ギルドの存在
【ログイン34日目】※ゲーム内時間換算(27日)
「あ! クウヤ君! あれだよ、あれ!」
――俺達は草原エリアから戻り、現在は街にいた。
草原エリアを移動している時は会話など欠片もしなかった俺だが、これから何するの? という最低限の質問は平然と言えた。
学校でもよくある、雑談は無理だけど仕事についての話なら大丈夫! ってやつだ。
事実、思ったより言葉はすんなりと出た。
ルカもそんな俺の、何も気にして無いよ? みたいな声音に冷静さを取り戻したようで、どうにか普通に会話ができる状態になったのだ。
そして。俺の疑問に答えたルカ曰く、この街には " 探索者ギルド " というものがあるらしい。
なんでも、狩った魔物の素材やアイテムを売ったり、討伐依頼をこなす事で、お金が貰える場所らしいのだ。
イメージはテンプレのアレだな。
俺は一瞬でそれを察した。
運営もなかなか分かってるじゃないか。珍しいことに。
そう思った俺だが、そこに問題があった。
探索者ギルドの場所が分からない、という大きな問題が。
俺は探索者ギルドの存在すら知らなかったので当然だが、頼りのルカも友達から聞くのを忘れた、とのこと。
いや何してんの。とは言わなかったが、あの真面目なルカでも忘れる事があるんだなぁ、としみじみ思った。
と同時に、ルカにばかり頼ってしまい申し訳ないという気持ちも込み上げた。
そして、そんな俺の様子を怒っている、と勘違いしたルカが、引くくらいに謝ってきたのには本当に驚いた。
直ぐに誤解は解けたが、周りの目が物凄く痛かったのは忘れられない。
なんせ、側から見れば、子供に謝る保護者だ。
もう不審すぎる。
……そんなことがあったせいで、もう一つの問題も生じてしまった。
他のプレイヤーに道を聞けない、という問題が。
俺達を見る目が完全に、関わっちゃいけない! という空気を出している。
こんな状況で声をかけようものなら、即GMコールだろう。
まあ、それでGMが出てくるかどうかは分からないが。
俺がそのことに気付いた時はかなり焦ったものだ。
探索者ギルドに行く術を失ったのだから当然だろうがな。
何とか方法は無いのか、と思案していると。
解決策は意外と早く思いついた。
プレイヤーが駄目ならNPCは?
と閃いたのだ。
ルカにこの考えを伝えると、すぐに賛同してくれた。
そして、明らかにNPCっぽい老人に声をかけて、探索者ギルドって何処か分かります? と質問した。
すると、老人はかなり細かく教えてくれたのだ。
俺達はその情報を頼りにして街中を歩き、不安を募らせながら教えてくれた場所に向かった。
そして、そこには。
如何にもそれっぽい大きな建物があったのだ!
というのが、これまで――。
俺は周りを見る。
結構な数のプレイヤーが、あの建物に出入りしているな。
入り口付近で、パーティ募集しているプレイヤーもいる。
十中八九、ここが " 探索者ギルド " で間違いないだろう。
「クウヤ君、何か見えた?」
「ああ。もう下ろしていいぞ」
俺を持ち上げていたルカは、大して疲れた様子もなく俺を下ろす。
実は周りがプレイヤーだらけなので、" たかいたかい " みたいな感じで、ルカが俺のことを持ち上げていたのだ。
なぜ肩車じゃないのか、というと。
それは羞恥が限界突破してしまうから勘弁してくれ、という俺の希望が通ったからだ。
同級生の女子に肩車される男の子、とか悲惨すぎて無理。
この " たかいたかい " だって、かなり恥ずかしいのだ。
少し口調が固くなっているのもそれが理由だが、この上から肩車とかは絶対に死ぬ。精神が。
「入口は向こうだ」
「了解!」
俺が何とかバッドエンドを回避した結果、見えたのは探索者ギルドの入り口。
ここから少し歩いたところだ。
だが、周りのプレイヤーで、その少しのところに行くのも一苦労。
今も、何とかラティに掴まって人混みを切り分けている状況だ。
人がいなければこの広場もかなり広いはずだが、ここまで混んでいては狭く感じてしまう。
運営よ、もっと広くしてくれ。
先導するラティとルカから離れないように歩きながら、なんど思ったことだろうか。
次のメンテナンスで修正されることを期待する。
本当なら1分もかからないはずの道を、5分近くかけて進んだ。
「ここが探索者ギルドか……」
俺の目の前には、ちょっと豪華な扉がある。
その中央には、何かのロゴが書いてあった。
交差した剣の真ん中にドラゴンらしきシルエットが見える。
……魔物はドラゴンだろうが狩る! ってことか?
