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聖なる乙女(仮)は負けたくないし、ついでに世界も救いたい  作者: ほねのあるくらげ


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3 ルクスは魔法にしか興味がない、気がする

「ルクスせんぱーい、いるー?」


 花園のドアを開ける。昼休みに花園に行くのが最近のマイアの日課だ。


 カウチソファに寝転がって読書していたルクスは、本から顔を上げてマイアを見た。花園に通うようになって最初の三日はマイアを見るたび悔しそうにしていたものの、一週間も経つともはや当然のものとして受け入れられるらしい。


「先輩、ちょっと教えてほしいことがあるんだけど。調合学の課題」

「……」


 ルクスは無言で立ち上がってテーブルに移動する。マイアの椅子が増えたので、テーブルセットは二人用に変わっていた。持ち込んだのはマイアだ。あそこのハンモックも、マイアのためにルクスが用意してくれた。

 ここに来るたび、マイアの私物は少しずつ増えていた。教室の机やロッカーに荷物を預けるより、花園に置いておいたほうがよほど安全だからだ。


 教科書とノートを広げ、さっそくわからないことを教わる。距離が近くてどきどきした。エリレーテ派に書き込まれた落書きは、ここに来るまでにすべて消してあるから大丈夫。


 講義中は後ろの席から物を投げられたり、マイアを見ながらひそひそ笑われたりするせいで集中できない。

 一方で、ルクスの前なら気にせず問題に取り組むことができた。どうせ教師はマイアの質問も訴えもまともに取り合ってくれない。それなら、博識なルクスに頼ったほうがよほどためになる。この花園には、高度な学術書も多い。


 ちらりと横目でルクスを見る。気高く輝く白銀の髪と、人形のように整った顔立ちは、マイアでは本来触れられないような高貴さを感じさせた。だが、彼は気にするそぶりも見せない。


 ルクスというこの三年生の先輩について、わかっていることはあまりなかった。

 家名も知らないぐらいだ。どうせ聞いたところで、貴族社会に疎いマイアにわかることはないが。平民の特待生という可能性は、全学年の特待生を対象とした集まりで一度も見たことがないから除外していた。


 魔法全般に造詣が深く、特に召喚魔法と防御魔法、そして薬草学が得意で、自由七科の知識も豊富。さすがは監督生、優秀だ。

 三年生と一年生では校舎が違うので、学内で見かけたことはない。共用スペースでなら姿を見ることもあるだろうが、その機会はまだなかった。

 彼は寮ではなく実家で暮らしているようだが、昼食はいつも持参している。持参と言っても缶詰ばかりだ。今日も、空いた容器がまとめて捨てられていた。マイアが来る前に食べていたのだろう。


「たまにはカフェテリアにでも行けばいいのに。というか家の人に頼んで、料理人さんに昼食を用意してもらわないの?」

「……騒がしいのは苦手なんだ」


 目をそらしたルクスは苦々しげに答える。神経質なのだろうか。もったいない。

 マイアはお金がないし、仮にカフェテリアに行ってもまともに席にすら座れないというのに。


 特待生は学費が無料で奨学金も出るが、だからといってむやみに散財はできない。たまの贅沢として、いつかあの豪華な食事を月に一度ぐらいは食べれるようになりたいと、カフェテリアを通るたびに友人と話していた日々が遠い過去のように思えた。

 そのたびに、友人……ヴィアンナは奢ってあげると言っていたが、あの時迂闊に応じていたらと思うとぞっとする。そんな借りを作っていようものなら、地獄のような取り立てが待っていたはずだ。


「実を言うと、人が作った料理というのも少し苦手で。料理人の方には悪いが、あまり味わって食べられる気がしないんだ。あくまでも心理的なものだから、毒見をされていようが関係ない。だから自分一人で好きに物を食べられる時は、こういう他人の介在の余地がない物を食べるようにしているんだ」

「あー。貴族のメンツってあるものね。毎日好きな物を好きなだけ食べるってわけにはいかないのか。食べる物も、人に見られるのを意識したものにしないといけないって大変そう」

「とはいえ、飽食であることに変わりはない。贅沢な悩みだろう。……僕だって、出されたものをきちんと食べたいと思う気持ちはあるんだが……」

「貴族には貴族の苦労があるのね。でも、栄養が偏らないように気をつけたほうがいいわよ」


 ルクスのおかげで課題の疑問点が無事解消できたので、マイアも昼食を食べ始める。


 今日もおいしい。花園を知るまでは、物陰に隠れて急いで食べていたから、ゆっくり味わう余裕がなかった。

 だが、今はのんびりお弁当を食べていても、誰にも邪魔されることはない。


 昼食はいつも、母に作ってもらったお弁当だ。母に習ったのでマイアも料理はできるが、朝に家族全員のお弁当を作る役目を母はなかなか譲ろうとしない。実は近いうちに、代わってもらおうと思っていたのだが……。


(作りすぎちゃったことにして、先輩に取り分ける分のおかずを持ってくる前に今の話を聞けてよかった……!)


