5 マイアとヴィアンナは親友、なのに
「ねえ、マイアさん。最近、昼休みになるといつもお一人でどこかに行ってしまわれますわよね。いつもどちらにいらっしゃるの? わたくし達も貴方と仲良くしたいのに」
「……」
「今日はわたくし達と一緒にお食事をいたしませんこと?」
人混みに流れて教室を抜け出し植物園に向かうのはたやすいが、さすがに二週間連続で姿が見えないといぶかしがられるものらしい。校舎を出て中央広場まで来たのはいいが、ヴィアンナ達に捕まってしまった。
嫌らしい笑みを浮かべたヴィアンナとその腰巾着である二人の令嬢が、マイアの行く手をぐるりと囲む。彼女達こそマイアへの嫌がらせへの実行犯だった。
行きかう生徒は素知らぬ顔だ。直接手を出されているわけではないし、助けを求めたところで無駄だろう。
「マイア君?」
どう切り抜けるか考えを巡らせるマイアに、呼びかけてくる涼やかな声があった。ルクスだ。
「先輩!? どうしてここに……」
中央広場は、それぞれの学年の校舎から植物園へと繋がるルートの一つだ。ルクスがここを通ることは十分に考えられた。
とはいえ、ルクスはいつもマイアより先に植物園にいる。だから今日も、先に行って待っているものだと思ったのに。
「今日は久しぶりに講義に出たんだ。どうしても出席が必要だったからな」
「えっ、じゃあもしかして、普段はサボってたってこと? ちゃんと出たほうがいいんじゃない?」
「僕がいると、変な空気にさせてしまうから……。だから登校しても教室には行かないで、一人で自習しているんだ」
ルクスは気まずげに答える。まさか彼もマイアと同様、クラスでは浮いているのだろうか。ありえない話ではない。
だからきっと植物園の花園に入り浸っているのだろう。それでも監督生に選ばれるのだから、ルクスの頭の良さにマイアは思わず舌を巻いた。
「ところで君達は、マイア君のご学友か?」
「まあ。なんですの? どこのお家の方かは存じませんけれど、気安く話しかけないでいただけます?」
「そうか、それは失礼した。僕の人付き合いが悪いばかりに不快な思いをさせて申し訳ない」
知らない男子生徒からの声掛けに、ヴィアンナは不快そうに応じた。由緒正しい伯爵家の令嬢らしい気位の高さだ。
けれどルクスは特に傷ついた様子もなく、淡々と謝罪してからマイアにもう一度話しかける。
「久しぶりに敷地内を歩いてみたが……最近、やけに一年生の魔力の動きが乱れている気がする。一年生の先生がたの魔力もだ。講義で何かやったのか?」
「あの……先輩、それってなんのこと?」
ルクスはたまに、マイアを見ながら魔力がどうのと言っている。まるでマイアの魔力が視えているかのようだ。
そんな芸当ができる人の話は聞いたことが……いや、もしかして、“調和の手”のような希少な力を彼も持っているのだろうか。
「だから、当人の魔力が滞っているんだ。マイア君の魔力はいつ見ても、まるで君そのもののように清らかで美しいが、彼女達の魔力には淀みが生じてしまっている。ただの体調不良とも言い難い。それなら、魔力が同じになる理由にならないからな」
ルクスはしかめっ面で言い添えた。ただ、あまり説明にはなっていない。
「日常生活に支障はないようだが、この状態が長引くと身体によくない影響が出るかもしれない。君が手をかざして念じれば治ると思うから、試しにやってみてくれ」
「もっとわかりやすく説明してほしいんだけど……」
本当に友人なら、おふざけ感覚で何かしてみせるぐらいなんということもないかもしれない。
かといって上級貴族に無礼な真似はできないし、そもそもマイアとヴィアンナ達は友人でも何でもなかった。そう呼べたのは三か月前までだ。
とはいえ、ここで食い下がってルクスにヴィアンナ達との関係を知られるのも嫌だし、ルクスを巻き込みたくもない。適当にごまかして、ルクスには早く立ち去ってもらおう。
下級生の女子生徒が行う嫌がらせなどルクスには効果はないかもしれないが、家ぐるみの圧力となると話は別だろう。大したコネも持っていなさそうな下級貴族のルクスでは、学園内の権力に太刀打ちできるとは思えなかった。
(……あれ? 今あたし、先輩にしれっと褒められたような……まあいっか。どうせ気のせいだよね)
それどころではないので流すことにした。
「ちょっと、何をなさっていますの?」
「魔力の淀みよ、治れー……」
「きゃあっ!?」
手のひらをヴィアンナに向けてかざす。小馬鹿にしたようなヴィアンナ達には応じず、マイアはやけっぱちで呟いた。
その瞬間。目もくらむような光がマイアから放たれ、ヴィアンナとその腰巾着の令嬢二人に降り注いだ。
「……あら? わたくし達、ここで何を……。まあ、マイアさん! 今日こそ一緒にカフェテリアに行っていただける気になったのかしら。昼食ぐらい、いつでも奢ってさしあげますのに」
「え……あの、ヴィアンナ様?」
「なんてこと! またそのようにかしこまって。ヴィアンナでよいと、あれほど言ったでしょう? わたくしとマイアさんの仲ではありませんか」
三人の令嬢達は、マイアを取り囲んだままだ。だが、その眼差しに込められた感情は先ほどまでとは真逆だった。
親愛、敬意、友情────三か月前の、友人達のそれ。かつての親友は、疑いのない目でマイアを見ながら微笑んでいる。
「思った通りだ。これで本来の魔力に戻ったな。魔力の動きも正常になった」
「……覚えてないの? あたしにいつも何してるか……」
「マイアさんに? ふふ、マイアさんったら。マイアさんと、でしょう? お喋りとお勉強会はよくしていますわよね。今度はぜひ一緒にお買い物をいたしませんこと?」
ヴィアンナは当然のように答える。三か月前までは、確かにそれがマイアの日常だった。
貴族社会に圧倒されたマイアを真っ先に受け入れてくれたのが、同じクラスのヴィアンナだ。
エリレーテが現れる前までは一年生の中心人物だった彼女は、やや男嫌いで潔癖なきらいはあったものの、平民の特待生にも分け隔てなく優しかった。
「……あら? でも、確かにこの二か月ほど、疎遠になっていたかしら……? まあ、皆さんもそうですの?」
「記憶の混濁があるのか。それが二か月分ということは、まさかその間ずっとこの状態で? 意外と長いな。他に後遺症はなさそうだが……念のため、学園長に報告しておくとしよう」
勇気を出して声をかけたマイアを、彼女は笑顔で仲間に入れてくれて、それで。
楽しかった日々がぶわりとあふれだす。もう二度と戻ることのないと思っていた、きらめきに満ちた思い出が。
「マイア君、彼女達もこう言っていることだし、今日は彼女達と、」
「ごっ、ごめんねヴィアンナ、今日は先約があるからまた今度誘って!」
マイアはルクスの手を取って、脱兎のごとく駆けだした。




