第8章 剣ヶ峰へ(5)
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「――それで、本日はどのようなご用件でございましょうか」
ダイワコク政権領の首都ヤマトの政務庁舎の応接室に一行は通されていた。
口火を切ったのは、テーブルを挟んで向こう側に着席している老人だ。
見た目では、70歳をそろそろ迎えるころか、顔の表面に深く刻まれた皺がその人物のこれまでの生涯を表しているようだ。髪は白髪で年齢の割りにはしっかりと量がある。
ダイワコク政権領、政務大臣マサツグ・シラカワ。
ダイワコク政権領は、この世界では唯一の民主主義国家だ。他の国家が王国や帝国であるのに対して、この国が「政権領」と名乗るのはその為である。内政から外交まですべての決定は、もとは国民から選出された政務庁の各担当大臣が行うのだが、その決定はあらかじめ国士会議によって定められる「法」に照らして行われる仕組みとなっている。
王国出身のアルからすれば、なんともしちめんどくさい体制の国家であるものだと考えてしまうが、それは、世界へ出るまでにアルの知っていた王が「ガルシア2世」だけだからだ。彼のような「賢君」ばかりが王ならば、国も安定するというものだろうが、人族がこれまでに歩んできた歴史においては、その様な「賢君」ばかりが各国家を治めている状況など、奇跡と言ってもよい。現代《アルの時代》はそのような状況にかなり近い状況にある。
話を戻す。
政務大臣というのはいわゆる各大臣のトップにあたるもので、各大臣だけで構成される政務会によって、国士会議に提出する「法案」を取り決めているのだが、これの取りまとめを行う役割であった。
実質、各国の王とほぼ同等の権力を持つこととなる。
「アルバート・テルドールです。初めまして、シラカワ大臣。今日はお願いがあって参りました――」
先程からシラカワは訝しく思っていた。自身の正面に着席したのが、竜族の王ゼーデ・イル・ヴォイドアーク公ではなく、一人の少年だったからである。
ゼーデとシラカワが出会うのは今回で2度目になる。1度目は、昨年の春、ベイリール国際会議の折だ。その時に見せつけられた竜の姿を今もはっきりと覚えている。
そのゼーデ公は彼に主席を譲り、隣に着席した。これが何を意味するのか、シラカワはそう考えていたのである。
「マサツグ・シラカワです。テルドール――卿、とお呼びすればよろしいか?」
「いえ、そんなにかしこまられる必要はありません。アルバート、もしくはアルで結構です」
アルは誰に対してもこの調子だ。自身が今向き合っているものの立場や地位などというものはこの少年にとっては今はもう意味を持たなくなっている。
これはルシアスからの教えでもある。
――冒険者ギルドというのは、完全無欠の寄せ集め集団になる。それは現在この世界に存在する6つの国家の枠を超えるものだ。国際魔法庁もそうなる。この二つの超国家的機関は国家というしがらみを越えてこの世界の二大柱とならねばならない。その為には、ギルドマスターとなるお前は、相手がたとえ国家元首であろうと、同列に対等に構えなければならないのだ。今後、その様な高位のものの前に出たとしても、決して臆せず、対等な「人」として接することを心がけるんだ――これがルシアスがアルに送った言葉だ。
「私たち冒険者ギルドは、国家の枠組みの外にあるものです。ゆえに私は、皆さまのような高位の方々と肩書でお話しすることは出来ない者です。だから、ただのアルで全然かまいません。そもそも私はその、「テルドール卿」というのが自分のことだと思えない節があるようで、呼ばれても気付かないことがあるんですよ――」
そう言って、相変わらずの微笑みで、
「だから、アルと呼んでください」
「では、アルバートくん。君は私たちに何をお願いしたいというのかね?」
「はい。二つありますが、順に申し上げてよろしいですか?」
「いいでしょう。お聞きいたします」
「一つ目は、冒険者ギルドの支部をここダイワコクにも設置させてほしいということです――」
アルは、冒険者ギルド創設の理念、国際魔法庁との協力関係、各国と冒険者ギルドの今後の在り方、魔巣案件の今後の動向予測などを順に論じて行った。
「――ということで、今後さらに異形の軍勢、魔物たちの侵攻は徐々に大きくなってゆくものと考えられます。これに対しては各国家の対応力だけでは抗しきれないと考えています。これに対抗するためには、臨機応変に小回りが利く戦闘集団の形成が必要不可欠となる。そう、ルシアス公爵はお考えになられ、われわれ冒険者ギルドの創設を後押しされたのです」
「シラカワ大臣。我々竜族の世界は、魔物たちに蹂躙され、種族は絶滅の危機に瀕してしまった。すべては対応が遅れたことが要因である。幸い数名の竜族が難を逃れ、この人族の世界へとやってこれた。時間はかかるだろうが、我々竜族もこの先何千年かかろうと復興を成し遂げようと、私は考えている。その礎となるこの世界は、われわれ竜族にとっても第二の故郷となった。もう二度と失うわけにはいかないのだ。竜族は全面的に彼ら、冒険者ギルドと国際魔法庁を支援するとここに宣言しておく――」
ゼーデがここで初めて口を開いた。
「ふうむ、それでその席次、ということですな――」
シラカワはここでようやくこの席次の意味を理解した。
「ヴォイドアーク公が彼に主席を譲った理由が今わかりました――。いいでしょう。その件、政務会に働きかけ、次の国士会議に「法案」提出をいたします。実は、すでにお耳に入っていることだとは思いますが、南のレトリアリア王国から打診が来ておりましてな。国際魔法庁というのは国家の枠を超える集団とは言うが、その実は、シルヴェリア王国の傀儡ではないかと、こう言うのですよ。我々極東の僻地の小国にとって外交というのは非常に重要なことでしてな。これまでは口を濁してやり過ごしておりましたが、竜族の後見までもあるというのならば、話は変わってきます。このシラカワ、老骨に鞭打ってでも、冒険者ギルドと国際魔法庁の後押しをお約束いたします」
シラカワは穏やかな笑みをたたえ、正面のこのまだ若い「冒険者」に視線を投げた。




