第7章 始動(3)
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ルンゲ商会をあとにして、次に向かったのはカルティア帝国大使館だ。通常、大使館と言えば、首都にありそうなものだが、なぜかここベイリールに於いて、カルティア帝国の大使館のみここリアスにある。理由はリカルド・オルトマンにもわからないらしい。
ともあれ、リアスの中央付近に位置する大使館へは、ルンゲ商会がある川岸から少し歩かなければならなかった。
道中、露店で賑わう場所に通りがかった時だった。露店の中の一つに見たことがある店を見つけた。
「ん? あれは、ゲンシンさんの店じゃないか――?」
アルは従者の二人を振り返り、少し寄り道をすることを告げ、その露店のテントをくぐった。
「やぁいらっしゃい、あんちゃん、奇遇だね。こんなところでも出会うとは――」
店はやはり、ゲンシンの店だった。
「やあ、ゲンシンさん。リアスにも来られるんですね?」
「ああ、まあな。この後はカルティアにも行こうと思ってるんだ。って、ああ、そうだ、もし俺に何か用があったときは、オルトマン商会を通してくれると、どこにいても連絡がつくようになっているぜ?」
「え? リカルドさんとお知り合いだったんですか?」
「そうだな、知り合いというよりも、協力関係ってところかな。いずれにしても、今後俺に用があればということだから、まぁ、あるかどうかはわかんねえがな」
そう言ってゲンシンは笑って見せた。
アルは、知った顔に出会えてやや心が和んだ。
思えば、これまではいつも隣にレイノルドがいて、なにかと空気を和ませてくれていたが、今回の旅程ではレイノルドがいない。そう思った時、今回の旅で一番不安に思っていたのは後ろにいる二人ではなかったかと、改めて思い至った。
(今回の旅ではいろいろと学ぶことが多いな――。僕自身、まだまだだということを改めて思い知らされてばかりだ――)
アルはそのように思い、これまでの仲間のサポートを改めてありがたく感じるのだった。
カルティア帝国大使館では、とくに何かが起きることはなかった。
大使へは既に国際魔法庁からあらかじめ連絡が届いており、今日の午後にアルが訪問することで、アポイントメントが取れていたからだ。
カルティア帝国は、ベイリス王国の北に位置する広大な土地を持つ大国である。
しかしながら、その国土の多くは凍土に覆われており、さらに、北には綿々と続くカルティア大山脈が横たわっている。その山脈の向こうは冷たい北の海が広がっているらしいが、ここもほとんどが氷で覆われている地域であるらしい。「らしい」というのは、そのカルティア大山脈を越えて先にはこれまでに人類がほとんど到達していないからである。とにかく、情報がないのだ。
つまるところ、カルティア帝国から世界への連絡口となるのは、ベイリス王国までつづく、サン・カルティア川と、ベイリスとカルティアの間につながっている陸路の街道のみということになる。
世界が今、魔巣の危機にさらされているなかで、「人類未踏の地」があることは、非常に危惧されるところではあるが、そもそも、そのような極寒の地に足を踏み入れる技術を、今のところ人類は持ち合わせていないのだ。
この点、ルシアスとアリアーデはあることを考えているらしいが、それはまた、あとの話として譲ることとする。
「我がカルティア帝国においては、ツリーフォルクやドゴレム、オーラットやウェアウルフ、ウェアタイガーなどのいわゆるこちらの生物もしくは自然物に魔素が影響した魔物しか今のところは確認されておりません――」
大使によると、カルティア帝国内において、魔巣案件はごく少数にとどまっているらしいと報告を受けた。これまでに発見された魔巣はどれも小規模のものばかりで、いわゆる「小鬼」クラスの実体的な魔物は確認されていない。
魔巣の内部に至っても、魔物そのものがいたためしがなく、いわゆる「魔巣の部屋」にあるのはそれほど大きくない魔巣コアだけだという。
魔巣周辺に「憑依型」の魔物がみられるだけで、これも、動物の死骸とか、自然物、つまり、植物や岩石へ取り付いたものが出現しているが、現在までに人民に対する直接的な被害は出ていないということだった。
「なるほど――。そのような状況であれば、その魔巣を発見次第破壊して行けば、それほど大きく成長しないうちに対応できるかもしれませんね。ただ、見落としがあると、魔巣はどんどん成長を続け、やがては「小鬼」クラスの実体型の魔物が現れるかもしれません。警戒を怠らないようにお願いいたします」
アルは、大使にそう伝え、カルティア帝国へのギルド支部設置の件へと話をつづけた。
「すでに、ベイリス王国で発足したギルド支部ですが、なんとか新米冒険者も数名程度集まってきており、カルティア帝国で立ち上げる際には、初めての時よりはすんなりいくのではないかと思えます。しかしながら、やはり、現地に赴いてから新米冒険者を募っていては、稼働までに時間がかかってしまいます。そこで折り入ってお願いなのですが――」
アルは、今日の本題へと切り込んでゆく。
「――前もって、カルティア帝国内に公布を発してもらい、希望者をベイリスへ向かわせることはできないでしょうか? あらかじめこちらで訓練や経験を積んでもらっておいて、いざ、カルティア支部を立ち上げる際には、母国へ戻って先遣隊としてギルド支部の礎となってもらえればと思うのです」
大使は、なるほど、と納得し、この件、帝国へ伝えて後日返事を返すということで今日のところは話を終えることとした。
返事は後日、国際魔法庁を通じて、ベイリスの冒険者ギルドへ届けられることとなった。




