第1章 新たなる旅立ち(4)
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ゼーデ・イル・ヴォイドアークは、王都の魔感士養成所をアリアーデに任せて、自身は新たな研究に没頭していた。
シブライト鉱石について研究していた彼は、現在の魔感士たち及びその卵たちにさらなる進歩を促すことができる可能性を模索していた。
そしてこの研究には、リュシエル・ミュルス以下、竜族の生き残り計5名も加わっていた。
「ゼーデ様、この魔法術式がうまくいけば、かれら人族の中にも魔法を扱えるものが今以上に現れるということですか?」
この若き竜族のリーダー、リュシエルがゼーデに問う。
「ああ、そうだ。人族はそもそもその精神性や知力においては魔法を扱うに充分な素養を持っている。ただ、基本魔素量が不足しているのだ。これを補完することができれば、ある程度素養を持つもの、つまり魔感士となったものが、経験や修練を積めば、やがては魔法を発現させることができると私は確信している」
そうゼーデは強く断言した。
「つまり、魔素を凝縮し閉じ込めた“器”をつくり、これを使用することにより、一時的に高濃度の魔素を補給する――。さすれば、必要な魔素が補完され、これを制御できる技量があるものなら、これにより魔法の発現が可能になるのだ」
「そして、このシブライト鉱石にその可能性があるということなのですね」
「うむ。そもそもこの鉱石には魔素を吸収する性質があった。竜族世界に戻る前、二人の封印された魔素を解放する儀式を行ったのだが、その際、“魔封石”はあふれ出す魔素を吸収することで魔素の制御の補助をした。しかし、その吸収された魔素はやがて放散されつくしてしまったのだ。もしこれをこの鉱石の中に安定して封じておくことができる術式を生み出せば、“魔法石”を完成させることができると私は考えている――」
ゼーデはそう言いながら、淡く青白い光を宿す鉱石を片手にとって、
「この鉱石自体はそれほど珍しいものではない。この先も安定して採掘可能なものということだ。この術式が完成すれば、“異形の軍勢”に対抗するために非常に心強い戦力となるだろう――」
「ですが、過ぎた技術というものは、諸刃の剣となりかねませぬ。そのあたりも考慮に入れておかねばなりませんね」
リュシエルは核心を心得ている。
その通りだ。
ある特別なものだけが扱える能力というものは、そのものに邪悪な心を芽生えさせる契機となることもあり得る。現在の人族の精神は高潔であり、それほど下賤な思考を持つものはほぼ皆無と言ってもいいほど、道徳心に富んでいる。
これは、さきの領土確定戦の功労者、フェルト・ウェア・ガルシア2世の存在が大きく影響している。
人類史上、類まれにみるこの高潔の王は、人族の人民の心をしっかりと鷲掴みにし、史上最高の英傑とまで称えられている。その高名は、シルヴェリアだけに限らず、全世界の人類は彼を真の王とあがめるまでに神格化すらしている。
私も、かの王と同じ人類である。なればかの王と同じように自分もそうあらねば恥である――。
そういう気概が今の人族世界には蔓延している。
しかし、だ。
それは現在が平和で豊かであるが故であるということに他ならない。自身の生活に困窮や戦争などの憂慮すべき事態が差し迫っていないから、人は人にやさしく接することができるのだともいえる。
今後、“異形の軍勢”が世界中に出現しだせば、略奪や強盗、暴虐などがはびこり、その結果として、人族の世界に困窮や差別、欺瞞などが生まれ出てくることは容易に想像できるというものだ。
そういう世界になったとき、「魔法」という特別な能力を持つものは、何かとまつり上げられたり、崇められたりして、自制を失い、不埒な輩の格好の餌食となりえる。
利用されたり、担がれたりということが容易に起き得るのだ。
そうならない為にも、そういった特別な能力者には、それに合わせた道徳教育というものが必要になるであろう。
「その件についてはすでに手を打っている。この王都の参謀殿はそのあたりも全く隙が無いご婦人である――。あの方に任せておけば、悪いようにはならぬであろう」
――――――――
シルヴェリア王国参謀イレーナ・ルイセーズの現況は、過酷を極めていた。
ベイリス王国でのベイリール国際会議以降、「世界の柱」の確保が成功したところからが彼女の仕事の本番だった。
王都魔感士養成所の設立、エリシア大聖堂の魔感士養成所宿舎建設の手配、宿舎への候補者と物資の輸送及び確保、ニルスの関門設置及び入出国管理局の整備とその人選、一時寄宿の費用の調整、王都魔感士養成所教官の宿舎の手配と準備、各国の入出国管理所との連絡網の構築、各国王都との連携強化のための人員の選定と専門部署の設置などなど、簡単に思い付くものを列挙しただけでもこれだけの仕事量である。
そして、何よりもだ。
超国家的魔感魔法士養成教育登録管轄機関、通称「国際魔法庁」の設立――。
初代長官はイレーナが兼任している。現在のところ適任者がいないのだ。
彼女が戻ってくればあるいは――。と思う者がいないわけでもない。
が、おそらく彼女はあの者たちと行動を共にするであろうし、一つ所に収めるにはまだ若すぎる。彼女には、まだやらなければならないことが残っているだろう。
一応の決着を見るまでか、もしくは、適任のものが現れるまでは、今しばらく、私が管轄するしかない――と、イレーナは考えていた。