反則②
【ログイン36日目】※ゲーム内時間換算(28日)
時折、進行ルートにいる木の魔物をマカの《次元吸収》で消滅させつつ、俺たちは森の中を進んでいた。
先行しているのは俺で、《気力操作》と《魔力操作》を発動させ周囲の索敵を行なっている。
俺の後ろにはマカがいる。
そして、最後尾がレイクさんだ。
3人の中では最も各パラメータが低いマカを、各パラメータの高い俺とレイクさんで挟む形だ。
この隊形を提案したのは勿論レイクさん。
反対する要素はどこにもないので、俺とマカは頷くことだけをした。
《地図》によるマッピングも順調だ。
スキルレベルが上がったおかげか、一度にマッピングできる範囲が広がったように感じる。
「何にもないわね。つまんない」
マカがそう言うが、それは流石に気が早いと思う。
今日はご機嫌斜めなのだろうか。
まだ森をそんなに進んだわけではないし、マカには《次元吸収》で木の魔物を倒すという役目もある。
つまんない、は無い。
そんな事を言ったら、レイクさんが……。
「そう言わないでください、マカさん。私なんて歩いているだけですよ」
そう、レイクさんがまるで何もしていないみたいじゃないか。
良くないぞ。マカ。
本人が自覚していないとは言え、遠回しに悪口言ってるみたいで。
いや、自覚していない方が良くないな。
そっちの方が、本当にそう思ってる感が強い。
まあ、どちらにせよ良くはないが……。
「ん?」
100メートル先の《気力操作》に反応があった。
木の魔物とは別のようだ。
なぜか《魔力操作》には反応しない。
その違和感もありすぐに分かった。
どうやら移動しているようで、ちょうど俺たちの方に向かっている。
あと少しで接敵する速さだ。
「どうしたんですか? サクヤさん」
俺の様子から何かを察したのか、レイクさんがそう訪ねてくる。
いいタイミングで話しかけてくる。さすがレイクさんだ。
「《気力操作》に反応があった。あと少しで新種の魔物と接敵する」
「なるほど。警戒しておいた方が良さそうですね」
「大丈夫よ。どうせ私の《次元吸収》で終わりだもの」
おいマカ。少し調子に乗りすぎじゃないか?
確かにマカの《次元吸収》は強力だが、防ぐ手段が…………防ぐ手段が……ある……か?
冷静に自問自答してみても、答えが出てこないことに気づいてしまう俺。
防ぐ手段か……。無かったらどうしよう……。
い、いや分からない。
もしかしたら《吸収無効》とかあるかもしれないし。
「マカさん。現状、マカさんの攻撃手段は《次元吸収》だけなんですから、それを防がれたらマカさんは何もできません。敵は新種のようですし最初だけ警戒しましょう?」
レイクさんが話す。
出来るだけマカを刺激しない優しい言葉だ。
言ってることも正しい。
これにはマカも反論できまい。
って、俺が偉そうにすることでも無いか。
「分かったわよ」
とマカが答える。
はい素直。
やっぱり、レイクさんの言うことは聞くんだよなぁ。
俺の言葉は無視しかされないのに。
この差は一体なんだろうか?
マカと初めて会った時なんて、プレイヤーにキルされそうになっていた所を助けたんだぞ? 結構カッコよく決まったので、好印象だろうな、と思っていた。
それがコレだ。
俺は何を間違えたのだろうか。
いや、マカが特殊なだけか?
考えてみれば火結晶を、綺麗だから、と言って食べるような奴だ。
確かに普通では無い。
「サクヤさん、魔物はどの辺りにいますか?」
「俺たちの前方だ。もう見えるぞ」
常に《気力操作》にて位置は確認していたので、思考を脱線させながらも余裕を持って答えられる。
それが普通? ……人それぞれだ。
新種の魔物は、少しずつその容貌を明らかにした。
木々の隙間から見える体格はかなり大きく、腕は毛深い。
毛の色は深い緑で、二本の足で直立している……人型のようだ。
木に隠れていた頭が見えた瞬間、俺の頭は一つの単語で埋め尽くされる。
目の前の魔物が、誰もが良く知っているあの動物にしか見えなかったからだ。
「チンパンジー!?」
そう、チンパンジー。
動物園でお馴染みのバナナ好きのことだ。
顔もそのままで、本当にチンパンジーにしか見えない。
これで実はチンパンジーじゃなかったら、逆に何なんだというくらいチンパンジー。
何度もいうが、チンパンジーだ。
「チンパンジーですか……現実通りなら厄介ですね」
「チンパンジー? 猿と何が違うの?」
チンパンジーの詳しい生態など俺は知らないので、レイクさんのコメントには反応できない。
しかし、マカ。
それはそれで反応に困る。
猿……たしかに猿だが、ゴリラと日本猿のどこが違うかは分かるだろ? 見た目も違うし、種が違う。
なら人間だって猿と何が違うの? と言ってやりたい。
まあ言わないけど。
「チンパンジーは霊長類の中でも力が強くとても好戦的な性格をしています。木登りなどを駆使して三次元的に動かれたら、かなり厄介ですよ」
レイクさん……学者さんみたい。
いや、もしかしたら本物か。
レイクさんなら有りえる。
チンパンジーについて分かりやすい説明を、流れるように簡潔にまとめて言える人が普通なはずがない。
「私の《次元吸収》で終わるわよ。どうせ」
だというのに、マカは興味なさげにそう呟く。
そして、《原子分裂》にて霧を発生させた。
出ましたぶっ壊れスキルコンボ。
初見じゃまず防ぎようがない、触れた瞬間にその部位が消滅する理不尽な攻撃。
ウルフとボア以外の動物なんて初めてなんだから、もう少し見ておこう、とか思わないのか?
