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聖なる乙女(仮)は負けたくないし、ついでに世界も救いたい  作者: ほねのあるくらげ


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4 マイアは聖なる乙女ではない、はず

 人間の顔立ちが人それぞれで異なるように、魔力にもそれぞれ個性がある。その中でも、さらに特異な性質のある魔力があった。


「神父様が言うには、あたしの魔力はちょっと特別なんだって」


 神父の話をそのまま伝える。彼いわく、マイアの魔力は調和の力を持つらしい。


 すべての魔力と相性がよく、本来なら反発する他人の魔力同士であってもマイアが仲介すれば混ざり合うことができる。

 純粋にマイア一人で魔法を使うだけでなく、他人の魔力と結びついてさらに強力な魔法を放ったり……あるいは、マイアの魔力を他者の魔力と同一化させることで、魔法そのものを無効化したりできるとか。


 なんでもかんでも無効化できるわけではないが、結界のたぐいならほぼ確実に無効化できる。召喚魔法なら、乗っ取ることもできるだろう。マイアの魔力を術者の魔力と融合させて、マイアも術者であると誤認させられるからだ。

 しかしこの魔力の調和とやらは無意識に行っていることらしく、何度説明されてもピンとこなかった。マイア自身は、特別なことをしているという感覚はまったくない。


「なるほど、これが伝説の“調和の手”か。道理で初めて視る魔力だと思った。……つまり君は、聖なる乙女なのか」

「やっ、やめてよ!」


 深緑の瞳にしげしげと見つめられ、慌てて否定する。頬が熱い。


 聖なる乙女の再来はエリレーテだと、誰もが言っていた。今さらマイアが主張して、これ以上の波風を立てたくない。

 もっともマイアの意思とはお構いなしに、エリレーテ派はマイアが聖なる乙女を自称していると騒ぎ立てているのだが。


 聖なる乙女というのは伝承の女神だ。

 かつて世界が闇と混沌の化身たる邪竜の脅威にさらされた時、一人の少女が平和のために立ち上がった。

 邪竜は災厄の象徴だ。彼女は国中の人々の魔力を集めてひとつの巨大な魔法を紡ぎあげ、そんな邪竜を滅ぼしたと伝えられている。人々の祈りを束ね、絆をつなぐことで勝利をもたらした彼女は、国の守護神たる平和の女神として尊ばれていた。


 彼女と同様に “調和の手”を持つ者は、その存在にあやかって偶像のように扱われることがある。

 平和な今の世において、その肩書に何か意味があるというわけではないが……“調和の手”に限らず希少な能力を持つ者は、権力者に強く求められた。聖なる乙女の伝承という箔を持つ“調和の手”なら、なおのこと身分を問わず歓迎される。

 エリレーテのように権力も美貌もある少女が聖なる乙女を名乗るなら、人はたやすく受け入れて持ち上げるだろう。同時代に二人もいれば、せっかくの希少性がかすんでしまう。エリレーテと違って明確な後ろ盾もないマイアの出る幕はない。


「この話、他ではしないでよね。あたしが調和の力を持ってるって言ったところで、どうせ嘘つき扱いされるだけだから」

「何故だ? 事実なんだから、真実だと証明することはたやすいだろう?」

「ルクス先輩には実感がないかもしれないけど、王侯貴族と平民は違うの。……平民の主張なんて、いくら正しかろうと偉い人が握りつぶせばそれでおしまいなのよ。だったら、最初から目立たないほうがいいわ」