そう思うと、最早それにしか見えなくなる。
かなり過激なロゴマークに、俺は少し帰りたくなった。
何故なら、もしここに鬼強いNPCが居たら? と思ってしまったのだ。
テンプレ通りのギルド長とかいてもおかしくないし、ヒル並みのNPCが居たって不思議はない。
自分が魔物ってことを思い出したのだ。
「クウヤ君、後ろ詰まってるから早く!」
そんな俺の長い逡巡を、ルカは許してくれなかった。
勢いよく手を引っ張って、俺を無理やり中に引き込む。
扉は、ギッ! なんて音は鳴らさずにスムーズに開く。
そして次の瞬間、俺が目にしたのは長蛇の列。
いくつかある受付のようなところの内、全てに何十人も並んでいるのだ。
か、帰りたい……。
苦労してここに入ったのに、本当の苦労はここからだったようだ。
しかし、唖然としている俺と違い、ルカはもう列に並んでいた。
「クウヤ君! こっちこっち!」
おまけに手招き。
感謝より羞恥が先に来てしまったのも無理はないだろう。
だが、俺はその感情を約1秒で押し込める。
ふう、ふう。
ルカのもとに駆け寄り、列に並ぶ。
前にはルカ、後ろにはラティがいる。
かなり安心できる位置を取った。
遥か前列を見ると、受付のお姉さんと話すプレイヤーがいた。
何秒か話すと、そのまま列を離れて扉から出て行くプレイヤー。
意外と時間はかからないのかもしれない。
その光景を見てそう思う。
そして、そんな俺の予想通り、ルカと俺の順番は早く回ってきた。
何人もいた列が、今は後ろに続いている。
「ボアのアイテムの買収をお願いします」
ルカがインベントリから出したのは、ボアの皮などといったアイテム。
これを売るらしい。
「はい。カードがない場合は通常価格となります。買収したいアイテムを選択して下さい」
「これと、これ……あとはこれも。よし、完了!」
恐らくルカには見えているのであろうウィンドウを操作している、と思う。
ルカの指が虚空を行ったり来たり。
ルカがアイテムを選択し終えると、受付のお姉さんは一瞬硬直したが、次の瞬間には普通に話し始める。
「確認しました。合計買収額は356Gとなります」
「はい、ありがとう」
受付のお姉さんが、何処から出したのかわからない布袋をルカに手渡す。
そして、ルカはそれを慣れた手付きで受け取った。
「あと。この人の探索者登録をお願いします」
そう思うと、ルカは受付のお姉さんの前に俺を突き出す。
近くで見ても、このお姉さん……かなり可愛い。
「探索者名前の登録をお願いします」
俺が不埒なことを考えていると、真面目な顔で聞かれる。
全く表情が動かないから、ちょっと怖いな。
ふざけた思考をしながらも、自分の名前を何と登録しようか真面目に考える。
俺の本当のプレイヤーネームはサクヤだが、ルカの前ではクウヤと偽っている。
よって、ここでサクヤの名前を持ち出すのは良く無いだろう。
普通にクウヤでもいいが、それはそれでつまらない。
さて、何にしようかなぁ。
こういう時に名前を変えたい、と思う俺なのにネーミングセンスが欠如しているという不合理。
自分でも、ネーミングセンスがないなら素直に同じ名前を使った方が良いとは思うのだが……理性で説明できないものもある。
そう割り切って、今までノリでやり切ってきたのだ。
今回も勿論そのつもり。
サクヤ、クウヤと来て……どうするか。
俺の種族は人狼……じんろう……狼……ウルフ……。
…………ルゥーフなんてどうだろう?
サクヤと決め方は変わらないが、こっちのが少しかっこ良くないか? 魔法使いそうだし、良いと思う。
「ルゥーフでお願いします」
「確認しました。探索者 " ルゥーフ " で登録します」
お姉さんはそう言うと、何かを取り出した。
手のひらより大きい、黒い石。
その中央が少し窪んでいる。
ここに手を当てるのか?
