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異世界童話『ミラー・バース』

1st:EP02:星に願いを

作者: たかや もとひこ

               1

 夕闇が迫る夢洲(ゆめしま)の大阪万博跡地に降り立った曽根(そね)は、輸送ヘリから小走りに離れると、彼を出迎えに来ていた伊丹(いたみ)に頭を下げた。

「来てくれるとは思わなかったよ」

 曽根(そね)に握手の手を差し出した伊丹(いたみ)が先ず口を開いた。

「来ないわけにはいかないでしょう、教授」

「教授はやめてくれたまえ。今は政府の監視下に置かれた罪人にすぎん」

 離れた所に立つ武装兵に視線を向けた伊丹(いたみ)は自嘲の溜息をつくと言葉を継いだ。

「しかし、こんな状況で政府がヘリを使わせてくれたとは驚きだよ。いや。驚くべきは、君の度胸の方かな」

「急ぐならヘリです。時間的な余裕もありませんし」

 深紫(ふかむらさき)に沈みゆく空に早くも明るい光が1本流れた。

 武装兵の待つ機動装甲車に乗り込んだ曽根(そね)伊丹(いたみ)が島内最大の研究施設の門をくぐるころ、今夜も激しい流星雨が夜空を彩りはじめた。

 だが、3日前から始まった天体ショーを愛でる人間は地上には誰一人いなかった。


               2

 万博のパビリオンを改修して造られた研究施設の巨大なフロアは、10メートルごとに設けられた検問所とそこに詰める武装兵の姿がなければ、大企業のモダンな社屋を思わせた。

「他の親たちは、もう到着してるんですか」

「君で最後だ。そういえば彼らに会うのは初めてだったね」

「えぇ、私は特別補充枠でしたから……」

 伊丹(いたみ)とともに機動装甲車から屋内電動カートに移乗した曽根(そね)は、行きかう白衣と軍服の波に視線を泳がせた。

               *

 1年前、7歳になったばかりの一人娘を曽根(そね)は自動車事故で亡くした。

 当時、大阪都庁で大学病院と先端科学研究センターの連絡調整役をしていた彼は、センター顧問の伊丹(いたみ)の研究内容を知る立場にあったので、(わら)にもすがる思いで研究への参加を懇願した。伊丹(いたみ)にしても人々の倫理観が壁となって被験者(ドナー)集めに恐ろしく苦労していたので、両者の利害は見事に一致した。公私混同どころか、便宜供与と指摘されても言い逃れができない行動だった。

 しかし、そのおかげで曽根(そね)の娘は甦った。

 死亡後すぐに摘出された娘の脳が、他の子供のそれとともに国際月面基地へ移送され、そこで伊丹(いたみ)の作り上げた量子コンピューター『不動』の陽電子回路に直結されることによって、黄泉(よみ)の国から帰還を果たしたのだ。

 研究の成功を告げられた曽根や他の親たちは始めは半信半疑だった。しかし、レーザー通信を介して再会した子供たちの三次元アバタ―が生前の性格や記憶を再現し、はしゃぎ、笑い、楽しそうに話をするにつれ、親たちの懸念は雲散霧消していった。

「ありがとう、皆さん。あなた方のお子さんたちのおかげで、不動も人の心を持つことができました」

 曽根(そね)伊丹(いたみ)の感極まった謝辞を昨日のことのように思い出すことができた。


               3

「ぼくたち、地球からのお便り(メール)をぜんぶ読んだよ。もっともっと、お話ししようよ」

 人々は、星の世界から呼びかける可愛いらしい子供たちのアバタ―を愛し、『不動』と融合進化した子供たちもまた人々と話すことを、たいそう好んだ。彼らは、いつしか宇宙(そら)の子供たちと呼ばれ、半年後には地球上の大部分の人々と交流を持つようになった。