……まあチンパンジーだったら思わないか。
マカの霧はチンパンジーに向かって直進する。
チンパンジーは突如発生した霧に困惑したのか、何だこれ? という風に首を傾げている。
だが、回避するような行動は一切ない。
このまま霧に包まれたら、その瞬間に《次元吸収》されるとも知らずに悠長に眺めている。
哀れ。
俺がそう思った次の瞬間。
チンパンジーがいきなり焦った様子を見せ、霧から距離を取った。
当然、マカの霧はチンパンジーを追うが、速力の差からか距離が縮まることはない。
見事に《次元吸収》の回避に成功している。
……なるほど。
意外とマカの霧は速くない。そこを突けば回避はできるのか。
いいものを見た。
参考にさせてもらうぞ。チンパンジーよ。
「あのチンパンジー、凄まじいパラメータです。サクヤさんも確認してみてください」
《鑑定》。
そういえば、木の魔物を鑑定するのも忘れていた気がする。……木だけに。なんでもないです。
俺はチンパンジーを《鑑定》した。
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ステータス
レベル 40
種族 アサルトエイプ
パラメータ
HP 3000
MP 0
速力 500 筋力 500 防力 800
器力 100 精力 0
スキル
〔種族スキル〕《手撃》LV.28《危機感知》LV.32
《防力強化》LV26
〔通常スキル〕《速力強化》LV15《筋力強化》LV15
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アサルト……戦うって意味だっけ?
うろ覚えだが、スキル構成を見る限り物理攻撃に特化したタイプだろう。
MPと精力が0だし、魔法を完全に捨ててるな。
スキルはかなり少ない。攻撃系は《手撃》だけで、あとはパラメータ上昇系のスキルだ。
だが、厄介そうなスキルもある。
マカの霧の恐ろしさに気づいたと思われる《危機感知》だ。
俺は重ねて《鑑定》する。
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《危機感知》
消費MP0で発動可能。任意発動ではなく自動発動し、所有者のHPが10%を下回る攻撃にのみ発動する。また、周――
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「――ホアアァァッッッ!!」
チンパンジー改めアサルトエイプがいきなり突っ込んできた。
俺は《危機感知》の説明を見ていたので、少し反応が遅れてしまう。
だが、アサルトエイプは俺ではなくマカを狙っているようで、横に回避した俺を追ってくる様子は微塵もない。
マカの霧を警戒したのかな?
《危機感知》が発動しまくってるなら、その気持ちもわかる。
そして。
アサルトエイプの判断は正しい。
マカの《次元吸収》は確かにぶっ壊れている。
だが、あくまでもそれはスキルなのだ。
マカ自身のパラメータは低いし、PSも低い。
接近されたら終わりの固定砲台だ。
では、そんなマカが速力500のアサルトエイプの突進を回避できるだろうか?
否、目で追い切れもしない。
あれ? 今のこの状況ヤバくないか?
俺はつい反射的に退避してしまったため、固定砲台であるマカが野ざらしになっている。
もし、これが俺とマカだけのパーティであれば、俺の行動は必ず怒られる。前衛として反論の余地もない完全な失態なので当然だ。
しかし。
「≪上段回蹴≫」
鈍い音が響いた。
そして次の瞬間には木の折れる音も響く。
「マカさん、危ないところでした」
上げた脚をゆっくりと下ろしながら、レイクさんは声を掛ける。
対するマカは固まってしまっているが。
「……あ、ありがとレイク」
恐らく、マカには目の前で何が起きたのかすら分かっていないだろうが、自分がレイクさんに守られた、ということは察したらしい。
珍しく素直だ。
そして、マカは俺の方へ来た。
「ねえ」
「……何だ?」
「あのチンパンジーの攻撃みえてたの?」
「……もちろんだが?」
「ふん。何でもないわ、それだけ」
会話が終了した。
マカが話す雰囲気はもうない。
一体なんの確認だったんだろう。
アサルトエイプの突進が見えたら、何かあるんだろうか。
……あ、もしかすると。
遠回しに文句を言われたのか?
