯爵も外交官で他国との繋がりが強いので、色々思うことがあるんでしょう」


「高位貴族であり聖女候補であれば、誰が選ばれても不思議ではないってことですね」


 大人達の何気ない言葉が私達の不安を掻き立てる。 

 特に儀式が終り聖女候補となった二人は互いに緊張が解れ、最近では友人関係のように互いを励まし合い微笑ましい関係を築いていた。

 静かにその場を離れたのだが、数日すると明らかな変化を見せる。


「あの二人、喧嘩でもしたのかしら? 」


 経緯を知らない一人の候補者が突然の二人の変化に疑問を口にした。

 その後も二人が一緒に行動する事は無く、周囲の候補者も二人の異変に気が付くように。


「ど……どうしたんでしょうね……」


 私は誤魔化しておいた。

 聖女の話も王子の婚約者の話もこの場にいる全員に関係しているので、これ以上気まずい空気になりたくなかった。


「他人には分からないことよ。私達は深入りせず、本人に任せましょう」


 噂に惑わされいざこざが増えるのを、コンチェッタの言葉が諫めた。

 貴族達の憶測を聞いてから二人は『聖女』を目指しつつ、王子の『婚約者』を意識し始めている様子。

 二人の関係に気付きながらも、私達は何も出来なかった……しなかった。

 ブルネッラとアイーダの時のように巻き込まれたくなかったからだ。

 ブルネッラは聖女教育を卒業後、予定通り婚約者と結婚。

 その場には聖女候補全員を確認。

 当然アイーダの姿もあったが、祝福という雰囲気ではなかった。


「聖女兼王妃……」


 表立って宣言する者はないが、お茶会やパーティーに参加していくうちにそのような話が増えていく。

 私達聖女候補は、教会で学びながらも貴族令嬢としての社交もこなしている。

 成長するに従い、周囲の声が大きくなっていく。


「バルツァル公爵が本格的に動き出すというのは本当ですかね? 」


 父からそんな話は聞いた事がない。

 だが、火のないところに煙を立たせるのが社交界。


「いやアンギレーリ侯爵令嬢が聖女に選ばれる可能性が高いと聞いたぞ」


 それは誰から聞いた?


「ジラルディ伯爵令嬢が聖女に関する新たな文献を手に入れたとか噂をしている者がいたぞ」


 新たな文献の存在は教会の方に報告は無いので真実かどうか確かめる術はない。

 ないが、ラヴィニアの能力が上がったという話は聞いていない。


「だが、スカヴィーノ子爵は王妃と古くからの友人なんだろう? 王子とも良好な関係だと聞く」


 それは事実。


「王妃の支持を得ているスカヴィーノ子爵が一歩リードということか」


 候補者の闘争心を煽るような言い方。

 大人達にどのように噂をされようと、私達が相手を蹴落とそうとする者はいない。

 それはきっと、幼い頃から読み聞かせられた絵本のおかげだろう。

 

『聖女に必要なのは慈悲の心、醜い感情に囚われてはいけない』


 私達に負の感情がない訳ではない、必死に鎮めているだけ。

 どうしても耐えられないと感じた候補者達は司祭に何度も相談している。


「その感情は貴方のもの。間違いじゃありません。無理に鎮めなくてもいいんです。他人を傷付けない方法であれば発散する事を勧めます。私のお勧めは、聖女の能力を高めることに没頭する事です。過去の文献などで頭をいっぱいにしてみてください。図書室の出入りは自由ですから」


 他の聖女候補と一緒にいるのが辛い時は図書室で過去の文献を読み漁り、更には過去聖女候補に名が挙がった夫人達に極秘で会いに行くこともあった。

 司祭が得た知識は教会で共有するが、候補者が独自で調査し得た情報は候補者同士で共有することはない。

 誰もが『聖女』になる為に必死だった。 


『次の聖女は、きっとあなたね』

 

 呪いにも似た言葉……

 誰かの足を引っ張る妨害行為の方が、楽かもしれない。

 だが『聖女』がそれを許さない。

 私達は醜い感情に囚われないよう、邪念を振り払い必死に祈る。


「神様……私が、酷い事をしませんように……」


 周囲の影響を受けながら、候補者は互いに神経をすり減らしつつ『聖女』を目指し王子の『婚約者』の座を狙う。

 屋敷から教会へ通っているので、いろんな声が私達に届く。

 特に毎日顔を合わせる親達の期待は大きい。


「七年前に聖女候補だった方から聞いたの、花や薬草を育てると良いみたいよ。フローレンスもやってみなさい。花壇は綺麗にしておいたから」


 親達も娘を候補者から『聖女』にさせるべく、ありとあらゆる手段で情報を手に入れ娘に実践させる。

 母もそのうちの一人。

 不確かな情報でも、私に実行させた。


「……薬草」


 母に言われるがまま様々な薬草を育てた。

 簡単に栽培に成功するものもあれば、何度も枯れてしまうものもある。

 失敗を繰り返す薬草に関して、図書室に通い育て方を調べ実行する。


「フローレンス。今日は誰が教会を訪れて、貴方とどんな会話をしたのかしら? 」


 教会から戻ると母に誰が教会を訪れたのか・候補者の誰が最有力候補に挙がっているのか・聖女教育がどのようなものなのか毎回尋ねられ報告をする。


「……そうなのね。スカヴィーノ令嬢の能力が高まったという噂を聞いたのだけど、貴方の方はどうなのかしら? 」


 周囲との差は本当なのか、それで私の能力の方はどうなのかを確認される。


「私は……努力しています」


「……そう……もっと、頑張らないとね」


 明らかに落胆した様子を見せる母。

 親へ報告しているのは私だけではないだろう。

 王子の婚約者を内定する動きを見せている為、皆が功績を挙げようと必死になっている。

 その必死さは私達候補者達にも伝わり、互いを詮索・監視し神経を尖らせるようになっていた。


「……はぁ……ここが落ち着く……」


 薬草を育てる時間は、周囲の思惑を忘れさせてくれる私にとって唯一の逃げ場だった。

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