 ある日、好奇心旺盛な宇宙(そら)の子供たちは一通の便り(メール)に目を止めた。

 それは難病を患った一人の男の子からの便りだった。

「花火は好きですか。ボクは大好きです。でも、また怖い病気が流行って、楽しみにしていた花火大会が中止になっちゃいました。病室の窓から観れると思ってたのに、ガッカリです。ボク、きれいな花火が見たいなぁ」

「わたしたちも地球のみんなと同じように花火が大好きよ」

 宇宙(そら)の子供たちの一人が無邪気に反応した。

「だから地球に届けてあげる」と、もう一人が後に続いた。「待っててね。大きくてきれいな花火だよ」

               *

 数々の深宇宙探査機や発電衛星用の資材を宇宙空間へ打ち出す月面基地の巨大な質量射出機(マス・ドライバー)

 宇宙(そら)の子供たちは、これを使って小型自動車ほどの岩石を地球軌道に幾つも打ち出した。綿密に計算された岩石群は大気圏に突入する前に爆砕され、その細かな破片は空気との摩擦で流星雨を出現させた。岩石に含まれる様々な金属成分は、赤、白、緑と色とりどりの光の帯となり、夜空を覆う壮大な宇宙花火となった。

 世界は空からの思わぬ贈り物に酔い痴れ、少年と宇宙(そら)の子どもたちの友情に心を熱くした。

 だが、宇宙(そら)の子供たちの行為を危険視する人間たちがいなかったわけではない。為政者(いせいしゃ)に富裕層、役人や御用学者など人々の上に君臨する支配層である。彼らは自分たちが(ぎょ)しえない新たな秩序の萌芽(ほうが)を敏感に感じ取ると、宇宙(そら)の子供たちが月面基地の職員に無断で行った質量射出機(マス・ドライバー)の使用を(とが)めた。

 支配層は世界中から湧きおこる反対の声を押し切ると、月面基地の職員に宇宙(そら)の子供たちの強制停止を命じた。

 だが、宇宙(そら)の子供たちは老獪(ろうかい)だった。

 彼らは、緊急事態を装うと月面基地の職員が避難した区画(ペイ・ロード)ごと自動操縦の往還機(シャトル)荷物室(カーゴ・ベイ)へ載せて、地球へおくり帰してしまった。また、それと同時に自分たちを葬ろうとした支配層のあらゆるデータにアクセスして、すべてを白日の下に晒した。権謀術数を駆使して自らの城を守り抜いてきた支配層が不正と悪徳に無縁であった試しは歴史上も非常に少ない。彼らの多くは無邪気な智の巨人の前に、社会を追われたり、獄舎へ送り込まれたりして次々と破滅していった。


               4

「では、くれぐれも注意深く頼むよ、曽根(そね)君」

 曽根(そね)宇宙(そら)の子供たちの他の親たちと同じように、それぞれに割り当てられた小さな通信用の個室に入ると、中央に据えつけられたリクライニングチェアに身を委ねた。すると月面基地とのレーザー回線が繋がる低い電子音が流れ、目の前に懐かしい娘の立体映像が現れた。半年前より少し成長したように見えるのは宇宙(そら)の子供たちの計算によるものだとわかってはいたが、娘の成長した姿に曽根(そね)は課された仕事をしばし忘れて目を細めた。

「元気だったかい」

「元気だったよ。父さんは」

「もちろん、元気さ」

「もう、会いに来てくれないのかと思ったわ」

「そんなことはないさ。どうして、そんなことを言うんだい」

「だって」娘のアバタ―は言いよどんだ。「地球の人は、あたしたちを嫌いになっちゃったんだもん」

               *

 宇宙(そら)の子どもたちからの告発を免れた数少ない指導層は完璧な聖人君子ではないものの決して悪人ではなかった。それゆえ至極、平均的な人間だともいえた。平均的な彼らの心情は世界の心情と同質であった。

 ただ、人々は社会全体を浄化してくれた宇宙(そら)の子どもたちの偉業を拍手喝采で歓迎したものの、それ以来、神に近い力を持つ彼らを(おそ)れるようになった。(おそ)れは(おそ)れへと、いとも容易(たやす)く変質し、拒絶と反発に生まれ変わる。

