爆発
大都市ハイコールドシティの巨大で近代的な市役所では、今日も各部署で業務が行われていた。
各種申請で他の部署より利用者の多い生活課では、複数の職員が窓口業務の他に書類や電話対応に追われている。
そんな中、デスクの電話が着信を告げ一人の職員が受話器を取る。
「はい。ハイコールド市役所、生活課です。」
「五番街の七号の者ですが、ガラの悪い連中がうちの敷地に無断駐車してるんですが、何とか市役所で対処できませんか?」
電話の向こうで中年女性の心底困った声が響く。
「わかりました。詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」
それは警察の仕事だろうと思いつつも、職員は丁寧な対応をしいくつかのアドバイスをして電話を切った。
一方、窓口では白髪頭の小柄な老人が担当の職員に何やら捲し立てている。
「シーノファミリーの奴らが毎日のようにみかじめ料の請求をしてくる。警察はまるで役に立たんからなんとかしてくれ。」
シーノファミリーとはこの街に拠点を置くマフィアだ。そして、勢力が大きいが故、警察も下手に手を出すことができず市民の悩みの種となっている。
この老人に対しても職員は丁寧に対応し、解決の糸口を見つけることを約束した。
所変わってビルが建ち並び、メインストリートの走るオフィス街。そこで営業する洒落たカフェではランチタイムが終わってすぐということもあり、つい十分前まで賑やかだった店内も徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
そんなとき、入口のガラスドアを開け黒いスーツを着た強面の二人組が入店する。二人の襟にはシーノファミリーの構成員であることを示すバッジが着いており、片方は右手にアタッシュケースを持っていた。
そして、入口に近いレジで作業をしていたガタイの良い中年マスターは、二人を見るなり渋い顔をする。
「よお、マスター。調子はどうだい?」
二人組の一人が両手をレジカウンターにつき、ニヤニヤしながら言い放つ。
「またあんたらか・・・何度も言うがみかじめ料は払わんよ。」
マスターはうんざりした様子ではっきりと言った。
「テメェ・・・」
後ろで控えていたもう一人の男が好戦的な態度を見せるが、レジカウンターの男が手の平で制す。
「・・・俺達はみかじめを払えなんて言ってないだろう?ただ、食材の納入業者を斡旋してるだけだ。」
「どちらにしても得体の知れない食材はうちで扱えない。あんたらの話には乗れんよ。」
気前よく話す男をマスターは怯むことなく突っぱねた。
「そうか・・・そいつは残念だ。マスターとは良い仲になれそうだったんだがなぁ・・・」
男はカウンターに手をついたまま、やや大袈裟に落胆する。
「・・・邪魔して悪かったな。また気が変わったら連絡してくれ。」
車で埋め尽くされた片側二車線のメインストリートの車列の中を進む一台の黒塗りセダン。その後部座席には、メガネを掛けパリッとしたスーツに身を包んだ、いかにもエリートそうな男と、同じくスーツを着た凛とした表情の女。そして、ハンドルを握る端正な出で立ちの男。
「やはり、この辺りは混みますねぇ。」
メガネの男がゆっくりと進む車から、外の車列を見て呟く。
この男はリース、ハイコールドシティの市長を勤め、現在、福祉施設の視察の帰り道である。
「時間帯的にも今がピークですね。申し訳ありません。迂回すべきでした。」
秘書兼運転手のフタミが車に装備された時計を見て口を開き、詫びた。
「お気になさらないでください。この時間を利用していつもより長めに休憩ができます。・・・問題ありませんよね?アミスさん。」
微笑みを浮かべてフタミをフォローしたリースは、念のため隣に座る秘書のアミスに確認を取る。
「ええ。この後は、特に急ぎの業務はございません・・・市長?」
タブレットでスケジュールを確認するアミスだが、リースは明後日の方向を見つめており思わず呼びかけた。
リースの視線の先は少し前にあるカフェだ。そして、カフェから出てきたと思しき黒スーツの強面男が二人、手ぶらで早足に歩道をこちらに向かって歩いている。それを追ってリースの頭がじわじわと動く。
「市長、どうされました。」
「・・・ん?ああ、すみません。よそ見をしていました。」
呼び掛けに気づき、向けていた視線を外す。
その直後、轟音と衝撃が車を大きく揺さぶった。
「・・・っ!」
突然の事態に全員が言葉を失う。
「・・・一体何ですか?」
前方のカフェが激しく燃えている。
「カフェが爆発しました・・・!」
その瞬間を見ていたフタミがハンドルを握ったまま報告した。
「ガス爆発かしら?」
「直前にシーノの手下が店から出てきた。」
原因を予想するアミスに、フタミが直前の状況を説明する。
「まさか、やつらが?」
「わからねぇ。だが、なにか知ってるはずだ。捕まえに行っても?」
リースに許可を請うフタミだが、件の二人の姿はすでに見えない。
「今、優先されることは負傷者の救助です。アミスさん、警察と消防への連絡をお願いします。フタミさん、行きますよ。」
そう言って車を飛び出すリース。
「ああ市長、お待ち下さい!」
フタミは慌ててエンジンを止め、ハザードを焚きリースを追った。
激しく火を吹く店舗に、周囲に散らばる破片。更には血を流し呆然と佇む者や歩道にぐったりと横たわる人々もおり阿鼻叫喚の様相を呈していた。