 貴族の子息に対して思うことではないかもしれないが、ルクスの食生活があまりに不安だった。

 そこで、余計なお節介であるとは知りつつひそかに立てていた計画があったのだが、それを彼方に放り投げる。危ない危ない。実行していたら、引かれるどころでは済まなかった。



「そういえばルクス先輩、前から気になってたんだけど」

「どうした、マイア君」

「ここにある花壇って、もしかして『聖ベルメの書』第三章八節をモチーフにしてる?」

「気づいていたのか」


 マイアが尋ねると、ルクスは驚きながらも口元をほころばせた。

 予想が当たったことで嬉しくなり、マイアは言葉を続ける。


「“王はベルメに言った。お前の柔肌から生まれたロサリエ、月から滴り落ちたナルス、支配の名の下で咲くカレンド。それらすべてがここにある。天の楽園にあったとして、我が庭には敵うまい。お前の神はまやかしだ”」

「“ベルメは答えた。確かに貴方の庭は素晴らしい。けれどこの庭には祈りの露に濡れたリルが欠けている。献身のロサリエ、博愛のナルス、忠誠のカレンド、そして信仰のリル。これらすべての花が揃って初めて人の国は神の国となる。楽園は天にはない。主の御名のもと、地上において築くものだ。それを聞いた王は跪き、ベルメの足に接吻した”」


 聖書の一説を暗唱し、二人は静かに笑みを交わす。あまり有名ではない内容だ。ルクスもまさか通じるとは思っていなかったのだろう。


「マイア君は本当に博識だな。この前も、調度品の配置が螺旋論を意識していることに気づいてくれただろう? 君の私物が増えたが、この秩序に沿って置いてくれたから崩れなかった」

「だって部屋全体の見た目がすっきりして綺麗だし、動線もきっちり確保されてて実用的だから。たくさん物があってもごちゃごちゃして見えないのはいいことよね」

「配置のセンスと整頓術を評価されたことはあるが、何の説明もしていないのに理論を把握してくれていたのは君が初めてだ」


 ルクスは秩序がもたらす美について饒舌に語る。人とかかわるのは苦手だというルクスだが、マイアの前ではそんな素振りはなかった。楽しそうに話すルクスを見ていると、マイアもつい聞き入ってしまう。

 

「常々思っていたが、君は実に頭の回転が速い。アカデミアに来る前は、教会の神父様を師としていたと聞いたが、さぞ名のある聖職者なんじゃないか?」

「神父様はとてもお優しくて善い方だけど、普通のおじいちゃんよ?」


 神父は二十年ほど前に、マイアの家の近所の教会にやってきたそうだ。本人曰く、楽隠居らしい。

 アカデミアに入学するまで、マイアの教師は彼だった。教会で開かれる土曜学校には熱心に参加したものだ。その縁もあり、神父は昔からマイアに目をかけてくれていた。

 魔法の才能を見出して、アカデミアに推薦したのも彼だ。アカデミアに来たせいでマイアは陰湿ないじめの標的となったわけだが、彼のことを恨んだことはなかった。


「あ。だけど確かに、たまに高位聖職者のような方が神父様に会いにいらっしゃるかも」


 そういった場面には何度か遭遇したことがある。特に印象深いのは、十年ほど昔、教会に遊びに行った時のことだ。


 きらびやかな服を着た大勢の大人が押し掛けて、マイアと弟妹は締め出されてしまった。大人がいない隙を見計らってこっそり様子を覗き込むと、部屋の中でマイアと年の近そうな子供がベッドに寝かされていた。

 その子が苦しそうにしていたから、よくなるようにと声をかけたのだ。するとまばゆい光が生まれてその子を包み込んだので、びっくりしてそのまま帰ってしまった。


 後日神父にその時のことを訊いても知らぬ存ぜぬで押し通されたので、夢だった可能性もあるのだが。あの日見た知らない子供が少年だったか少女だったか、それすらあいまいだ。



「マイア君、今日の放課後は暇か?」

「暇と言えば暇よ。何か用事でもあるの?」


 そろそろ昼休みも終わろうかというころ、不意にそう尋ねられた。

 今日は奉仕作業の日ではない。学業に支障がない程度で、という条件付きで、マイアは神父の教会の手伝いをしている。その条件を出したのは神父だ。


「さすがにそろそろ君の話を聞かせてほしい」

「それは……」


 口ごもる。なんとなく、今日までお互いの個人的な事情については不可侵の状態が続いていた。名前と学年だけ名乗り、あとは自由に想像するだけ。花園の外で会ったことはないから、そんなものだ。

 ルクスに事情を知られて、哀れまれるのは嫌だったし……手のひらを返されるかもしれないと思うと怖かった。


 これまで彼は、たまたまマイアのことを知らなかっただけだ。マイアに優しくしていれば、そのせいでエリレーテに目をつけられてしまう。それならば、ルクスだってきっとエリレーテを選ぶに違いない。


 けれど、ルクスは真剣な目でマイアを見つめたまま言葉を続けた。


「こんなことは初めてだ。何度魔法的結界迷宮を構築しても、たやすく踏破されてしまうなんて。君は一体何者なんだ?」

「あっ、そっち?」

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