あのチンパンジーの攻撃みえてたの? 見えてたら何で私を守らないで回避したの? サクヤって前衛だよね? サクヤのせいで私が死んだらどう責任とるの?
ということを言外に伝えたかったのかもしれない。
……ないか。
「ボアァァァァッッッ!!」
アサルトエイプの咆哮が響いた。
随分とご立腹の様子だ。
アサルトエイプは、真っ二つに折れた木に手を掛け起き上がる。
《鑑定》してみればHPが半分ほど削られていた。
レイクさんの蹴り強すぎでは?
一発で1500持っていった計算だぞ。
さすが武技スキルと言いたいところだが……もし俺がその≪上段回蹴≫を喰らえば、ほぼ一撃で死んでしまうので複雑な心境に陥っている。
「ガアァァッ!」
アサルトエイプが憤怒の形相でレイクさんに襲い掛かった。
やはりパラメータは高いので、動きはかなり速い。
スキルレベル28の《手撃》も持っているので、油断は禁物。それなりの警戒が必要だろう。
しかし、俺のそんな分析とは反対にレイクさんが身構えたり戦闘態勢を取る様子は見えない。
ただ棒立ちしている。
「ガアァァッッッ!」
それなりに距離は離れていたが、アサルトエイプはあっという間にその距離を詰めた。
そして、棒立ちのレイクさん目掛け、《手撃》の乗ったであろう凶悪な右ストレートを放つ姿勢を取る。
俺の目にもマカの目にも、レイクさんがアサルトエイプに殴られる光景が幻視される。
だが。
次の瞬間、レイクさんはアサルトエイプの後ろに立っていた。
「ガアッ!」
結果、アサルトエイプは見事に空振る。
そして、よほど力を込めたのかバランスを崩した。
まあ、無理もない。
アサルトエイプからすると、目の前の敵が一瞬で消えたのだ。
少なからず動揺しているはず。
まあ、そこまでの知能があるか知らないが。
レイクさんは右手に持つ斧を振り上げる。
すると、レイクさんの身体が斧を含めて炎に覆われた。
「……え?」
俺の間抜けな呟きは、燃え盛る炎の音によって掻き消された。
だが、その音によってアサルトエイプも背後の炎に気づいたようだ。
振り向き、レイクさん目掛け拳を放とうとする。
瞬間、レイクさんが斧を振り下ろした。
アサルトエイプの拳諸共、その身体を両断する。
すると、アサルトエイプは消滅し、レイクさんの足元にはアイテムが出現した。
同時にレイクさんを覆っていた炎も消える。
「???」
「ふふ……何よその顔」
俺が目の前で起きたことに驚いていると、マカは笑いを堪えながらそう言ってきた。
いや、堪え切れてないぞ。
というか、スライムが笑ってるとか判別できないんだが。
考えてればレイクさんもそうだが、魔物には表情というか感情を伝える手段が言葉以外には殆ど存在しない。
なので。今の俺はマカに真顔で笑われてるみたいで違和感が半端ない。
ちなみに、現在の俺は人化している。
やはり二足歩行の方がしっくりくるからだ。
近いうちには刀を使うことにもなるので、少しでも人型でいたほうが良いと思った、というのも理由の一つだが。
……思考が逸れた。
いま考えるべきなのはレイクさんについてだろう。
俺はレイクさんに近づく。
ちょうど、アイテムをインベントリに収納しているところだった。
「レイクさん、あの炎は? 大丈夫なのか?」
近くで見て分かったが、レイクさんの鎧には傷一つ付いていない。
さっき炎に包まれていたとは思えないよなぁ。
「ああ。私の武技スキルですよ」
「武技スキル? あんなに強そうなのがか?」
「はい。≪頭冠魔動≫と≪戦楽炎斧≫という武技スキルです」
「……どういうスキルなんだ?」
「口で説明するのは難しいですね……。私のステータスを《鑑定》して見てみてください。そちらの方が分かりやすいでしょうから」
「わかった。じゃあ遠慮なく」
俺はレイクさんを《鑑定》した。
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ステータス
レベル 4
存在値 74
名前 レイク
種族 聖炎之魔鎧
職業 斧士
パラメータ
HP450
MP401
速力400 筋力400 防力368
器力386 精力386
スキル
〔種族スキル〕《憑依》LV--《浮遊》LV--《炎無効》LV--
《聖無効》LV-- 《聖炎操作》LV3
〔職業スキル〕《斧技》LV2《筋力強化》LV27
〔通常スキル〕《分離》LV3《融合》LV20
《手技》LV1《足技》LV2
《平衡》LV3《武闘》LV4《偽装》LV6《清浄》LV1
《汚毒》LV1《根性》LV6
〔武技スキル〕
≪加速≫ ≪戦楽炎斧≫ ≪身斧一体≫ ≪衝拳≫ ≪摑重操手≫
≪真剣白刃取≫ ≪脆脚≫ ≪頭冠魔動≫ ≪上段回蹴≫
__________________________________________
……。
…………。
………………はい。
どこから突っ込めばいいんでしょうか?