何となくそう察した俺。
「こちらに手を翳してください」
お、予想は間違っていなかったようだ。
なんか嬉しい。
「あ、クウヤ君……ギリギリ届かないね。私が持ち上げるから!」
お姉さんに褒められた気がして感情が少し昂った俺だが、その気持ちも直ぐに鎮火した。
いや寧ろ、落ち込んだ。
そんな俺の気持ちなど露ほども知らないルカは、俺の沈黙を肯定と受け取ったようで、俺の脇に手で掴んだ。
身体が持ち上がる。
一体、今日で何度この体勢になったのだろうか。
出来ればもうこんな体験は終わってほしい、と望みの薄い願いをする。
「これでいいのか?」
手を翳した状態で、俺は受付のお姉さんに問う。
「登録しました。探索者 " ルゥーフ " 。カードを発行します」
俺の問いに答えたのか、唯の確認事項だったのかは分からないが、無事に探索者としての登録が済んだようだ。
受付のお姉さんは、俺が手を翳した石からカードを取り出す。
そこにあったの!? と心の中では衝撃を受けた俺だが、修行中のポーカーフェイスで流す。
出来立てホカホカであるだろうカードを、お姉さんが手渡してくれた。
「こちらが探索者カードとなります。素材買収や討伐証明の際に使いますので、紛失することのないようにお願いします。また、受けられる依頼はレベルに応じて決まります。万が一、カードを紛失した際は再発行が可能ですが、1000Gの料金がかかることを忘れないで下さい」
「はい、ありがとうございます」
「では。早速、依頼を発注しますか?」
はい、と言いたいところだが。
現在の俺は一人ではなく、ルカと行動している。
ここで勝手に決めるのは良くない。
「ルカ、どうする?」
「受けて良いと思うよ。まだ時間は沢山あるしね!」
快く了承してくれた。
では、迷いなく依頼を受けるとしよう。
「依頼の発注をお願いします」
「では、最も適切な依頼を発注します」
「草原エリアに出現するレベ「ちょっと待って!」
あ、危ねぇ……。
俺に最も適切な依頼って、絶対に初心者が出来るような内容じゃないだろ。
もう少しで、自爆するところだった。
幸いにも、レベルの部分を言う前に止めることができたので、判定はセーフ。
「どうしたのクウヤ君?」
「い、いや。まだ不安だから一番簡単なのにしたくて」
無難な言い訳をした俺。
こういうのが苦手な俺にしては、なかなか良いんじゃないだろうか。
「……おいおい。情けねー弟君だなぁ」
それが俺に向けられた声だと、一瞬認識できなかった。
しかし、たしかに客観的に見れば、俺は姉に付き添ってもらっている上に、簡単な依頼に怯える情けない弟だということに気づく。
特に反論はないな。
自分でも、そのプレイヤーに同感する。
と同時に、チラッと後ろを確認。
恐らく、声を発したのはラティの後ろに並ぶプレイヤーだろう。
顔は若く、装備もまあまあな男。
気にする必要もない。
俺は受付のお姉さんに伝える。
「一番簡単な依頼でお願いします」
「では、草原エリアに出現するレベル1〜5のボア5体の討伐依頼を発注します。依頼有効時間はありません。お気をつけて」
そう言うと、日本式のお辞儀をするお姉さん。
これで依頼発注の手続きは完了ってことか?
「あの、私も探索者登録をお願いします」
ルカが前に出て、言う。
そういえば、ルカも探索者登録はしていなかったのか。
アイテム買収の手慣れを見ていたので、すっかり忘れていた。
「探索者名前の登録をお願いします」
「えっと…… " ルカ " でお願いします」
「登録しました。探索者 " ルカ " 。カードを発行します」
ルカは、そのままルカで登録したようだ。
俺みたいに、名前を一々変えるようなプレイヤーは少ないのか?
比較できるプレイヤーがまだ一人なので確かなことは言えないが、レイクさんやマカが街に入れるよいになったら、絶対にこの探索者ギルドに登録させようと、心の中で決める。
「こちらに手を翳してください」
「はい」
再び登場した黒い石。
ルカは、その窪んだ部分に手を翳した。
「登録しました。探索者 " ルカ " 。カードを発行します」
大体、俺と同じくらいの時間が経つと、お姉さんがそう言い、黒い石からカードを取り出した。
そして、ルカに手渡す。
「こちらが探索者カードとなります。素材買収や討伐証明の際に使いますので、紛失することのないようにお願いします。また、受けられる依頼はレベルに応じて決まります。万が一、カードを紛失した際は再発行が可能ですが、1000Gの料金がかかることを忘れないで下さい」
「分かりました」
「では。早速、依頼を発注しますか?」
さっきと一言一句違ったところがない台詞。
ここまでされると、怖いな。
やはり、このお姉さんもNPCなのか、と心の何処かで落胆しながら思ってしまう俺。
まあ、プレイヤーだったとしても何もないのだが。
だが、もう少し高性能なAIでも良かったんじゃないだろうか。
俺の運営に対する文句は絶えない。
「この人と共同で依頼をできますか?」
ルカがお姉さんにそう言う。
確かに、一緒に同じ依頼をできたら良いが……可能なのだろうか。
一応、俺とルカはパーティを組んでいるので、不可能になる可能性は低いと思う。
だが、このお姉さんが何と言うかは予測できない。
「出来ます。探索者ルゥーフと共同で依頼を発注しますか?」
「お願いします」
「確認しました。草原エリアに出現するレベル1〜5のボア5体の討伐依頼、をルゥーフとルカの共同依頼として再発注しました。討伐が完了した際は、どちらかが探索者ギルドに報告すれば依頼完了となり、アイテム買収の際は買収額が自動的に二分されます。では、お気をつけて」
見事な滑舌で言い終えたお姉さんは、日本式のお辞儀で見送ってくれた。
またここに来た時は、あの人の所に並ぶとするか。
俺はそう心に決めると、ルカと列を抜ける。
そして、真っ直ぐに出口に向かった。
この建物、入口と出口が分かれているらしい。
俺の並んでいた受付の隣にいたプレイヤーが、別の扉から帰って行くのを、俺はちゃんと見ていたのだ。
「出口はこっちみたいだ」
「うん」
ルカにも一言かけ、俺は扉を開けた。