「……」

「みんな、エリレーテが聖なる乙女の再来だって盛り上がってるんだから。今さらあたしも同じだって名乗り出たところで、誰も相手にしないわ」

「エリレーテ?」

「うそ、公爵令嬢のエリレーテを知らないの?」

「社交には疎いんだ。名前は聞いたことがある気がするが……」

「あの人は王太子様の婚約者なのに?」

「婚約者?」


 エリレーテを思い出そうとしているのか、ルクスはしばらく考え込む素振りを見せた。


 だが、やはり心当たりはないようだ。貴族は貴族でも、ルクスはかなり末端の家の出なのかもしれない。


「……まだ誰とも婚約していないはずだが。仮に婚約者ができたなら、さすがの僕でも覚えているはずだ」

「そうだったんだ。エリレーテ派はもう決まったことみたいに言ってたから、勘違いしちゃった。じゃあ、まだ内定の段階なのかな」

「その可能性はある。隣国への外遊から帰ったばかりだから、正式に話を進められているわけではないだろう」


 エリレーテのことは知らなくても、さすがに王太子についてはわかるらしい。そこは少し安心した。


「ただ……未来の王妃という立場はそれなりに魅力的らしくてな。まずは外堀から埋めようと、ありもしない話を吹聴されることがたまにあるんだ。正式に発表されていない以上、君もあまり本気にしないほうがいい」


 この国の王太子もアカデミアに通っているらしいが、マイアにとっては雲の上の人だ。

 もっとも、在籍期間が重なっていても、王族は学業と公務を並行してこなす必要があるらしいのでそうそう会うことはないだろう。


「それにしても、マイア君はアカデミアの事情に詳しいんだな」

「ルクス先輩が知らなすぎるだけでしょ。先輩も、もっと社交ってやつに熱心になったほうがいいんじゃない? 平民あたしが知ってることを知らないって、相当まずいと思うんだけど」

「確かに、人付き合いは苦手だが……」

「そう言うけど、先輩って優しいよね。あたしに構ってくれるし」


 マイアは笑う。それは彼女にとっては何気ない軽口であり、本心からの言葉でもあった。するとルクスは怪訝そうに眉根を寄せる。


「僕の魔法を破った相手を気にするのは当然だろう? おかげで、君が“調和の手”という特別な能力の持ち主だとわかったわけだし」

「先輩って、もしかしなくても結構な魔法馬鹿?」

「それに、君は不思議と話しやすい。君を見ていると、何故だか安心するんだ。……普段の僕であれば、こうもたやすく他人に気を許しはしないのに」

「えっ……」


 ルクスはマイアをじっと見つめた。おそろしい森を思わせる瞳に魅入られ、マイアは小さく息を呑む。


「君のことをもっと知りたい」


 心臓が早鐘のように鳴り響く。放課後、二人しかいない秘密の花園。手を伸ばせばすぐ触れられる距離だ。


「これも聖なる乙女が持つ、調和の力のひとつなのかもしれないからな。その力について、ぜひ詳しく調べさせてくれ」

「ルクス先輩! それ、あたし以外の女の子に言うのはやめたほうがいいかも。かっ、勘違いされちゃうし」

「僕がここまで興味を持ったのは、君が初めてだが……」

「そういうのだって! お願いだから、もっと普通に話してくれないかなぁ!」


 耐えきれなくなって、真っ赤な顔を覆い隠す。魔法馬鹿のこの人は知的好奇心からマイアに興味を持っただけで、深い意味なんてないというのに。


「……すまない。僕は昔から、他人と話すのが苦手で……。何かマイア君を傷つけるようなことを言ってしまったなら教えてくれないか」

「あたしが一人で勝手に一喜一憂してるだけだから気にしないで……」


 たとえ仮初でも、青春を味わえるのは楽しかった。王侯貴族が通う華やかなアカデミアで、素敵な貴公子に見初められて……。そんな夢想をしたことがないとは言わない。

 考えるだけならタダだ。現実はどうあれ、特待生として入学も許されたのだから。


 花園にいる間は、マイアも日常を忘れられる。

 嫌ないじめっ子達はここまで来ない。優しくて格好いい先輩と二人きりになり、さも普通の学生のように振る舞える。


 けれど、いつかこの幸福は消えてしまうのだろう。ルクスがマイアの真実を知り、離れていけば。

 その日が来るのが怖くて、マイアは現実から目をそらしたまま束の間の甘い幻想に浸った。

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