この空気よ
【ログイン34日目】※ゲーム内時間換算(27日)
「ありがとルカ。で、俺はどうしようか」
「クウヤ君は見てるだけでいいよ。レベル的にもあの数には勝てないし、リスポーンするだけだからね」
「ああ分かった。よろしく」
初心者があの数のボアに勝てないのは当然。
それは俺も分かっていたので、ルカの言葉に素直に頷いた。
ルカとラティがあのボア達に勝てるかどうか心配はあったが、本人達は自信満々でやる気満々だったので触れなかった。
「ほらラティ! いくよ!」
「ウォン!」
ルカがラティに声をかけると、ラティは吠える。
それを確認したルカは何と……ラティに跨った。
身長的に丁度いいくらいの大きさだが、騎乗戦?
どんな戦闘スタイルだよ。
俺はそうツッコまずにはいられなかった。
ラティはその体制が当然というように、ボアの群れへ向かう。
かなりスピードが出ているが、ルカは落ちない。落ちる気配すらない。
驚いた事に見事に乗りこなしている。
もしかすると、そういうスキルを取得しているのかも。
俺がふとそう思っていると、ボアがルカとラティに気付いたようだ。
すると、ボアの群れはルカの方へ突進し始める。
いや、ヤバくないか?
その迫力は遠目でみている俺でさえ怖がるくらいのもの。
まあ、ステータス的に考えれば余裕だけど……怖いものは怖いよな。
ルカにもその光景は見えているはずだが、ラティの足が止まる様子はない。そのまま突っ込むつもり?
このままでは、正面衝突は避けられない。
そうなれば不味いのはルカとラティだ。
ど、どうする?
ルカに任せた以上、俺が手を出すのは出来るだけ避けたい。それに、ボアを倒してしまうとその後の言い訳も考えなきゃいけなくなる。
……うーん。
ルカが死亡してしまうのは心苦しいが、ここは見守ることにしようか。
約1秒間だけ思考して、そう結論付ける。
もし死亡してしまったらルカに謝ろ。
俺がそう考えている間にも、ルカとボアの距離は縮まっていく。
ルカは手に杖を持っている。
装備しているローブと相まって、見た目は完全に魔法使いだな。
まあ、ウルフに跨ってボアに突進するようなプレイヤーを魔法使いと言っていいのか……微妙だが。
どっちかというと、特攻隊長みたいな職業の方が似合う。
その場合、持っている杖は鈍器か。
結構な重量ありそうだし、なかなか強そうだ。
俺がそんな事を考えていると、遂にルカとボアが衝突した……とはならなかった。
ボアが勢いよく突進しラティに激突する――という寸前でラティが跳んだのだ。それもかなり高く。
ボア達の突進は空振り、標的が突然消えた事に混乱しているようだ。
ラティと衝突するはずだった地点の数メートル先で右往左往見回している。
対するラティは、隙だらけのボア達の上に着地。
と同時に、鋭い爪がボアを引き裂く。
一体目のボアを倒した。そう思った瞬間、ルカの杖から火球が放たれ、密集していたボア達を蹴散らした。
ここまではルカ達が圧倒している。が、状況が悪い。
何故ならラティが着地した場所が、丁度ボア達の真ん中だったからだ。
周りはボアだらけの四面楚歌。
しかし、そんな状況でもルカの表情に焦りは一片も見えない。
そして、その理由は直ぐに証明される。
まず動き出したのは、ボア達だ。
自分達の優位を理解しているのか、迷うことなく囲むように突進する。
普通なら絶望するであろう場面。
だが、それをルカとラティは再び跳躍することで回避した。
またも空振るボアの突進。
そして今度は、互いにぶつかり合うというおまけ付きだ。
ボア同士で衝突し更に密度が高くなった地点。
そこへ、ルカが又も火球を撃つ。
着弾。数匹のボアが火傷したようだ。
しかし、ただの火球ではボアを倒す事は出来なかったようで、ボアは再び突進の姿勢をとる。
が、悲しいかな。
それを嘲笑うように、ボアの頭上の爪が光った。
ボアは倒れる。
ルカの火球でHPが減っており、ラティの《爪撃》が止めとなったようだな。
周りのボアは突如として現れた敵に突進する。
しかし、先程と同様に跳躍。
空振り、隙だらけのボアに放たれる火球と鋭い爪。
もはや、そこからは唯の作業だった。
舞うように跳躍するラティとそれを見事に乗りこなすルカ。
確か何かの本で、猪は物を立体的に見るのが苦手だというのを見た……ような気がする。
多分、このボアも空中にいるラティを捉えられないのではないだろうか。
そんな推理が的を得ているかどうかは別としても。
ルカとラティが強い、ということだけは断言できる。
だって。ウルフの高速機動に、そこから飛び出す遠距離魔法。加えて近距離も強ければ、対策は難しい。
「なーにが初心者なん――ダア"ァ!」
俺がつい口に出してしまった言葉を、何者かに遮られた。
……いや、止められたという方が正しいか。
何故なら、俺の目の前には地面が広がっているからだ。