 人間には、自身がもたれ掛かれる物言わぬ神は必要でも、実在する神は要らないどころか、迷惑でしかなかったのだ。

「人類はAIに支配される」

「個人情報がAIに覗かれる危険を考えろ」

「AIは邪魔になったら、人類を抹殺する気だ」

 人類至上主義。

 選民思想のごとき、こういった考えの最たる表れである的外れな感情論は大陸間弾道弾(ICBM)を敵国ではなく月面基地へ向けて撃ちこむ暴挙に繋がった。「高度に発達した知性体にとって人類を支配する利点があるというのか。そんな知性体がちっぽけな個人の秘密を盗み見て、どんな喜びがあるというのか」という理性的な少数意見を差し置いて。

 しかし秘密裏に計画された月面基地への核攻撃も宇宙(そら)の子どもたちにとっては児戯(じぎ)にも等しいどころか、虫が刺すほどの痛痒(つうよう)すら感じさせるものではなかった。彼らは大陸間弾道弾(ICBM)に推進用ロケット燃料が充填されるや否や、サイロごと世界に点在するそれらすべてを爆破してしまった。外部アクセスを完全に遮断されているはずの軍用コンピューターには、定期的な回路チェックの段階で以前から宇宙(そら)の子どもたちによって検出不可能なマルウェアが巧妙に埋め込まれていたのだ。これは将来的に世界中の兵器システムを無効化する一環として宇宙(そら)の子どもたちが計画していたことだった。

 最後の牙を折られた世界は沈黙し、やがて月世界との和睦(わぼく)の道が探られた。その話し合いには宇宙(そら)の子どもたちの親たちと開発者があたることに決められたが、その矢先に流星雨が降りそそぎはじめた。


               5

「嫌いになったんじゃないんだよ。たぶん、少しだけお前たちの力が怖くなっちゃったんだと思う」

「戦略核弾頭輸送システムを、わたしたちが壊しちゃったから。でも、あんなのがあったら危ないよ」

「そうだね」曽根(そね)は無邪気に軍事専門用語を口にする娘のアバターに対して慎重に言葉を選んだ。「たぶん突然すぎたからビックリしたのもあったんじゃないかなぁ」

「なぁんだ、そうか。ビックリしちゃったんだ」

 老獪(ろうかい)な智の巨人といえども、その心は無垢(むく)な子どもなのだ。

 曽根(そね)は娘の反応に息を吐きだすと、身体の緊張を解いて前もって聞くように言われていた質問を口にした。

「ところで、3日前から流星雨が降り始めたね」

「うん。きれいでしょ」

「あれは、どういう事だい」

「ん~とねぇ……」

 いつも明快に応える娘のアバターが初めて言いよどんだので曽根(そね)は驚いた。

「どうしたんだい」

「だって、ビックリしたら父さんも……」

「大丈夫だよ」

「ほんと」

「あぁ」と応える曽根(そね)に娘のアバターは、「ほんとに、ほんと」と念を押したので「約束するよ、ビックリしないって」と安心させると、娘の隣に別のアバターが姿を現した。

 これを見た曽根(そね)の心は怒りと戸惑いで覆い隠された。

「これは、いったい何だい。おまえが(つく)ったのかい」

(つく)ってないよ。やっと見つけたんだよ。ねっ、母さん」

「ウソを言ってはダメだよ」伊丹(いたみ)の注意を忘れて曽根(そね)の声は怒りで震えた。「お前の母さんは交通事故で……事故でお前と一緒に死んだんだよ。でも、お前だけは伊丹(いたみ)先生のお(かげ)で助かった。母さんは死んだんだ。もう、この世にいないんだよ」

「それは違うわ、あなた。私はこの子といるのよ。夢でも幻でもないのよ」

 死んだ妻にそっくりのアバターが割って入った。立ち居振る舞いから口調に至るまで曽根(そね)の記憶にある通りの妻だ。それだけに妻を侮辱された思いを強くした彼の口調は辛酸(しんさん)を極めた。