突っ込むところが多すぎる。
まずは種族。
聖炎之魔鎧ってなんだよ。
属性は何なの? 聖なのか魔なのか炎なのか分からない。
いやまて。炎っていうのも何なんだ?
火とは違うっぽいが……恐らく火の上位互換か。
そして聖は光の上位互換だろうか。
そして、その上位互換同士を掛け合わせたような《聖炎操作》……見るからに強そうだ。
まあ明らかに魔物が使っていいものじゃないとは思うが。
そして、さらに《聖無効》と《炎無効》。
この二つは絶対にヤバい。
炎が効かないということは、《火魔法》も効かないのだろうし、《光魔法》も同様だろう。
属性自体が無効なら、《火魔法》に特化した魔法使いなんかは完全に為す術が無くなる。
無効って反則じゃないか?
耐性とかならまだしも、十も百も千も万も全てを0にしてしまうのは、どう考えてもおかしい。
地味に存在値が上がってるのにも納得だ。
あとは……《清浄》?
よく見れば《汚毒》なんていうのもあった。
どういうスキルなのか字面からは推測しづらいな。
日常生活でも見ることは少ない言葉だし、使わない。
ということで、俺は《鑑定》した。
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《清浄》
消費MP50で発動可能。対象の状態異常をランダムに三つ解除する。また、解除した状態異常が三つ未満の時、反比例して対象にランダムにバフを掛ける。しかし、接触した状態で発動させなければ効果は無い。
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なるほど。
……強いな。
攻撃系のスキルではないものの、状態異常を三つも解除できるのは普通に便利かつ強力だろう。
状態異常というのは意外と厄介なものだ。
俺自身はまだ体感したことは無いが、シャドウショックの{盲目}や、レイクさんが受けた{気絶}など、対処しづらいものが多い印象がある。
{気絶}に至っては、一時的に戦闘不可能となり無防備になってしまう。
一度だけでも食らうと、大ダメージを負ってしまう……恐ろしい状態異常だ。
だが、それだけ強力な効果がある分、状態異常を発生させる方法はかなり限られている。
例えば、{盲目}。
一番簡単な方法が、《影魔法》という一応特殊な魔法スキルを使うこと。
そして、10MPを消費して{盲目}になる確率は5%だ。
単純計算でも20回発動させなければならず、合計で消費するMPはなんと200。
明らかにコスパが悪すぎるのだ。
同じように、{気絶}も相当難しい条件が必要なのだと思われる。
レイクさんも受けたのは一度のみだったし、それ以外で見た事は無いからな。
まあ、効果が強すぎるので、もっと発生率を下げていいとも思うが。
さて、次は《汚毒》を見てみようか。
名前からして《清浄》と対義語だが、効果はどうなんだろうか。
俺は《鑑定》した。
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《汚毒》
消費MP50で発動可能。対象の状態異常をランダムに一つ強化させる。また、対象の状態異常が三つ以上の時、対象に{汚毒}を掛ける。しかし、接触した状態で発動させなければ効果は無い。
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やはり、と言うべきか。
《汚毒》と《清浄》は効果が真逆だな。
イメージ通り、《清浄》は味方に使う用。
そして《汚毒》は敵に使う用だ。
状態異常を強化というのは、正直かなり強いと思う。
どんなふうに強化されるのかは分からないが、効果が弱くなったりすることはないからな。多分。
しかし、対象の状態異常が三つ以上で{汚毒}を掛ける、というのは実質的に無理な気がする。
だって、俺がいま知っている状態異常がさっきも言った{盲目}と{気絶}の二つのみなのだ。
ん? いや、そういえば…………。
一番最初にヒルと修行したとき、俺はヒルの攻撃を避けきれず、見事に足が吹っ飛んだ。
その時のステータスに、部位欠損と表示されていたのを思い出した。
アレも状態異常という判定なのだろうか?
それなら、頑張ればなんとか{汚毒}を掛けられるかもしれない。
しれないが……。
冷静に考えてみれば、{気絶}と{盲目}と部位欠損になった相手に{汚毒}を掛けてトドメを指すより、普通に倒したほうが早いことに気付いた。
{汚毒}とか意味ないわ。