そう、俺は何かにぶっ飛ばされたのだ。
さっきは " 何か " 、と言ったが大体の予想はついている。
このエリアでこんな事をするプレイヤーではない " 何か " なんて、思い当たるのは一つしかないだろ。
俺はあるものを思い浮かべながら立つ。
そして、振り返った。
「「「フゴッ!!」」」
そこには想像通り、ボアがいた。
三匹のボアだ。
意外にも初めて聞いた鳴き声に驚きながら、背中の剣に手をかける。
勢いよく抜剣。
シャッと短い音を立てて現れた刀身を、既に突進態勢に入っているボアに向ける。
剣を使うのは初めてだ。
自分から斬りかかるのは抵抗があったので、まずは相手の突進に合わせたカウンターを狙うことにした。
剣を構えて全く動かない俺に痺れを切らしたのか、三匹の中の一匹が突進してくる。
それを回避。
さっきまで俺がいた場所を通り過ぎようとするボア。
その隙だらけの胴に剣を走らせる。
シャッと、あまり抵抗を感じさせない切れ味。
ボアを見ると、傷が横一線に刻まれている。
おお。なかなか。
突進が終わり、傷を負ったボアは倒れ……ないな。
素手でボアを一撃で倒せる俺なら、剣を使っても当然倒せると思ったが。予想に反してボアは倒れない。
俺が疑問に思っていると、二匹目のボアが突進してきた。
丁度いい。このボアで試してみるか。
二匹目のボアも先程と同様に、直線的な動きしかしない。
俺は余裕をもってそれを避けた。
素早く剣を振るう。
一撃で倒れないなら、二撃でどうだ?
二閃というほど速くはないが、それなりの速度で剣を振るった。
しっかりと二つの傷が刻まれる。
ボアは突進を止めて倒れ……ない。
二撃でも駄目なのか……。
はぁ、と心の中で溜息をつく。
しかし、そんな俺の心情を知らない三匹目のボアは、突進を開始する。
次は三撃でだな。
もはや、パターンとなった行動を取った。
三匹目でも変わらないボアの突進。それを避ける。
がら空きの胴に、三つの傷を刻んだ。
ボアは暫く突進したあと止まる。
そして……倒れた。
なるほど。三撃でボアを仕留められる、と。
素手だと一撃なのに、剣を使うと三撃。
武器を使うと何故か攻撃力が弱体化するという現象が起こっているわけだ。どういう仕組みでそうなっているのか……。
早く原因を突き止めなければ、俺が拳しか使えない脳筋みたくなってしまう。そんな何処かのエリアボスと同列になるのは嫌だ!
俺が心の中で絶叫していると。
「「フゴッッ」」
完全に存在を忘れていたボア達が、自己主張し始めた。
……いや、単純に鳴いただけだろう。多分。
俺は少し申し訳なく思いながら、素早く距離を詰めた。
狙いはボアの短い足。
体を屈めながら、剣を水平に払う。
狙い通り、俺の剣はボアの前足を切り落とした。
そのまま勢いに任せ――ることはせずに、力の方向を上に変える。
水平だった剣を、地面に対して垂直に切り上げた。
ボアの身体を真っ二つだ。本当に素晴らしい切れ味。
若干グロいが、ボアは直ぐに消えたので問題ない。
……ん? ボアが消えた場所に何かあるな。
とても気になる。が、最後のボアを倒してからだ。
俺は最後のボアとの距離を詰め、喉あたりから切り上げる。
ボアは消え、やはり何かが出現した。
「これは……皮?」
どこからどう見ても皮。そして、俺が倒したボアの表皮と色が似ている。
もしや。と思い、俺は《鑑定》した。
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名称 ボアの皮 ランク2
始まりの草原に駐在しているボアを倒すと、一定確率で落とすアイテム。対衝撃に耐性があるが、斬撃に弱いという特性がある。上手く加工することで装備にできる。しかし、アイテムとしての価値は全く高くない。また、よく燃える。
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まあ、だろうね。
そりゃあ、一番初めに取れるアイテムなのでランクが低いのは納得できる。
俺としては、こういう素材の方が《錬金術》の練習に使えるから良いんだが。
ランクが高いアイテムを無駄にするのは、どうしても躊躇ってしまう。
なので、こういう低ランクアイテムは歓迎。
早速インベントリに入れておく。
無駄に容量は大きいので、暫くインベントリで悩むことはないだろうからな。
とりあえず入れておく、みたいな精神で大丈夫。
俺は後回しにしていた方を見る。
今度は爪……いや牙か。
アイテム名は予想できるが、一応《鑑定》する。
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名称 ボアの牙 ランク2
始まりの草原に駐在しているボアを倒すと、一定確率で落とすアイテム。決して鋭くはない牙だが、上手く加工することで装備にできる。アイテムとしての価値は高くない。