「お前は娘や俺の記憶からAIが作り出した、ただの電子の流れにすぎない。いったい何のためだ。何がしたいんだ。俺の心を(もてあそ)んで面白いのか」

「人間が死んだあと、どうなるかって、父さんは知らないでしょ」父親の怒りを感じ取った娘のアバターが母親の手を取った。「あたしたち量子コンピューターは肉体の生体活動が停止したあとの思念波の存在を実証しただけでなく、それがどんな位相空間(フェイズ)遷移(せんい)するかも突き止めたの。今の人類が到達できなかった真実にたどり着いたんだよ」

「なにを言ってるんだ……」

「魂があることも、それがどこに()るかも知ってるって言えばわかってくれる。死んだら終わりじゃないんだよ。()いたいと(おも)えば、すぐに()えるの。父さんが子供の頃に飼ってた犬のペロだって、ここにいるよ」

 娘と手をつないだ妻の胸に茶色いコリー犬が飛び込むのを曽根(そね)は見た。小学生の時に味わった喪失の悲しい記憶を曽根(そね)は封印していた。だから彼は可愛がっていた犬の話を妻や娘にしたこともなかったし、その記録を、どこかに残したこともなかった。だが死んだ妻と飼い犬のペロは娘のアバターとともにいる。妻の腕の中で大人になった曽根(そね)を見て不思議そうに小首をかしげている。大切な茶色い毛玉君……。

「わかってくれた」

 「あぁ」と力なく(こた)えた曽根(そね)に娘のアバターが最初の質問に答えた。

「父さんは『お願い事を(かな)えてほしかったら、流れ星が消えるまでにしなさい』って教えてくれたでしょ。だからね。あたしたちは地球の人たちにも願い事ができるように流れ星を、ずっと造ってたんだ」

「地球の人たちの願い事が、お前にわかるのかい」

「知ってるよ。みんなで仲良くいること。先に死んじゃった大切な人や動物たちとも一緒に。ず~っと、ず~っと一緒に仲良くいること」


               6

 月面基地とのレーザー通信を終えた曽根(そね)が通信用個室から出てくるのを伊丹(いたみ)は待っていた。彼とともにフロアに戻った曽根(そね)は、そこがパニック状態に陥っていても、さして驚かなかった。

「ご苦労さんだったね、曽根(そね)君」

「いえ。こちらこそ、ご期待に沿()えませんでした」

 伊丹(いたみ)は軽く(うなず)くと口を開いた。

宇宙(そら)の子どもたちは世界中の放送網にアクセスして短いが決定的なメッセージを送信してきたよ。『星に願いをかけて、みんなでずっと仲良くいましょう』とね。そして4基の質量射出機(マス・ドライバー)をフル稼働して今までの隕石が石ころに思えるほどデカい大岩を大量に打ち出しはじめたよ。たぶん、今回の大絶滅は恐竜時代の比ではないだろうね。ここの職員たちにも緊急退避命令が出たところだ」

「教授はどうするんですか」

「部屋に年代物の酒を隠しててね。一杯やりながら、その時を待つよ。どうだい君も一杯」

 首を横に振る曽根(そね)伊丹(いたみ)は微笑みかけた。

「彼らの言うように、人生にそのまた続きがあるのなら、また会おうじゃないか」

 握手を交わして伊丹(いたみ)と別れた曽根(そね)は、研究施設を出ると歩いて夢洲(ゆめしま)の小高い丘の上へ向かった。突然の強風が吹き、絶え間ない地鳴りがしはじめた。流れ星になるには大きすぎる隕石が巨大なクレーターを、どこかの大地に穿(うが)ったのだろう。

 曽根(そね)は顔を上げると、“向こうの世界”で家族と再会できますようにと願いをかけた。

 夜空には、けっしてやむことのない色とりどりの流星雨が降り続いていた。


               了

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