第2章 両輪(3)
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同日同刻、シルヴェリア王城国王執務室。
「なんだと? 領地が欲しい、だと?」
フェルト・ウェア・ガルシア2世は、この男の口から出た言葉に驚いた。これまで散々にこの提案を断ってきたこの男、ルシアス・ヴォルト・ヴィント公爵が初めて、しかも自ら言い出したのである。
「ああ、北方領は領主不在だったろ? そこを俺に預けてほしいんだ」
北方領とはテルトーより北の領地を指す。つまり、アルの故郷・ソルス周辺から北の遺跡のあたりまでの領地だ。
ルシアスはさらに続ける。
「ソルスの町のやや南に、新しい港町を整備したいと考えている。それを為すためには領主になるのが一番早いからな」
「他国との交易港ならニルスで充分じゃないか。何故にそんなところに港町を作ろうと思ったんだ?」
ガルシア国王は、この友人の突然の申し出を訝しみながら聞き返した。
「“冒険者ギルド”を発足させようと考えている。そのためには各国からのアクセスが良い港《場所》と、それなりの人数を抱えられる街《容量》がいる。ニルスは交易で手いっぱいの上に、今では魔感士候補の出入国口になっている。とてもそんな容量《広さ》はない」
ルシアスは質問に対して端的に答えた。
「“冒険者ギルド”? それは何なんだ?」
ガルシア国王は初めて聞くその言葉の意味を問うている。
「言葉通りさ、“冒険者”の“集合体”のことだよ――」
――これから先、“やつら”の脅威は徐々に拡大するはずだ。今でこそ、魔感士の登場で如何ばかりか魔巣案件は減っているが、こちらが明確な対応策を講じたことが、“やつら”の首魁や、あの黒騎士に勘付かれれば、本格的に侵攻を開始してきてもおかしくはない。いや、おそらくそうなると俺は踏んでいる。そうなれば、正規の兵士たちだけでは対応が間に合わなくなると俺は見ている。兵士の補充はそうそう簡単にはいかない。
「そこで、魔巣案件に特化した私的な組織を立ち上げようと考えたんだ。王国が管理する公式な組織は何かと小回りが利かない。その上、この人員もこれまでの魔巣駆除において、各国とも決して小さくはない損害を負っている。そのうち人数が不足してしまい、ジリ貧になる。そこで、登録も資格も難しくない私的組織を立ち上げ、これによって魔巣案件を処理していく仕組みを作ろうと考えた」
「――つまり、私的な軍隊、ってことか?」
ガルシア国王はいまいち要点を掴めていない。なにせ、これまで、その冒険者という「資格?」というか「身分?」などなかったのだから。
「いや、俺たちのような、根無し草の拠り所とでも言うべきものさ。ん~、少しニュアンスが違うが、“傭兵の元締め”というようなもの、かな」
ルシアスもうまく説明できない。
「ということは、その“冒険者”? は、国からの命令で任務として魔巣駆除をやるわけではなく、国からの要請に応じて仕事としてやるということか?」
ようやくガルシア国王の理解がついてきたようだ。
「おう、そうそれだ。しかし、仕事は国からのものというよりは、むしろ人民からの方がより大きな割合を占めることになるだろうな。例えば、畑の刈入れを手伝ってほしいとか、隣町までの護衛をしてほしいとか、そういうものを“ギルド”に届け出てもらって、冒険者を斡旋する。報酬はその依頼者からギルドへ支払ってもらい、冒険者へ任務達成時に分配する仕組みだ。その際、斡旋料としていくらかギルドが採って、それによりギルドを運営することになる」
「――! 金をとるのか!? それは国からの依頼でもとるのか?」
ガルシア国王は身を乗り出して聞いた。
「ああ、国からでも、だ。国自身で兵士を徴兵するには時間も経費も掛かってしまう。その上、訓練にもだ。それだけの人員を収容するための宿舎も必要になる。それがすべて要らなくなるうえに、魔物に特化した新しい部隊が生まれるんだ。いいことづくめじゃないか」
ルシアスは、目を丸くしてあんぐりとしているガルシア国王に向かって、片目をぱちりとやった。
さらに、
「それに、いつまでもイレーナにばかり重責を負わせているわけにもいくまい。超国家的な組織というのは、いろいろと面倒事が多いんだ。しかもそれが一つしかない上に、強大な未知の力を持っているとなれば、なおさら風当たりは強くなる。そこで、もうひとつ生み出そうというのも一つの狙いだ。超国家的な組織であり、各国から平等に依頼を受ける組織がもう一つ誕生することで、相乗効果が生まれる。互いに監視し、互いに協力することで、風避けになりつつ、各国の不安も和らげる。しかもこちらは金で動く。そういうことだよ」
ガルシア国王は、乗り出していた体を今度はソファの背もたれに深く預けて、顔をやや上にもたげて、目の前の男を見やった。
「お前には、いつもいつも、なんというか、驚かされる。この間は竜族と結婚するとか言うし、今度は領地、だ。その上、新しい組織だと? ふぅ……。もう俺には頭が追い付かんよ……。こんな時イレーナがいてくれればと、最近、何度も思うことがある――。しかしな、ルシアス。その“ギルド”の長をお前がやるわけにはいかんぞ? お前は我が国の公爵なのだからな。こちらとの繋がりが強すぎるというのは各国も訝しむところだろう。せめて、誰かほかの者を充てないとな」
「ああ、その通りだ。ギルドマスターはアルにやってもらおうと思っている――」