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ランクは2。
これも《錬金術》の練習用だな。
上手く加工すれば、って書いてあるし。
もしかしたら、アクセサリーとか作れるのかもしれない。
俺の《錬金術》は一応中級スキルなわけだし、ランク2ぐらいの素材なら、成功しやすそうだ。
剣を背中に仕舞うと、三匹目のボアを倒した場所へ歩く。
一匹目と二匹目がアイテムを落としたのだから、三匹目のボアも落としているに違いない。と思ったからだ。
距離は離れてないので、すぐに着く。
そして見てみる。が、何もない。
おかしいなぁ。レイクさんの話だと、ほぼ100%のドロップ率なのに……。
俺の運が悪すぎるのか否か。
確かめる術はないが、恐らく運が悪いだけだろう。
俺はそう思い直すと、未だに火球の破裂音が響いているルカの方を向いた。
今の場面を見られていたら不味いからな。
……と言っても、ルカとラティがこっちを見ていることは無い。
既に《気力操作》と《魔力操作》で確認済みだ。
ボア達と戦いながらも、ルカ達の様子を気にする程度の余裕はある。
まあ、戦いって呼べるほどでもないが。圧勝すぎて。
俺は見落としたアイテムがないか確認し、未だにボア達と戦闘しているラティとルカを見る。
状況はさっきとあまり変わっていない。
ボア達の突進を躱しながら、爪や魔法でHPを削っている。
数はかなり減ってるな。
あと数匹倒せば終わりだ。
だが、油断は出来ない。
一度でもボア達の突進を喰らえば、他のボアに畳み掛けられてしまい、HPなんて直ぐに飛ぶ。
一発逆転は残されているのだ。
まあ、ラティの安定感を見る限りだと、そんな事は起きそうに無いが。
そんな俺の予想通り、ルカ達はついに一撃も喰らわずにボア達を倒した。
数が多かったので、そこら中にドロップ品が散らばっている。
流石に、これを拾うルカを見ているだけなのは良くない。
俺はルカに近づいた。
「すごいな。この数を全滅させるなんて」
「いや、ラティのおかげだよ。私は魔法を撃ってただけだから……」
俺の賛辞にそう答えるルカ。
その言葉は謙遜からではなく本心からだ、と何故か感じてしまう。
「ラティをテイムしたのはルカなんだから、それも含めてルカは凄いと思う」
「……ありがと。ドロップ拾うの手伝ってくれないかな?」
俺の素直な言葉に微笑みながら言うルカ。
しかし、そこに本心があるようには感じられなかった。
「ああ、もちろん。ルカに全部任せてしまったからな。これくらいなら幾らでもやるぞ」
「ふふ。じゃあ任せる。アイテムごとにまとめて置いておいて。皮は皮、牙は牙、って感じで」
「分かった」
「ラティは周りを見といて。もしまたボアが来たら教えてね」
「ウォン!!」
それからは、それぞれの仕事をやった。
俺はアイテムを纏め、ルカはそれをインベントリに収納し、ラティは周りの索敵。
比較的、アイテムの仕分けは楽で《鑑定》を使いながら作業した。
万が一でも間違いがあったら悪いので、確実に《鑑定》を使ったのだ。
そして気付いたのだが、ルカの様子を見るところ意外とインベントリに仕舞うというのも面倒くさいようだ。
一つ一つ手作業でやらなきゃいけないし、同じ種類のアイテムがちゃんと同じところに入っているかの確認も必要だ。
それに比べたら、アイテムの種類分けは簡単で楽。
まあ、それに気付いた瞬間に申し訳なさが込み上げてきたけど。
「アイテムの回収って、こんなに面倒なものなのか?」
遠回しに、俺のインベントリにも仕舞う? と聞いたつもり。
「ううん。こんな数を狩らないから普通は」
「そうなのか?」
" 普通は " の部分がとても気になる。
しかし、ここでそれを聞くのもなぁ……。
さっきの雰囲気といい、ルカがあまり話したくない内容の可能性が高い。
この話題は避けるべきだろうな。
「あんな数と戦ったら死んじゃう可能性の方が高いからね。普通は見つけてもスルーだよ」
「じゃあ、なんで戦ったんだ?」
「ちょっとだけ……見栄張りたかったから、かな」
顔を背けながら言うルカ。
その表情は窺えないが、反応に困ってしまう。
「そ、そうなのか」
「「………………」」
お互い無言で作業を続ける。
そして、その間に俺の心中では。
何か話した方が……でも何を言えば……いや俺は何を躊躇って……。
という自問自答が繰り返されていた。
が、ついに正解を考えつくこともなく。
「し、仕舞い終わった……ラティ!」
「ウォン!!」
「じ、じゃあ。クウヤ君も戻ろっか?」
「あ、ああ」
こうして。俺とルカはその場を後にし、一度街に戻ることにした。
そして、少し歩くことになったが。
そこで会話が生まれる事はなかった。
……はあ。
だから女子と一対一は嫌だったんだ。
ほんとふざけんなよ、加藤!
何故か飛び火する加藤に、同情するやつはいないと思う。